山本シナ先生のお使いで、忍たま長屋に行くことになった。私は今、とても緊張している。だって、忍たま長屋にはあの、富松作兵衛くんがいるのだから――。
富松くんとの出会いはちょっと前のこと。忍たまとくのたまの合同授業の時、私は三年ろ組の次屋三之助くんと組むことになったのだ。無自覚な迷子と名高い彼と組むのは些か不安ではあったものの、クジで決まってしまったのだから仕方がない。
私は次屋くんの保護者である富松くんに「念のため」と渡された迷子縄を次屋くんに括り付けた。しかし、その迷子縄というものは何の役にも立たなかった。むしろ次屋くんより力の弱い私は見事に引っ張られ、次屋くんについていくしかなく……そして案の定迷子になってしまったのだ。
次屋くんはなんだか頼りないし、めっちゃ怖い思いをした。そんな時、富松くんが私たちを見つけてくれたのだ。あの時は富松くんが神様に見えた。一生富松くんに足を向けて寝れないなって思った。
その日の晩から私は布団と枕の位置を変えて寝るようになった。たまに食堂で富松くんとすれ違う時は必ず私から挨拶するようにしている。富松くんには敬語を使うようにしている。次屋くんや、他の三年生には敬語なんて使わないけど富松くんは特別。
そんなこんなで富松くんをお慕いしている私は密かに「富松くんに会えたらなぁ」なんておこがましい期待してしまっている。そのお姿を見れただけで、私は幸せな気持ちになれるのだ。
しかし、運命とは残酷なもので。あっという間に忍たま三年生の教科担当の先生に使いの品を渡し終えてしまったのだ。
あとはもうくのたま長屋に帰るだけ――もう忍たま長屋に用事はない。
まだ富松くんと会えていないのにな、はぁ、今日はこのまま会えないのだろうか。
「はぁ……」
大きなため息をついて、ふと顔を上げると、大木にくくりつけている的に手裏剣を投げている、萌黄色の制服を着た忍たまが目に入った。一瞬、富松くんかと思ってドキっとしてしまったが、顔を見た私はまた落胆した。
富松くんじゃない、あれは確か――浦風藤内くんだ。話をしたことはないけれど、何度か見かけたことがある。髪色は違うけれど髪型が微妙に似てるのよね。富松くんの真似ですか?ややこしいのでやめて頂きたい。
「あっ、危ない!」
そんな失礼なことを思ったせいなのでしょうか。
浦風くんの放った手裏剣が、ビュッと勢いよく私の横をすり抜けて壁に突き刺さった。もしや、浦風くんは人の心が読めるのだろうか……あわわわわ!
「ごっ、ごめんね! 大丈夫だった……って! 顔!!」
「えっ」
浦風くんが慌てて駆け寄ってきて、私の顔を見て目を見開いた。
何? 顔? 不思議に思いながら頬に手を当てると、ぬるりと生暖かい感触。恐る恐るその手を見てみると、真っ赤な血がついていた。
えーっと……これは私の頬の、血?
「大変だ、すぐに保健室へ行こう!」
あまりのことに、思考が追いつかないまま呆然としていると、浦風くんがぐいっと私の手を引いて走り出した。私は最近引っ張られることが多いな、と思った。
※ ※ ※ ※ ※
浦風くんに連れられて、保健室にいた三反田数馬くんに治療してもらう。三反田くんに優しく絆創膏を張ってもらって、治療終了だ。
「ありがとう、三反田くん」
「どういたしまして。それにしても驚いたよ、藤内がさんに怪我させちゃうなんて」
三反田くんが苦笑いを浮かべると、浦風くんは申し訳なさそうに目を細めた。
「ごめんね、さん。おれの不注意で……」
「あ、大丈夫だよ。ちょっとチクってするくらいで全然痛くないんだ」
それに、掠っただけだし。思いっきり血が出たから吃驚はしたけれど、痛みは殆どないのだ。
「でも、女の子の顔に傷が――」
「大丈夫だってばー……。心配性だね、浦風くん。ありがとうね」
「も、もしも傷が消えなかったら責任をとっておれが」
「二週間もすれば綺麗に消えると思うよ、安心してさん」
責任をとってくれようとする浦風くんの言葉を遮り、三反田くんはニコリと笑った。すると浦風くんは恥ずかしそうにはにかむ。
話した事はなかったけれど、この二人っていい人たちなんだな。いきなり攻撃してきて、いきなり引っ張って、浦風くんは怖いってちょっと思ったけど、いい人だ。
「なんか、さんって話してみたら結構普通なんだね」
「え?」
浦風くんが突然そんなことを言うものだから、私は目を丸くした。
まって、なに、私、浦風くんにどう思われてたの。
「さんって、作兵衛のこと好きでしょ? 作兵衛本人は気づいてないだろうけど」
「そうそう。こないだ食堂で作兵衛が食べ終わって出て行った後、さん作兵衛に向かって拝んでたでしょ? 他にも色々、わかりやすいなって」
浦風くんと三反田くんは顔を見合わせて笑った。
そんな……私、そんなにわかりやすかったの、か……!? は、恥ずかしいッ! 話したことのなかった浦風くんと三反田くんにまでバレて、私のバカ!! しかし、富松くんにバレていないというのは不幸中の幸いである。
「あ、あのっ!!」
「えっ」
咄嗟に、私は浦風くんの両手を握った。
「確かに私は富松くんをお慕いしてるけど……富松くんには内緒にしておいて欲しいの……」
「い、いいけど……」
はぁ、恥ずかしい。顔がめちゃくちゃ暑い。今絶対私の顔赤いぞ……。と思ってたら何故か浦風くんの顔がほんのり赤くて、三反田くんはそれを見て目を瞬かせていた。
「浦風くん、なんか……顔が赤……い?」
私が首を傾げると、浦風くんは私の手を振り払って私から目をそむけた。
「だ、だってそれはさんが可愛いから……っ!!」
「えっ……!!」
浦風くんの思いがけない台詞に、私の頬は更に熱が篭った気がした。
執筆:14年2月28日
修正:16年05月11日