神様というものは、本当にいるのだろうか。はぼんやりと雲ひとつ無い空を見上げていた。
クジャがアレクサンドリアを襲ったあの日からずっと、絶えず自分の周りで死んでいく者たち。できることならば、もう誰の死も見たくはない。どんなに願っても、それが叶うことはないのだ。
先日この村にやってきたビビという小さな黒魔道士が日に日に弱っていく姿を見て、
は嘆く。黒魔道士たちに寿命を設定したクジャを責めようとは思わない。何故なら、彼も同じく寿命が設定されており、それが近いうちに訪れてしまうのだ。
「ボク、子供が欲しい」
ベッドで横になっているビビがぼーっと天井を見つめながら呟いた。付きっ切りでビビを看病していたは、ビビの突然の言葉に目を丸くした。
「えっ」
あまりにも意外だった。今まで黒魔道士たちの最期を看取ってきたが、そんなことを言ったのはビビが初めてだった。
「あ、あの……そんなことできないっていうのは分かってるんだけど、ボクはこの世界で生きたんだよって、記憶と命を繋いでいきたいんだ」
「ビビ……」
この世界を生きてきたという証が欲しい。
ビビはどうすればいいのか、ずっと考えていた。死んでしまうのはとても怖いことだ。そして、自分がいなくなって、皆が自分のことを忘れていってしまうことは、もっと怖かった。そこには、最初から自分が存在しなかったみたいになってしまう。それはすごく悲しいこと。
しかし、自分に子供ができたらどうだろう?子供たちに、自分が見てきたことや体験してきたことを話せたら、それはずっと受け継がれていくのではないかと思った。
だけど、それには問題がひとつ。
「子供ってどうやったらできるんだろう。ボクにもできるのかな?」
人間とは違う身体。生殖能力なんて持っていない、黒魔道士の身体。
ビビの不安そうな表情に、は眉間に皺を寄せた。
(ビビの子供を作る方法……)
正直、不可能だと思ったが、それを言ってしまうとビビは悲しんでしまう。
何か方法がないかとは考え込んだ。しばらくすると、ある方法を思いつき、は口の両端を上げた。
「できるよ。だって、ここには黒魔道士たちみんなのお父さんがいる」
の答えに、ビビはなかなか言うことを聞かない身体に鞭を打ち、ゆっくりと首を傾げた。
「お父、さん……?」
はするりと落ちた掛け布団とビビに掛け直し、にこっと微笑んだ。
「うん、クジャ。ビビたちを生んでくれたのは、クジャでしょ?あの人だったらきっと、ビビのお手伝いをしてくれるよ」
「……そ、そうかなぁ?」
ビビの苦笑した様子に、は力強く頷く。
「そうだよ。クジャは取り返しのつかないことをしてきたけれど、本当はすごく思いやりのある人だよ」
自身、クジャのことが大嫌いだったのに、今ではこんなにも愛しい。そうなれたのも、クジャにはいいところが沢山あるからだ。
だから、クジャなら絶対に協力してくれると、信じることができる。
「そうだね。クジャはボクたちのお父さん、なんだよね」
ボクにもお父さんがいたんだねと嬉しそうに笑うビビ。しかし、は複雑な気持ちになった。
(でも、クジャがお父さんならお母さんは誰?ブラネ女王様に黒魔道士たちの製作法を売ってたって聞いたことあるけど)
「…………」
ブラネ女王が彼らのお母さんだなんて、認めたくなかった。クジャの彼女は自分だと、ブンブンと首を横に振る。そんなの様子を見ていたビビは頭にハテナを浮かべた。
※ ※ ※ ※ ※
「ビビの子供を作る!?」
ジタンは驚愕し、後ずさった。
ビビといえば、まだ見た目が子供な上、クジャによって創られた黒魔道士。子供を作るだなんて、不可能なことを言い出すを疑いの眼差しで見つめた。
そんなジタンを見て見ぬフリをし、クジャに尋ねる。
「それで、クジャに協力して欲しいことがあるんだけど、いいかな?」
「愛しのに頼まれたら断るわけにはいかないさ」
嬉々としながらばっと両腕を広げ構えたクジャ。は頬を赤く染めながら苦笑する。
「いや、落ち着けよ。そもそも、ビビはまだ子供で、つまり大人の儀式はまだ早いというか……相手は見つかったのか? ま、まさか!?」
焦り興奮するジタン。クジャは冷ややかにジタンを睨み付け、は目を細めた。どうしたらそんな考え方ができるのかと、ジタンの思考を不思議に思う。
「落ち着くのはジタンだよ。彼らに雌雄はないから、子供ができることはないよ」
クジャの答えを聞いたジタンがぷうっと頬を膨らませる。二人の態度が、明らかに自分をバカにしていたようで少しムッとした。
「それなら、どうやって子供なんて作るんだよ」
いくらビビの願いだとはいえ、子作りさせるのは無理なのではないか。
不満そうなジタンを宥めるようにが微笑みかける。
「それなんだけど、クジャに新しく黒魔道士を生み出してもらって、その黒魔道士にビビの魔力を注入しようかなって考えたの」
黒魔道士たちに子供が作れないのなら、せめて魔力という遺伝子を残せばいい。クジャに新たに黒魔道士を作ってもらい、それにビビの魔力を込めれば、それだけでビビは父親になれるのではないか。
はそう考えていたが、クジャの表情は曇る。
「、残念だけどそれはできない」
俯き、悔しげに答えたクジャ。はその答えに納得がいかず、もう一度クジャに問いかけた。
「どうして? クジャなら、できるでしょう?」
しかし、クジャの表情は変わることなく、首を横に振るだけだった。
「黒魔道士たちは霧で作られている。だけど、先日のイーファの樹の暴走が止まったと共に霧は無くなってしまったんだよ。」
霧、と聞いてしぐは眉間に皺を寄せた。先日、世界中を覆った霧。そして、突如暴走した大樹…イーファの樹。
どうしてそんなことが起こったのかなんて知ろうともしなかったは、それがただの異常気象なんだと思い込んでいた。
まさか、その霧が黒魔道士たちの原料となっているなんて、知る由もなかったのだ。
「そ、そんな……っ!!」
少し前に、暴走していたイーファの樹がようやく収まり、霧も晴れてきて喜んでいたというのに。それは、黒魔道士たちを生むことができなくなってしまったという事実。は驚愕のあまり、言葉を失った。
「残念だけど、諦めるしか……」
諦めるしかない。クジャがそう言いかけた時だった。部屋の扉がゆっくりと開かれる音がしたので、たちの視線はそこに集まった。
「だったら、ボクの霧を使ってよ」
診療所のベッドで寝ていたはずのビビが、壁に寄りかかりながらフラフラと部屋に入ってきたのだ。
「ビビ、寝てなきゃダメだろ!」
ジタンは急いでビビの身体を支えるが、ビビはゆっくりとした動作で首を横に振った。
「でも……ボク、どうしても子供が欲しいんだ」
ビビの目から、ぽたぽたと溢れる涙。
自分はいつも泣いてばかりだった。でも、涙をこらえることができるようになったのはそう遠くない昔。だけど、こらえきれなくて、泣いてしまった。ビビはそんなことを思いながら涙を拭った。
「そんなのダメだ! ビビ!」
ジタンの悲痛な声に、ビビは肩を震わせた。
「オレは許さないからな! そんな、自殺みたいなこと……!」
そんなジタンの言葉に、ビビは大粒の涙を流した。それは木でできた床に落ち、じわりと染みていった。
「ジタン、ありがとう。だけど、ボクはボクの生きた証が欲しくて……ボクにとって、それがボクの子供なんだ」
「ビビ…」
ジタンとビビのやりとりに、の涙腺が緩む。そっとクジャに寄り添えば、彼は優しく包み込むようにを抱きしめた。
「ジタン。ボクの最期のお願いを聞いて欲しいんだ」
※ ※ ※ ※ ※
『ジタンは優しいから、ボクが死んでしまうと知ってからは、ずっとボクと一緒にいてくれたね』
『ずっと迷ってたみたいだったけれど、ボクはやっぱりガーネットおねえちゃんに会いに行ってあげてほしいんだ』
『ボクなら大丈夫だよ』
『だって、ジタンたちと旅をしてきて、強くなれたんだ』
『それに、黒魔道士のみんなや、おねえちゃんとクジャ、ジェノムの人たちがこの村にいるからさみしくないよ』
『今までありがとう』
※ ※ ※ ※ ※
アレクサンドリアでガーネット女王の17歳の誕生日を祝ってのお芝居「君の小鳥になりたい」が始まる頃。
小さな黒魔道士が6人、お芝居のチケットを持ってアレクサンドリアの城下町を駆けていた。ジタンは劇団の打ち合わせの最中、窓から見える空を見上げた。
「どうしたんだ?ジタン」
劇団員の一人、ブランクがジタンに問いかけた。ジタンは一瞬寂しげに微笑んで、コクリと頷いた後、いつもの調子でニカッと笑った。
「何でもねーよ!」
ふと、声が聞こえた気がして、頷いた。あれは確かに、彼の声だった。
一方、黒魔道士の村の小さな診療所では、とクジャは一人の黒魔道士が空へと旅立っていくのを見守っていた。微動だにしなくなった小さな黒魔道士は、とても幸せそうな笑みをこぼしていた。
「これで、よかったんだよね」
「彼がそう望んだのだから、よかったんじゃないかい」
は目尻に大粒の涙を溜めて、肩を震わせた。その隣で、じっと黒魔道士の亡骸を見つめるクジャ。
(僕も、こんな風に……)
そう考えながら、嗚咽を漏らすをぎゅっと抱きしめた。
明日かもしれないし、一週間後かもしれないし、一年後かもしれない。いつか終わりの来る自分の命。
それまで精一杯生きるんだと、クジャは決意した。
執筆:09年9月10日
修正:16年05月14日