『あのが雷蔵に近寄らなくなった』
と雷蔵が別れたらしい』

 そんな噂が忍術学園中に立ち始めて数日。私はとことん不破くんを避けていた。
 五年い組コンビにも問い詰められたけれど、何があったなんて口が裂けても言えない。二人に「私の初めては不破くん」とか言った直後に鉢屋と口吸いしたなんて絶対言えない。これは墓まで持っていかなくてはならない秘密なのだ。
 なぜか、鉢屋も私の唇を奪ったことは誰にも漏らしていないようで、それはとても好都合だった。
 あの日、何も知らない不破くんにただ一言「今までありがとう、さようなら」と言い残してずっと逃げている。それは私にとってものすごくつらいことだし、不破くんだっていきなり彼女に振られて困惑しているだろう。
 不破くん、本当にごめんなさい。は、今も変わらず不破くんのことが大好きです。

、どうして雷蔵のところに行かないんだ」

「竹谷くんか……私は今、不破くんに会う資格はないのだよ」

「実はおれ、と三郎が口吸いしているのを見てしまったんだ」

「!!!!」

 こいつ、竹谷、口封じのために殺るか……!?

「生物委員の後輩の伊賀崎孫兵のペット、毒蛇のジュンコを探してたら偶然――っておいおい、目が血走ってるぞ! 大丈夫だ、落ち着け、このことは誰にも話していない!」

「……そう」

 私は竹谷くんへの殺意を押し殺した。
 本当に、情けのない話である。不意を突かれたとはいえ、敵に唇を奪われてしまった上にそれを友人に目撃されていたというのだから。
 竹谷くんは私を見て目を細める。

「雷蔵、悲しんでたぞ」

 竹谷くんの言うそれは、私が不破くんと別れたことを指しているのだろう。

「私はもう穢れてしまったから不破くんの隣にいる資格なんてないのよ。わかる? 竹谷八左ヱ門よ」

「いや、動揺してパニックになってる気持ちはわからなくもないが……あれは三郎が無理やりお前にしたことだろ。雷蔵だって、話せばわかってくれるはずだ。おれも弁明してやってもいい。今すぐ雷蔵に会いに行ってくれ」

「無理だよ! 私だってもし仮に不破くんが他の人と口吸いしたなんて話されたらショックだもん! ましてや親友と思ってた奴にだよ!? もし逆の立場だったら私は絶対嫌。親友とも不破くんとも今までのような関係ではいられなくなる!」

 それでなくても、昔鉢屋は私のことを好きだったと聞いて動揺してた不破くんのことだもの。ショックで人間不信に陥ってしまったら私は一生自分を許せないと思う。

「だからって、このままってわけにもいかないだろ!」

「……私がいなくなるだけなら、不破くんは私を失うだけで鉢屋とは今まで通りでいられるじゃん」

「あのなぁ、お前は雷蔵が好きなんだろ? もっとあいつを信じてやれよ!」

 そんなこと、竹谷くんに言われたくない。第三者だから、そうやって楽観視できるから、そんなことが言えるんだ。

「人がされて嫌なことをしたくない! ましてや相手が不破くんならなおさら!」

「それはお前が逃げるだけの口実だろ!」

「……っ!」

 とても痛いところを突かれたと思う。
 そうだ、結局私は不破くんのことを考えるふりをして逃げてるだけなんだ。もしかしたら今不破くんに勘違いされちゃってるかもしれない。私がもう不破くんを好きじゃないって。
 そんなん、やっぱ嫌だよ……。

「ごめん、竹谷くん。本当に竹谷くんの言う通りだわ……。正直に言ったら不破くん、こんな私を信じてくれるかな? ショックで人間不信にならないかな?」

「きっと、大丈夫」

「きっとじゃなくて、絶対大丈夫だよ

 竹谷くんの言葉のすぐ後に久々知くんが凛と答えてくれた。

「久々知くん! ――と、鉢屋!?」

 そこには久々知くんに首根っこを掴まれた鉢屋の姿もあった。
 ていうか、何だこのデカいタンコブは。いや、今はそんなことよりもっ!

「鉢屋……! あんたが、あんなことするからこんなにこじれて……っ」

「わたしはお前のことが好きだ」

「――は?」

 突然鉢屋がそんなことを言うから、私は目を見開いた。鉢屋はこちらを全く見ようともせずに言葉を紡いでいく。

「本当は昔からずっと好きだった。今回の口吸いも、お前をわたしのものにしたかったからした」

「……え、え?」

「でも、ここ数日のお前を見てて、罪悪感しか残らなかった」

「……は、はぁ」

「すまないことをしたと思っている。雷蔵には、先程わたしから話をして謝った」

 不破くんが口吸い事件のことを知ってしまった。これは事件だ。しかしこの鉢屋の落ち着いた態度と言葉は一体なんなんだろう。

「なっ、何で……」

「いいから!! 雷蔵のとこに行ってやれ!!」

「はっ、はい!? すいませんでした……!?」

 鉢屋の気迫に押され、私は慌てて不破くんの元へと向かう。久々知くんと竹谷くんの「頑張れよ」という声援が背後で聞こえた。



執筆:14年02月28日