人質を立てられたわたしはクジャさんに命じられるままに行動した。今まで作ってきた兵器を差し出すと、クジャさんはそれに魔力を注入して魔導兵器を作りだした。これによってクジャさんの戦力が強化されてしまう。
ヒルダガルデ1号のメンテナンスをしながらため息をつく。この技術はこうしてクジャさんの役に立つために会得したものではない。だけど、飛空艇について学ぶための資金をクジャさんが援助してくれたのは確か。つまりは最初からわたしはクジャさんの手のひらで踊っていたのだ。
クジャさんは何者なのか、わたしは知らない。武器商人、トレノの貴族であるキング、わたしの婚約者……ただそれだけ。今までただ止める事だけを考えてきたけど、クジャさんについて全く知らないのだ。ジタンとの関係だってわからない。ジタンはクジャさんの事を知らないようだけど、クジャさんはそうではない。
そもそもわたしはクジャさんについてきちんと知ろうとしていなかった。だからフラれてしまうのは当然かもしれないと今更反省する。でも、クジャさんだってわたしの何を知っているのだろう。知るはずがない。だって、わたしはクジャさんにとってただの道具なのだから。わたし達はお互いを知らないままだったんだ。
クジャさんはわたしと直接話すことはなくなった。命令は全てゾーンとソーンを通されている。
面と向かって嫌いって言ってしまったし、キスも拒んだ。確かにこれは直接話すのは気まずい……気まずいけれどもこのままでいいとは思わない。
――わたしに何ができるのでしょうか。
何もできない。できっこない。無力なのだから。エーコちゃんやヒルダ様、そしておじさんたちを助け出したいものの、その算段がつかない。ただ、クジャさんの言うことを聞いて動くだけしかない。このまま道具でい続けるわけにはいかないのに。
そしてわたしは何もできないままただクジャさんに付き従ってここまで来てしまった。これからエーコちゃんは召喚獣を抽出されてしまう。そうしたらきっとエーコちゃんは無事では済まないだろう。それがわかっているのに、わたしは――。
唇を噛みしめながら、魔法陣の上に寝かされているエーコちゃんを見つめる。恐らくクジャさんに魔法をかけられたのか、その小さな体は動くことはなくとても逃げることなんてできない。ゾーンとソーンがエーコちゃんの周りで妖しく動き回り、ついに儀式が始まってしまった。
ふと、ヒルダガルデ1号でエーコちゃんと交わした言葉を思い出した。
『ねぇ、。約束してちょうだい。もしもあたしに何かあっても、それはのせいじゃないんだから。自分を責めないでよね』
年端もいかない子にそんな事を言わせてしまった自分が本当に情けなくなる。隣で黙って儀式を見つめているクジャさんを見ると、わたしの視線に気づいて口の端を上げた。邪魔をしたら養父と義兄の命はない、とでも言うかのように。けど、このまま黙って見てなんかいられない。わたしの目の前でわたしの大切な仲間を傷つけさせたりなんかしない。
「――クジャさん」
「!」
クジャさんの手を取り、ぎゅっと握りしめた。するとクジャさんは驚いたようにわたしを凝視する。
「実はこんな事もあろうかと自爆装置を隠し持っていたのですー」
わざとらしくニッコリ笑ってやる。
「へぇ、僕と心中する気かい」
クジャさんが不敵に笑った。ただの脅しと思われたのかもしれないけれど、わたしは本気だ。死なないかもしれないし、死んでしまうかもしれない。けれど、クジャさんに傷を負わせてこの儀式を中断させることができればそれでいい。きっとジタンには怒られてしまう。二回目は謝ったって絶対に許してくれないってわかってる。それでもやっぱりこの方法しか思い浮かばない。今はエーコちゃんさえ助かれば――。
「無力なわたしにはこれくらいのことしかできませんから」
本当はクジャさんを無傷で止めたかった。道具として使い道があったからとはいえ何度かわたしを助けてくれたクジャさんを傷つけるのは本意ではない。分かり合えれば良かったのに。どうすればクジャさんは止めてくれたのだろう。
起爆スイッチに指をかけようとした瞬間だった。
「そんなこと、させるかよ!」
突然後ろから手を引かれた。そのまま肩に担がれて驚愕する。顔は見えない。だけど、揺れる尻尾はまさしくわたしの大好きな彼のもの。
「ジタン……!」
クジャさんから離れたところで降ろされ、ギュッと抱きしめられた。
「お前なぁ、またオレを悲しませる気だったのか?」
「ですが、こうでもしないとおじさんとウェイン兄さんが……っ」
「大丈夫だ、ヒルダ王妃から事情を聞いてスタイナー達が助けに行ったよ」
ジタン達は上手くやってくれたのだろう、ヒルダガルデを奪取して部屋に残されていたヒルダ様も救出できたのだ。おじさんとウェイン兄さんのこともスタイナーさん達になら安心してお任せできる。本当に感謝しかない。
わたしが涙ぐんでいると、クジャさんが怒気を含んだ声を出した。
「キミもしつこいね、ジタン。おとなしく僕の妻を返してもらおうか」
「悪いがはとっくの昔にオレが予約済だ! むしろこっちが返してもらうぜ!」
思わずキュンとしてしまうも、わたしはそれを隠すように拳を握って平常心を装う。
「エーコちゃんとわたしの兵器たちも返してもらうのですよ!」
――ごめんね、X-ATM092、機動兵器8型BIS。また作ってあげるからね。
懐からスイッチを取り出して彼らの起爆ボタンを押す。後ろに控えていた魔導兵器たちは大きな音を立てて爆発し、クジャさんはその爆発を背に目を細めた。
「……まったく、自分だけでなく兵器にもしっかりと自爆装置を取り付けているなんてシュミが悪いね、君は!」
「兵器の自爆は最大の武器でありロマンなのですよ!」
クジャさんの顔から焦りが見える。どうやらわたしが兵器を自爆させたのは誤算だったらしい。
「クジャ様! 何度やっても失敗するでおじゃる!」
「クジャ様! 何回やっても失敗するでごじゃる!」
そしてエーコちゃんの方も儀式に手こずっているようだった。クジャさんはゾーンとソーンに向かって怒鳴りつける。
「の魔導兵器が破壊された今、僕はどうしてもアレクサンダー以上の力を持つ召喚獣を手に入れなければいけないんだよ! あのガーランドを葬り去れる力を持つ召喚獣をね! でなければ、今の僕では簡単に消されてしまう。テラの計画が発動する前に奴を倒さなければ僕が僕でなくなってしまう……!」
失敗は許されない。クジャさんは二人の道化師を鋭く睨みつけ、儀式を続行させようとする。慌てて儀式を再開させるゾーンとソーンを止めなければ。しかし、クジャさんがわたしとジタンの目の前に立ちはだかる。
「こちらに戻ってきてもらうよ、。戦力はいくらあっても困らないからね」
わたしだけではクジャさんを止められなかった。クジャさんの婚約者にされた理由も道具としての価値があっただけ。一人で止められないのなら、今度こそジタンたちと一緒に止めてみせる。
「わたしはお互いに好きでもない人と添い遂げるつもりはありません!」
「フラれたくせに引き下がらないなんて男の風上にもおけねーな」
クジャさんに武器を向けると、ジタンがわたしを守るように前に立つ。するとクジャさんは魔法の詠唱を始めた。
※ ※ ※ ※ ※
激闘の最中、儀式が再開される。エーコちゃんが目を覚ましたのか、ピクリと手が動いた。何とか彼女に近づきたくてもクジャさんの猛攻により行く手が阻まれてしまう。ジタンもクジャさんの気を逸らそうと奮闘してくれているのに、クジャさんは高笑いを上げながらジタンとわたしを確実に狙ってくる。
「、大丈夫か!?」
「はい! ですが……エーコちゃんが……」
幸いまだ召喚獣の抽出は成功していないようだが、それもいつまで持つのかはわからない。一刻も早くエーコちゃんを奪還しなければならないのに。なかなか抽出が成功しないことにクジャさんも焦りを感じているのか、表情に余裕がなくなってきている。それに比例して魔法の威力も大きくなってきて、わたしたちは避けることに精いっぱいだ。
『エーコ、今までありがとう』
「モグ……? 何言ってんのよ……」
『いつまでもエーコと一緒クポ……エーコを守るクポ!』
「モグ!」
エーコちゃんとモグちゃんの会話が聞こえてきた。その直後、エーコちゃんの影からモグちゃんが飛び出し、それは光り輝いて――
『エーコ、テラホーミングを唱えるクポ!』
「わかったわ! ――テラホーミング!」
大きな獅子のような召喚獣に姿を変え、ゾーンとソーンを一気に倒してしまった。
「今のは……あのモーグリの魂がトランスしたのか!?」
クジャさんの攻撃の手は止まっていて、何かを考えるように口に手を当てた。
「環境に反発した感情の爆発、やはりそれが完全なトランスをもたらすのか――」
「ごちゃごちゃと……何を企んでいやがる」
ジタンがエーコちゃんとわたしを背に武器を構える。しかし、クジャさんはニヤリと笑ってゾーンとソーンに何かの魔法をかける。
「もう君たちに用はない。君たちのの相手はこの双子で十分だよ。もっとも、もう双子じゃないんだけどね」
クジャさんが踵を返し、奥へと進んでいく。何を思い、何をしようとしているのかはわからないけれど、止めなければならないと思ったら自然と彼を追っていた。何がクジャさんを突き動かしているのか。果たしてそれは平穏な生活を送ることよりも大切なことなのだろうか。
「クジャさん!」
「! 危ない、戻れ!」
背後で怪しい気配がした。ジタンたちもいなくてまた一人だ。兵器だってない。けど、ここでクジャさんを逃がすわけにもいかない。最後にもう一度、訴えかけてみる。
「クジャさん! もう、本当に止まってくれないのですか!? 今ならまだ、選べるんじゃありませんか!? だって、クジャさんは本当は優しい人じゃないですか……わたしのこと、助けてくれたじゃないですか! 使える道具だからというだけではなかったのではないですか?」
「…………」
無言のまま、こちらを見ようともしない。きっとそれが答えなのだろう。銀竜がクジャさんを背に乗せて羽ばたいていく。
「ひとつ言い忘れていたよ、。僕は君のことを――嫌いではないよ」
「え……」
嫌いではない。そう言い残したクジャさんはわたしに顔を見せないまま銀竜とともに空へと飛び去って行った。
執筆:22年1月29日