夜中、団蔵くんに呼ばれてついて行ったら会計委員会が修羅場っている安藤先生のお部屋に連れてかれた。鼻から魂を出しながらそれでも手を動かしている健気な一年い組の任暁左吉くんと三年ろ組の神崎左門くん、その奥で遠い目をしながら算盤をパチパチ弾いている田村くんと「ギンギン」とブツブツ言いながら帳簿に筆を走らせる六年い組の潮江文次郎先輩。やばいぞこの地獄絵図。

「団蔵くん!」

「はいっ! 先輩!」

「んんっ! いい返事だ!! これはどういうことか説明してもらおうか!!」

「す、すみません! えっと……」

 何でこんなところに連れて来たのだ。何でこんな地獄に連れて来た。あたしが一体何をしたというのだ。団蔵くんに問いかければ、彼は困った顔をした。
 ああごめんね団蔵くん、君を困らせたかったわけじゃないんだよ。ただこんな夜更けに睡眠妨害されてこんな場所に連れて来られたのが少し腹立たしかっただけなんだ。

「各委員会の予算の計算をしているのだが、田村がどうしてもに会いたいとうるさくてな、団蔵に連れてきてもらったのだ!わざわざすまなかったな、

 奥から潮江先輩が出てきて、団蔵くんの代わりに説明をしてくれた。
 はいィ? それだけのためにあたしはここに連れてこられたのか!! ふざけやがってこの閻魔大王めぇ!
 ……って思ったけれど、この目の下に隈を作りながらなんだかめちゃくちゃ重たそうな算盤を普段から振り回している怖い先輩にはそんなこと直接言えるわけがなかった。

「あ……そうなんですか」

 勇気と無謀は時に紙一重なのである。

「ほら、田村先輩! 先輩が来て下さいましたよ!」

「なに……? だって…?」

 あたしに気付くことなく今まで遠い目をしながら作業をしていた田村くんが団蔵くんにゆさゆさと体を揺すられ、こっちを見た。まるで生気のない目をしていたが、みるみるうちに輝きを取り戻していった。

ーっ! 私に会いに来てくれたのか! 感激だよぉぉおおお!」

「ひっ……!?」

 算盤を弾く手を止めてあたしに駆け寄る田村くん。いつものように抱きつかれそうになりあたしは咄嗟に身構えたけれど、抱きつかれることはなかった。潮江先輩が田村くんの首根っこを掴み、阻止してくれたのだ。潮江先輩すげぇ。それとも田村くんがただ単に疲れきっていただけなのだろうか。とにかく潮江先輩すげぇ。

「こら田村、俺たちの前でイチャつくんじゃねぇよ! でも、を見てやる気が出ただろう!?」

「は、はい! 潮江会計委員長! の姿を見ただけで俄然やる気が出てきました! あわよくばこのまま私の部屋にお持ち帰りして夜の営みをしたいところではありますが」

「田村先輩自重してください」

 団蔵くんの一言であたしの貞操は守られた。田村くんは「生意気だぞ」と言いたげに団蔵くんを睨むけれど、潮江先輩も田村くんを睨んでいたので口には出せないようだ。何度でも言おう、潮江先輩すげぇ。

「……それで、あたしはもう帰っていいんですか?」

 これ以上ここにいても仕方なさそうだし、会計委員の仕事の邪魔になりそうだ。潮江先輩はこくりと頷いて田村くんを解放する。

「ああ、そうだな。こんな時間に悪かった」

「ええ!? 、もう行ってしまうのか!? まだ一緒にいたい! 行かないでくれー……」

「いい加減にしろ、田村。は会計委員じゃねぇんだ。これ以上ここにいさせるわけにもいかないだろ」

 田村くんがあたしの足元に膝をつき、おいおいと泣き始める。きもっ。
 潮江先輩は泣き喚く田村くんをげしげしと足蹴にしている。その後ろではため息をつく団蔵くん、相変わらず鼻から魂を出しながら仕事をする左吉くんと左門くんの左コンビ。下級生達がこんなに大変そうにしているのに、あたしはこのまま帰ってしまっていいのだろうか。田村くんも潮江先輩も相当疲れているはずだし……。

「……あの。あたし、手伝いましょうか」

「何だって?」

 あたしの申し出に、潮江先輩と田村くんが目を見開いた。やめてください潮江先輩その顔すっげー怖いです!!

「こ、ここまで来てこのまま帰るわけにもいきませんよ。潮江先輩、あたしにも帳簿貸してください」

「いいのか?

! お前にこんなツライ思いはさせたくない! 私の隣にいてくれるだけでいい……いや、私たちのことは気にせずに部屋に戻れ!」

 田村くんはそんなにあたしに手伝ってほしくないのか。ううん、あたしのことを心配してくれてるんだ。でも、元はと言えば田村くんがあたしに会いたがったからここに来る羽目になったんじゃないか! 確かに、この惨状だし会計委員の仕事は大変なのだろう。だからこそ一人でも増えた方が早く終わるだろうし、あたしは田村くんたちの力になりたいと思う。

「では、一晩だけ付き合わせてください。これも立派なくノ一になるための鍛錬です。どうでしょう、潮江先輩」

「いい心がけだ、! よし、ではこの帳簿をお前に任せる」

「潮江委員長!!」

 潮江先輩から帳簿を受け取ると、田村くんは不服そうに眉間に皺を寄せた。

「田村、お前はいい娘に惚れたな。お前がこいつを好きになった気持ちが少し理解できたぞ」

 あたしの頭にぽんっと置かれる、潮江先輩の大きな手。田村くんはそれを見てギリッと歯軋りをして素早くあたしの手を引いて抱きしめた。

に触るなーーーー!! 潮江先輩、今何て言いました!? いくらあなたでもは渡しませんからね!!」

「ぐぇぇ……あたしはべつに田村くんの所有物じゃないんだけど…!」

 田村くんのあたしを抱きしめる力が強くなり、呼吸が苦しくなる。

「いつか私のものになる。予約済みだ!」

「ぐぇええええ」

 OKOK、落ち着こうぜ田村くん! 話し合えばわかる! でもこの状態では話し合いもできないんだ、とりあえず離そうぜ!

「田村、わかったから。には手を出さねぇからさっさと離してやれ。死ぬぞ」

「ああっ、ごめんよ! 苦しかっただろう!?」

「……ええ、とっても」

 ようやく開放されたあたしはゲホゲホと咳き込んだ。



※ ※ ※ ※ ※



 とりあえず田村くんの隣に座り、算盤を片手に帳簿を睨んだ。
 うん、結構な量あるし、ずっと数字と戦うなんて会計委員ってすごいんだなぁ。火薬委員の手伝いをしていて久々知先輩たちがよく「会計委員からいかに予算をもぎ取るか」という話をしていたから、ただのせこい委員会という認識だったけれど、大きな誤りでした、ごめんなさい!

「ほら、左門。ここ間違えているぞ。しっかりしろ」

「はーい……あれ? 先輩がいるぞ……何故だ?」

「おはよう、神崎くん。お手伝いにきたんだよ」

 ずっと魂を鼻から出したままだった神崎くんが、田村くんによる間違いの指摘で意識を取り戻した。あたしの顔を見て目を瞬かせて、にこりと笑う。

「そうなんですか! ありがとうございます……ぐぅ」

 そしてすぐに眠ってしまった。

「寝るな左門! 終わらせないと帰れないんだぞ!まったく……この帳簿は私がやってやるからお前は残りを片付けろ」

「うう、すみません田村先輩」

 なんだかんだ面倒見のいい田村くんは神崎くんの受け持っていた帳簿を半分手に取って元々受け持っていた帳簿の山の上に置いた。
 ――なんだ、かっこいいじゃないか田村三木ヱ門!
 あたしはこっそり、そんなかっこいい田村くんを盗み見ながら作業を始めた。



執筆:13年04月27日