電撃ティアラには発信機が付いている。リオンが夜中にこっそりと部屋の鍵を開けてバティスタを逃した。それは発信機を付けたバティスタを泳がせてグレバムの居場所を突き止めるというリオンの策。上手くそれに引っ掛かったバティスタは屋敷を抜け出し、輸送船を盗んでアクアヴェイルへ向かったらしい。
 アクアヴェイルといえばシデン、モリュウ、トウケイからなる連合公国の総称で、鎖国をしている敵国だ。特にセインガルドとは仲が悪い。その為、今までのようにオベロン社の幹部の助けを借りる事はできない。イレーヌさんはそんな場所に私達を向かわせるのを躊躇っていたけれど、なんとか船を貸してくれた。
 船に乗る前、イレーヌさんとスタンが仲良さそうに話をしていた。それを見ていたフィリアさんの反応は恋する乙女そのもの。そして、チャンピオンのコングマンはそんなフィリアさんにベタ惚れでウザ絡み。そして少し離れた所でルーティが少し機嫌悪そうな顔で、その視線の先はスタンとイレーヌさん。ややこしい関係だ……と、私は微笑みながら甲板から様子を見ていた。
 各々お別れの挨拶が済んで船がアクアヴェイルへ向けて出航する。ふと、ノイシュタットの街外れに視線を向けると、遠目にお墓らしきものが見えた。ポツンと崖の上にあるお墓はまるで誰かを待っているように感じる。あんな所で寂しいだろうな、何故あんな所で――と考えるけども、私には関係のない事。まぁ、世界には色んな人がいるよねという事で片付けた。
 というか、リオンに昨夜のお礼をきちんと言おうと甲板で待っているのだけど、中々来ない。いつもなら酔って甲板に来るのに。もしかして船酔い克服したのかなと思った時、船室から話し声が聞こえてきて、その声はこちらに近づいて来た。リオンがスタンと一緒に甲板に出てきたのだ。
 ここ最近二人は本当によく話すようになった。邪魔したら悪いと思ってなんとなく隠れてしまったけれど、それは間違いだった。

「リオンには好きな人とかいないのか?」

「なっ……大体、僕の場合そういうんじゃ……」

 なんか、昨日に引き続きこっちもこっちで恋バナしてるし。みんな、お年頃だね! 恋愛に興味津々だね!
 スタンはルーティにでも焚き付けられたのだろうか――そう思いながら小さくため息をつく。海風の音にかき消されて二人には届かなかったらしい。

って、可愛いよなー」

「何でが出てくるんだ! もしかして、スタン、お前……!!」

 はいはいはい。私の名前、出てくると思ったよ。リオンはそんなが好きなんだろ? そういう流れなんでしょう?
 恋愛に疎そうなスタンにすらそう思われるくらい私たちの兄妹としての接し方はバグっているようだ。今後は少し改めるべきか。リオンはリオンで過剰反応しすぎて勘違いしてそうだし。困ったものだ。

「昔俺の事を助けてくれた女の子がいてさ。恋なのかなって思った事もあった。はその子にそっくりなんだよな。には、別人だって否定されたけど」

「……」

 スタン……なんて事言ってるの。リオンの顔がヤバい。ヤバいって。めっちゃくちゃ怒ってるよぉ。気付いてぇ。
 私は恐怖で思わず飛び出しそうになった。今すぐにスタンの口を塞がなければ、リオンのイライラメーターは振り切れてしまう。

「実は、今でもあの時の子はなんじゃないかって思ってる。だけど俺はに対しては恋愛感情はないというか……もし本人だったとしても別人でも、は大切な友達だ。だからリオンが心配するような事はないって事、しっかり伝えたかったんだ」

 盗み聞きする気はなかったのに私はこんなことを聞いてしまって大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫ではないだろうな。なんとかしてこの場から離れたいのだけど、厄介な事に二人は船室の近くで話している。ここを動いたら絶対見つかってしまう。

「何故わざわざ僕にそんな事を話すんだ。お前がを好きだろうとそうでなかろうと僕には関係のない事だ」

 などと言いながら少し安心したように見えるのは気のせいだろうか。

「だって、リオンはの事が好きなんだろ? 俺、二人の事応援したいんだよ」

「なっ……!? あいつは僕にとってただの妹だ!」

 顔が真っ赤になるリオン。この反応がわからない。普通なら図星を突かれた場合のわかりやすい反応のはずなのに、リオンの場合本当はマリアンが好きなくせにどうしてこんな反応をするのか。

「でも、血は繋がってないんだろ? リオンはの事は好きじゃないのか? それに、だって――」

 私もリオンの事が好きだと思われている。その通り、なのかもしれない。だけど、リオンに私の気持ちを知られるわけにはいかない。妹でいなければならない。リオンはマリアンが好きなのだ。余計な迷惑をかけたくない。

「なんか、私とリオンが両想いみたいな話になってるみたいだけど、ちょっと行き過ぎた兄妹愛なだけだよ!」

 突然物陰から飛び出した私を見てスタンとリオンが目を丸くした。

「え、!? 船室にいないとは思ってたけど、もしかしてずっとそこにいたのか!?」

「甲板にいたらいきなり二人が来るんだもん。邪魔しちゃ悪いと思って隠れたんだけど、恋バナし始めて気まずくて出るに出られなかったんだよ。それと、リオンは私にとって唯一の家族だもの、大好きよ。家族としてね!」

「…………」

 リオンは気まずそうに私から目を逸らした。
 大丈夫、私たちは兄妹。リオンが好きなのはマリアンだってしっかりとわかっているし、私はそれ以外の関係は求めない。

「それより、スタンはイレーヌさんといい感じに見えたけど、気が合ったりするの? 年上のお姉さんがお好み?」

「そ、そういうわけじゃ――」

 上目遣いでスタンの腕を小突けば、タジタジになって言葉を詰まらせてしまった。頬がほんの少しだけ赤くなった。恐らくだけど、今はまだ好きというよりかは憧れとかそんな感じなんだろうなぁと察する。
 これ以上イレーヌさんのことでスタンをイジるのははルーティとフィリアさんに申し訳ないので止めておくとしよう。なので、リオンに向き直る。

「リオン、昨日はありがとう。心配と迷惑かけてごめん。なんか、疲れてたみたいですぐにのぼせちゃった」

「体調が悪いならまだ休んでいろ」

「昨日いっぱい休んだから大丈夫。もう平気」

「なら、いいが」

 私の頬をそっとひと撫でするリオン。優し過ぎて泣きそう。こうして優しくしてくれるのは私とマリアンとシャルにだけ。いつか、スタンたちにもこうして優しくなる日が来るのだろうか……いや、ここまで優しくなったら少し怖いけれど。

「それより、タオル一枚の姿の妹に欲情なんてしてないよね? その辺り大丈夫だった?」

 片目を瞑りながら胸元を両手で隠すようなポーズを取ると、リオンはフンと鼻で笑った。

「茹蛸のように真っ赤になって白目剥いた奴に欲情等するわけないだろう」

「ええー……それはとんだ痴態を晒してしまい申し訳ありませぇん」

 確かに、そんなやべぇ女が裸同然であってもムラッとはしないだろう。私が男であってもきっと欲情しない。マリアンだったら、また違うだろう。それ以前にマリアンがのぼせることは無いと思うけど。

「いや、実際はリオンも顔を真っ青にしながらを部屋に運んでたし、心配すぎてそれどころじゃなかったって感じだったよ。それに、少ししか見えなかったけど、白目は向いてなかったし色っぽかったけどなぁ」

 そう笑顔で教えてくれたスタンは直後にティアラの電撃をビリビリ喰らった。隣のリオンの顔は怖くて直視する事ができなかった。



※ ※ ※ ※ ※



 アクアヴェイルの港に船をつける訳にはいかないので、シデン領の沿岸からボートを漕いで上陸する事になった。
 リオンはかつてないくらいに酔い、それでもみんなの前では気丈に振る舞っていた。ボートから降りた際、もう二度と乗らないとぼそりと呟いていたのを私は隣で聞いた。可哀想。
 シデン領に着くと、まずはバティスタやグレバムに関する情報収集をする事になった。
 私はリオンと一緒に行動し、外国から来たという事を隠しながら住民に話を聞いていく。ティベリウスという人物がよその国から参謀を呼び寄せ、モリュウ領を武力制圧したという情報を得ることができた。どうやらその参謀というのがグレバムらしい。ただ、港も封鎖されて今はモリュウ領に行けないとのことだった。

「どうしよっか。モリュウ領に行けないとグレバムを追えないよね」

「まずはスタン達と合流しよう」

「そうだね」

 そう言って踵を返した瞬間、近くにいたおじいさんがよろよろと歩いていて転びそうになったのが見えた。咄嗟に老人を受け止め、事なきを得る。

「大丈夫ですか? おじいさん」

「すまないねぇ。……おや、お嬢さん、それは珍しい剣だね」

 体勢を直して立ち上がったおじいさんが私の剣を指さした。

「これですか? ふふ、珍しい形ですよね」

「昔、知人が話していた剣の特徴に似ていてな。その剣は遥か昔の戦争の時に作られたもので、存在を隠匿されながら現代まで守られてきたと言っていたか……」

 おじいさんの話を聞いた私とリオンは目を丸くしてシャルを見る。

『ソーディアンと話が似ていますが……の剣は僕も見たことはありません。それに、ソーディアンだったら僕も流石に気付きますって』

 ――だよね。シャルたちのようにコアクリスタルのようなものも見当たらないし、喋らないし、きっとソーディアンとは関係のない剣なのかもしれない。

「その剣を持った旅の男に娘を連れて行かれたと、知人が生きていた頃……酔っていた時に愚痴っていたのを思い出した。死ぬ間際に、結婚を許していたら娘に看取られて逝けたかもしれないと後悔していたなぁ。久々にあいつの墓参りにでも行くかのぅ」

 私は目を見開いた。
 もしかして、この剣がおじいさんの言う剣だったとしたら、この話は私の本当の家族の話なのではないか――そう思った。だけど、おじいさんの話からするともうその知人の方は生きてはいない。それなら、今ここでこれ以上の話は詳しく聞けない。それに、今はそれどころではないのだ。

「引き止めてしまってすまないね。つい懐かしくなってしまってな」

「いえ。お話、ありがとうございました」

 そのまま老人と別れ、唇を噛みしめる。
 どうしよう、今頭の中真っ白だ。動揺しちゃってる。落ち着け、落ち着け、落ち着こう。

「大丈夫か? 

「大丈夫。私の家族はリオンだけ」

「そうじゃない。震えている」

 リオンに指摘されて気付いた。足がガクガク震えている。完全に無意識だった。

「あ……いや、それはビックリするでしょ。いきなり、私の両親かもしれない人の話を聞いて。でも、他人の話かもしれないし、これ以上の話は聞けなそうだし……とりあえずスタン達のところに行こうか」

「そう、だな」

 両親が生きていたら、会えたとしたら、私の記憶が戻ったら。そしたら今まで通りリオンの隣にいられるのだろうか。この関係が壊れてしまわないだろうか――私はそれが怖いのだ。
 せめて、リオンがマリアンと結ばれるまでは。
 もやもやと考えながら歩き出そうとしたら、突然リオンに抱きしめられた。

「……っ。あの、どうしたの?」

「僕は、お前が何者でも離れるつもりはないからな」

 何で、今欲しかった言葉を言ってくれたんだろう。考えてる事がわかったのかな。ずるい。

 ああもう――大好き。



執筆:23年9月23日