僕はどうして仲間を信じることができなかったのだろう。あの時、仲間を信じて助けを求めていたら、どうなっていただろう。
 水中で息ができない僕は苦しさにもがきながら何度も何度もそんなことを考えていた。

 ――最期に見た、スタンの表情。僕は、本当はもっと、あいつらと……。

『坊ちゃん……』

 なぁ、シャル。僕は本当にこれでよかったと思うか? できることならもう一度……生きたい。



※ ※ ※ ※ ※



 先程から、携帯のアラーム音が私の枕の下で鳴り続いている。
 うるさい……とは思いつつ、面倒くさくてアラームを切るのが億劫になる。失敗した、今日は土曜日だ。折角の休日なのに早起きなんかしたくない。うるさいうるさいうるさいうるさい。
 アラームの音がブツリと切れた。おかしい。いつもならまだ続くはずだ。

「何だ……、これは……」

という聞いたことのない低い声がしたので、私は眉間に皺を寄せた。
 私はそっと目を開ける。そこには、妙な格好をした少年。そして、その手には私の携帯と剣。窓から差し込む朝日の逆光で、顔はよく見えなかった。
 その時、私の脳裏に浮かんだのは「不思議」「あ、綺麗」「眠い」。
 目を擦って、再び少年を見て、何が起こっているのかを把握した。

「――は?」

 そこにいるはずのない、人。だって、玄関の鍵は掛けたもん。窓のカーテンは開きっぱなしだけれど、窓の鍵は掛かってるもん。
 ふと、少年と目が合った。少年は目を見開き、息を飲む。
 私は危険を察知し、咄嗟に体を起こして少しでもその少年から離れようとした。しかし、少年は私をベッドに押し戻し、剣を向けた。
 私はズバ抜け運動神経も反射神経もいいわけではない。避けることもできずに少年の剣が私の首の横を掠めた。

「ひ……!」

 恐ろしさのあまり、泣きそうになる。妙な格好をした少年、その手には刃物。銃刀法違反だ。どうやってこの家に入ってきたかはわからないけれど、明らかに不法侵入。つまり、この人は犯罪者?
 恐怖で体が震える。

「お前、誰だ!?」

 少年の問いに、震えながらも必死に答えようとする。だけど、口が上手く動かない。
 いやむしろお前が誰だ。ここは私の家で、私の部屋なのだぞ!?
 よく見れば、年は私と同じくらいで、綺麗な顔をしていた。あまりにも綺麗なので、いつのまにか、恐ろしさを忘れていた。
 それ以上に、私とあまり年が変わらなそうだということに、強気になれたんだと思う。

「あ、あなたこそ誰。勝手に人の部屋に入って何してるの?」

「質問しているのは僕だ。答えろ」

 あまりにも生意気な、この態度。
 私は少年の綺麗な顔に向かって力いっぱい拳をぶつけた。
 少年がひるんだその隙に起き上がり、剣を取り上げる。

「あんた、自分が今何してるかわかってる? これ、脅しだよね? しかも凶器持ってるし不法侵入だし、そんなに人生をブタ箱で過ごしたいワケ?」

「自分が今どのような状況にあるかわからないから質問をしているんだ。お前が僕の質問に答えればいいだけだろう!」

 自分が劣勢であってもこの強気。しかも自分が中心なんだ的な考え。
 こんなタイプの人間は何人も見たことあるけれど、ここまで強烈なのは今まで見たことがない。

「私は。ここは私の家で私の部屋。これでいい? それで、あなたは誰でどこからどうやってここに入って来たの? 何が目的?」

「……リオン・マグナスだ。気づいたらここにいた。どうやってここに来たのかは知らない。ここがお前の部屋だということはわかった。ここは、どこの国だ? セインガルドか? フィッツガルドか?」

 リオン君の口から出てくる、意味不明な言葉。そして知らない国の名前。
 どうやってきたか覚えてない? 私の部屋に入ってきていきなり記憶喪失? そんな、ありえない。
 そもそもリオン君の服装からして、彼はこの国の人間ではないことが伺える。彼の様子から、コスプレではなさそうだけど……。

「ここは日本って国。私、地理は得意じゃないけど……セインガルドもフィッツガルドも聞いたことがない国名だよ? あの、なんていうか……君、頭大丈夫? 記憶喪失じゃないよね?」

 記憶喪失にしては自分のこととかははっきり覚えてるみたいだし。
 ……ボケちゃったのではないだろうか。

「記憶は……大丈夫だ。ここまで来たときの記憶が抜けているが、それ以外のことは覚えているからな」

 どうすればいいんだ。こんなことに巻き込まれちゃった私は。
 それに問題なのは、これからリオン君をどうすればいいかだよ。

「ま、まぁ、とにかく詳しい事はリビングでゆっくり話を聞こうか?」

 お腹もすいたし。何か食べながら話を聞こうじゃないか。



※ ※ ※ ※ ※



 うちのは父、母、私の3人家族だ。
 だけど、両親は海外で仕事をしていて、なかなか家に帰ってくることはなく、一人暮し同然の生活を送っている。
 小さい頃は、海外に住んでいたこともあったけれど、やっぱり日本での暮らしが好きだ。だから私だけ日本に残って暮らしている。
 リオン君をどうするかは私が決めなくてはならないが……あとで一応両親に相談するとして。
 彼の話を聞いていると、どうやら彼は異世界からきたらしい。信じられないけど。
 彼はセインガルドという国の客員剣士で、オベロン社という会社の御曹司サマだとか。
 仲間を助けるために、一人洞窟に残り、濁流に飲まれたらしい。
 それから意識がぶっとんで気が付いたら私の部屋にいたのだそうだ。
 これは本当に異世界から来たと考えるしかなさそうだ。言動からして嘘は感じられないし、おかしな服装もしてるし。
とりあえず警察に通報するのはやめておこう。

「……で。リオン君はこれからどうするつもりなの?」

 私が訊ねるとリオン君は困った顔をした。

「考えていなかったな。僕はこの世界の事もあまり知らない」

「だろうね。当ても無いんでしょう? じゃあここ暮らすしかないんじゃないかな。私の両親、海外で働いてるから部屋も空いてるし。リオン君さえよければ……」

 ……うん。一人暮らしはもう慣れてる。
 だけど、やっぱり、一人暮らしするのは寂しいときもあるし、辛いときもある。私としても、同居人がちょっとは欲しいかなーって思うし。だから、私はリオン君がうちに住むことになっても大丈夫。むしろ、嬉しいかもしれない。
 けど、それはリオン君の返答次第だ。

「いいのか?」

 リオン君が怪訝そうに訊ねる。
 それは、うちに住んでもいいっていうこと、だよね?
 思わず訊き返してしまう。

「え? いいの? うちで」

 一瞬、リオン君が不思議そうな表情をした。

「他に頼れるものもいない。お前がいいと言うのならありがたく住まわせてもらうが」

「あ、うちは構わないよ。むしろ嬉しいよ。だって、新しい家族ができたみたいじゃん」

「……嬉しいだと?」

「うん。うち、小さい頃から両親とも家にいなかったから、私ずっと一人だったんだぁ。家に帰ってもおかえりって言ってくれる人もいなかったから、嬉しい、かな!」

「……そういうことか」

 リオン君が小さく頷いた。

「それに! 家事だってちょっと楽できるじゃん! もちろんリオン君も家事を手伝ってくれるでしょ?」

「……僕も家事を手伝うのか。まあ、いいだろう」

「やった! じゃ、改めてよろしく、リオン君!」

 私が手を差し出すと、リオン君は一瞬手を差し伸べたが、困ったように引っ込めてしまった。

「ああ、……えっと」

だよ」

 私の名前も覚えてくれてなかったのか。
 少しだけ、不安になってきた。



※ ※ ※ ※ ※



 リオン君に部屋を割り当てて、適当に生活に必要なものも揃える。
 その部屋は何年も使っていなかっただけに、汚い。掃除するだけで半日もかかってしまった。しかも、まだ終わらない。
 そうだ。服がないな。明日この世界の勉強がてら、買い物に連れて行ってあげよう。
 それと、私は両親にリオン君のことで電話して了承を得た。
 案の定、両親は異世界から来たということを信じてくれなかったが、なんとか頑張って説得して見せた。無駄に常識にとらわれているような人たちじゃないってわかってたけどね。学校の入学手続きもやっといてくれるらしい。
 なんだかんだで折角の休日が、リオン君のおかげで潰れてしまった。
 だけど、新しい家族のためだ。休日1日分の損に悔いは無い。

「ああ、そうだ。リオン君、今日は私の部屋で寝てくれないかな。まだリオン君の部屋掃除し終えてなくって」

「……わかった。しかしはいいのか? 僕と一緒で」

「ああ、私は構わないわ。ただ、変な事したらねじ伏せるからね?」

私がそう言うとリオン君はフン、と鼻で笑った。

「誰がお前のような野蛮人を襲うか」

「そ、それはそれで失敬な!」

 私はリオン君を部屋に連れて行き、私の持っている男物の服をリオン君に貸した。
 リオン君が着替えるので私は部屋の外に出た。

「明日は服買いにいこっか」

 私はリオン君が着替え終わったところで部屋に入り、サイフとケータイを鞄にに詰め込んで言った。

「僕は一銭も持っていないぞ。持っていたとしても、異世界の貨幣は使えないだろうしな」

「ん、いいよ。私が買ってあげるわ。ていうか親のお金だけどね」

 コスプレでもさせるために着ぐるみメイド服とか買っちゃおうか、なんて考えていると、リオン君は私の思考を察したのか、怪訝そうに睨んできた。
 私は昼間のうちに干しておいた布団と毛布を部屋に敷き、枕をリオン君に投げつけた。
 リオン君は「いきなり何をするんだ」という顔で私を睨む。私は自分の枕を持ち上げてニカっと笑った。

「枕投げやらない? なんかね、部屋に誰かを泊めるとやりたくなるんだよね!」

「そんな子供じみたことなど誰がするか」

 リオン君は布団の上に枕を置くとすぐに毛布に包まってしまった。

「酷いなぁ。リオン君って精神年齢とプライド高いねー」

 私も渋々と枕を置くと、ベッドの上に座り込んでリオン君を眺めた。するとリオン君はうつ伏せになって答える。

「お前が子供過ぎるんだろう」

 私は電気を消すとベッドに寝転がり、ベッドの上からリオン君に言った。

「どうせ子供ですよ。おやすみー、リオン君」

「ああ」

 リオン君は布団の上から頷いた。





執筆:03年2月20日
修正:16年05月14日