青空の下、はのんびりと洗濯物を干していた。手際よく皺を伸ばし、竿に引っ掛けていく二人分の洗濯物。
少し前まではにぎやかだったこの家も静かになってしまったなぁとは苦笑した。
ジタンと、少しの間ではあったけれどビビがいた生活。人数がいればいるほど家事の量も増えて大変ではあったけれど、そんなことは苦に感じさせないくらいに楽しかった日々。
もう、あの頃のようには戻れないけれど、素敵な思い出としてずっと、一生忘れないようにしたいと思った。
(後でビビのお墓参りに行かなきゃ)
ふと、ビビの笑顔が頭を過ぎり、は口の両端を上げた。本日の洗濯物最後の一着……クジャのパンツを片手に微笑むは傍から見たら怪しく見えた。
「僕のパンツを持って喜んでいる……笑えないね」
丁度その現場を見てしまったクジャは口元を押さえながら部屋から出てきた。は慌てて自分が手にしているものを見て、顔を真っ青にする。
「い、いや、待って! 別にコレを見て喜んでたわけじゃない!」
誤解だよ誤解!!
顔を真っ赤にしながらクジャのパンツを洗濯ばさみに剪み、本日の洗濯は終了した。クジャはニヤニヤ笑いながら「へぇ?」と肩を上げる。
どう弁解しようとも、きっと理解してくれないであろうクジャの反応には溜息をついた。とりあえず、本当に思っていたことなのだから言っておこう。
「あとでビビのお墓参りに行こうと思ったの。その思った時に偶然コレを持ってただけ」
お供え物にクッキーでも焼いて持っていったら、空の上でビビは喜んでくれるかなって考えたら自然と表情が綻んだ結果だった。
これからは自分が手にしているものを確認してから考え事をしようかと、は思う。しかし、クジャはゆっくり瞬きをしての頭をくしゃっと撫でた。
「嘘だよ。本当はそんなことだろうとわかってたよ」
意外なクジャの言葉には目を見開いた。からかわれていたのだと理解し、自嘲する。
「私、ビビやジタンがこの家にいた時、本当の家族ができたみたいで楽しかった。もう、家族なんてできないと思ってたから、すごく嬉しかったんだ」
目を閉じれば思い出す、彼らと共に過ごした時間。
もしかしたら、アレクサンドリアで暮らしていた時よりも幸せだったのではないかと思えるほどだった。
「本当の家族、か……」
クジャの真剣な表情に、は苦笑する。
「そっか、クジャも家族はいないんだよね。ジタンはなんだか少し違うし……」
私たち、同じだねと笑う。
いつか聞いたことのある、クジャの昔話。両親なんていなくて、自我を持ったときから使命を背負っていたと聞いた。今までずっと孤独に生きてきたクジャ。彼は今の生活をどう思っているのだろうか。聞いてみようか。
は口を開いたが、すぐにそれを閉じた。
(いつ死んでしまうかわからない不安と戦っているのだから、そんなことは聞けない)
クジャは「幸せ」と答えるかもしれない。だけど、その答えを聞いても不安を隠してるだけにしか聞こえないだろう。結局、クジャの本心は彼だけにしかわからないのだ。
クジャはそんなをじっと見つめてくすっと微笑んだ。
「今、何か言いかけただろう?」
「え?」
しっかりと見られていたんだなとは驚いたが、その反面感心した。はニコッと笑って答える。
「ああ、クジャも一緒にどうかなって思ったんだけど……やっぱり一人で行く」
の答えに不満を持ったのか、クジャは「そう」と不服そうに呟いた。ふぅ、と溜息をひとつ吐いて背筋を伸ばす。
「……早く、帰ってきてよね」
目を細めながらは問いかける。
「どうして?」
すると、クジャは不敵に微笑みながらの髪に触れた。
「は僕のなんだからさ……」
かぁっと頬に熱が篭るのを感じる。
は頬に手を当てながら踵を返した。
「わ、わかった。なるべく長居しないようにする」
照れ隠しをしながら慌てて部屋に入るをクジャは悲しげに見送った。
が見えなくなったのを確認し、ゆっくりとその場に腰を下ろしてフッと笑う。言うことを聞かなくなってきた身体はあとどれくらいもって、どれくらい隠し通せるのだろう。
ぼんやりと青い空を仰ぎながら、クジャはゆっくりと目を閉じた。
※ ※ ※ ※ ※
空が赤く染まり始めた頃。
は急いで走っていた。早く帰ってこいとクジャに言われたものの、色々考え事をしていたら遅くなってしまったのだ。
もう話すこともできないビビの前で、はぐるぐると色んなことを考えていた。今までのこと、これからのこと、クジャのこと、自分のこと。考えれば考えるほどそれは止まらなくなっていくのだ。
「ただいま」
クジャに怒られるかと恐る恐る家に入る。しかし、いつも「お帰り」と返してくれるクジャの声はなかった。
珍しく昼寝でもしているのかと思い、クジャの部屋を覗いてみるも、そこにクジャの姿は無い。出かけるならばいつもは置手紙がテーブルの上に乗っているのだが、それもない。
背中に悪寒が走った。とても嫌な予感がした。時間が経つにつれて不安と焦りが次第に大きくなっていく。
家中を走り、は叫ぶ。
「クジャ!」
どれだけ叫んでも返事が無い。
「どこにいるの!? 返事してよ!」
家にいないのなら、まさかと思った。
はすぐさま外に出て、風で揺らいでいる未だに干されたままの洗濯物を見た。息を呑み、ゆっくりと視線を下げていけば、そこには顔を真っ青にしたクジャが横たわっていた。
「ッ!」
声にならない声。爆発したような流れ出す涙。信じたくない現実。
どうして今日に限って。どうして今日お墓参りに行ってしまったのだろう。どうしてクジャが倒れてしまったのだろう。
「クジャ……」
は力なくクジャに歩み寄り、その場に膝をついた。クジャの青白い顔にの涙が落ちると、クジャはゆっくりと目を開けた。
「……遅かったじゃないか……」
「ごめ……ごめん、ね……っ!」
嗚咽で上手く言葉にできなかった。涙で視界がぼやけ、怒っているであろうクジャの顔もまともに見えなかった。
とにかくクジャをベッドに運ぼうとするも、の力だけでクジャを運ぶことはできない。
「、ここでいいよ……」
クジャは力を振り絞り、なんとか壁に寄りかかりながら身体を起こした。
あまりにも突然な出来事に、は身体を震わせながら泣いていることしかできなかった。
いつかこんな時が来ると頭では理解していたはずなのに。無意識のうちに、それはもっと遠い未来のことだと思い込んでいたのだ。
クジャはそっとの身体に腕を回し、グッと強く抱き寄せた。は驚愕し、目を瞬かせている。
「僕は、ずっと家族が欲しかった……」
耳元でクジャの息がかかったと同時に発せられた、彼の言葉。
「だから、僕と……本当の家族になってほしいんだ。どうかな?」
その意味を理解するのに少し時間がかかった。あまりにも突然なことに、一瞬だけ頭が真っ白になった。
クジャはゆっくりとの身体を離して彼女をじっと見つめる。
は涙を拭い、クジャを見つめ返す。潤んだ瞳にはクジャが映り、それが揺らめいた。
「私で、いいの……?」
の問いかけに、クジャは愚問だと言いたそうな表情で嘲笑した。
「当たり前じゃないか。以外の家族なんていらないさ。最初で最後の僕の家族はだけさ」
はクジャを凝視し、唇をかみ締めた。口の中はカラカラになり、身体の震えは止まりそうにない。
「?」
なかなか反応の無いが心配になり、クジャはの頬に触れた。の頬には熱が篭っていて涙がクジャの手を濡らす。
「私、クジャと家族になりたい……っ」
再び溢れ出した涙と同時にの身体が前へと動き出す。クジャに飛びつくように抱きついた。クジャはそれを受け止め、強く抱きしめた。
きっと、今自分は世界で一番幸せなんだろうなと思った。
ずっとこの時が続いてほしいと願う。
「フフフ……ありがとう、……愛してるよ」
クジャは最期の力を振り絞り、の唇に自分の唇を重ねた。
次の瞬間、の身体にクジャの体重が圧し掛かった。
「……クジャ?」
がクジャの身体を揺すれば、クジャの銀髪がさらりと揺れる。
「ね……何でそのタイミングで寝ちゃうの? いやがらせ、だよね……?」
あははと力なく笑う。
「酷いよ、クジャ……」
いつものように、「の反応が面白いからだよ」とか言えばいい。
「本当に、酷いよ……! 置いていかないでよ!」
クジャの身体を支える力が無くなっていき、はゆっくりとクジャの身体を壁に預ける。
「私を一人にしないで……」
その日、とクジャは寄り添ったまま夜を明かした。星がいつも見る星より一段と綺麗に見えたような気がする。その中で、一瞬だけ見えた流れ星。
「クジャを生き返らせて」と願ったものの、その願いが叶うことはなった。
※ ※ ※ ※ ※
ティーカップから香る良い匂いが鼻をくすぐった。
「なぁ、オレと結婚……しないか?」
ジタンは目の前にいる愛しい人への想いを伝えていた。彼女は目を丸くした後、にっこりと微笑む。
ジタンにとってその笑顔はとても眩しく感じられた。しかし、答えは、
「ごめんね。それはできないの」
とてもあっさりとしたものだった。
「はははは……やっぱはあいつのことが忘れられないんだな」
ジタンはガックリと肩を落としながら自嘲した。
前も一度フラれたけれど、その時は相手がいたからであって。今はその相手ももういないから上手くいくと思った自分が甘かった。
はニコニコしながらジタンを見つめた。
「でも、ジタンには感謝してるんだよ。クジャがいなくなってから泣いてばっかりだった私を励ましてくれたのはジタンだもん」
この村の黒魔道士たちが、アレクサンドリアまで行き、ジタンにクジャが亡くなったと伝えに行ったのだ。
それを聞いたジタンはが心配になり、すぐに黒魔道士の村へと向かった。
案の定、は生気のない顔をしていた上に、一人部屋に閉じこもり泣き続けていたのだ。
「あのまままで死んだらどうしようって思ったぜ」
当時は笑うこともできなかったことだが、今では笑いながら話せることだ。
「ありがとう、ジタン」
は優しく微笑みかけた。ジタンの頬はみるみるうちに赤くなり、照れ笑いをする。
「まあな! 愛するのためならオレは何だってするからさ」
は苦笑しながらジタンを見つめた。
そういえば、アレクサンドリアに行って女王ガーネットと会ったのではなかったのだろうかと。クジャが死んで、自分は自暴自棄になってしまった。優しいジタンはやむを得なくこの村に戻ってきたのではないだろうか。
(本当は、ガーネット様のこと…)
「ジタン……女王様のことはいいの? 私はもう元気になれたし、アレクサンドリアに戻っても……」
の言葉に、ジタンはぽりぽりと頭を掻いた。
アレクサンドリアでガーネットと再会した時のことを思い出す。確かに、ガーネットと再会できたことは嬉しかった。だけど、何かが違った。という存在に出会ってしまったことで、ジタンの中で何らかの変化があった。
「ああ……ガーネットはあくまで仲間だ。アレクサンドリアに行って会って確信した。オレの一番はなんだよ」
が誰を好きだろうと、自分はが好き。この気持ちは偽ることができないのだ。
「そう、なんだ…」
面と向かって甘い言葉を吐かれたは頬をほんのりと赤く染めた。
「はぁ……せっかくクジャがいなくなったからをオレのものにできると思ったんだけどなー」
「ううん、クジャはまだ生きてるよ。私の中で」
はゆっくりとティーカップを持ち、紅茶を啜った。
ジタンは腕組みをして、小さく笑う。
「あー、よくあるよな。あの人が死んでも、皆の心の中で生き続ける……ってヤツ」
芝居でもそんなのがあるぜ。
そう笑っているジタンを見て、は「うーん」と唸り声を上げた。
「うん、まぁ、それもあるんだけど……」
言っていいのかなと呟いた後、は一息吐いた。
「私のお腹にクジャの子がいるんだよね」
の言葉を聞き、ジタンはずずーっという音を立てながら紅茶を啜った。
しばらくの沈黙が続き、ジタンがティーカップをゆっくりと置く。
「マジ?」
「マジ」
意外すぎる展開に、ジタンの笑顔が引きつった。
(クジャの野郎、ちゃっかりしてやがるぜ……)
クジャが憎たらしいと思ったと同時に、少しだけ嬉しさも感じた。
(とりあえず、が幸せそうならオレはそれでいいかな)
そう思った瞬間、ふとある歌が頭を過ぎる。ああ、そういえばこんな歌があったなぁと、ジタンは懐かしさを感じた。
かつて、ガーネットが歌っていたあの歌を、ジタンは口ずさむ。突然歌いだしたジタンを不思議に思い、は首を傾げる。
「何……?」
すると、ジタンはニカッと笑った。
「この歌、お前らにピッタリだと思ったんだ。いい歌だろ?特に歌詞が。やクジャの子が生きてる限り、クジャは生き続けてる……本当にそう思える歌だよな」
「……うん、そうだね」
ジタンは再び歌う。それに合わせても歌い始めた。
いのちの詩を。
はそっと胸に手を当てて、問いかける。
(どんなに離れていても、私たちはずっと一緒だよね?)
最後は駆け足になってしまいましたが、楽しんで頂けてればそれでいいと思うっす。
読んで下さってありがとうございました。
クジャ夢じゃなくてジタン夢だろ?全くその通りだって好きだから仕方ない。
執筆:09年10月2日
修正:16年05月14日