『坊ちゃん……何があったんですか?あんなにのことを好きだったのに、どうして忘れちゃってるんですか!』

「僕があの女を好きだと?夢でも見たんだろう。僕が好きなのは、彼女だけだ。昔も今も……そして、これからもずっと――」

『本気で言ってるんですか?』

「――本気だ」

『見損ないましたよ、坊ちゃん。あなたがを悲しませるなら、僕が彼女を貰いますよ?』

「――――」

『坊ちゃん!』

「あんな女、知らないはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだ! どうしてを見ると胸が締め付けられる感じがするんだ……」



※ ※ ※ ※ ※



「いいえ……正確にはマリアン・フュステルの娘、エミリアよ」

「――マリアンさんの娘?」

 私は立ち上がり、エミリアさんを見た。
 マリアンさんって人はリオンが昔好きだった人の名前。リオンは彼女を守って死にかけたって言ってたっけ。
 ――マリアンさんの娘さんが、どうして。

「あなたがリオンを攫った犯人なの?」

「攫った? 違うわ、取り返しただけよ」

 エミリアさんが不敵に微笑んだ。

「母は、リオンが死んだのは自分のせいだってずっと私にいい聞かせてきたわ。だから私は母の代わりに……リオンを幸せにしてあげるの」

 エミリアさんが、リオンを幸せにする、だって? だから、リオンを攫ってきたと? そんなの、納得できない。

「そのために私は父が遺したレンズを用いる技術を使って人を生き返らせる機械も作ったし、人の記憶を改変させる機械も作ったわ。リオンを生き返らせようと遺体を捜してもこの世界にはなかった。まさか異世界で生きていたとは思わなかったわ。シャルティエの仕業なのでしょう?」

 シャルの名前を出した途端、エミリアさんが眉間に皺を寄せた。知らなかったとはいえ、シャルがエミリアさんの計画を邪魔した事が気に食わなかったのだろう。
 それよりも――。

「リオンの記憶をいじってまで彼を幸せにするなんておかしいよ。だって、それって本当の幸せじゃなくて、作られた幸せでしょう!?」

 リオンが、エミリアさんの玩具のように扱われて私は腹が立った。エミリアさんがリオンを幸せにする、その意気込みはステキだ。でもやり方が汚い。結局、ただの自己満足に過ぎないんじゃないの?

「リオンが生きているなら記憶をいじらなくてもよかったわ。だけど、あなたが邪魔をしたんじゃない! あなたがリオンをたぶらかしたから……!」

 エミリアさんは眉間に皺を寄せて私を睨みつけた。憎悪に満ちた目をしている。そして、彼女の手には武器になりそうな機械もある。
 今はシャルもいないから、私に勝ち目はない。それだけど――

「確かにリオンはマリアンさんのことが好きだったらしいけど……でも、今はもう昔のリオンとは違う! 新しい世界で、リオンは自分自身で幸せを掴み取ろうとしているんだよ! どうしてリオンの気持ちを大事にしないで自分の都合のいいように記憶を改変するの? バカかお前!」

「あなたには母の苦痛な思いは理解出来ないわ。私のやることに無関係なあなたが口出ししないで!」

 エミリアさんが私に向けて武器を突きつけてきた。それでも、私は怯まない。

「エミリアさんは……あなたがやってることは本当にリオンを幸せにできると思うの? ぶっちゃけるとさ、あなたがやってることはただのお人形遊びなんだよね!」

 エミリアさんが鬼のような形相で私の胸倉を掴んだ。

「うるさいわね! あなたがどう足掻こうともう遅いわ! これからリオンはずっと私と幸せに暮らすのよ!」

 そう言って私を壁に叩きつけた。鈍い痛みが背中を襲う。

「エミリア!」

 物音を聞きつけたのか、リオンがエミリアさんに駆け寄った。

「ごめんなさい、リオン……大丈夫よ」

 エミリアさんがうっすらと微笑むと、リオンがほっと胸を撫で下ろした。そして、私を睨みつける。

「エミリアに手を出すのなら、容赦しない」

 ――私はシャルを向けられた。
 リオンの表情はとても冷たくて、私の知っているリオンじゃない。

『坊ちゃん! やめてくださいよ! もう、を傷つけないでください!』

 シャルが言っても、リオンは聞く耳を持たない。
 手を出されたのは私だ。エミリアさんじゃない。リオンの彼女は私だ。エミリアさんじゃない。

「私、リオンのこと信じてるよ。思い出してくれるよね? てゆか、思い出せよ!」

 私が信じなかったら、リオンは絶対に私のことを思い出してくれないと思う。
 今まで一緒に過ごしてきた日々は決して無駄なんかじゃない、私たちの絆は強いんだって信じる。

 ――私は泣きながらリオンを見つめた。

「う、うるさい……黙れ!」

 リオンが、シャルを振り下ろした瞬間、声が聞こえた気がした。

 ――ダメよ、エミリオ。

 次に目を開けると、私はいつの間にかリオンに抱きしめられていた。身体を震わせながら泣いているリオンを抱きしめ返す。

「あれ、リオン……?」

、すまない……僕はなんてことを……!」

「いいよ。リオンの泣き顔見れたからおいしいし」

「馬鹿が……」

 貴重なリオンの泣き顔を見れて、内心嬉しかったりする。
 それにしても、なんというタイミングで思い出してくれたんだリオン。それに、あの声は一体何だったんだろう?

「そんな馬鹿なことあるわけ……!!」

 エミリアさんがぶんぶんと首を横に振る。いつの間に人間の姿になったのか、シャルがエミリアさんを拘束した。

『エミリアさん、坊ちゃんとに手を出した罪は重いですよ』

 イケメンシャルがニヤリと笑うと、エミリアさんの顔は真っ青になっていく。

「エミリアと言ったな。悪いが……話を聞かせてもらおうか」

 リオンが言い放つと、エミリアさんは放心してその場に座りこんでしまった。
 でも、よく考えるとこの人だってやり方は強引だけどリオンの幸せのために必死だったんだろうな。



※ ※ ※ ※ ※



 あの後、エミリアさんから詳しい話を聞くために、私たちの世界に戻ってエミリアさんとお茶をしながら話を聞いていた。
 どうやらマリアンさんはリオンが向こうの世界で死んだ(ということになっていた)後、かなり嘆いたらしい。その時身ごもっていたエミリアさんを出産し、マリアンさんはエミリアさんが生まれてから、毎日リオンが自分のせいで死んだということを悲しい顔をしながら話していたそうだ。
 そしていつしか、マリアンさんは疲労で帰らぬ人になった。そんなマリアンさんを見て、エミリアさんはリオンを生き返らせて、自分がマリアンさんの代わりにリオンを幸せにしようとしていたのだそうだ。

「ごめんなさい。私は間違ってたわ。今のリオンの幸せを壊してまで、私があなたを幸せにするわけには……いかないわよね」

「いや、それはもういいのだが、……お前がマリアンの娘だったとは!」

 リオンはマリアンさんに子供がいた事に相当ショックを受けたようだった。

「わぁぁぁああエミリアさんってばなんて健気! よし! 私の胸に飛び込んで来いよ!」

 そして私はエミリアさんの苦労話に涙していた。

は呑気だね。坊ちゃんが昔大好きだったマリアンにそっくりなエミリアがこんなに近くにいるんだよ? もしかしたら坊ちゃん、エミリアのことを好きになっちゃうかもしれないのにね。そしたら僕が人型になってを慰めてあげるからね!』

「フフフフ。シャル……オメェ何をほざいていらっしゃるのかしら?」

 生意気な口を叩くシャルを鋭く睨み、指をボキボキ鳴らしてみせる。するとシャルは「坊ちゃ~ん」と情けない声を上げた。

「ふふっ。大丈夫よ、。もしリオンが私のことを好きになってくれたとしても私とリオンにはどうしても結婚できない理由があるの」

「結婚できない、理由?」

 私が問いかけると、エミリアさんはクスクスと笑った。

「実はね、私の父親は……リオンと同じ父親であるヒューゴ様なの」

「「『えぇぇえええええええぇぇ!!!??」」』

「つまり、私とリオンは異母兄妹というわけ」

 私とリオンとシャルはしばらく驚きで何も言えなかった。ただ一人、エミリアさんだけはにこにこと笑っていた。

「マリアンが、ヒューゴと…!」

 かなりショックだったらしく、リオンは口をパクパクさせていた。
 なんとなく複雑な気持ちではあるけれど、リオンの気持ちもわからなくもない。好きだった人を自分の父親のお手つきだったなんて知ったら……ねぇ。

「母の話だと、母はヒューゴ様の奥様であり、リオンのお母様であるクリス様にそっくりだったと」

「……そうか。ハハハ、そういうことか」

 自嘲気味に笑い出すリオン。衝撃の事実を伝えられたというのに笑っていられるなんて、頭がおかしくなったのだろうか。

「リオン? ……いでででで!!」

「いや、もしかしたらとは思っていた。ヒューゴがマリアンを雇った理由」

「いや、だからどうして私の頬を引っ張る!?」

「お前、今愉快なことを考えただろう?」

 バレた。

「いやーん! 何も考えてないですよー」

「――――」

「いでででででででで!!!!」

『坊ちゃん……』

 リオンが私の頬を放すと、どんよりと、暗い雰囲気になってしまう。せっかく事件が解決したんだから、もっとパァーっとやりたい。どうにかして、この場を盛り上げなくては!

「そ、それよりもさっ! エミリアさんはこれからどうするの? よかったら、私たちと一緒にこの家に住む? 部屋も一つ余ってるしさ? リオンと兄妹なら、リオンも家族が増えて寂しくないんじゃないかなぁ?」

 そう提案すると、エミリアさんは苦笑いを浮かべて首を横に振った。

「ありがとう、。だけど、私はリオンとの幸せを邪魔したくないの。リオンを幸せにできるのは、、あなたなんだから、母と私の変わりにしっかりやってね」

「ま、任せて!」

 エミリアさんは嬉しそうに微笑んだ。リオンは顔を真っ赤にしながらソッポ向いている。

「それじゃ、私はそろそろ向こうの世界に戻るわ。レンズさえあれば、この世界と向こうの世界を行き来できるから、いつでも遊びに来れるし……また来るわね」

 エミリアさんが、元の世界に帰るための機械を起動させた。すると、エミリアさんの身体がみるみるうちに透けていく。
 ――最後に、満面の笑みを浮かべてエミリアさんは帰っていった。



※ ※ ※ ※ ※



「いつでも、あの世界に戻る事ができる、か――」

 そう呟き、リオンはシャルを見つめた。
 シャルがいれば、リオンもいつでも向こうの世界に帰る事ができる。それを知った今、リオンはどう思っているのだろうか。

「リオンは、やっぱり向こうで生きていきたい?」

 不安げに訊ねれば、リオンは口の端を上げた。私の頭を優しく撫でて、頬に唇を落とす。

「いや、僕は向こうの世界では死んだ人間だ。僕はこの世界で、お前と共に生きるさ」

「――そっか」

 それを聞いて、安心した。もし、リオンが向こうの世界に帰りたいって言ったらどうしようかと思った。もちろん、私もついていくつもりだったけれど、やっぱりこちらの生活を手放すのも惜しくて……。

「だが、たまにはお前と一緒にあの世界を旅するのも悪くはないだろう」

 旅、と聞いて私は苦笑した。だって、向こうの世界には魔物がいるとシャルから聞いた。

「あはは、でも、向こうの世界はいろいろと物騒みたいじゃないですかー」

「僕が、お前を守る」

「うん、じゃあ、行こうかな」

 リオンと旅、かぁ。折角ファンタジーな世界に行けるんだから、行かなきゃ損だよね。
 ファンタジーといえば、あの時の不思議な声だ。

「そういえばね、リオンが私のことを思い出してくれた時に声が聞こえたの。ダメよ、エミリオって。あれは、何だったんだろう?」

 なんとなく、あの声がリオンの目を覚まさしてくれたって感じではあったんだけど。
 私が首を傾げると、リオンは目を細めた。

「――あれは確かにマリアンだった」

 リオンは苦笑する。ということは、聞こえたのは私だけじゃなくて、リオンにも聞こえていたのか。
 そっか、私たちはマリアンさんに助けられたのかぁ。だけど、ひとつ疑問が残る。

「でも、エミリオって誰?」

「言っていなかったか?僕の、本当の名だ」

「ああ、だからエミリアさんの名前がエミリオとマリアンで足して2で割ってエミリアみたいな?」

 私はお茶を啜り、煎餅をかじり、一人納得した――

「――ってオイ、本名って何だよ! 今まで偽名だったのか!」

 バンッと机を叩き、リオンを睨みつける。
 なんだよ、今まで私がリオンとか呼んでたのは偽りだったのかよ!

「お、教える機会を逃していただけだ。これからは、二人きりの時は、エミリオと呼んでくれればいい」

「今更エミリオ、ねぇ……」

 私がジト目でリオンを見ていると、リオンは不敵に微笑んだ。

「そうだな、子供を作る作業の時に呼んでくれれば完璧だな」

「ばっ……! はいはーい、セクハラ発言でーす。エミリオさん、アウトー」

 私がプイっとソッポ向くと、リオンの腕が私の体に絡む。そしてぎゅっと抱き寄せられた。

「可愛くないヤツだ」

「可愛くないヤツならどうして抱きしめてるのかな?」

「可愛くないところもひっくるめてを愛してるからだ」

「――素直じゃないなぁ。まぁ、そんなところも好きだけどね、エミリオ」


こんな非現実的な恋愛もまた運命――。






完。

→あとがき


執筆:05年7月30日
修正:12年5月4日