リオンが異世界から来たとか、ほとんど忘れていた。小さい頃からずっと一緒だったような感じで、いつのまにか私にとってリオンは傍にいて当たり前の存在になってた。
 リオンとずっと一緒にいられるって思ってた。いつか結婚して、子供を産んで二人で立派に育て上げて、おじいちゃんおばあちゃんになったら二人でのほほんと暮らして生涯を閉じる。
 ――それが私たちの人生だと思い込んでいたんだ。
 だから、リオンがどうやってこの世界に来たとか、その理由とか、全然考えていなかった。

 こんなに早くお別れが来るなんて、思いもしなかった――。



※ ※ ※ ※ ※



 ――リオンがいなくなった。
 いつも私より早起きなリオンがいないのを不審に思って、リオンの部屋に行ってみると、既にリオンの姿は無かった。
 最初はコンビニにでも行っているんだろう、コーラとスイーツがふと食べたくなったんだろうなぁと軽く考えていた。
 だけど、お昼になっても帰ってこない。まず、私に何も言わずに出かけるなんてことがない。
 時間が経つに連れて心配が大きくなってくる。
 ままままままさか私に愛想尽かして家出したんじゃないだろうかとか、コンビニに行った帰りに事故に遭ったとか考えたけど、そうではなさそうだ。
 リオンの部屋を物色していて見つけたシャルが今私の手にあるから。リオンが大切なシャルを置いて家出するはずないし、リオンが事故れば家に何かしら連絡があるはずだ。

「シャル……本当にリオンが何処に行ったか知らないの?」

『うん、僕が起きた時にはもう坊ちゃんはいなくて。捜そうにも僕はこんな身体だから……』

「人間の姿になればいいじゃない! イケメンはぁはぁ!」

『あはは、そんなことしたら坊ちゃんに殺されますよー。にゾッコンな坊ちゃんがイケメンな僕に嫉妬しますからぁ』

「ちっ」

 美青年シャルを久々に拝めると思ったのになぁ。
 いやいや、今はそれどころじゃないや。 早くリオンを捜さなくちゃ!

「靴はあったの。裸足でなければ外には出てないはず。でも、携帯は電源が切れてたっぽいの。トイレも洗面所も捜したけどいなかった」

『この部屋に何か手掛りがあるかもしれないね』

「うん……」

 私はリオンの部屋を見回す。相変わらず殺風景な部屋……綺麗に片付けてある。
 私は何気なくベッドの下を覗きこんだ。

「あっ……!!」

『何か手掛りがあったの!?』

「やっぱりあった、エロ本発見ー!! ベッドの下に隠すとか典型的過ぎるよねぇ」

 ベッドの下に隠してあったエロ本を手に取り、ペラペラと捲る。 色っぺぇお姉さんのヌード写真がいっぱいだ。やっぱりリオンきゅんも健全な男の子だったんだね。

……真面目に坊ちゃん捜す気ある?』

「あ、あるよ!! 失敬だにゃー!!」

 好奇心旺盛なんだから仕方ないじゃないか!それにしても、リオンは何処にいるんだろう。
 私はベッドの上にエロ本を落とす。 すると、エロ本の間から一枚の写真がひらりと床に落ちた。

「――ん?」

『あ!それは――』

 その写真を見て、私は絶句する。その写真に写っていたのは、私の寝顔。しかも口から涎がタラリ。
 その写真と同じように思わず涎がタラリと出た。

「――ナニコレ。盗撮デスカ、アノヤロー」

『坊ちゃん……だから僕はやめた方がいいって言ったのに……』

 私は写真を破き、ゴミ箱に捨てた。さて、リオン君捜索再開だ。見つけ次第ぶん殴る。

「クソッ!! 盗撮なんかされて気分悪いわゴルァ!!」

 私は躊躇わずにリオンの部屋のクローゼットを開ける。 他に何か隠していないでしょうね!?

「……特に何も無さそう」

 私は盗撮写真が無いと思い、クローゼットを閉めようとした。

『坊ちゃんのあの服が無い……』

「え?」

『服が無い! 向こうの世界で着ていた服が無いんです!』

「えぇ!?」

 ていうことは、もしかしてリオン――
 コスプレイヤーとしてどこかのイベントに行ったのか!? だとしたら靴があるのも頷ける。まさか家からあの服で行くとはなんという勇者……!

『それは違うって。坊ちゃんはと違って同人関係に全く興味ないもの』

「うるさいわね。つか、人の心読むなっつの」

の考えそうなことは心読まなくてもわかりますって』

「……ソーディアンはマスターに似るってか」

 って、今はそれどころじゃないっての。 もう、何処に行っちゃったのよリオン!!

「はぁー、元の世界に帰っちゃったって事はないよね?」

『――まさか!』

 そう言って、突然シャルが焦りだした。

「シャル? 何か手がかりでも?」

の言う通りかもしれない……!』

 シャルが何を言っているのかは私にはよくわからない。だけど、シャルは何かを知っている。

「シャル? どういうことなの!?」

! きっと坊ちゃんは元の世界にいます!』

 シャルが切羽詰ったように大声を上げる。私は何がなんだか分からなくて戸惑ってしまった。
 いや、ちょっと待ってよ、元の世界にいるとして、リオンはどうやって帰ったって言うの? それに、シャルを置いていくなんておかしい。

「え、帰る方法が見つかったの? でも、何でこんなに突然……」

『良かれと思って今まで黙ってたけれど……坊ちゃんをこの世界に連れてきたのは僕なんです』

 思いがけないシャルの告白に、私は絶句した。
 ちょ、お前なんで今まで黙ってたんだよ! まさかシャルがリオンをここに連れてきた犯人だったなんて……犯人は意外と身近にいるもの、なんだね。

「シャルが、リオンをここに連れてきた……って何で?」

『あのまま元の世界にいれば、坊ちゃんは確実に死んでいました。坊ちゃんを助けるためには僕のコアレンズを使って異世界に飛ぶしかなかったんです』

 ただ、どういう世界に飛ぶのかはわからなく、運よくこの幸せな世界に辿り付けたとシャルは言った。
 リオンが死に掛けてたとか、シャルが助けたとかって言うのは、リオンがこの世界に来た経緯について話してくれたときに「濁流に飲まれた」と話していたのを思い出す。
 ――恐らく、それの事だ。

『本当は帰ろうと思えばいつでも帰れた……でもそれをしなかったのは、坊ちゃんにはこの平和な世界で幸せな人生を歩んで欲しかったから……。もう、嫌だったんですよ。坊ちゃんが辛い思いをするのは!』

 シャルが悲しげに語る。シャルは本当にリオンのことを大切に思っているということがひしひしと伝わってきた。
リオンを助けて、更にリオンの幸せを願うシャル。
 彼女である私よりもずっとずっとリオンのことを考えていて、なんだか悔しかった。

『だけど、何者かが坊ちゃんだけを元の世界に連れて帰った……理由はわからないけれど』

 それしか考えられない、とシャルが呟いた。

「え、超展開過ぎて頭がついていかないんだけど」

『と、とにかく……お願いです、僕と一緒に坊ちゃんを助けてください!』

 つまり、リオンは元の世界の何者かに攫われたという解釈でいいのかしら。うん、とにかく、もうリオンに会えないとか、私が耐えられない。

「もちろん! ……ってことは、リオンとシャルのいた世界に行くって事だよね?」

 いつかは行ってみたい、そう思ったことはあるけれど、まさかこんな形で行く事になるなんて思いもしなかったわ。

『大丈夫、魔物と戦う事になっても、いざとなったらに僕を使ってもらうから!』

「え!? ちょ、魔物ってなに」

 私がシャルに抗議しようとした瞬間、視界が揺らいだ。そして辺りが暗くなるのを感じた。



※ ※ ※ ※ ※



「ここが、リオンのいた世界――」

 今までいたはずのリオンの部屋ではなく、全く知らない部屋だった。ちょっとボロい感じの部屋……?
 ただ、日本っぽい作りではなく、外国風の作りだ。

「ていうか、異世界に来たはいいけれど、これからどうやってリオンを捜すというの?」

『それなら大丈夫、僕が坊ちゃんの匂いを辿ってここまで転移しましたから、近くにいるはずです』

 匂いってお前は犬か。とにかく、リオンを探して助け出さなきゃ。

「よし、捜しますか!」
『――! 坊ちゃんがいましたよ!』

「見つけるの早ぇなオイ!」

 私が意気込んでいるのを遮り、ほらあそこに、とシャルが嬉しそうに声を上げる。部屋の隅のソファに、リオンがぽつんと座っていた。
 はぁ、やっと……見つけた。攫われたと思ってたから、牢屋に閉じ込められているとかを想像してたけれど、無事でよかった。

「リオン……もう! 探したんだからね!」

 私は急いでリオンに駆け寄った。そして、リオンの手を取ろうとする。

「――誰だ?」

 リオンは咄嗟に私を避ける。そして、ギロリと私を睨みつけた。

「は? 私、だよ……?」

……? 誰だか知らんが、僕に近づくな。それに、何故貴様がシャルを持っている!」

「え……?」

 そして、私の手からシャルを奪おうとしたのか、私の手に手をかけようとした。
 けど、私はとっさにリオンの手からシャルを持っている手を離し、空いてる手でリオンを殴った。しかし、リオンはすっと避けてしまう。

「……なんの真似だ」

「いやいや、リオンこそ……何?どうしちゃったの?」

「その剣は僕のものだ。返してもらおう」

『ちょ、坊ちゃん……!?』

 シャルを奪おうと私に近付いてくるリオン。私は後ろに下がりながらリオンに向かって叫ぶ。

「ねぇ、何で!? 何で私のこと忘れてんの?! 冗談、だよね?」

 しかし、リオンの返事は私の望んだ答えではなかった。

「僕は……お前のことなど知らない」

「――っ!」

 私は頭にきてリオンに回し蹴りを放つが、リオンは軽々と避け私の手からシャルを奪った。そして私はリオンに肩を乱暴に押され、その場に倒れた。

「い……たっ!」

「ふん」

 踵を返し、紅いマントを翻しながらリオンは呟いた。

「二度と……僕の前に姿を見せるな」

 そう吐き捨てて、私の横を通り過ぎ、奥の部屋へと行ってしまう。追いかける事が、できない。あんなに拒否されたのは初めてだ。ショックとか、そんなレベルじゃない。
 ――どうして、こんなことになっちゃったの?リオン……リオン……リオン……!!
 私は膝を抱いて静かに涙を流した。

 ――馬鹿。馬鹿。リオンの馬鹿。

「あなたがね?」

 上から声がして、私は顔を上げた。するとそこには一人の女性が不敵な笑みを浮かべて私を見下ろしている。

「随分とリオンをたぶらかしてくれたみたいね」

 女性は綺麗な長い黒髪をかきあげ、眉をつり上げた。

「あなたは――」

 私が問掛けると女性はクスっと笑った。

「私は……マリアン」





執筆:05年7月30日
修正:12年5月4日