浦風くんに「可愛い」って言われた、あの日以来――私は富松くんだけでなくて浦風くんのことも意識するようになってしまったらしい。
食堂でチラリと浦風くんの姿を見つけてはドキっとしてつい隠れてしまう。
一生富松くん一筋だと心に誓っていたのに、私ってば何て尻の軽い単純な女なのだろうか。嗚呼富松くんごめんなさい。こんな愚かなを許して下さい――って言っても、富松くんにとって私はただの顔見知りという関係でしかないのだけどね。
……っと、考え事をしながら歩いてたらいつの間にか忍たま教室の敷地まできてしまっていた。
用もないのに、富松くんのおわすこの神聖な場所にいられるかよ! 戻らなくては。
「……?」
今、何か変なものを踏んだ? 何だろうこの違和感。いや違う、踏んだんじゃない、踏んでないんだ。そしてこの浮遊感。
直後、私は落下したのだった。
「い、痛ーい!!」
思いっきりお尻から落下した私は悲鳴を上げた。
突然すぎて上手く受身も取れなかった……くのたま三年生のくせに情けなくなる。というか、何だこれ、落とし穴? いったい誰が。
「だーいせーいこーう」
落とし穴の上から棒読みだけどちょっとだけ楽しそうな声が聞こえてきた。そして、私が顔を上げると、紫色の制服の――四年生の忍たまが顔を覗かせた。
四年い組の綾部喜八郎先輩。噂で聞いたことがある、落とし穴を掘るのが大好きな天才トラパーだと。穴掘り小僧という異名も持っていた、はず。
私は不運にも、そんな彼の落とし穴にハマってしまったというわけだ。
「綾部先輩……あの、見ていないで助けて頂けませんか?」
「いいけど……ちょっと付いてきて欲しい所があるんだよね」
なんと、条件つきとな!
顔だけは知っている初対面の私についてきて欲しい所って、どこだろう。何かの手伝いでもさせられるのだろうか。
「わかりました。ついていきます」
それが、私の人生を大きく狂わせる選択だったとはこの時の私は知る由もなかった。
※ ※ ※ ※ ※
「連れてきたか。喜八郎、ご苦労だった」
「はーい、大変でしたよー」
私はこの状況が理解できずにいた。綾部先輩に穴から出してもらったと思ったら、縄で縛られて……ここに連れて来られて。よく考えたらこれって拉致じゃない? 私が一体何をしたというのだ!
それに、六年の立花仙蔵先輩と一年の笹山兵太夫くんと黒門伝七くんがいて。
そして――
「せ、先輩たちっ! 何してるんですかぁっ!! どうしてさんをこんな……!?」
浦風くんだ。
「どうして、だと? これは藤内のためだ」
立花先輩が楽しそうに答えた。
浦風くんのため? それじゃあ、今私がこんな状況なのは浦風くんのせい、なの?
「藤内はのことが好きなんでしょ? だから連れてきてあげたんじゃない」
私と浦風くんは、綾部先輩の言葉で身を固まらせた。
浦風くんが、私を、好き――?
私が浦風くんを見れば、浦風くんも真っ赤な顔で私を見ていて、そして目が合ってしまった。その瞬間、まるで火花が散ったように熱く感じた。一瞬で熱が篭る、私の顔。
「ち、違います!! さんのことは……その、可愛いと思っただけで。他意はありません。それに、彼女には好きな人がいるんですよ!」
「ほう」
浦風くんの必死な弁明に立花先輩は小さく笑った。そして縄で縛られたまま動けない私に寄り、ぐっと顎を持ち上げる。
「、どうだ? 藤内のことを好きになってみないか?」
うわ、立花先輩、男性のくせにめっちゃ美人さんじゃないか……じゃなくて!
ここで「はい」なんて言ったら私の富松くんへの気持ちはどこに行ってしまうの? 私が好きなのは、富松くんであって、浦風くんは――違う。
そう、浦風くんは初めて私を「可愛い」って言ってくれた。だから、ちょっと舞い上がっちゃっただけなの! それに、好きになってみないかなんて言われて易々と「はい」なんて言えるわけがない。
「す、好きに……なりません……」
「……」
ちらりと浦風くんの顔を盗み見ると、悲しそうな表情だった。
私は、浦風くんのことを傷つけてしまったのかもしれない。浦風くんが私のことを好きでなくても、今のはちょっと浦風くんに失礼だったかも。ごめんね、浦風くん……。
「富松作兵衛はお前のことなど好きでもなんともないのに、か?」
「……っ!!」
立花先輩の一言が、私に深く突き刺さった。何で私の好きな人が誰だか知ってるの。うわぁ、立花先輩にまでバレてるとかもう、これは学園中のみんなが知っているんじゃ。
それに、立花先輩にそんなことを言われなくても、わかってた。わかってたはずなのに、改めて他人の口からそんなことを聞くとかなりショックである。
「立花先輩! もうやめてください!」
浦風くんが私と立花先輩の間に割って、私を背に庇ってくれた。
「ごめんね、さん。おれがさんの話をしたら先輩たちが面白がっちゃって。作兵衛だって、いつかさんのこと好きになるよ。だって、さん可愛いもの」
どうして、浦風くんはこんなに優しいんだろう。私は浦風くんのことを傷つけてしまったかもしれないのに、どうして。
「浦風くん……」
浦風くんはにこりと笑いながら、私の縄を解いてくれた。
「……こんなことになって、本当にごめん。送るよ」
不意に、胸が苦しくなった。何でだろう。これは罪悪感、なのだろうか。だけど、立花先輩に浦風くんを好きになってみないかって言われた時、あそこで「はい」と答えたところで、本当に浦風くんを好きになる保証なんてないし。
私は、これでよかったのだろうか。
※ ※ ※ ※ ※
「甘いな、藤内」
「そうですねぇ……」
「浦風先輩はもっとがっつくべきですよね」
「なんとかしてあの二人をくっつけたいですね」
私たちがいなくなった部屋で、立花先輩たちが何かを企て始めたことを知ったのは、翌日のことだった。
執筆:14年2月28日
修正:16年05月11日