※設定あり夢主。詳細は夢絵参照。(見なくても読めます)
※連載の予定でしたが続けられるかわからない為短編扱い

異国の魔女は愛を知らない



 彼女は夢を見た。走馬灯のように今までの人生がぐるぐると回る。
 物心がついた頃、人ではないものが見えた。それを親や友人に伝えようものなら気味悪がられ、遠ざけられた。そこから徐々に村の人間たちから魔女と虐げられ、村八分にされ、家族に蔑ろにされ、ロクな人生ではなかった。
 どんなにいい子を演じても、一度彼女を魔女だと認識すれば誰も受け入れてくれない。彼らは彼女の全てが気に入らないのだ。いつの頃からか、彼女は全てを諦めた。
 外国の御伽噺のように素敵な殿方が迎えにきてくれたのならどんなに救われた事だろう。しかし、彼女を迎えにきたのは下卑いた笑い方をする人売りの男だった。
 たまたま村に立ち寄り、彼女を見つけ、何も知らない男は彼女のその顔立ちを見ただけで彼女を買った。家族はようやく厄介払いができたと彼女の前で喜んだ。
 それが初めて見た、家族の笑顔だったかもしれない。
 今宵彼女は売られ、生まれ育った村を離れる。これからは遊女として生きていくことになる。
 ボロ切れしか着たことのなかった彼女は、初めて綺麗な着物に袖を通し、着飾った。村人たちからの最初で最後の贈り物だ。要は、後腐れの無いようにしたいという自分たちの身勝手な考えだ。彼女はそれを知っていた。

 ――あたしを愛してくれる人に出会いたい。

 そっと目を開く。
 空は赤く燃え盛る炎のような色。違和感を感じて目を瞬かせ、辺りを見回す。
 自分は確か荷車の荷台に乗っていたはずだ。しかし、乗っているのは瓦礫の上。目の前に広がるのは死体の山と焼け焦げて崩れた建物。異臭が鼻をつく。

「うっ……!」

 突然のグロテスクな光景と臭いに吐き気を催した。
 何故自分はこの場所にいるのか、人売りの男はどこに行ってしまったのか、何故この場所はこんな事になっているのか、わからないことばかりだ。
 口元を抑えながら地にもう一方の手をつくと、何かが指に当たった。
 黒い装丁の本だ。無意識にそれを拾い上げる。

「ああ、こんな場所にいたんだね。随分捜したじゃないか」

 その言葉は明らかに自分に対してのものだ。胸の不快感を抑制しながらその声の主を見上げる。
 白髪で白い洋装の異国の青年だ。不思議なことに言葉は通じるらしい。

「あなたは――?」

 彼女が問いかけると、青年は口角を上げた。

「レグルス・コルニアス。君の夫になる者だよ。成程、僕の花嫁になるに相応しい容姿だ。その装いはカララギのものだよね。君はカララギ出身者ということかな? だとしたらキミもカララギ特有の話し方なのかな? 僕はあまり好きじゃないから追々直してもらうよ。それと、福音を持っているということは君も魔女教徒なんだよね? まさか魔女教徒から花嫁が見つかるとは流石に驚いたよ。そりゃあ何人か魔女教徒の妻はいるけれど、多くはないからね」

「……」

「あのさ、僕は君の質問に答えたよね? それなのに僕の質問を無視するのはどうなのかな。それはあまりにも自己中心的で傲慢な事だ。僕には僕の花嫁になる者の素性を知る権利があるはず。そもそも君は人の話を聞きながらぼーっとするとか、夫になる僕に対してかなり失礼極まりない態度を取っているって自覚はある?」

 まるでマシンガンのように吐かれる聞いた事のない単語の数々と、辛うじて理解することができたレグルスの突飛すぎる内容に、彼女は困惑した。自分がこの人の花嫁に? 何を言っているのだろう。
 ただ、これだけは確実だ。
 どうやら自分は知らないうちに、異国に来てしまったらしい。
 建物の雰囲気、レグルスの顔立ちや服装、そして青年の口にした知らない地名であろう単語。しかも、これは神隠しの類いだ。あんな短時間で、船にも乗らずにたどり着けるわけがないのだから。

「あの、信じてもらえないかもしれないけど」

「信じるか信じないか、僕の花嫁になる君の言葉だから信じるように努めるけれど内容次第だね」

 レグルスの反応を伺いながら、彼女はおずおずと呟いた。

「……あたしはこの世界の人間じゃないかもしれない」

「は?」

 レグルスは不機嫌そうな表情を一変、間の抜けた表情になる。
 当たり前の反応だ、と彼女は思った。

「ごめんなさい、なんでもないわ。ただ、人違いではないかしら? あたしは生まれ育った村で迫害を受けてて、ついに身売りされて遊女になるために町に向かってたはずだったの。そんな女を花嫁だなんて、おかしな話でしょう?」

 レグルスの反応で、信じてもらえないと悟った彼女は無表情のまま淡々とレグルスを突き放そうとする。
 ――事情を話したところで無駄なのなら、最初から期待なんてしない方がいい。
 しかし、彼女の期待をよそにレグルスは優しく微笑んだ。

「……確かに僕たちは初対面だし僕は君の事を何一つ知らないね。だけど、そんなことは大した問題じゃないんだよ。僕は君を妻にしたい。それだけのことなんだ。ただ、君は売女にされかけたと言っていたけれど、確認したいことがあるんだ。君は処女かな?」

「……あなた、変な人」

「変な人、だって? これから夫になる僕を貶すなんて、どうやら君には教養がないらしい。夫に対してそんな口をきく妻なんて僕は必要としていないんだ。ただ黙って夫の言うことを聞き、つき従う……それが元来あるべき理想の夫婦の形なんだよ。だから君には少し躾が必要なようだね」

 レグルスがニヤリと口角を上げた途端、風圧のようなものが彼女を襲う。

「っ!?」

 しかし、それは彼女の目の前で弾けるように消えた。それを見たレグルスは目を見開き、顔面を酷く歪ませる。

「……今のは」

 納得がいかない。いくわけがない。こんな事あってはならない。
 呆然とする彼女に、レグルスは嫌悪の表情を向けた。

「は? 何で、何なんだよお前! 僕の攻撃を無効化したのか!? こんなのありえない、あっていいはずがない! もしやお前も権能を持っているのか!? そうでなければ無事でいられるはずがない! けど、こんなこと福音書には書かれていなかった……どういうことなんだよっ!!」

「し、知らない。あたしは何もしてないわ」

「知らないだって? まさか無自覚で権能を使ったとでも? しかも、夫である僕の権能を無効化するとか、本当に忌々しい権能だ!」

 二人ともお互いにわけがわからなかった。
 レグルスは自分に従順な花嫁を迎えに来た。少し生意気な口を聞く彼女を躾る為に攻撃をしたら無効化された。
 彼女は突然知らない場所で知らない男に花嫁だと言われ攻撃をされたと思ったらその攻撃を無効化したと激怒している。何もしてないのに、勝手に物事が進んでいく。実に理不尽だ。しかし、この状況で自分をどうにかしてくれるのは目の前の彼しかいない。
 彼女は溜息をついて、レグルスを見つめた。

「……あの。一人で怒っているところ悪いのだけど、今はあなたしか頼れる人がいない。本当にあたしでもいいならあなたの妻になるし、言う事も可能な限り聞く。ああ、あとあたしは生娘だから安心してほしい。これではダメかしら?」

 どうせ自分は売られた人間だ。遊郭に売られたかもしれないが、変わった趣味の男の妻にされた可能性だってある。結果的に後者になっただけ。自分はあるがまま流されていくしかないのだ。
 目の光を失っている彼女の申し出にレグルスは口角を上げる。

「へぇ、いい心がけじゃないか。その目も素晴らしいね」

「それはどうも。でも、あなた程じゃないわ」

「キミの権能については目を瞑ろう。僕って寛大だからさ、自分の妻が多少力を持っていても許容できるんだよね。それに、何かと使えるかもしれないしね。ただ、僕の妻になるからには僕の言うことにきちんと従ってもらわないとね?」

 そう言ってレグルスは片目を瞑った。

「善処するわ」

 黒い装丁の本、福音書を胸に抱きしめた彼女――は今宵レグルスの妻の一人となった。


その後

執筆:16年9月
修正:20年11月21日