「不破くん、私と付き合って下さい」

「ありがとう……あの、こんな僕でよければ、よろしくお願いします」

 苦節4年と数ヶ月。恋が実った瞬間だった。
 忍術学園に入ってすぐ、私は不破くんに一目惚れした。不破くんの何が良かったって、昔から思いやりのあって優しい素敵な彼は、当時裏山で道に迷った愚かなる私を無償で助けてくれたのである。彼こそ私の王子様だ。異論は認めない。

「不破くんは必ず私が幸せにするからね!」

 ええ、大好きな不破くんと恋仲になれたんだもの! 私と付き合ったことを後悔させたくなんてない。
 頼もしいなぁって笑いながら不破くんが私の頭をくしゃりと撫でた。

「じゃあ、僕はちゃんを幸せにするよ、絶対」

 ……もう、死んでいいですか!? この子、私を殺す気だ!
 その天使の笑顔だけでキャパオーバーなのに、そんなこと言われたら爆発するわ! しないけど! ああもう! 抱きしめたい。今すぐこの天使を抱きしめたい! あわよくば押し倒してしまいたい!

「不破くん……」

 不破くんの忍装束の腕のところをギュッと握り、彼の目を見つめる。
 少しだけ私より背の高い不破くん。最初は私より低かったけれど、追い抜かれたのは確か三年生の冬だった。ちゃんと私の脳内不破くんメモリアルに記録されている。

、ちゃん……」

 不破くんと見つめ合い、お互いの顔が近付く――。
 くるぞくるぞ、口吸いくるぞ! さぁ、来い不破雷蔵! 男を見せてくれ!

「雷蔵、危なーい」

 突如、後ろからやたら棒読みの台詞が聞こえてきた。私と不破くんは反射的に離れ、そして振り向いた私の顔面には誰かの拳が、それはもうイイ感じに入った。メキョッと、私の鼻が折れる音がし、隣で不破くんが悲鳴を上げた。
 私はその場に膝をつき、痛む鼻を抑えながら犯人を睨みつける。

「さ、三郎!! 何してるんだよ! ちゃんに乱暴なことしないでっていつも言ってるじゃないか!」

 犯人は鉢屋三郎。不破くんのストーカーホモ野郎だ。忍者としては優秀なくせに変態でいつも不破くんにベタベタ引っ付いていてまるで金魚の糞のような残念な人物であり、私の最大のライバルである。私が不破くんを好きなのを知ってていつも邪魔してきやがった陰険男だ。

「あ、すまない。手が滑った」

「……わざとだろコノヤロー」

 てへっと不破くんと同じ顔で可愛く笑う鉢屋。ちなみに、私のこの世から消したいリストの最初のページは鉢屋の名前で埋め尽くされている。

「大丈夫? ちゃん」

「うん、こんなの大したことない」

 私は折れた鼻を急いで戻し、笑顔を作った。本当はものすごく痛いわ。でも不破くんの前で弱音は吐かない! 不破くんに心配かけたくない!

「しかし、雷蔵がに襲われそうになっていたからやむを得なかった。雷蔵、は狼なんだぞ、気をつけなさい」

 鉢屋がいつもの調子で私と不破くんを引き離した。そう、いつもならここで私は必死に反論するけど今日は違う。余裕綽々だ。鉢屋なんかもう怖くない。

「あのねー、鉢屋。私と不破くん、恋仲になったんだよ。この意味分かる? ドゥー・ユー・アンダスタンンンンドゥ!? 」

「どうせまた白昼夢でも見たんだろ、アホだな。なぁ、雷蔵」

 鉢屋が不破くんの肩を抱いてニヤリと笑った。しかし、不破くんは眉をハの字にして苦笑する。

「三郎、ちゃんと僕は本当に恋仲になったんだ」

「……は?」

 しばらくの沈黙。鉢屋の周りだけ時間が止まったかのようだ。不破くんと顔を見合わせて首を傾げる。

 ――このまま帰ろうか

 ――うん、そうだね

 アイコンタクトで意志疎通を図り、私と不破くんが踵を返した時だった。

「敵に背中を見せたな! 死ね! 雷蔵は私のだ!! なんかに渡さない!!」

「ドゴフッ!?」

 背後から鉢屋にタックルをかまされた。顔面で地面を抉る私を見て不破くんが再び悲鳴をあげる。

ちゃん!!」

「いや、大丈夫だよ不破くん。君を心配させるようなこと、私はしないさ」

 私はすぐに立ち上がり、不破くんに親指を上に突き立てた。

「ちっ、そのまま死ねばよかったのに」

 鉢屋三郎、いつか滅してやる。
 私はそのまま鉢屋に向かって親指を下に突き立てた。




執筆:13年05月22日