半刻程不破くんと鉢屋の部屋の前でもじもじしている私はもはやただの不審者である。
 もう鉢屋が不破くんに話してしまったのだから、私が不破くんに会わないわけにはいかない。ここで逃げたらもう一生不破くんに会っちゃダメになる。そんなのは耐えられない。でも、どんな顔をして不破くんに会えばいいのだろう……そして、不破くんは私の事を許してくれるだろうか。
 ぬぅぅん!勇気を振り絞るんだ私ィッ!!!! 女は度胸と愛嬌!いざ、参る!

「不破くんッ!!」

 掛け声とともに、不破くんと鉢屋の部屋の戸をスパァンッと開ける。そこには数日振りに会う、愛しの不破くんが目を丸くしてこちらを見ていた。不破くんはどうやら勉強をしていたようで、忍たまの友をその手からばさりと落とした。そして、私を見ながらふらりと立ち上がる。

「ごめんね不破くん、わた……」

ちゃん!」

 急に不破くんが私を抱きしめてきた。
 あっ、えっ、不破くんめっちゃ大胆……今までこんなの、してくれたことなかったのに。いつも私から不破くんを抱きしめたり手を繋いだりしてくれたのに、あれ、あれ、どういうこと。

「三郎から、全部聞いたよ。でも僕は……それでもちゃんを離したくないから」

 真剣な面持ちで、不破くんは私を見ながら確かにそう言った。
 うそやだ、夢みたい。あの不破くんが今とても男らしく見える。こんなの初めてかもしれない。

「不破くん……」

ちゃん」

 不破くんは私の後頭部に手を回し、離れないように固定した。そして、近づく不破くんの唇。驚きのあまり、私は身を捩ってしまった。しかし、不破くんは空いた手で私の腕を引く。

「僕、本当はこういう奴だから」

 少し強引な、不破くんの口吸い。何度も角度を変えて、唇が触れ合う。
 いつもは私なんかより全然女子力が高くて、恥ずかしがりやさんで、可愛い不破くん。だけど今は別人のよう。
 唇が離れた後、不破くんは悲しげに言った。

「ねぇ、僕の事、嫌いになった?」

 そんなわけ、ない。不破くん大好き。私は不破くんになら何されたっていい。不破くんこそが私の全て。

「ううん、すごく……嬉しい」

 本当は怖かった。私はこんなにも不破くんのことが好きなのに、不破くんはそうじゃないのかもしれないって。不破くんから私を求めてくれることよりも、私が不破くんを求めることの方が断トツで多いから「もしかしたら」って、何度も思っては「そんなことない」って自分に言い聞かせてた。でも、不破くんは今こうして、こんなにも私のことを求めてくれている。

ちゃんに、嫌われたくなかった。僕だって、ずっと、昔からちゃんが好きだった。だから、いい子を演じてた。口吸いだって、したくてたまらなかったのに、してしまったら自制がきかなくなってしまいそうで、嫌われるのが怖くて」

 いい子を演じてた、そう言った不破くんの顔は酷く悲しげだ。
 いい子だろうが強引だろうが、私はどんな不破くんだって大好き。不破くんの全部が好き。何度も言う。好き。

「そんなの、私も同じだよ!! ずっと我慢してた!不破くんを見るとムラムラしてたの!」

 私も自分の気持ちを包み隠さず全部曝け出そう。気持ち悪くたっていい。これが私なのだから。そうしたら、不破くんも演じるなんて、疲れる事しなくて済むはずだ。

「そっか……逆に、ちゃんに気を使わせちゃってたんだね。ごめん、もっと自分に自信を持って口吸いしていれば、初めての口吸いは三郎じゃなかったのに」

 不破くんは「僕のせいでごめんね」と言って私を抱きしめた。そしたら、私の目からは涙が溢れてきて、不破くんの肩を濡らしてしまう。シミになってしまう前に、後で私が責任を持ってお洗濯させて頂きます。

「私こそ、ごめん……不破くんを傷つけちゃうのも怖かったし、自分が傷つくのも怖かった。だから逃げちゃってたの。でも、やっぱり私は不破くんのことが大好きで、やっぱり離れる事なんて無理!」

「うん、ありがとう……ちゃんは誰にも渡さない。三郎にも、渡さない。これからは僕がちゃんと守る。だからもう、僕の前からいなくならないで? さよならなんて絶対に言わないで……?」

「い、言わないけど――」

 これは夢ではないのかと思った。いくら不破くんが本性を見せてくれたと言っても、今までの不破くんからは考えられないセリフがポンポンと出てくる。
 ええいっ夢なら覚めろ!
 バッチーン。己の右手で己の頬を叩く。痛い。これは現実だ。よし。

「えっ、ちゃん!?」

「いやぁ、あまりにも幸せすぎて夢なんじゃないかと思って」

「ふふっ、夢なんかじゃないよ」

 不破くんはにこりと笑ってもう一度私を抱きしめる。今度は力強かった。そして私の耳元でこう一言。

「僕はもう我慢しないけど覚悟してね?」

 ――嗚呼、天使ッ!!
 私は卒倒するしかなかった。私はもう不破くんがいないと生きていけないのだと確信した。



※ ※ ※ ※ ※



「――と、いうわけで、私と雷蔵くんは夫婦になりますので!」

 私と不破くん改め雷蔵くんは五年生のいつめんに仲直り、そして以前よりもパワーアップしての復縁の報告と夫婦宣言をする。そしたら久々知くんと竹谷くんと鉢屋は乾いた笑顔を見せてくれた。

「え、お前ら喧嘩してたの?」

 お菓子を抱えた勘ちゃんは私と雷蔵くんが破局の危機だったことなど全く知らなかったようだ。興味すら無かったのかもしれない。いつもなら勘ちゃんの胸ぐらを掴んで酷い酷いと喚く私ではあったけど、今の私にとってそんなことは些細な問題だ。

「き、気が早いと思うけど、とりあえずおめでとう」

「祝儀は豆腐でいいかな?」

「わーーー、ありがとう! 久々知くん、それは丁重にお断りしておくね!」

 竹谷くんと久々知くんが心の篭っていない拍手を贈ってくれる。うん、もういいよ。無理させて悪かった。

「雷蔵、すまなかった」

「いいんだよ、三郎。三郎のおかげで、目が覚めたよ。これからはしっかり僕がちゃんをリードするね」

 私が久々知くんと竹谷くんとはしゃいでいると、何やら雷蔵くんが素敵なセリフを吐いてくれていて、私の耳はしっかりとその言葉を拾った。久々知くんと竹谷くんとの談笑を中断して雷蔵くんに飛びつけば、雷蔵くんはしっかりと私を受け止めてくれる。

「やだ、もう! 愛してるよ、雷蔵くん!」

「僕の方が愛してるよ、ちゃん!」

「――やれやれ、忍術学園一のバカップルの誕生だ」

 呆れかえった鉢屋がため息を漏らした。



完。


一時期、雷蔵可愛いなーと思って勢いで書き始めてしまった連載ですが、本当に一時期だったのでなかなか終われませんでした。申し訳ありません。
雷蔵には三郎がいるからなかなか一筋縄ではお付き合いできないんだろうなと思ったら戦うしかない!と思いまして。
でも結局は雷蔵も夢主さんを好きだったから三郎がなんだか可哀想になってしまいました。

執筆:16年6月5日
修正:17年1月17日