HRが終わると同時に、翔ちゃんが一目散に私のところへとやってきた。

「おい、。今日部活どうすんだ?藍は引っ張ってでも連れてこいって言ってたけど…
俺はお前が嫌なら無理には連れて行く気はないからな。なんなら、二人でサボるか?」

引っ張ってでもって…。
そりゃあ出来れば私だって部活に行きたい。
でも美風先輩がいるからなぁ…。
それに、心配そうな顔でじっと見つめてくる翔ちゃんには申し訳ないけれど、私には別の用事がある。

「ごめんね翔ちゃん、今日はね…えっと」

「すみません。今日彼女は私に付き合って貰いますので」

私の言葉を遮って、隣で教科書やノートを鞄に詰めていた一ノ瀬くんが代わりに言ってくれた。
なんとなく言いづらいなって思ってたのを察してくれたのか一ノ瀬くんよ…!ありがてえ。
翔ちゃんは目を丸くした後、私と一ノ瀬くんを交互に見て口をパクパクさせる。その様子はまるで魚のようだ。

「ど、どういうことだよ!」

意外だったのか、声を荒げて驚いている翔ちゃんに私は苦笑する。
私だって意外だよ。まさか一ノ瀬くんに勉強を教えてもらえるなんて思わなかったよ。

「部活に行かない口実なのはもちろん…中間テストが近いからね。
一ノ瀬くんが勉強を教えてくれることになって…」

「は!?部活に行きたくねぇのはわかるけど、何でトキヤなんだよ!
口実なら他にも作れるだろ!勉強なら那月にでも教わればいいじゃねーかよ!」

ええー…何で怒るの。
翔ちゃんも一緒に部活サボってくれると申し出てくれた善意を踏みにじったから…?

「いや、なっちゃんは部活あるし…」

「じゃあ俺が…!」

「わかってるとは思うけど、翔ちゃんと私じゃ学力同じレベルだから意味ないじゃん」

「……!!わかったよ、勝手にしろ!バカ!」

問答の末、翔ちゃんは自分の鞄を引ったくると捨て台詞を吐いて教室を飛び出して行ってしまった。
教室に残っていたクラスメイトたちの数人が飛び出して行った翔ちゃんを見た後、
私と一ノ瀬くんを見て不思議そうな顔をしている。

「なんなのあの子」

「確か、翔とさんは幼なじみでしたよね」

「そうだけど…」

私が頷くと、一ノ瀬くんが小さく笑う。

「きっと、私にさんを取られてしまって悔しいのでしょう」

「そ、そうなの!?」

「さぁ、どうでしょうね」

一ノ瀬くんは「ほら、そろそろ始めますよ」と言って数学のノートを開いた。
私も席に着き、ノートを広げる。

「それじゃ、今日の授業の復習から…」

一ノ瀬くんの机が私の机に寄せられ、一ノ瀬くんとの距離が近くなる。
おお、睫毛長い。イケメンだ…なんて思ってたら一ノ瀬くんに睨まれた。


しばらくすると騒がしかった教室は静かになり、私たち二人だけになった。
みんなそれぞれ帰宅したり遊びに行ったり部活行ったり…。
部活のことを思うと、サボってしまっているこの状況に罪悪感を感じる。
美風先輩、怒ってるかな。呆れたかな。
私のこと、更に嫌いになったかな。

「何やってるの、

うん、そうそうこんな感じで、あの可愛い顔で私のことを見下して………。

…え?

美風先輩の声がした方を振り返ると、
教室の扉に寄りかかりながら眉間に皺を寄せる美風先輩の姿があった。
まさかの事態に私は咄嗟に席を立ち、後退る。

「み、美風先輩!!何で美風先輩がここに…」

「ショウが使えないからボクが来たんだよ。まったく…ショウはには甘いよね」

問答無用でこちらに歩み寄ってくる美風先輩。
怖いです、その無表情が怖いです、美風先輩…!

「えっと、私行きたくないです…」

「何言ってるの?昨日はボクもの精神状態を気にしないで
言い過ぎたと思ったから多めに見てあげたけど、今日は違うから」

どうやら見逃してはくれないらしく、美風先輩が私に手を伸ばした。
しかし、それは一ノ瀬くんの手によって阻止されたのだった。
一ノ瀬くんは美風先輩の手を払い、私を背中に庇ってくれる。
いいい一ノ瀬くん!?

「待って下さい。彼女は嫌がっています、無理矢理連れて行くなんて見過ごせません。
それに彼女は私と勉強中なのです」

まるで一ノ瀬くんは王子様のよう私を守ってくれている。超カッコイイです。
美風先輩はムッとしながら一ノ瀬くんを睨みつけた。
まさに一触即発の状態で、空気がピリピリしている。

「勉強ならボクだって教えられるさ」

美風先輩が不服そうに呟いたけど、今はそういう問題じゃないんじゃ。

「あ、あの…私が行っても皆のお荷物じゃないですか!
それに、美風先輩は私が嫌いなんですよね、だったらもう私に構わないで下さいよ!」

一ノ瀬くんの後ろで、私は美風先輩への本音をぶつけた。
今まで怖くて言えなかったことを、一ノ瀬くんがいるからという安心感で、つい言ってしまった。
でも、言ってから後悔した。
やばい、わかっていても美風先輩に面と向かって嫌いだとか言われたらヘコむわ。
美風先輩が、はぁと大きなっため息をついて、私はビクリと肩を振るわせる。

「…確かには声が出てないから今はお荷物だけど、元が綺麗な声だからこのまま潰したくないんだよ。
ボクはを育てたいだけ。それに、誰が嫌いだなんて言ったの?
ボクはボクなりにを可愛がってるつもりなんだけど?」

「んな…!?」

美風先輩の言葉に、私は舞い上がった。
だって、あのいつも厳しい美風先輩が私のことを褒めてくれて、
嫌われてもいないって、寧ろ可愛がってくれていただなんて…!!

「ほら、行くよ」

「え…あ、はい」

一ノ瀬くんを押しのけて、美風先輩が私の手を取る。
美風先輩の手がひんやりしていたのは、私の体温が高いせいなのか、美風先輩の体温が低いせいなのか。

美風先輩に教室から部室に連れて行かれる間、
ずっと、手を引かれたままでドキドキしまくっていたことは内緒だ。



執筆:12年05月31日