スタン達がモリュウ領に繋がる海中洞窟があるという情報を手に入れてくれたおかげで船に乗らずともモリュウ領に来ることができた。突然、スタンたちの前に若い男が現れてシデン領の若の助っ人と間違えられたのだとか。機転を利かせたルーティがその助っ人に成りすまして情報を得たらしい。さすがルーティだ。道中、洞窟でルーティがお金を落としてスタンと一緒に崩落に巻き込まれた時はどうなることかと思ったけれど。
 なんとかモリュウ領に到着し、再度情報収集する事になり街を歩いている時だった。

「〜♪」

 歌声が聞こえてきて、その美声に思わず足を止めてしまう。長身で、派手な格好をしたお兄さんがリュートを鳴らしながら歌っている。

『あの方は――』

 そんな中、シャルが声を上げた。

「シャル、知っているのか?」

 リオンが訊ねると、シャルは少し黙ってしまった。そういえばリオンと出会う前のシャルの話は聞いたことがない。もしかしてあの人がシャルの前のマスターなのでは? など色々考えるけれど、シャルの言葉を待てばわかることだ。
 シャルが「あの、」と話し始めようとしたその時。

「モリュウ領の民よ! 今すぐ港へ集合せよ! 恐れ多くもティベリウス大王陛下が帰国にあたりお言葉を下される!」

 突然モリュウの兵士が大声を上げた。歌も止み、兵士の言葉を聞いた人々が騒然とする。

「ティベリウス……確かグレバムを参謀に迎えモリュウ領を制圧したとか、でしたわね」

「グレバム本人がいるかもしれないわ。行ってみましょ」

 フィリアさんとルーティの言葉に全員が頷く。街の人たちが港へ向かって歩いていくので私たちもそれに続いていく事にした。ふと、スタンが先程の歌っていたお兄さんの方を見て首を傾げる。
 
「あれ? あの歌ってた人、どこへ行ったんだろう」

 そういえば、いつのまにか居なくなっていたっけ。それに、兵士が来たおかげでシャルの話も途中で遮られてしまったのだった。

「さっきは横槍が入っちゃったけど、シャルはあの人と知り合いだったの?」

『そういうわけでは……ありません。昔、僕がここにいた時に見かけたことがあったなって』

「シャルってリオンがマスターになる前はここにいたんだ?」

『その時の話は――すみません。話したくありません』

 先程からあまり元気のなさそうな声のシャル。きっと何か嫌な思い出があるのかもしれない。無理矢理話を聞き出すべきではないと思い、この話は終わりにすることにした。

「ん、わかった。聞かないでおこう」

 リオンも嫌がるシャルに深く聞くつもりはないのだろう。しかし、複雑そうな表情をしている。リオンがマスターになる前のシャルはここで、きっと良くない待遇を受けていたのかもしれない……とはいえ、今のシャルはリオンがマスターで毎日楽しそうだし、これからも二人はずっと一緒であってほしいと思った。

「……そろそろ港に着くぞ」

 港に着けば丁度偉そうで体格の良い初老の男が護衛の兵を数人従えて船から出てきた所だった。しかしその中にグレバムの姿は見当たらない。

「グレバムの姿は見えないようですね」

 どうやら船から出てきて踏ん反り返っている男がティベリウス大王らしい。ティベリウスは聴衆を見て満足そうに笑うと、演説を開始する。

「モリュウの民よ、間もなくアクアヴェイルが統一される! その時こそ、我らが悲願を実行するのだ! 宿敵セインガルドと属国フィッツガルドを討ち果たさん!」

「なんだって!」

 スタンが声を上げた。無理もない。ティベリウスの目的は、戦争を起こすことなのだ。そんな事は普通に考えれば阻止しなければならない。だけどアクアヴェイルの人達にとってはティベリウスの言う通り悲願なのかもしれない。それに、このモリュウの人々は既にティベリウスに制圧されているのだからティベリウスの目的を知っているはず。今更私達以外に驚く者は誰もいない。だから、私達はその中で完全に異質だった。
 スタンの声に反応したのか、ティベリウスがこちらを見た。そして、リオンを見て目を見開く。

「そこの黒髪の男」

 リオンを指さして睨みつける。私はすぐに剣を抜けるように構えた。

「貴様の持っている剣、それは我が国の宝剣ではないか!」

 ティベリウスの言う剣、それはシャルの事だった。リオンも知らなかった事なのか、驚愕している。

「なんだと……!?」

「グレバムから話は聞いているぞ。貴様、リオン・マグナスだな! あの者どもを捕らえよ!」

 ティベリウスの号令で兵達が私達に向かって武器を向けた。思っていたよりも兵の数が多い。ここで戦っては街の人達を巻き込むことになる。それこそ戦争の火種になりかねないのでここは撤退するしかない。

「リオン、有名人だね!? サイン貰っておこうかな、高く売れそう」

「言ってる場合か! 逃げるぞ!」

 港から街中に逃げるも、追手はなかなか撒くことができない。幸い街の人たちは港に集まっているから追ってくる数人の兵士だけを軽く倒してしまえば逃げ切れるかもしれない。でも、その後はどうする? 大した情報はまだ得られていない。グレバムの居場所も掴めていない。

「俺についてくるんだ!」

 そんな時、先程の歌のお兄さんがすぐ側の建物を指さした。あそこに隠れろと言う事なのだろう。

「あなたは、さっきの……」

「話は後だ。追手が来るぞ!」

 歌のお兄さんを残して建物の中に隠れた私たちはそっと外の様子を窺う。もしも彼が私たちを売るようなことをしたら、その時は――。
 リオンと共に剣を構えて警戒する。しかし、彼は追手の兵士を前にしても飄々とした態度で、なんと歌を歌って撃退してしまったのだ。歌は世界を救うのかもしれない、と思った瞬間であった。
 警戒を解いて、歌のお兄さんに頭を下げる。

「助けてくださってありがとうございます。でも、どうして俺たちを?」

「ティベリウスとの会話から察するに、お前さんたちは外国から来たんだろう? さては、国許が送ってきた助っ人だな?」

 助っ人、と聞いて合点がいく。ルーティたちが人違いされてシデン領の若の助っ人だと思われた件。そうか、この人の助っ人だったのか。

「では、あなたがシデン領の若ですか」

「そんなところだな。俺はジョニー・シデン。まぁ、こんなところで立ち話をして見つかるのもなんだ。中に入るとしよう」

 ジョニーさんはサラッとした金髪を靡かせて爽やかに笑った。



※ ※ ※ ※ ※



 建物の隠し部屋に通してもらい、お互い自己紹介をして席に着く。ジョニーさんはまずシャルについて教えてくれるということだった。リオンがシャルを手に取ると、ジョニーさんはまじまじとシャルを見つめる。

「この剣はティベリウスの言う通り、元々アクアヴェイルにあったものさ。シデン家……俺のご先祖が見つけて以来宝剣として祭ってたってわけだ」

「何でそれをリオンが持ってるわけ?」

 ルーティが怪訝そうな顔でリオンを見ると、ジョニーさんはそのまま淡々と答える。

「十年位前に盗まれたのさ」

 そしてみんなの視線は自然とリオンに集まった。するとリオンは立ち上がる。

「僕がやったんじゃない。人を疑わしそうな目で見るな!」

『全く知らない人でしたよ』

「そうそう、十年前当時六歳のリオンがそんなことできるわけがないよ」

 シャルと私のフォローですぐにリオン容疑者の疑いは晴れた。ただ、リオンが持つまでの経緯を考えると疑問が浮かぶ。ヒューゴさんが、意図的に? まさか、ね。きっと盗品を買っただけかもしれない。ソーディアンなんて稀少な物、パッと目の前に出されたら誰でも欲しがるはず。特に、ヒューゴさんは大富豪だ。盗んだ者にとって最高の買い手として目をつけられてもおかしくない。

「シャルの……この剣の今の所有者は僕だ。返せと言われても聞かんぞ」

「構わんよ。盗まれたといっても昔の話だ。それに俺は剣は不得手でね」

 リオンが安堵したようにシャルを鞘に収める。もしもジョニーさんが返してほしいと言っていたら、修羅場になっていただろう。ジョニーさんの寛大さには感謝だ。

「さて、助っ人に来てくれて悪いが、俺はティベリウスとやりあう気はない。モリュウ領に来たのもただの気まぐれ。シデン領が攻め込まれようが、それは国許の問題だ」

 ティベリウスはアクアヴェイルを統一させると言っていた。となれば、次はシデン領に侵攻するつもりだろう。それでもジョニーさんは戦わないつもりなのだ。
 でも、それをとやかく言う資格は私たちには無い。元々本物の助っ人ではないのだし、目的はシデン領の防衛ではなくグレバムを捕縛して神の眼を奪還すること。

「……ティベリウスの参謀になったグレバムという男を知っているか?」

 リオンの問いかけに、ジョニーさんはあっさり答えてくれる。

「もちろん。今はトウケイ領にいる」

「トウケイ領に行くことはできるか?」

「無理だな。あそこはモリュウ以上に海上の守りが厳しい。フェイトの黒十字艦隊だったら突破できたかもしれんが、今フェイトは城内に監禁されている」

 ジョニーさんの情報を聞く限り、今のところ打つ手無しだ。ただ、そのフェイトさんという方を救出できれば何とかなるのではないだろうか。
 そう思っていると扉がけたたましく開かれて一人の男性が慌てた様子で入ってきた。

「ジョニー様、大変です! たった今フェイト様の処刑が決まりました! あのバティスタとかいう新任の代官が宣言したそうです!」

「バティスタだって!?」

 スタンをはじめ、私達はその名前を聞いて驚愕した。名前を聞かないと思ったら、まさかここモリュウ領にいただなんて。

「若、今こそ立ち上がる時です! フェイト様は若の親友ではありませんか!」

「……あいつも覚悟できていることだろう。今更俺にできることなんかないさ」

 そう言ったジョニーさんの顔は険しい。きっと内心はどうにかしたいはずだ。なので私はジョニーさんに手を差し出した。

「なら、私たちと一緒に行きませんか? 私たちはバティスタと因縁がありますし、フェイトさんにはトウケイ領に行くために協力してもらいたい。ジョニーさんも親友であるフェイトさんを救出できる。利害は一致しています」

 私の提案を聞いたジョニーさんは目を瞬かせ、私たちを見回して苦笑した。

「なるほど、おまえさんたちはただの助っ人ではなかったのか」

「そういうことです」

 ニッと笑って見せる。ジョニーさんが私の手を取ろうとした瞬間、動きが止まる。

「――、それは」

「え?」

 ジョニーさんの視線は私の剣に向いていた。
 また、だ。もしかしてジョニーさんもこの剣の事を知っているのだろうか。

「――――」

「……いや、なんでもない。今回は可愛いお嬢さんの手を取らせてもらおうか」

 ジョニーさんが私の手を取って口づける。思わずドキッとしてしまった事はリオンにバレていない事を願う。願っていた所、リオンが後ろで舌打ちをした。ルーティとフィリアさんの真っ青な顔が見える。私は怖くて振り返ることができずに硬直してしまった。



※ ※ ※ ※ ※



 モリュウ城に潜入する時、悲劇は起きた。小舟から降りようとした時、私は小舟の手摺に足を引っかけてしまった。

「んぎゃっ」

「怪我はなかったかい?」

「は、はい。お陰様で。ありがとうございます」

 躓いて海に落ちそうになったところ、ジョニーさんに抱き寄せられて事なきを得た。
 え、この人めっちゃ王子様じゃん。すごく奇抜な格好だけど、気遣いとかもう御伽話の王子様のそれなんよ。ていうかシデン領の若なんだから実際王子様か。
 ジョニーさんにうっとりしていると、先に城に潜入しようとしていたはずのルーティが私の悲鳴を聞いて戻ってきた。

、大丈夫!? ……て、どういう状況なのこれ」

「私が小舟から落ちそうになった所をジョニーさんが抱きとめてくれたところ、かな」

 両手を頬に当てて恥じらう仕草をすると、ルーティが呆れ顔になる。その横でリオンが眉間に皺を寄せていた。

「おい、いつまでそいつを抱えているつもりだ。いい加減離れろ」

 私を抱えている事が気に食わないらしい。恐らく、自分が助けたかったのに助けられなくて悔しいという思いもあるのだろう。声色からしてそうとしか思えなかった。

「はいはい。お姫様にはコワーイ騎士がついているってね」

 ゆっくりと陸地に降ろしてくれたジョニーさん。軽々と私を抱き上げたり、体力がなさそうに見えて実はしっかりあるギャップよ……。色も白いし細いなと思って完全に侮っていた。

「ジョニーさん、普段ふざけ散らかしてるのに王子様みたいで素敵でした」

「俺に惚れたら火傷するぜ?」

 ジョニーさんは楽しそうに笑いながら城内へ入って行った。潜入するのにこんなに騒いでていいのだろうか、と思いつつ私もそこは乗ってしまう。

「キャー、やだー、火傷しちゃーう」

 語尾にハートをつけてはしゃいでいると、リオンの視線が刺さった。ゴミを見るような目で私を見ている。
「冗談だって。そんな目で見ないで? ジョニーさんノリがいいからつい乗っちゃっただけだよ」

 リオンもやってくれたら私は全力で乗るよ! と言ってもリオンがジョニーさんと同じノリをしたらそれこそ世界破滅する前触れになるかもしれない。

「あんた、頑張らないとを取られちゃうわよ」

 ルーティがニヤニヤしながらリオンの肩を叩く。

「何の事だ」

「えっ、私狙われてるの!? 玉の輿いける!?」

 まさかジョニーさんは私のことを!? それは困っちゃう。まだ出会ったばかりだというのに。仕方ない、それだけ私が魅力的なのだろう。わかる人にはわかるのだ。

「だって、ジョニーの奴ずっとの事を気にしているみたいじゃない。リオン、あんたも気付いてるんでしょ?」

 ルーティの言葉にリオンは小さくため息をついた。

本人というよりは、の剣の方に興味があるようだがな」

 思えば、ジョニーさんが私を気にかけてくれたりしたのは私の剣を見てからだ。私ではなく、私の前の持ち主に何かしらあるのだろう。玉の輿に乗れないのは残念だけど。

「うん、この剣のこと気にしてた。ジョニーさんはもしかしたら私の親かもしれない人のことを知っているのかも。ちょっと聞いてみる」

 別に本当の親になんて興味はない。知ることで得るものがあったとしても、今のこのリオンとの関係を壊すようなものならいらない。ただ、ジョニーさんが気にしているようだから話を聞くだけ。ただ、それだけだ。  城内に入り、先を歩くジョニーさんを呼び止める。

「ジョニーさんはこの剣のこと知ってるんですか?」

「ああ、昔旅の男が持っていたのとそっくりでね。その男に少しだけ剣の使い方を教わったことがあるんだ」

「そうなんですか……」

「もしかして、はその男の娘さんかい?」

 ジョニーさんは、この剣の前の持ち主を知っている。だからその子供かもしれない私の事を気にかけていた、というところか。

「わかりません。私、10歳前の記憶が無くて。もしかしたらその人の娘なのかもしれませんし、この剣をどこかで貰ったり拾っただけなら他人ですね」

「訳アリってことか」

 もしかしたら知り合いの近況が聞けるかもしれないと期待していたのだろう。残念そうに眉尻が下っていた。

「記憶が戻ったら、その人の話詳しく聞かせてもらっていいですか?」

「ああ、お安い御用だぜ」

 ジョニーさんはパチンとウインクしてみせた。
 記憶が戻る日は来るのだろうか――そう考えながら私はジョニーさんに笑顔を向けた。



執筆:23年9月28日