『YOUには美風藍の作った歌詞に曲をつけてもらいマース。期限は1週間、締め切り破るのはノンノンノンなのYO!』
そう社長に言われて、私は久しぶりに藍くんの部屋を訪ねた。
まだ歌詞は作っている最中だということで、とりあえず一緒にいればいい曲作れるかなぁなんて思ったのだ。
藍くんはスケジュールが忙しくて、今は特に集中したいからと自分の部屋で作業をしているらしい。藍くんとは何度か一緒に仕事をしたことがあったけれど、彼の部屋に行くのは初めてだ。秘密だらけの藍くんのお部屋……なんだか緊張してくる。
でも、これは遊びじゃないんだ、仕事なんだから……! よし!
呼び鈴を押してしばらくすると、藍くんが玄関の扉から顔を出した。
「おはやっほー、藍くん。仕事しにきたよ!」
「か……少し散らかってるけど、入りなよ」
いつも通りの涼しい顔をしながら顎をくいっとさせて私に入室を促す藍くん。部屋が散らかっているって言っても、藍くんのことだ、書類が少し重ねてあるくらいなんだろうなぁ。
「お邪魔しまーす」
藍くんの後に続いて部屋に入る。
「…………」
そして私は絶句した。
――混沌。
この言葉がこんなにも似合う部屋を私は今まで見たことがあっただろうか……否、ない。
床に乱雑に置かれた使用済みが洗濯済みかわからない服に、ゴミ箱から溢れ出ているコンビニ弁当の残骸、割れたコップなどなど……アイドル・美風藍の部屋とは思えないゴミ屋敷っぷりだ。
「きったn」
「何?」
きったねぇと言い切る前に、藍くんの鋭い視線が刺さる。
危ない、最後まで言ったらきっと痛い目に遭わされてたかもしれない。少し散らかっているって? これのどこが少しだというの。
「……家事は苦手なんだよ」
私が言いたかったことをわかってくれたのか、藍くんが眉間に皺を寄せながらポツリと呟いた。
「だ、大丈夫……人には得手不得手があるよ、うん」
なんて笑ってフォローするも、私の顔は引きつったままの作り笑顔だ。いやだってさすがにこれは酷いでしょう。
藍くんは無表情のまま私を見ていた。
と……とにかく、このままでは仕事どころじゃない。というか、藍くんはよくこの状況下で仕事に集中できるな。見習いたくはないけど、感心してしまう。
「まずは部屋を片付けてから! 仕事はそれからだよね!」
このままじゃ、私が集中できない。
「ボクはこのままでも平気だけど、が集中できないか……。仕方ない」
藍くんが面倒だと言わんばかりにため息をついた。いや、ため息をつきたいのは私ですってば。
「それじゃ、私は服をまとめて洗濯してからゴミをまとめるよ。藍くんはキッチンの洗い物を片付けて」
「ねぇ、どうしてボクがに指示されないといけないの? 一応ここはボクの部屋なんだけど」
「でもこの状況を作ったのは藍くんだよね?」
「わかったよ……」
私が指揮していることが気に入らないのか、ムスッとする藍くんがしぶしぶとキッチンに向かったのを見届けて、ため息をついた。
ふふふ藍くんめ、いつも私のことを見下して見てるけど今日は私が上から見下してやるぜぇ。
……というのは後が怖いから冗談として。私は床に散らばった服を拾い出す。
藍くんの服、どれもお洒落だなぁ。流石アイドル。普段着もこだわってるんだね。
そんなことを思いながら、拾い集めた服を洗濯機に入れた時だった。
――ガシャン!!
陶器の割れる音がキッチンから聞こえた。
――ガシャンガシャンガシャン!
しかも複数回。
「藍くーーーん!?」
ちょっと何、何をしているの!?
私は不安になり、慌ててキッチンに向かった。目の前に広がる光景に私はドン引きした。
「あれ……おかしいな、力加減が上手く行かない。それに滑ってやりにくいな」
困惑した顔で次々に皿やコップを割っていく藍くん。なんだこれ。
いやいやいや! 私、洗い物を頼んだはずだよね!? 割って処分しろなんて言ってないんですけど!?
「……藍くん。洗い物は私がやるから、ゴミをまとめようか」
「……うん、ここはに任せた方がいいよね」
もう被害を出したくないと思った私は藍くんに別の仕事をさせることにした。何でもこなしてしまう藍くんにも弱点はあるんだなぁと私は思った。
藍くんを横目に見てみると、相変わらずの無表情だったけど、どことなく悲しそうに見える。失敗した事に落ち込んじゃったのかな。
※ ※ ※ ※ ※
「ふぅ、ようやく片付いた!」
結局、殆どの家事を私がすることになってしまって、やることのなくなった藍くんはベッドの上で先に作詞していた。どうやら、家事を覚えようとする気は微塵もないらしい。今までどうやって生活していたのか……それも不思議だけれどこれからのことも心配だ。
「お疲れ様、」
「うん……って、藍くんも家事のやり方くらい覚えようよ」
藍くんはムッとした様子でノートにペンを走らせる。
「ボクの仕事は家事じゃなくて、芸能活動だから。ほら、それよりも早く作曲してよ。期限は一週間しかないんでしょ」
いや、いくらアイドルでも一人暮らしをしている以上は家事も覚えなきゃいけないでように、人として。最低限のことでもいいから覚えて欲しい、自分で出来ないのならせめて誰かを呼ぶとかして欲しい。
「いや、そういう問題じゃないよ。そんなんじゃ生活出来ないでしょ! 家政婦さんでも雇えば?」
「それは嫌」
「何で」
すらすらとノートに歌詞を書いていた藍くんが手を止め、ペンを置く。
そして私が問いかけると、藍くんは私から目を背けた。
「ボクは、信頼している人しか家に入れないから」
なにそれ。
どうしてそんなに秘密主義なんだ! って抗議しようと口を開きかけた。でも、裏を返せばそれって、私のことは信頼してくれてるってことだよね?
「あ、藍くんはもしかして、私のことは信頼してくれてるの?」
「……は?」
藍くんの表情が険しくなる。
うわああああ、私ってばもしかしてすっごく自意識過剰だったのかな!? 超恥ずかしいんだけどっ!
「あああああ、あのごめん、違くて、そのっ、家に入れてくれたからそうなのかなって勘違いしちゃった! えへへ、そうだよね、私は仕事だから仕方なく家に入れてくれただけなんだよね!」
必死に陳腐な言い訳を述べていると、藍くんが怪訝そうな目で私を見る。
「……ねぇ、」
「はっ、はい何でしょう?」
藍くんの声のトーンが低くて、私は反射的にピシっと姿勢を正した。
ええぇええ、もうこの雰囲気すっごく嫌なんですけど……!
「もし、ボクがのことを信頼してたら嬉しいの?」
何を言われるのかとビクビクしていた私は、藍くんの意外な言葉に目を丸くした。もっと、「バカじゃないの」とか「気持ち悪い」とか言われるのかと覚悟していたので、思わず脱力してしまう。
だから、私はいつもの調子でにへらっと笑った。
「そりゃあ、嬉しいに決まってるじゃん。私だって、藍くんのことは信頼してるんだよ」
「そっか……」
藍くんは何かを考え込むように眉間に皺を寄せた。あれ? また何かおかしなこと言ったかな。
私が困惑していると、藍くんはじっと私を見つめてくる。
「あのさ、これからはが家事をしてくれたらすごく助かるんだけど」
……はい?
「それって、私に家政婦になれってことなのかな?」
これでも一応私は作曲家であって、家政婦じゃないんですけど。
「違うよ、そうじゃなくて……」
藍くんが呆れたようにため息をついた。途端、藍くんが私の肩を抱いて、私の唇を塞ぐ。
「――んっ!?」
ちゅっと音を立てながら離れていく藍くんの唇。私は、しばらく呆然と立ち尽くした。
「今ので、わかってもらえた?」
藍くんが顔を赤くして、口元に手を当てた。
あなたが、好きです
(結婚しろってことか!)
(違うよ、付き合って欲しいって意味だったんだけど)
執筆:12年06月03日
修正:17年9月25日