不景気な世の中。
職に就けない人が溢れかえる中、
私は四星のとある方の召使いという職に就くことができました。
ふふふ。必死に勉強して食材屋と宿屋でバイトしてた甲斐があったかもしれない。
田舎町ノルゼンから首都バルカにデビューです。

…まだ日給安いけど努力しだいで増給だって。
それでもお城で住み込みだから、とてもおいしい仕事です。

今日が初出勤。
私は片手に大量の荷物を持ちながら、深呼吸をした。

頑張るぞ、と意気込みながら。










お城の門番に事情を説明したら、すんなりとお城に入れてくれた。
兵士が一人、城を案内してくれた。

私はお城に入るのは初めてで、とても緊張している。
しかもお城は広い。すぐに迷ってしまいそうだ。

でも、仕事だから慣れなくちゃ…。

ええと、私が仕えるのは四星のサレっていう人だったかな。
聞くところによればカッコイイらしいけど…。
楽しみだなぁ。でも、これからちゃんとやっていけるかちょっと不安。

私は兵士にサレ様の部屋に案内されながら、ため息を吐く。
すると、案内してくれている兵士が苦笑した。

「あんた、サレ様のお世話をるんだって?大変だな。
今までに何人もすぐに辞めていったから…あんたはいつまでもつかな」

兵士の言葉を聞いて、私のやる気は一気に失せる。
…サレ様って、そんなにキツい人なのか…!?
ああ、そういうこと。
だからこんな私でも採用されたのね。

…逃げたい。

私は冷や汗を流しながら兵士に「そうなんですか」と呟いた。

…バックレてしまいたい。

ていうか、いきなり不安にさせるよなことを言うなこのヘボ兵士が。
しばき倒すぞおんどりゃ。
初出勤なのに。少しは気を使えってんだコノヤロー。

「ついたぞ。ここだ」

心の中で愚痴っていると、もうついてしまったらしく。
兵士は突然ひとつの扉の前で立ち止まった。

そして、兵士は「頑張れよ」という言葉を残してとっととどこかへ行ってしまった。
最後まで役に立たねぇクズ兵士め。
取り残された私は不安でいっぱいだ。

でも、ここまできたら引き下がれない。
辞めたくなったら辞めればいいんだ。
またバイトでもすればいいさ。

私は深呼吸をし、2回ノックした。

頑張れ、私。

「失礼します。今日からサレ様のお世話を任されますという者です」

すると突如扉が開かれ、一人の男性が私を見るなり嬉しそうに微笑んだ。

「君が?待ってたよ」

優しげな笑顔。
この人が、サレ様なのかなぁ?
全然…優しそうなイイ人に見えるんだけど。

あ、なんだかちょっと安心。

しかもカッコイイな。

「サレ様、ですよね。これからお世話になります。よろしくお願いします」

私がお辞儀をすると、サレ様は可笑しそうに笑った。

「ははは、これからお世話になるのは僕の方なんだから。こちらこそよろしく」

思わず恥かしくなってしまう。
そうだった。お世話をするのは私なんだから、お世話になってどうするんだ。

いきなりバカなことをしてしまった…!
激しく後悔。

でも、サレ様が笑ってくれてよかった。
もしも素で言われたら結構ヘコむわー…。

「あはは、そうですよね!何言ってるんだろう私!」

「まぁ、礼儀正しいってことで、いいんじゃない?」

サレ様は私の頭を撫で、「入ってよ」と入室を勧めてくれた。
私は「失礼します」と言ってサレ様のお部屋に入る。

扉があって見えなかったけれど。
サレ様のお部屋は




真っ赤なバラいっぱい。




棚にはブルーベリージャムがどっさり。




透明な瓶の中にはグミがそれぞれコレクションされている。







なんだこの部屋!!?







「はぁ?!ジャムとグミ!?」

私は思わず声に出してしまった。
はっと気付いたときにはもう遅かった。
サレ様の顔からは笑顔が消えていた。

笑顔の「え」の字も見当たらないほどに。

「…へぇ?いっちょ前に人の趣味にケチつけるの?」

「あ、いえ…違うんです!誰かが私にそう言えって命令したんですよっ!」

私は必死に首を振って否定する。
ああもう、どんな言い訳やねん。

「じゃあ、その誰かっていうのは誰なのかなぁ?」

眉間に皺を寄せながら、皮肉に笑うサレ様がとても恐ろしくて。
私は頭を下げた。

「すいません。実は私が思ったことを言いました」

そして私はただ苦笑するしかなかった。
するとサレ様は黙ってしまい、ただ私をじっと見つめるだけだった。

「…さ、サレ様?」

私が声を掛けると、サレ様は「何でもない」と言って私に背を向けた。

…どうしたんだろう?
変わった趣味に触れてしまったことがショックだったのかな?

は…変わってる」

ぼぞりとサレ様が呟いた。
そして、クスクスと笑う。

酷い…サレ様だって(趣味が)変わってるくせに!

「さ、サレ様も十分変わってると思いますが?」

そう言うと、サレ様はこちらに向き直り、一瞬目を丸くした。
私は慌てて口を押さえるけれどもう遅い。
ああ、またやってしまった…。

けど、サレ様は笑った。

怒られるの覚悟してたのに笑われた?

私は首を傾げる。サレ様は相変わらず笑っている。

「ふふ、やっぱり変わってる。君みたいな面白いヤツは初めてだよ」

サレ様はだんだん私に近づいてきて、私の目の前で立ち止まり、私の頬に手を当てた。
あまりにも突然のことに、私は緊張してしまう。

ていうか、何故だろう。胸がドキドキする…。

「今までの召使いとは全然違う。素直すぎるよ、君は」

「ご、ごめんなさい…」

サレ様から目をそらし、謝る。
ああ、やっぱり怒られたみたいだ。
ちょっと調子乗りすぎたかもしれない。

でも、サレ様は首を横に振った。

「いや、謝ることじゃないさ。僕は素直なヒトが好きなんだ。
どいつもこいつも…謙虚を装って思ってもいないことを口にして…。
見ていて腹が立つ。そう、殺してやりたいくらいに、ね」

本気の目をしたサレ様の手が、小刻みに震える。
その瞬間、私はサレ様から殺気を感じ、額から冷や汗が流れた。

「僕が怖いかい?でも、大丈夫。僕はのことは絶対大事にするから」

私が怯えていると、サレ様は優しく私の頭を撫でた。
それが、なんだか不思議と安心できて。

怖がってたのが、わかったのかな。

サレ様は、私を安心させようとしてくれてる…。
私のことを、認めてくれたのかな…?

「サレ様…?」

。僕は君が気にいったよ。君は面白いからね」

私から離れ、ソファーに腰掛けるサレ様。
私は一瞬、思考が停止したが、すぐにフル回転させて意味を理解する。

それって、サレ様が私を認めてくれたどころじゃなく、気に入ってくれたということで。

うわ、どうしよう!嬉しいよ!

「ありがとうございますサレ様!!」

あまりにも嬉しくて、私は両手を頬に添えて喜んだ。
サレ様も満足そうに笑んでいる。

よーし、これから頑張るぞ!

「じゃあ、早速仕事をしてもらおうか?」

サレ様は不敵に微笑みながら言った。












出勤から15分。
早くも辞めてしまいたいと思いました。
確かにさっきは嬉しくて頑張ろうと思いましたよ。
でも、この仕事は…。

「あの、サレ様」

「なんだい?」

「やっぱ嫌なんですけどこの仕事はっ!」

そう、サレ様に膝枕という仕事。

緊張してるのと、サレ様に負担をかけちゃまずいので身動き取れません。

それ以前に、恥ずかしくてできないよ!!!!
今やってるけどできないよ!もう嫌だっ!
私の心臓バックンバックンなんですけどっ!

「召使いなら、これくらい当然じゃない?」

「いや、これは…」

どう考えても召使いと主人という関係じゃなくて
恋人同士がするようなこととしか思えないのですが?

「こういうのは恋人同士がすることじゃないのでしょうか、という意見が私の脳内会議から出ています!!!」

「じゃあ、僕とは今から恋人同士」

「ななななな、何言ってるんですかっ!!」

サレ様のバカーーーーーーー!!!
そんなこと言われたら…
そんなこと、サレ様のようなカッコイイ人に言われたら私は…

鼻血大量出血して死にますとも!

ヒーッ!違う意味で殺される!
サレ様が怖いーっ!

「…可愛いね。

必死に笑いをこらえているサレ様。
サレ様の頭が動いて、一瞬私の体が跳ねる。

「う、動かないでくださいよ!くすぐったいです!!」

「じゃあ、動いちゃう。」

サレ様はそう言った次の瞬間、私の膝の上で動き回る。

「キャーーーッ!!やめてくださいいいいぃぃぃいいい!!つか、いい加減やめろこの変人っ!!!」

くすぐったすぎ。恥ずかしすぎ。

過労死で死にそうです私。

「言うねぇ。主人にむかって口答え?いいご身分だね」

サレ様は私の膝からようやく頭を離し、今度は私と向き合う。

「や、やめてくださいって言ったのにやめてくれないから、つい…っ」

「主人の言うことは絶対じゃないのかい?…じゃ、お仕置きだよ」

そう言って、サレ様は私の額にデコピンを放った。
ちょっと痛かったけど、大したお仕置きじゃなくて安心した。

ていうか。サレ様はこんなことしちゃって大丈夫なのかな?
こんなにもかっこいいんだから恋人の一人や二人いてもおかしくないんだし…。

「サレ様…こんなことしていいんですか?恋人とかは…」

私が訊ねると、サレ様はにやり笑いを浮かべた。

「いないよ。僕が今までに認めた女はだけさ。寂しいけれど、彼女いない暦24年だね」

サレ様の答えに、私は思わず「うそ!?」と叫んでしまった。

サレ様が24年も彼女を作らなかったって…。
すっごく意外なんですけど。

「まぁ、でも今はがいる。それだけで幸せだけどね」

「サレ様…」

それってさぁ。

「それって、何だか私がサレさんの彼女みたいな言い方みたいですよ?」

まるで私がサレ様の一番みたいな言い方。

すると、私の言葉にサレ様は首をかしげた。

「…何言ってんの?はもう僕の彼女じゃないか」

「いつの間に!?」

サレ様の爆弾発言に戸惑う私。
だって、そんな…まだ出会ったばかりで…。

「…さっき、言っただろう?僕とは今から恋人同士って」

「本気だったんですか」

私が訊ねると、サレ様はこくりと頷いた。
私の頬に触れて、優しく微笑む。

「…のこと、実は前から気になってたから。
覚えてないだろうけど…最初に僕たちが出会ったのはノルゼンの宿屋。
明るくて、素直で、バカっぽくて。そんなに僕は一目惚れしたんだよ。
だから、が仕事で僕の召使いになるって知ったときは嬉しかったよ」

そういえば、以前ノルゼンで宿屋のバイトをしてたときに
四星とカレギアの兵士が泊まりに来て忙しかったこともあったなぁ。
その時に…?

気付かなかった…。

そっか。その中にサレ様がいたのか…。

ていうかバカっぽいって何ですか。失礼じゃないですか。
…まぁ、それは堪えましょう。

「全然覚えてないですよ…」

「だろうと思った。…ま、そういうことだから」

サレ様は突然私を抱きしめた。


恥ずかしかったけど…嫌じゃなかった。
それはきっと、私もサレ様に恋をしてしまったから


その後の私とサレ様は…


執筆:05年3月21日
修正:05年5月30日