1:異世界へ



 ――ああ、授業って何でこんなにつまらないんだろう。
 眠気がMAXで半目を開けたまま黒板を見つめる。話を聞かないで今まさに眠りに落ちそうな生徒がいる中勤勉に授業を展開する教師の声がいい感じに子守唄代わりになってしまうのだから、午後の授業の眠気というものは恐ろしい。
 そんな不真面目な生徒に気づいたのか、「起きろ!」と聞こえる。先生、さんは寝ていません。半目ですが起きてます。教師は一回だけ私を注意したものの、きちんと起こそうとはしなかった。
 ふと、本格的に眠りに落ちる前に今プレイしているゲームのことを思い出した。

 ――テイルズオブエターニア。

 テイルズシリーズはほぼ全部プレイしているけど、今やっているのが「エターニア」。今までやったことがなかったので、先日、始めてみた。「エターニア」はアニメ化もしたらしいけれど、最近になって「エターニア」を知ったので、アニメを見ることはできなかった。今となっては「エターニア」を知らなかった自分に激しく後悔している。DVDを買いたいが、どこを探しても見つからない。ああ、なんて薄幸な私。再放送とかやればいいのに。
 ていうか、「デスティニー」もアニメ化すればいいよ。私の大好きなリオンが動いてるのが見れるなんて最高じゃないか! そんな私は大のリオンファンであり、テイルズで、いやアニメ漫画ゲームというジャンルの中で一番好きなのだ。
 それはそうと。早く帰りたい。帰って、続きを楽しみたい。昨夜は少し苦戦してイフリートを倒し、レムにソーサラーリングを貰ったところである。リッド、ファラ、キール、メルディ、クィッキー、レイス、ウンディーネ、イフリート、シルフ……その他いろいろ。エターニアのキャラって皆魅力的よね。特にリッドがすごくカッコいいんだよね。普段は緩いくせに、やる時はやる男なのだ。ギャップ萌えというやつである。

『そんな! わ、わらわの名前がないぞ!!』

 ん? あなた誰ですか。
 ――って、何!? ホント誰!! 私、今の変な語りは口に出してないよね!?

『ふふ、やはりわらわの声が聞こえたのじゃな。わらわはレム。光の大晶霊じゃ。、ようやく会えたのう』

 聞こえるけど。レムって、「テイルズオブエターニア」のあのレムですか? あのグラフィックでは神々しくしたリッドに羽をつけたようなあの!? いや、ありえないよ。だって、レムはゲームのキャラクターじゃないか。しかしレムって、結構カッコイイよね。私は好きだなー……じゃなくて。おいおいどういうことなの。私ってばエターニアがやりたすぎて可笑しな夢でも見ちゃってるのだろか。

『……信じられぬか。ならば証明して見せよう』

 自称レムが言った後、私はどこか知らない場所に放り出された。ホント全く知らない場所。周りはなんか白くてちょっと眩しくて影の一つも無い。あえて言うなら私は「光」の中にいるようであった。一体何がどうなってるんだよ。夢にしてはなんだか感覚がリアルすぎるんじゃあないか。私は学校で授業を受けてて、眠りに落ちた、そして変な声が聞こえて今に至る。
 とりあえず私は自分の置かれた状況を頭で整理し、警戒しながら辺りを見回す。

「安心するがよい、これ夢などではないぞ」

 不意に後ろから声が聞こえた。私は振り返り、その声の主を鋭く睨みつけてやる。
 ――が、私は睨みつけるどころか、思わず目を点にしてしまった。
 いや、まさかあるわけが無い、これは夢だ夢だ絶対夢。今現実の私は学校の机で昼寝してるはずなんだし。起きてる夢だ。だって今、私の目の前にいる人物が、神々しくしたリッドに羽を生やしたような人がいるなんてありえない。いや、実際は全然リッドに似てなかったりする。

「ありえない。これは夢だ、幻だ」

「先程も申したであろうに……これは現実じゃ。時間がない。、おぬしにどうか助けてほしいのじゃ!」

「えっ、助けるってどういう――ふぐぅ!?」

 問いかける暇も与えてくれず、レムが私の頬を両手で固定して強制的にキスをかましてきた。しかも口である。やっぱり信じられなくて幻影かと思ってたのに感触がある。微かにレムの体温も感じる。つまり私はファーストキスをレムに奪われたという事になる。ファーストキスの相手がレムになるなんて酷い黒歴史決定だ。
 そして、レムに抱き寄せられた。私はもう彼女に好き放題されっぱなしだ。

「な、何するの変態め! 悪いけれど私は普通に男の子が好きだから! それに、これって強要罪に当たるんじゃないの!?」

「突然ですまぬが、本当に時間がない。今のはわらわの能力をに分け与える為に必要でした事。戦闘時などに大いに役立つのじゃ」

 ちょっと待て。戦闘とはどういうこと!? 能力を分け与えたって、私に戦えということ? 誰と?

「待ってよ! それってどういう――」

「契約は完了じゃ。この世界を……どうか我等を救って――」

 レムが言い終えるかの瀬戸際で私は光に包まれた。一体何が起ころうとしているのか。世界とレム達を救うって何? エターニアを救えっていうことなの? でも、それはゲームで――ああ、わけわかんない。とにかくコレだけは言える。

「説明は最後まできちんとね! 無責任すぎるぞレムーーーーーッ!!」



※ ※ ※ ※ ※



「うわっ!」

 いつの間に光から開放されたのか。拳を構えつつ、私は目の前の人物に目を丸くする。嘘でしょ、リッドだ。その後ろにキール、ファラ、メルディとクィッキーもいる。まってまって、キールに睨まれていて怖いんですけど。
 ――おや、今まで制服だったはずなのにファンタジーチックな服に変わってるし! これもレムの力なのだろうか。
 不意に、リッドと目が合う。うわぁ、実物なんだな、と思うとちょっとドキドキしてしまう。「エターニア」で一番好きなキャラはリッドだったもので。

「こいつがレムの言ってたか。まだ子供じゃないか」

 リッドがため息をついた。子供とは失礼な。君らと歳はそんなに変わらないわよ。そしてキールが睨みを利かせながら私の顔を覗き込む。まるで獲物を狙う猛獣のようである。キールはひ弱だから猛獣とは遠くかけ離れてはいるけれど。とりあえず怖いからあまり目を合わせないようにしよう。

「バイバ! は可愛いな!」

 キールの後ろからひょっこりと現れたのはメルディ。私の手を取って花がパッと開くようににこりと笑った。いえいえ、可愛いのはメルディ、あなたです。
 もう何がなんだか全然わからない。一体どうしろというのか。

「――おいおい、なんか事情知らなそうな顔してるけど大丈夫なのか?」

 リッドが心配そうに私を見る。いや、大当たりです。事情なんて知らないし。何でどうして私が今この場所にいるのか、全くわかりません。

「そうなの! 全然事情がわからないんだ。私、いきなりレムに連れてこられたんだけど、どうしてここにいるのかなぁ?」

 半べそ状態で訴える私を見て、リッド達はあ然としてしまった。するとファラが私の頭を優しく撫でてくれる。

「えっと、私たちはね、レムに、あなたを私たちの旅に連れていてほしいって頼まれたの。詳しくは私たちもわからないけれど……役に立つはずだからって言ってたよね」

 ファラがリッド達に肯定を求めると、一同はコクリと頷く。リッド一行と旅だなんて、そんなん聞いてない。レム、そんなこと一言も言ってなかったじゃん! 世界を救うだのなんだのって、ゲームではなく自分自身でやれということなのか! だからレムは私に力を与えた――なるほど。
 どちらにせよ、帰る方法がわからないし、レムもどこにいるんだかわからないし、この世界を救わないと帰れそうにもない気がする。それに、リッド達と旅ができるなんてポジティブに考えれば素敵な事ではないか!
 ――どうせだったら、デスティニーの世界の方がよかったんだけど。

「あの、レムが私をここに連れてきたかわからないし私は何の力も持ってない。正直言って旅の足手まといになるかもしれないけど、よろしくお願いします!」

 私がそう言うと、リッド達は大きく頷いてくれた。そしてキールが私の手を握る。ん? 先程からキールは何故私を見る目や態度が怖いのか。やはり、警戒され――

「あの光の大晶霊レムが託したんだ。きっとには何か特別な力があるさ!」

 警戒はされてはいなく、寧ろ期待されていたようで、私は笑顔を引き攣らせた。んんっ確かキールはミンツ大学の光晶霊学士さんだったはず。だから、光の大晶霊であるレムのような力があるとか、思っちゃっているのかもしれない。もしそうなのだとしら、とても申し訳がない。

「ははぁ、キール、お前もしかしてに惚れたか?」

 リッドがニヤけながらキールを見つめる。するとキールは頬を赤く染めつつ否定した。

「違うさ! あの大晶霊レムに託された子なんだぞ! きっと何か特別な力を持っているはずじゃないか! それが何なのか、色々と話を聞きたくて、そう! 僕はを研究対象として――」

 研究対象にするのもどうかと思う。私はれっきとした人間です。モルモットじゃないです。

「キールの言うとおりには何か力があるのかもしれないね。どうしよう、ばーんと世界を救っちゃうすごい力があったりして! うん! イケる! イケる!」

 おおっ! でました。ファラによる、生の「イケる、イケる」! ファラ嬢、なんて前向きなのでしょう。そしてそんな期待されてハードルをぐんぐん上げられる私は否定するにも否定できないところまできていて、黙っているしかなかった。

「……」

 ホントに、何か力でもあればいいんだけど。例えば、僧侶みたくパパーっと回復ができるような力とか、かなり役に立つと思うのよね。
 小さくため息をつく私の肩に、リッドがぽんと手を置いた。

「――自己紹介まだだったよな。オレ達はレムから聞いてのこと、名前くらいは知ってるんだけど」

 もしかして、リッドは気を使ってくれたのだろうかと思いつつも、当然、「エターニア」をプレイしている私はこの4人のことを知っているので――

「ああ、それなら大丈夫。リッドにキール、メルディとファラでしょ?」

 私は自信満々にそう言い放った。よく考えると、初対面なのに名前と顔を一致させて当てるなんて気味が悪いんじゃないかと思っても後の祭り。やばいと思って皆の顔を見ると、やはり驚いている。しかし、メルディだけは目を瞬かせて笑顔だった。

「すごいなー! メルディが名前もわかったな!」

 メルディはそう言って勢いよく私に飛びついた。すると私とメルディの体から光が溢れだし、チリチリとした痛みが走る。これ、見たことがある。メルディとリッドが触れた時にも同じようなことがゲームの序盤であったはずだ。それと同じ現象が私にも起こるとは一体どういことだ。

「これは――」

「フィブリル!?」

 まず反応して見せたのはリッドだ。

もフィブリル持ってる! リッドより力弱いけど、すごいフィブリル!!」

 そう、フィブリルって名前だった。確かレイスも持ってたと思ったけれど……結局フィブリルって何だろ? どうして異世界出身で凡人であるはずの私がフィブリルを持っているの?
 メルディが嬉しそうに微笑み、私から離れた。

「やっぱり、も何か力があるんだね!」

 ファラが胸の前で手を打って見せた。キールも興味津々に私を見ている。

「とりあえず、セレスティアへ向かわなきゃな。フィブリルのことも、グランドフォールのことも何かわかるかも知れねぇしな。まずはレムの言ってた光の橋に向かおう」

 リッドが真剣な顔で言った。
 そういえばここは暑いなと思ってたら火晶霊の谷だった事を思い出す。ああ、ゲームの続きを生身でやれという、そういうことなのかと納得した。



執筆:03年8月19日
修正:16年11月27日