放課後の音楽室に美風先輩の怒声が響く。

「違う、そうじゃなくてそこは短く切るんだよ」

「さっきも言ったよね、今のところはなめらかにでしょ」

「やる気あるの?が皆の足を引っ張ってるってわからない?」

いつもよりも激しい美風先輩のお小言に、私は限界を感じていた。
何で私ばっかり…!翔ちゃんだって音はずしてたとこあったし、なっちゃんだって皆と合ってないとこあったのに。春ちゃんだって…。

美風先輩なんて嫌い…!





ちゃん…大丈夫ですか?」

休憩中、春ちゃんが心配そうに眉を下げながら私にペットボトルの紅茶を渡してくれた。
その後ろで翔ちゃんとなっちゃんも心配そうな顔してるし。
うわぁ、私そんなにヤバい顔しちゃってる?

「だ、大丈夫…まだ声出るし、頑張るよ」

必死について笑顔を作れば、翔ちゃんが首を横に振った。

「そうじゃねーよ!藍のことだよ。あいつ、にだけすげーキツいじゃん」

「あいちゃん、どうしてちゃんにばっかり…」

なっちゃんは「10分休憩」と言って出て行った美風先輩の楽譜に視線を落とした。
赤い文字で沢山、しかも細かくメモが書かれている。
そこは、私が美風先輩に指摘された箇所ばかりだった。

「そんなの、ちゃんと歌えない私が悪いし…それに、私は美風先輩に嫌われてるから仕方ないよ」

思えば、出会いは最悪で。合唱部で再会して無理矢理入部させられて、だいぶ経つのに
私だけ美風先輩と仲良くなれていない気がする。
最初は時間が解決してくれると思ってた。だけど、私は日に日に美風先輩が嫌になっていく。
多分それは美風先輩も同じなのかもしれない。
そう思ったら、急に目頭が熱くなってじわりと涙が溢れそうになった。

「…今日はもう帰る」

「おう、藍にはテキトーに伝えておくぜ」

みんな優しく微笑んで頷いてくれた。
翔ちゃんは私の頭をクシャクシャ撫でて、廊下まで見送ってくれる。

「…あんま無理すんなよ。俺が守ってやるからさ」

私の耳元でポツリと呟く翔ちゃん。
なんだかもう嬉しすぎて、微笑んだらホロリと涙が流れた。



とりあえず荷物を取りに一旦教室に戻る。
教室には誰もいなくてシーンてしていた。
よかった、泣いてるとこなんて誰にも見られたくないもんね。
はぁ、明日からまた部活に行くの嫌だな…。
美風先輩に会いたくないし、皆の前で泣いちゃったし。

「…さん?」

「えっ!?」

いきなり誰かに声を掛けられて、私はピクリと肩を震わせた。

「すみません、驚かせてしまいましたか………え?」

振り返ると一ノ瀬くんがいて、彼は私の顔を見て驚愕した。
うわぁ、思いっきり見られた。しかも一ノ瀬くんに。


「い、一ノ瀬くん…何で…!」

「私は、クラスの学級委員の評議会で…。
その涙の原因は、先日の日本史の授業の時のため息の原因と同じですか?」

「はい?ため息?」

「ええ、かなりの頻度でついてましたよ。気づいていなかったのですか?」

気づいてなかった…。

「ごめん。席隣だしうるさかったよね…」

「いえ…少々気になったくらいですよ」

授業中に吹き出させてしまったことだけじゃなくて、ため息でも迷惑かけちゃってたのか。

「…泣いちゃった原因は、こないだと同じ。聞いてもらってもいい?」

「ええ、構いません」

これ以上一ノ瀬くんに迷惑かけたくはない、けれど…今は誰かに甘えたかった。

「私、合唱部に入ってるんだけどね…翔ちゃんと見学に行った時に人数が揃わないと
廃部になるから有無を言わさずに入部させられちゃって、
入ったはいいけれど私ヘタクソだし先輩に嫌われてるからいつも私だけ先輩に怒られちゃって…」

改めて口にすると、悲しくなってくる。
止まりそうだった涙もぽろぽろと流れてくる。
みっともない私の話を、一ノ瀬くんは黙って聞いてくれていた。

「そうですか…部活には絶対に行かなくてはいけないのですか?辞められそうにないのですか?」

廃部にならない最低限の条件は達している。
人数がいないとある程度合唱はできないから、美風先輩は私を引き止めてくるとは思うけれど。

「ううん、最近新しい子が入ったから私が抜けたところで廃部にはならないと思うから…大丈夫かなぁ」

「なら、ずっとここにいませんか?」

「え?」

自分でも随分素っ頓狂な声が出たと思う。
一ノ瀬くんなりの気遣いだろうか。

「嫌な思いしかしないのに、無理して行く必要なんてありません。
もうすぐ中間テストも近いですし、私と勉強でもしていた方が有意義ですよ」

「あはは、ありがとう。一ノ瀬くん頭いいし、教えてもらっちゃおうかなー…なんて」

確かに、頭のいい一ノ瀬くんに教わればテストなんて怖くないし、部活に行かない口実にもなる。
でも、わかってる。
一ノ瀬くんが冗談で言ってることくらい。

「では、明日の放課後から始めましょう」

一瞬、一ノ瀬くんが優しく微笑んで、私は思わずドキッとしてしまった。
…あれ?冗談じゃなかったの…!?



執筆:12年05月31日