2:足手まとい



 さっきよりは涼しいが、流石は砂漠。谷を出てもクソ暑い。キールなんか厚着しているのに加えて体力がないときた。もうバテバテである。しかしリッド達もそうとうキているらしいのか、それに気付かないでいる。きっと自分の事で精一杯なんだ。
 武器を持っていない私は先程から戦闘に加わっていないので、ある程度余裕がある。

「キール、大丈夫? すぐそこに泉が見えるから休もうか?」

「はぁ……僕に触るなよ。僕はべつに平気だぞ」

 私が差し伸べた手を払い、キールはよろめきながら前へ、前へと進む。おうおう、リオンみたいな反応しやがって。この――可愛い子ちゃんめ。
 そもそも、戦闘の時はただみんなに守られているだけでみんなが困っている時も何もできない。本当に私、どうしてここに来たんだろう。行けるんだったらマジでデスティニーの世界がよかった。――ってリオンが死んじゃうのは悲しすぎるけど。それにきっとマリアンに嫉妬しちゃうかもしれない。
 んもう。レムはどうして私なんか連れてきたの? レムは戦闘の時に役に立つ能力を私に分けてくれたって言ってたけど具体的にはどうすればいいのさ? 武器で戦っちゃっていいの? 私にもできるの?

「リッド! みんな疲れてるみたいだし、ちょうどあそこに日陰もあるから今日はキャンプしない?」

 私にできることはただ一つ。皆の体調を気遣って助言してみたりすることだけだ。すると、リッドはゲンナリした顔を無理に笑って見せてくれた。

「ああ、そうだな。よし! 今日はこの辺で休もうぜ!」

 そう言ってリッドは日陰に入り、キャンプの道具を取り出し始めた。初めてのキャンプに私はワクワクするが、自分が役に立てるかと考えたらあまりワクワクもできなかった。
 キールとメルディが日陰に入るとバタバタと倒れ始める。相当疲れているのだろう。ファラもぐったりした顔でリッドを手伝い始める。結局キャンプの手伝いもできない私が思いついた、役に立つだろうこと――近くにあった泉で水を汲む! 私は即座に行動に移した。



※ ※ ※ ※ ※



 泉の水はとても冷たくて気持ちがいい。私は適量の水を汲み、みんなのところへ戻ろうとした。
 ――と、そのとき妙に上の方が光っている事に気付いた。上を見上げる。

「――レム。何故そこにいるの」

 そう。私を巻き込んだ張本人である。

「すまぬ、に渡しておく物があってな。うっかり忘れていたのじゃ」

 そう言ってレムはおっちょこちょいキャラを演出するようにチロリと舌を出した。なんだこいつ、なんだこの大晶霊。神聖さが損なわれているぞ。
 そんなレムに開いた口が塞がらないまま、レムから差し出されたものを受け取る。コンパクトとロッドだ。しかもロッドがメルヘンチックで、魔法少女とかが使うようなアレである。コンパクトを開くと綺麗な宝石みたいなものが埋め込まれている。

「おい」

「わらわはいつもと共にある。わらわを必要とする時、いつでもわらわを呼ぶのじゃ」

 言い終えるとすぐ、レムはコンパクト――特殊型のクレーメルケイジの中へと入っていった。
 魔法少女仕様のこの装備はどうやらクレーム返品不可のクーリングオフの効かない押し売り品だったらしい。もとい、呪いのアイテムだ。教会はどこ? 呪いを解かなきゃ。そしてレムの趣味って一体――と頭を抱えた私。
 待って。突然の魔法少女ネタで混乱してしまったけれど、これって、レムと契約できたってこと? そもそも、ここに来る前レムは私とキスして契約がどうのこうのと言っていた気がする。実はあの時既に契約してたのか――!?
 そんなことよりもっと早く渡しておけよ。コレ。デザインはともかく! そうすればこっちはあんなに悩む事は無かったのに。なんて最悪な大晶霊なんだ。

「――いや。本来なら感謝するべきなんだよね。力貸してくれるって言ってるんだし」

 受け取った魔法少女仕様ロッド、特殊型クレーメルケイジをポケットにしまった。
 水を汲んで戻ると、相変わらずキールとメルディはダルそうに寝転んでいた。リッドとファラもキャンプの支度が終わったのか何かを探しているようだった。

「おい! 何処行ってたんだ!」

「心配したんだよ! 何処に行くかくらい言ってくれなきゃ!」

 リッドとファラが私を見つけるなり怒鳴りつけた。どうやら私のことを探してくれていたらしい。

「ご、ごめんね。水汲んできたんだ。近くに泉があったの。みんな喉渇いたでしょ?」

 私は汲んできた水を見せて苦笑いを浮かべる。リッドもファラはお互いの顔を見ると、ほっと胸を撫で下ろした。

「あーその……ありがとな。でも一人で行くなよ。お前は戦えないんだから、危ねぇだろ。オレに言えばついていってやるからさ」

 リッドがぼりぼりと後頭部を掻きながらぶっきらぼうに言ってくれた。
 ――こんなの、ずるいなぁ。少しときめいちゃったじゃないか。
 私だけ戦闘に参加してないんだから、こういうところで動かなきゃいけないって反論しようと思ったのにな。

「ありがとう、リッド」

 にこりと笑えば、リッドも笑ってくれる。ファラもそれを見て満足そうに微笑んだ。

「私、キールとメルディに水持ってくよ!」

 私は桶から水を汲んで急いで二人に持っていった。二人のところまで持っていき、まずはメルディに水を渡す。するとメルディは嬉しそうに水を飲み始めた。クィッキーにも分けながら飲んでいる。

「ありがとな、! メルディ喉カラカラで死んじゃうが思ったよ!」

 しかしキールは無言のまま私から水を受け取って無言で水を飲む。どうしてもメルディと比較してしまって可愛げがないように思ってしまう。
 なんか、嫌われているんだろうか。最初に期待しまくったのに、戦闘で役に立たないからと失望されたのだろうか。

「……ありがとう」

 これは、嫌われてない……のかな? 私は嬉しくなって「うん」と返事をしながら大きく縦に首を振って見せた。



※ ※ ※ ※ ※



 その夜、私たちは焚き火を囲みながらご飯を食べた。せめて少しでも役に立ちたいから、食事作りは私が立候補した。その中でリッドはすごい勢いで食べてくれいるから見ていて気持ちいいし、とても嬉しい。

「すげぇ美味いぜ! どうやったらこんなに美味くなんだよ!!」

 リッドが皿ごと食べてしまいそうな勢いで食べながら訊ねる。私は笑いながら答えた。

「いや、どうやったらっていわれても……何でだろうね?」

 ただの有合わせで作った、ただの洋食なのだけど。苦笑まじりで首を傾げると、ファラとメルディが私に言った。

「私も知りたい! ね、今度レシピ教えてよ!」

「メルディにも教えてな!」

 まさかこんなに喜んでもらえるとは思わなくて。

「うん!」

 でも、キールは何も言わないまま黙々と食べていた。それでも、食べてくれるんだからそれに越した事は無い。



※ ※ ※ ※ ※ ※



 みんながテントの中に入り寝静まった頃。私はなんだか眠れなくてなんとなくテントから出てみた。肌寒さがあり、思わず身震いをしてしまう。

「砂漠の夜は冷えるってホントだったんだなぁ」

 上を見上げるとセレスティアが見えた。メルディはあそこから来たんだねー。すごいなぁ。

、起きてたのか」

「リッド……?」

 テントからリッドが顔をのぞかせた。毛布を持って私の傍に寄り、私に座るように促し、毛布を掛けてくれた。

「ありがとう。リッドも寒いでしょ?」

 そう言って私はリッドにも半分毛布を掛ける。するとリッドは優しく微笑んでくれた。

「サンキュ」

 しばらくの沈黙が続くが、べつにもどかしいとか緊張とか、そういうのはない。なんだか寧ろ安心できるような気がした。今日初めて会ったばかりなのに、どうしてだろう? やっぱり、私は一方的にリッドたちのことを知っているからなのだろうか。でも、リッドたちは……リッドは私の事をど思っているのだろう。

「あのさ、どうして私を仲間にしてくれたの? 何もできないし、第一怪しいと思わないの?」

 私は恐る恐る訊いてみた。リッド達の荷を重くしてるだけなのに一緒にいていいのだろうか。

「怪しいなんて思わないし、何もできないなんても思ってないぜ。それに、はイイ奴じゃねーか」

「どうしてそんなことがわかるの? もしかしたら悪いやつの手先かもしれないのに、だよ?」

「悪い奴の手先を大晶霊がどうしてわざわざオレ達に託す必要があるんだよ。はいかにも純粋そうな目ェしてる。そういうやつは大抵イイ奴だ」

 イイ奴……か。そんなこと言われたの生まれて初めてかもしれないな。ま、そんなこと言う人なんて現実の世界じゃ珍しいしね。

「変な根拠だね。でも――」

「でも?」

 首を傾げるリッドを見つめると、私は膝に額を密着させ、目を閉じた。

「こんなやつを……仲間にしてくれてありがとう」

 しばらく私は顔を隠す。なんだか恥かしくて、悲しくて、嬉しくて。いろんな感情があふれ出てきてどんな顔したら適当なのかわからなくなって――怖かった。本当は怖かったんだ。皆に不審に思われてるかもしれないとか、役に立たないくせについてきやがってとか思われるのが。ただ、リッドたちの優しさに甘えてるだけじゃダメだ……明日からは、もっとしっかりしよう。

「……あーオレ、と逢えて良かったかもしれねぇ」

 突然、リッドが私にもたれかかってきた。リッドの体温を感じる。少し動揺しながらも私はリッドに訊ねた。

「あ、えっと、それは何で?」

の作る飯、すげー美味かったぜ。それに、は仲間思いだ。オレも皆だってお前の事をお荷物なんて思ってないからな。だから、あんまり思い詰めんなよ」

「リッド――」

 リッドは、私が悩んでたことをわかってたの? 観察力ありすぎでしょ。酷いわ、もう、泣きそう。

「こんなこと言うとおかしいと思われるかもしれねぇけど――ずっと前からお互い知ってるような気がする」

 まさかリッドにこんなこと言われるなんて夢にも思っていなかった。確かに初めて逢った気がしない。それは私も同じだ。私はエターニアプレイしてたからリッドたちのことは知ってるんだけど、リッドも同じようなものを感じていたのかな?

「えへへ……私もリッド達と出逢えてよかった」

 リッドが目を丸くする。その後しばらくして、リッドが「そろそろ寝ようぜ」と言って私の頭を小突いた。私は立ち上がりお返しせんばかりとリッドに拳を向けたが到底敵わずに諦める。

「ねぇねぇ、リッド! 私、明日からちゃんと戦うから!」

「は? お前、戦えるのか?」

 リッドが私を信頼してくれたのなら、私もその信頼に応えたい。

「実は水を汲みに行った時にレムから武器を貰ったの。恥ずかしいから使いたくなかったけど、そんなの関係ないもんね」

 魔法少女仕様のロッドを取り出し、私は苦笑した。



執筆:03年8月19日
修正:16年11月27日