一瞬でも離れたくなくて





「藍ちゃんが他の女とデート……浮気だぁ」

「違うよ、仕事の付き合いだってば」

 藍ちゃんが作曲家の女の子とデートをすることになってしまった。というのも、今回藍ちゃんの曲を作ってくれることになった作曲家の女の子が、藍ちゃんのイメージを掴みたいからと、デート(本人曰わくただ一緒に街を歩きたいだけらしいけどさ!)に行きたいと申し込んできたらしいのだ。藍ちゃんは違うって言うけど私にはわかる。そんなの、藍ちゃんとデートするための口実だよ。

「藍ちゃんは私の彼氏なのに……」

 アイドルである藍ちゃんとデート……。
 スキャンダルになったらいけないから藍ちゃんの彼女である私でさえ控えているというのに。私だって藍ちゃんとデートしたいのに。我慢してるのに……すっごく悔しい。
 声を大にして、藍ちゃんは私の彼氏なんですよー! って世界に向かって叫びたい気分だ。
 私がふてくされると、藍ちゃんは小さく笑った。

「なるほどね、は嫉妬してくれてるんだ」

 藍ちゃんの手が私の頬に触れる。図星をつかれたこと、不意に触れられたことの二重の意味でドキッとした。
 そうだ、私は藍ちゃんと付き合ってはいるけれど、藍ちゃんは私だけのものじゃないんだ。

「……ごめん、藍ちゃんはアイドルだから皆のものなのに」

 この薄汚い独占欲はどうやって消せばいいのか、私はその術を知らない。
 藍ちゃん、私に失望しちゃったかな。なんだか藍ちゃんの顔を見るのが怖い。

「少なくとも今、ボクはだけのものだし、もボクだけのものだよね」

 藍ちゃんの言葉に、私は顔を上げた。藍ちゃんは、じっと私のことを見つめている。その表情は柔らかくて、私はほっとしたと同時に胸を高鳴らせた。
 そうだよね、今この時は藍ちゃんは私だけのもの。一瞬でも、藍ちゃんを独占できるのだから……私は幸せ者なんだ。

「じゃあ、藍ちゃんと二人きりでいられるこの時を大切にしなきゃだね。嫉妬なんかして、藍ちゃんとのこの貴重な時間を無駄にしたら駄目だよね」

 私は、そっと藍ちゃんを抱きしめて、笑いかける。

「藍ちゃん、大好きだよ」

 恥ずかしいけれど、伝えたい気持ちを口にする。
 直後、藍ちゃんは顔を赤くしながら口元を手を当てた。

「やっぱり、やめた」

「……え?」

 私がきょとんとすると、藍ちゃんは不敵に笑う。
 藍ちゃんは私から離れると、携帯電話を取り出してどこかへかける。携帯から女の子の鼻につくような声が聞こえてきた。
 例の女の子に電話? こんな時に?
 藍ちゃんはやっぱり私のことが嫌いになってしまったのかと考えたら、胸が酷く痛んだ。

「先方にはスケジュールが合わなかったとかテキトーに誤魔化して、今日はとデートしたくなった」

「藍ちゃん……!?」

 携帯電話の話し口を抑えながらそう私にこっそり伝えてきた藍ちゃん。
 藍ちゃんがキャンセルしてほしいと言うとすぐに女の子の声のトーンが落ちて。藍ちゃんは営業用の優しい声を出しながら一方的に電話を切ると、ふぅとため息をついた。
 どうやら、藍ちゃんがやめたというのは、女の子とのデートのことだったらしい。
 私を選んでくれたんだ……そう思っていると、

が可愛いのが悪いんだよ。ほら、責任とって、今日は一日中ボクのものになってよね」

 藍ちゃんが私に手を差し伸べてくれる。

「うん!」

 私はその手を取り、微笑んだ。




執筆:12年05月31日
修正:17年9月25日