わたしには長年片想いをしている彼がいます。
リンドブルムの合成屋で育てられたわたしは、今や経営をほとんど任されてしまっている状態で、なかなか彼に会いに行くことができずにいる。今も合成に必要な工具を買い揃えて商業区を走り回っているところだ。
わたしは、彼がいるであろう劇場街の方向を見て溜息をついた。
昔はお店のお手伝いが嫌で嫌で仕方なかったのだけど、彼が励ましてくれたおかげで頑張ってこれた。
小さい頃の記憶を遡る。
「うわーーーん、もうおうちのお手伝いしたくないよーーー」
「でもんちって、武器とか強くするんだろ?かっこいいじゃん!」
「可愛くないからやだ!」
「じゃあ、がオレに強くてかっこいい武器作ってくれよ! オレ、いい素材いっぱい持っていくからさ」
「……やだ。何でわたしがジタンのために作らなきゃいけないの」
「んんー、じゃあこうしよう。オレたち、大きくなったら結婚するんだ。それで、二人でお店をするんだ」
「絶対やだ!」
「やだって……オレと結婚したら、毎日一緒に遊んでやれるんだけどな~?」
「えっ、本当? わたし、ジタンと結婚する! おうちのお手伝い頑張る!」
……ということが昔あったんだけどな。
折角小さい頃の素敵な思い出に浸っていたというのに。わたしは今この目の前で起きている事案についてどう対応したらいいのでしょうか。
片思いの相手、ジタン・トライバルが女性をナンパしている場面に遭遇してしまったのだ。幸い、彼はまだわたしの存在に気付いていない。
「オレとデートしないか?」
ジタンは少し派手目の服装をしたお姉さんに笑いかけた。こちら側からお姉さんの表情を窺うことはできない。
幼い子供の戯言とはいえ、ジタンのあの言葉を信じ続けて家業を手伝うためにしてきた努力は、今やわたしをその気にさせた当人ではなく、生まれてすぐに身寄りのなくなったわたしを引き取って育ててくれた、トーレスおじさんしか喜ばないであろう。
きっと、わたしが合成屋のノウハウを勉強している間にジタンはわたしとのことなんて忘れて心変わりしてしまったのだろう。確かに、わたしと同じ年代の女の子たちはみんなオシャレをしたり、友達と遊んだりしていて、わたしのように働いている女の子はこのリンドブルムでは少数派だ。
一応、身なりには気をつかっているつもりだけど、わたしには魅力がないんだろうなぁ。それでも、ジタンに振り向いてもらえるように頑張らなくちゃ。
とりあえず、今はジタンのナンパ邪魔にならないように知らんぷりをして通り過ぎよう。ジタンの彼女ではないわたしが割って入って、ジタンに嫌われてしまうのは嫌だし。本心は邪魔したくて仕方ないけれどっ!
「……」
なるべく、ジタンを視界に入れないように努める。
無心、無心、わたしは何も見なかった――。
「おー、!」
ビクリ。
ジタンに名前を呼ばれてわたしの肩が跳ねた。ジタンはわたしに駆け寄り、ニカッと笑いかけてくる。ジタンの後ろに目を向けると、ジタンがナンパしていた女性が雑踏の中に消えていったのが見えた。
「もうー! 何でわたしに声をかけちゃうのですかー! ジタンの邪魔にならないように知らんぷりしていこうと思ってたのですよ……」
「いいのいいの。どうせフラれちまったし、に癒してもらおうと思ってね」
「わたし、買い物の途中なのですが――」
申し訳ないけれど、ジタンを癒している場合ではない。急いで帰って、納品しなきゃいけない仕事があるのだ。
わたしがジタンに背を向けた途端、背後からジタンが抱きついてきた。
「ひゃ……! だ、抱き着かないでくださいー!」
「お……も大人になってきたか」
「はぁ、セクハラですーーー……」
ジタンの手がわたしの胸に触れる。最近少し膨らんできたかなぁという、申し訳程度の膨らみ。
すごく恥ずかしいけれど、ジタンになら大丈夫。大丈夫だけど……やっぱりすごく恥ずかしい。
「……あのなぁ、普通もっと嫌がるだろ? 何で抵抗しないんだよ」
「ほ、他の人だったら嫌ですけど、ジタンだからいいのです」
「……っ! はぁ、可愛いなぁは!」
そう言ってジタンはわたしの胸から手を離して全身で抱きしめた。顔と耳に熱が篭るのを感じながら、ぎゅっと目を瞑る。
いつか、さっきジタンがナンパしてたお姉さんみたいなナイスバデーになってやる! そう意気込んだ、10歳のある日。
執筆:16年4月