ヒルダ様や人質になっていたトーレスおじさんたちを連れてリンドブルムへ帰還した。道中、おじさんは泣きながら謝ってくれた。そして、クジャさんの本性を知った今、婚約を解消するように動いてくれる事になった。これでわたしはもうクジャさんの婚約者ではなくなる。本来婚約破棄には双方の同意やあれこれ手続きが必要になる所ではあるけど、シド様が上手くやって下さるとの事だ。
そして今、リンドブルム城の客室でわたしはジタンと二人きりにしてもらっていた。落ち着いた場所に来て改めて怖くなる。色々と話さないといけない。謝らないといけない。だけど、いざジタンを目の前にすると怖い。許してもらえるだろうか、失望しただろうか、今までのような関係でいられるだろうか、嫌いになってしまっただろうか――考えれば考えるほど逃げ出したくなってしまう自分がいた。
「ごめんなさい……クジャさんに逆らえなかったとはいえ、わたしはクジャさんに手を貸してしまいました」
「……」
「やっぱり、怒っていますよね。わたしなんかがクジャさんを止められるわけないのに、余計なことをしました。おまけに、エーコちゃんやわたしの家族まで危険に晒してしまいました。本当に、申し訳なく――」
「そんなことはどうだっていいんだ」
ジタンがわたしの言葉を遮った。そして、逞しい腕でわたしを強く抱きしめる。突然の事にわたしは目を丸くした。
「えっと、ジタン……?」
「キングの正体がクジャだって最初に話してくれてたら、オレはをこんな危ない目には遭わせなかったのに……バカだよ、お前!」
「ご、ごめんなさい」
ジタンに知られたらきっとわたしが一緒に行くのを止められていた。今思えば、最初から話してジタン達に同行しなければ良かったのかもしれない。
でも、クジャさんならわかってくれると思ったのだ。何度も助けてくれた彼なら、と。
「お前が連れて行かれた後、大体の事情はフライヤから聞いた。でも、オレに隠してたことはやっぱり許せない」
「ごめんなさい。ジタンはわたしの事を大事にしてくれるので、話せば連れて行ってくれないと思っていました。わたしならクジャさんを止められると、過信していました。結局何も出来ずに手を貸してしまう事になってしまいましたが」
俯き、ぐっと唇を噛みしめる。
「とにかく、無事でよかった。よかったけど――」
不意にジタンの顔が近付いた。ジッと睨むようにわたしの顔を見つめてくるのに気付いて顔を上げると、そのまま唇が触れそうになり、キスされるのだと察したわたしは慌ててジタンを制止した。
「わぁ!! なっ、何をしてるんですかぁ!?」
「何で止めるんだよ」
ジタンは不満気に口を尖らせる。
「何でって……わたしたちはそういう関係ではないですし、その、ジタンにはダガーさんがいらっしゃるじゃないですか」
「お前に婚約者がいるから何度も諦めようとしたんだ。でも……その婚約者がクジャの野郎だったていうなら話は別だ。あんな奴にを渡せるわけないだろ! クジャがにキスした時、オレがどれだけ悔しかったかわかるか!?」
「あれは、不可抗力――」
その時、ジタンがキスでわたしの唇を塞いだ。制す暇さえ与えてくれなかったジタンとの二回目のキスは激しくて、深くて、甘くて、蕩けてしまいそう。
「ん……!」
そのままベッドの上に押し倒され、ジタンに腕を押さえつけられてしまう。
「何でクジャがオレからを奪いたかったのかはわからない。けど、そんな事どうだっていい。オレはもう迷わない」
「ジ、タン……」
何度もキスされ、わたしは身をよじって逃げようと試みるも、ジタンがそれを許さない。ついには舌を入れられ、口内にジタンの味が広がる。
「はぁっ……。……好きだ。もう誰にも渡したくないんだ」
首筋に唇を落とされ、ギュッと目を瞑った。いっぱいキスしてしまった。大人なキスもしてしまった。好きって言われた。どうしよう。顔が熱い。嬉しすぎてふわふわする。やっぱりわたしはジタンが好き。大好き。
ジタンの手がわたしの胸に触れる。恐らくこの後もっとえっちなことをするんだと思う。案の定ジタンの手はわたしの胸を何度か揉んだ後、服をはだけさせてその間に手を入れてきた。温かいジタンの手に優しく包まれて身体がビクッと反応してしまう。
「ふあ……やぁっ」
「くそっ。可愛い反応しやがって」
声が漏れそうになるのを涙目で我慢していると、ジタンがまたキスしてくれた。もうこのままでもいいかな……――って思ったけれど、ダガーさんの可愛い笑顔が脳裏をよぎる。このままでいいわけがない。
既に拘束は解かれ抵抗できるようになったので、ジタンの逞しい胸を押して距離を取る。
「や、やっぱり、だめぇ!」
「おまっ……ここまでして何でだよ!?」
露出した胸元を腕で隠しながら、ブンブンと首を横に振る。
「お、お気持ちは嬉しいのですが! わたしなんかじゃダメなのですっ! ジタンにはもっと相応しい方がいらっしゃるじゃないですかぁ!」
「何度言わせるんだよ! オレが好きなのはお前だ! オレの気持ちを決めるのはオレで、がオレに相応しいかどうかだってオレが決める事だろ!」
確かにそうだけど……そしたらジタンのことを好きなダガーさんの気持ちは? それに、わたしはもうダガーさんにジタンのことを頼んでしまったのだ。裏切れるわけがない。これ以上ダガーさんを傷つけるわけにはいかない。彼女は今まで大変な思いをしてきたのに、追い討ちをかけるような事は絶対にできない。
「それでも、ジタンにはダガーさんの方が相応しいです! きっと世界中の人がそう思うはずなのですよー!」
こんな涙目の真っ赤な顔で説得力がないと我ながら情けなくなる。ジタンの言葉は本当に嬉しい。それでも、ダガーさんの事を考えるとジタンの手を取ることはできない。できることなら声を大にして言ってしまいたい。ダガーさんはジタンの事が好きなの! でもそれはわたしが言うべきではないのだ。本人が伝えるべき事なのだ。
「納得いかない」
「ほ、ほら、わたしってすぐ自爆するような危ない女ですし! わたしなんかを選んでしまうと、大変じゃないですか……っ」
「」
低い声で名前を呼ばれてハッとする。ジタンの悲しそうな顔。
「そんなに拒絶されると流石にキツいんだけど」
ダガーさんの気持ちを知らないジタンからすれば、どうしてわたしがダガーさんをゴリ押しするのか理解できないはずだ。もう、どうしたらいいかわからない。
どうして、こんな風に拗れてしまったのだろう。ジタンもダガーさんも傷つけたくない。どうしたらいいの。
「ごめんなさい……でも、これ以上は何も言えなくて」
ジタンの真剣な眼差しに思わず視線を逸らした。そして、その先には少し開いていた扉があり、そこにはダガーさんがいて、ばっちりと目が合ってしまった。直後、ダガーさんによってその扉は閉められた。
いつから見られて、話を聞かれていたのだろうと焦る。だって、ダガーさんにジタンの好きな人がわたしだって知られてしまったら、ダガーさんは……。早く追いかけて、今のは違うんだって、伝えないと。
「もしかして、他に何か隠しているのか? 本当はクジャのことが好きになっちまったとか!?」
わたしが一人焦る中ジタンがとんでもないことを言うものだから、わたしは反射的に反論した。
「何でそうなるのです!? 違いますよ! わたしが好きなのは今も昔もジタンだけなのです!」
――あ。
気付いた時にはもう遅い。ダガーさんに気を取られてジタンの言葉に何も考えずに答えてしまった私は大馬鹿者だ。
「なら、さっきの続きを――」
「い、今のはウソです! もう、ジタンのバカー!」
わたしを抱きしめようと迫ってきたジタンをスルリとかわし、乱れた服を整えながらダガーさんを追いかけようと扉に手を伸ばそうとしたら扉が開く。兵士がわたしを見ると、気まずそうに視線を逸らした。
「あの、ヒルダ様がお呼びですので会議室にお向かい下さい……」
「あ、ありがとうございます」
羞恥で顔が爆発しそうだ。
慌てて服を整え終わらせて、部屋を出る。部屋の外にはもうダガーさんの姿は見当たらなかった。恐らく、ダガーさんが呼びにきてくれたのだろうけど、運悪く見られてしまったのだろう。
※ ※ ※ ※ ※
ジタンと一緒に会議室に向かうと、既に皆揃っていた。そこには久しぶりに見る人間姿のシド様もいらっしゃった。ただ、ダガーさんだけが見当たらない。会議室に戻ったのだろうと予想していたけれど、アテは外れてしまった。ジタンはダガーさんに見られてしまったことを知らず、わたし一人がソワソワとダガーさんの身を案じていた。
「誰だあのおっさん」
「シド様ですよ、ジタン!」
「相変わらず失礼な奴ケロ……ゴホン! 失礼な奴じゃ!」
「まだカエル言葉が抜けてねえのか」
「ジタン……!」
一国の王に対する不敬な態度を崩さないジタンに小声で嗜めるも、ジタンは飄々としたままだ。その様子にシド様は目を細めて咳払いをした。
「……まぁよい。ワシよりヒルダの話を聞いてほしい」
「私がクジャに囚われていた間に聞いた話を、皆さんにお伝えする為にお集まり頂きました」
シド様の隣にいたヒルダ様が前へ出る。しかしながら、わたしは恐る恐る手を挙げて発言させて貰う。
「あの、ダガーさんが見当たらないのですが」
先程の事もあるので心配だ。バッチリ目が合ってしまったし、あれは完全に見られてしまっていた。恥ずかしすぎる上に申し訳なさすぎる。自分の好きな人と別の女があんな事をしている場面を見てしまったらきっと冷静ではいられないはずだ。
「自分が探してくるであります」
スタイナーさんが鎧の音を響かせながら走って部屋を出て行った。本来ならわたしも行きたい所ではあるけれど、わたしもクジャさんから聞いた話を皆に話してヒルダ様と情報を擦り合わせなければならない。
それが終わったらわたしもダガーさんを――
「ワシはヒルダガルデ3号機の建築に取り掛かる。もヒルダの話を聞き終わったら来てほしい」
「……わかりました」
どうやらわたしがダガーさんに釈明できるのはしばらく後になってしまいそうだ。
執筆:23年7月21日