「ケアルラ!」

 黒魔道士の村の唯一の医者であるは、今日も患者の治療に専念していた。この村に来て、もう大分経つ。今ではすっかり村の一員となっていて、日々患者を診ている。
 ――と言っても、患者はあまり多いわけではないので、ほとんどの日が医学の勉強と、黒魔道士たちとの雑談で過ごしていた。

「ありがとう、。もう全然痛くないよ」

「もう、いつも気をつけてねって言ってるのに。元気なのはいいけど、今度からは転ばないようにね」

「はーい」

 小さな黒魔道士は嬉しそうに飛び跳ねると、にお礼を言って診療所を後にした。一人診療所に残されたは、ふぅと一息ついて、机に突っ伏す。

「150号。今日も空は晴天だよー……」

 いまはもういない、この家の元の主に語り掛ける。
 数ヶ月前、150号は空の上へと旅立った。この村に来てから、ずっと一緒だった150号。本当の家族ができたみたいだったけれど、別れは突然やってきたのだ。
 ある朝、いつものように目覚めて、朝食を用意して、150号を起こしに行った。だけど、彼が動くことはなかった。あまりにも突然すぎる出来事に、は落胆した。家事も一緒にやったし、診療所の仕事だって手伝ってくれた。はずっと泣いたままだったけれど、他の黒魔道士たちがずっと傍にいてくれた。
 150号がいなくなって、時には悲しくなることもあるけれど、は一人ではない。この村のみんなが、家族なんだと思っていた。それに、少し前に家族が増えた。ジェノムという、シッポの生えた人間たちがこの村に住むことになった。
 丁度が薬草を取りに行っていた時に来たらしく、何故そうなったのかは知らなかった。だけど、家族が増えるのは大歓迎だった。

(でも、いきなり大勢来たから、名前を覚えるのが大変なのよね)

 村の黒魔道士たちは、ジェノムたちに名前が無いとわかると、必死に名前を考えてあげていた。自分たちには番号で名づけるのに、ジェノムたちには普通の名前をつけていることに、はこっそりと笑った。
 思い出し笑いをしていると、けたたましく扉が開かれ、は驚いて後ろを振り返った。

、いる!?」

 慌てた様子の、一人のジェノムの少女。最初に会ったときはずいぶんと無表情だったのに、今では表情がコロコロ変わるようになった子だと印象している。

(う……名前、何だっけ)

 そんなことを考えているうちに、少女はの腕を掴んだ。

「急患よ! ミコトが二人連れてきたんだけど、一人はかなり重傷なの!」

 急患という言葉に、は強く反応した。

「わかった、ここに連れてきて」

「うん!」

 少女が踵を返して、走っていく。は深呼吸をした後、静かに目を閉じた。

「お父さん、お母さん、150号……私は頑張るから」

 そう呟き、急いで準備に取り掛かった。



※ ※ ※ ※ ※



 連れて来られた患者を見て、は言葉を失った。忘れることのできない、あの記憶が蘇る。

(……私の両親の、仇!)

 あの日アレクサンドリアで見た黒幕の銀髪の男が、今自分の目の前に瀕死でいる。仇をとるには好都合な状況だった。
 もう一人、連れて来られた患者は意識があった。腕に傷を負っているだけで、他に目立った外傷はないが、疲れきっている様子だった。

「……頼む、クジャを助けてくれ」

 しっぽの生えている、ジェノムの少年だった。整った顔立ちに、は一瞬ドキっとするが、すぐに目を逸らした。

(こいつ、クジャっていうんだ……)

 ふと、クジャの下半身を見たは、眉間に皺を寄せた。しっぽが見える。クジャもまた、ジェノムだったということを初めて知った。
 しかし、それ以上に、視界に入る、露出した太もも。少しでもずれれば見えてしまいそうな男性特有のアレ。
 こんな変態に両親が殺されたというショックを受けたは、ため息をつきながら治療し始めた。

(確かに、私の両親はこいつに殺されたし、私は住む家を失った。だけど、こんなやつのことを大切に思っている人がいるんだ。絶対に助けよう)

 はケアルガを唱えてある程度の怪我を治癒させ、傷が深すぎるものは手で処置をする。

(傷はなんとかなった……けど、魔力の消耗が酷い。高等な技術になるけど、私の魔力を分け与えれば……)

 は魔力を開放し、クジャへと魔力を送り出す。貪欲にの魔力を吸収していくクジャ。の魔力はどんどん無くなっていった。

「…あっ」

 立っていられないほど魔力を吸収され、膝が床に着く。しかし、の手に添えられた複数の手が、へ魔力を集めだした。

「みんな……!」

 黒魔道士たちが、へと魔力を送る。

「ぼくたちの魔力も使って、

「いつもに助けられてるから、今度はぼくたちがを助けるんだ!」

 は歯を食いしばった。再び立ち上がり、魔力を集中させる。

(みんなが頑張ってるんだから、絶対生きてよ! 生きて……私に一発殴らせなさいよ!)

 その瞬間、クジャの手がピクリと動いた。ジェノムの少年は瞬きをすることも忘れてたちを見ていた。
 フラッと、の身体が揺れるのを見た少年は、咄嗟に駆け出した。は少年の腕の中へ倒れこむ。

!」

 黒魔道士たちが心配そうにの顔を覗き込む。

「大丈夫、気を失ってるだけだ」

 少年は顔色の悪いを横抱きにし、空いているベッドへ寝かせた。



※ ※ ※ ※ ※



「……うーん」

 身体がやけにだるかった。はゆっくりと目を開けて、辺りを見回す。窓の外は、暗かった。こんな時間まで眠ってしまったのだろうか。
 今日一日のことを思い出す。

(あ、そうだ。クジャともう一人のジェノムの少年を治療してたんだった)

 まさか自分が患者の治療中に倒れるとは、と自嘲する。

(私もまだまだだなぁ)

 とりあえず、患者の様子を見ようと、ベッドから降りた。倦怠感のある身体に鞭を打って、患者のいる病室へと足を運ぶ。薄暗く、薬剤などの独特のにおいのする病室。はこのにおいが好きだった。両親がいるような、そんな気持ちになれて、安心できるのだ。

「やぁ。もういいのかい?」

 病室へ入るなり、声をかけられた。なんとも色気のある声に、はあの下半身を思い出して苦虫を噛み潰した表情をした。

「あの、それは私の台詞です」

「そうかい?でも、僕に魔力を送りすぎて倒れたそうじゃないか」

 声の主、クジャはに歩み寄り、苦笑した。

「どうして、僕を助けたんだい?僕はキミの両親の仇なんだろう?」

 は目を見開き、クジャを見つめた。自分は、クジャには言っていないはず。
 確かに、魔力を送っているときに心の中で暴言を吐いたが……聞こえてしまったのだろうか。
 は焦った。聞こえていたのなら、私は何をされるのだろうと。

「どうして、それを……?」

 クジャはふふっと小さく笑うと、の髪に触れた。は抵抗することなく、黙っていた。
 クジャはの身体が微かに震えていることに気づき、悲しげに微笑んだ。

「キミのこと、黒魔道士たちから聞いたんだよ。どうしてただの人間であるキミがこの村にいるのかをね」

 クジャは、かつて自分がアレクサンダーを欲し、アレクサンドリアを襲撃したことを思い出す。その時に犠牲になったのが、今目の前で震えている少女で、あろうことかその少女は自分の命を救ってくれた。

「そう、なんだ……」

「さぁ、今度はキミが僕の質問に答える番だよ。どうして僕を助けたのか、教えてよ」

 不思議で仕方が無かった。本来ならこの少女に殺されてもおかしくはないのに、少女はそれをしなかった。

(何故、僕を助けた? 何か理由があるのか……?)

 クジャはあらゆる考えを思い巡らせたが、どれもピンとくる答えは導き出せなかった。

「あなたを失って、悲しむ人がいる。私みたいな思いはしてほしくないの」

 の答えを聞いたクジャは、嘲笑った。戯言だ。そう思いながらの胸倉を掴んだ。

「僕を失って悲しむ人だって? そんなヤツ、いるわけないだろう? 僕は、憎まれるべき存在だ。僕が死んで喜ぶ奴はいても、悲しむ奴いるわけがない!」

 は涙目でゆっくりと首を横に振った。

「あなたと一緒にいた、ジェノムの男の子。あなたのこと、すごく心配してたんだから。頼む、クジャを助けてくれって、彼は私に言ったの」

「ジタンが……僕を……?」

 クジャが力なくを開放する。は咳き込んで、その場に膝をついた。

「私、本当はあなたのことを殺したいくらいに憎い。だけど、あなたを殺したってお父さんもお母さんも帰ってこないんだから」

 の弱弱しくも威圧的な言葉に、クジャは息を飲んだ。

「だから、生きて償って。命の重さを知って欲しいの。私の両親が最期に教えてくれたことは、悲しみと、命の重みだった」

 はよろよろと立ち上がり、診療所から出て行く。クジャは一人その場でただずんでいた。
 の言葉が頭から離れない。生きて償え。命の重さを知って欲しい。それは、自分にどうしろと言っているのか。
 クジャは壁を殴り、唇をかみ締めた。





執筆:09年7月13日
修正:16年05月14日