あたしが本当の名を名乗ると、ヒューバートの顔が真っ青になって。
あたしは思わず彼から目を逸らしてしまった。
ヒューバートが信じられないとボソリと呟く。
そして、蚊の鳴くような小さな声が彼の口から漏れた。

「だって、あなたは…・ウォーフでしょう?おかしいですよ、間違えてますよ」

「…それは母方の姓なんだよ」

あたしが答えると、ヒューバートは物凄い勢いであたしの両肩を掴んできた。
ぐぐっと強い力が加わり、あたしは痛みに顔を歪ませる。
それでも、今のヒューバートの心の痛みに比べたらこんな痛みは大した事ないのだろう。
長年親友だと思い続けていた者に嘘をつかれていたのだから…相当傷ついたはずだ。

「どうして今まで黙っていたのですか!どうしてあなたが…っ!」

ヒューバートの悲痛の声が、あたしに鋭く突き刺さる。
できることなら、今ここから逃げ出してしまいたいくらいに辛い。
ヒューバートのこんな顔、見たくなんてない。

「…全ては、夢を叶えるためだよ。軍に入って、ヒューバートと一緒に戦えた。
ありがとう、今まですごく楽しかった…これ以上の夢なんて、もうないくらいだよ」

「まだ、途中じゃないですか!ぼくはまだ満足していません!
が大統領のご息女だったとしても、これからも貴女と一緒に戦って…」

ヒューバートの目が潤んでいる。
何で、貴方を騙していたあたしなんかと一緒に戦おうって思えるの?
貴方にはもうあたしなんて必要ないはず、だって…

「ヒューバートには!!」

あたしが大声をあげて彼の言葉を遮れば、ヒューバートはビクリと肩を震わせた。

「ヒューバートには…もう、パスカルさんがいるでしょ?あなたの隣で戦うのはあたしじゃないんだってば!」

ヒューバートの胸を押し、彼の身体を引き離した。

「…………」

お互い呼吸が乱れて、しばらくの沈黙が続く。
先に沈黙を破ったのは、ヒューバートだった。

「わかりましたよ。それで…はぼくとパスカルさんをくっつけてリチャード陛下と結婚なさるのですね」

思いもよらない人物の名前を挙げられて、あたしは眉間に皺を寄せた。
まさか、ヒューバートはあたしがリチャード陛下に告白された事を知っている…?

「何で、リチャード陛下が出てくるの…?何で、そうなるわけ?」

「とぼけないでください。はリチャード陛下がお好きなのですよね?
だから軍を辞め、大統領のご息女という陛下に見合う立場に戻り、結婚する…そうでしょう?
リチャード陛下ものことが好きだと言っていました。良かったじゃないですか」

リチャード陛下は、ヒューバートに何を言ったの…?
そして、どうしてヒューバートはそんな風に言うの?
あたしがリチャード陛下と結婚したいからヒューバートとパスカルさんをくっつけようとしてる?
そんな馬鹿げた話、あるわけない。あって、たまるか!

「…ぼくとの縁談をなくしたのも、陛下が好きだからですよね」

ふざけんな…あたしの気持ちを知りもしないで、勝手な事言うなよ!

「違うよ!何言ってるの?ヒューバートにはもうパスカルさんがいるから、
そう思って…あたしは、あなたを諦めたんだからっ!!」

涙が止まらない。
何でヒューバートにこんなこと言われなきゃいけないの?
あたしはずっとヒューバートを好きだったのに、何でリチャード陛下を好きだと思えるの?

「あたしが好きなのはリチャード陛下じゃなくて、ずっとヒューバートなんだよ…っ」

言ってしまった。

「……!?」

怒りに任せて、声を荒げながらヒューバートに伝えてしまった。
ヒューバートは驚愕したまま口をパクパクさせている。
あたしははっと我に返り、口元を両手で覆うも時はすでに遅し。
ヒューバートはあたしの顔を見たまま真っ赤になっている。

もうやだ…なんでこう上手くいかないのかな…!

「ゆ、夢が叶った時、いつヒューバートに昔の告白の答えを伝えようって悩んでたの!
でも、ヒューバートはパスカルさんの話になると照れてたし、リチャード陛下もそれっぽい事言ってたじゃん!
そんな状態で好きだなんて言えるわけないし、正体明かして縁談を進めようと思えるわけないじゃない!」

「…それ、は…」

あたしは、申し訳なさそうに目を伏せるヒューバートの肩に掴みかかった。

「ねぇ、大統領の娘があたしだと知っていたら縁談を受けた?違うよね!?
だって、あなたはもうあたしを好きじゃないんだから!」

もうどうにでもなってしまえという思いで、本音を吐き出す。
あたしってどれだけバカなんだろう。
本当はただ、ヒューバートに正体を明かして潔くさよならを言いたかっただけなのに。
あたし、超かっこ悪い…。
好きだなんて、こんなこと言ったら、ヒューバートだって迷惑だよね。
もう、何もかも終わりだ…!

「受けるに決まっているじゃないですか!!」

ヒューバートが、突然あたしを抱きしめた。

「…へ!?」

受けるって…縁談を?
何でよ…だって、ヒューバートが好きなのはあたしじゃなくて、パスカルさんじゃないか。
あたしとの縁談を受けたら、パスカルさんはどうなるの?
おかしいよ、おかしいよヒューバート。

「でも…っ」

あたしがヒューバートから離れようと抵抗するも、ヒューバートは更に力を強める。
そのままあたしたちはバランスを崩して、ベッドの上に落ちる。
ヒューバートがそのままあたしの上になり、彼の真っ赤な顔が間近に迫った。

ちょ、これは一体何が起きているの?

「ああ、もう!ぼくは今でもが好きなんですよ…!パスカルさん?確かに気になってましたよ。
ですがのことはそれ以上に気になって…いえ、はっきり言って大好きです!昔からずっとです!」

半ば自棄になったヒューバートの告白に、あたしの心臓が飛び跳ねた。
ヒューバートは、パスカルさんじゃなくて、あたしを選んでくれた…?

「ヒューバート…あたしでいいの?」

「当たり前じゃないですか…ぼくだって夢が叶ったらと付き合うことを夢見てきました。
ですが、リチャード陛下とのことがあり、諦めた時にパスカルさんが気になりだして…。
でもそれは一時の気の迷いなんです!あの…辛い思いをさせてしまってすいませんでした」

そっか、ヒューバートは、あたしの返事を待っててくれていたんだ。

「ううん、あたしこそ…ずっと待たせちゃってごめんね。
もっと早くに自分の気持ちに気づけてたらこんなことには…」

「いいえ、今こうして返事をもらえましたからいいんです。
ただ、が閣下のご息女だということには本当に驚きましたが」

ヒューバートがあたしの涙をぺろっと舐めた。
あたしがくすぐったくて笑うと、ヒューバートも小さく微笑んでくれた。

どうやらあたしたちは遠回りをしていたようだ。
それも、あたしのわがままと勘違いによるもので…。

「ヒューバート、ごめんね…大好き」

あたしはヒューバートに手を回し、彼の首筋に顔を埋めた。
すると、ヒューバートはあたしの耳元で呟く。

「縁談は破棄になりましたが…もう一度、チャンスをください」

その言葉に、あたしは目を見開いた。

「…いいよ、いくらでもあげる」

あたしとヒューバートはそのまま唇を重ね合わせる。
初めてのキスの味はしょっぱく、涙の味がした。


「ぼくと、結婚してくれませんか?」



23:恋人以上夫婦未満




ヒューバートが大統領の娘とお見合いだと!?という衝撃の勢いだけで書き始めたこの作品。
一時期ヒューバートにはパスカルがいるしなーってことで、連載を辞めちまえと思った時期もありました。
でも、やっぱりお見合いの話のくだりとかは書きたくて…なんとかゴールすることができました!
でも、この後のリチャード陛下を想像すると不憫すぎる…!笑

執筆:12年5月20日
修正:12年5月23日