ここは早乙女学園。
普通の私立高校だけど、特に音楽関係の部活に力を入れている学校だ。
この春、私は二人の幼馴染と一緒にこの早乙女学園に入学した。
華の高校生活が始まるんだなーって思うと、自然と心が躍る。
あわよくば、念願の彼氏もできるといいなぁなんて思ったりして。

「見てください、翔ちゃん、ちゃん!今日のお弁当、パンダさんなんですよぉ!」

なっちゃんが、恐らくおばさん(なっちゃんのお母さんね)に作ってもらったであろう
可愛いキャラ弁を見せびらかせてうっとりと悦に入る。
小さい頃から可愛いものが大好きななっちゃんは高校生になっても相変わらずのようだった。
そんななっちゃんを見て、翔ちゃんと私は顔を見合わせて同時に苦笑する。

「はいはい、可愛い可愛い」

「あはは…なっちゃんは今日も元気だねー」

私たちは、昔からいつもこんな感じだった。
高校に入学したらまず新しい友達ができて一緒にお弁当を食べる…というのを想像していたのになぁ。
どうやら現実はそう甘いものではなく、私は今までどおり変わらず
幼馴染の来栖翔と四ノ宮那月とお弁当を食べている。
…いや、新しい友達はできたんだ、そこまではよかったのだよ。
4限目終了のチャイム直後、同じクラスである翔ちゃんが「昼飯食おうぜー」と
いつもの調子で言ってきたものだから、私はつい「はいよー」なんて了承してしまって、
そして隣のクラスのなっちゃんが自然に合流する形になって…今に至る。

「はぁ…」

「どうした?…元気無いみたいじゃん。何かあったのか?」

翔ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでくれる。
だがしかし、こやつは私の高校お弁当デビューを阻止してくれた張本人…許すまじ。

「何もないよ」

無表情のままお弁当の唐揚げにかぶりつくと、翔ちゃんはムッとして眉間にしわを寄せた。

「何怒ってんだよ」

「いやいや怒ってないよ」

別に怒ってはいるわけじゃない。不服なだけ。
なんとなく険悪な雰囲気になってしまい、私と翔ちゃんは睨みあう。

「ああっ、二人とも喧嘩はダメですよっ」

なっちゃんが慌てて私と翔ちゃんの間に入る。
…まぁ、翔ちゃんは良かれと思って私を誘ってくれたんだよね。
それに、流されて断れなかった私だって悪いんだ。
断ろうと思えば、簡単に断れたはずなんだから。
このままじゃ大事になってしまうし…ここは正直に話すべきなのか。

「…本当はね、新しい友達とお弁当食べようかなって考えてたんだ。
折角翔ちゃんが誘ってくれたのにこんなこと言って…ごめん」

今日はお弁当初日だから、新しい友達と食べなきゃ今後の友達付き合いに影響するかなって思ってた。
でも、私が流されたのはやっぱりこの二人のことが大好きだからなわけで。

「なんだよ、そういうことなら早く言えよな!なぁ、那月」

「そうですねぇ…でも、ちゃんが他の人と食べたら、僕たち二人になって寂しいですよ」

私のことを理解してくれる二人。
だけど、なっちゃんは悲しそうに瞳をウルウルさせながら私をじっと見てきた。

「…うっ」

昔から、なっちゃんのこの目には弱い。
この目で見られたら「仕方ないなー」ってなっちゃんの言うことを何でも聞いてしまいそうになる。
ああ、これからもずっとお弁当はこの3人で食べることになるのかな。
…それでもいいんだけど。
中学の時と変わらないなぁと思いながら私はおにぎりを口に運んだ。

「いくら幼なじみでも、いつまでも一緒にはいられねーだろ。
那月は少しから離れてみた方がいいんじゃねーの?」

「あっ、翔ちゃんそんなこと言ってちゃんを独り占めする気ですね!」

「ばっ…!ちげーよ!!大体、こいつに彼氏とか出来た時どうすんだよ…」

「その時は、ちゃんの彼氏とも仲良くすればいいんじゃないかなぁ」

翔ちゃんとなっちゃんの会話を聞きながら、私はもくもくとおにぎりを食べていた。
…そうだね、いつかは私たちも離れ離れになる日が来るんだろうな。
私だけに限らず、翔ちゃんとなっちゃんにも可愛い彼女ができるかもしれない。
というか、二人は何気にモテるんだから、その気になればすぐに彼女くらいできるはずだ。
悔しいけれど、告白をしたこともされたこともない私には彼氏なんて簡単にできないと思う。

「大丈夫だよ、彼氏なんてできそうにないから!」

「そ、そうか…」

少なくとも、翔ちゃんとなっちゃんの側にいる内は彼氏なんて夢のまた夢なんだろうなって思う。
私はなんだかんだ言って、この3人でいる緩やかな時間が好きなのだから。
せめて、好きな人ができれば…この気持ちも違ってくるのだろうか。

「まぁ…彼氏のいる高校生活っていうのも憧れるんだけどね」

「大丈夫だよちゃん、いざとなったら翔ちゃんが彼氏になってくれるよ」

「ばっ、バカ那月!何言ってんだよ!!」

なっちゃんの言葉に、翔ちゃんが真っ赤になった。
あはは、翔ちゃんてば可愛いなー。

「へぇ、ありがとう翔ちゃん。じゃあ、私が売れ残ったら貰ってやってね」

「お、おう…仕方ねーな!」

私と翔ちゃんとなっちゃんは同時に吹き出す。
今は彼氏なんていらないし、3人でいることの方が何よりも大切だと思ってた。
そんな春の日。


執筆:12年05月31日