窓から気持ちのいい風が吹いていた。
患者も来ないし、勉強の集中力も切れてきたと感じたは大きく伸びをした。気分転換になることでもしようと思い、表情を綻ばせる。
「どこに行くんだい?」
「散歩。クジャ……ちゃんと寝ててよね」
すっかりの家に住み着いてしまったクジャは「はいはい」と返事をして、奥へと引っ込んだ。仕方なく両親の仇と一緒に生活しているではあるが、やはりいい気はしなかった。憎くないと言えば嘘になる。だけど、行く当ての無いクジャをほっぽり出すわけにもいかなかった。
幸いなのか、不幸なのか、の家は他の家より少し大きかった。部屋も布団も余っていたくらいだ。クジャを診ていなかったとしても、きっとクジャはこの家に転がり込む羽目になっていただろう。
そして、クジャの他にも一人居候がいた。
「! 散歩か!?」
「ジタン……。うん、気晴らしに、散歩だよ」
もう一人の居候であるジタンは、クジャの弟のような存在だった。唯一、クジャが生きることを願った人物だ。
「一緒に行っていいかい?」
まるで子犬のような目でを見つめる。本当は一人で行きたかったが、は断ることができず、苦笑した。
「う、うん。いいよ」
自分が押しに弱いことに気づいたは、小さくため息をついた。ジタンは満面の笑みで喜び、飛び跳ねた。
「やりぃっ!」
そう喜んで、ピッタリとに寄り添う。いきなりのことに、は慌てふためいた。診療以外で異性がこんなに近くにいるということは、初めてのことだった。
「あ、あの、ジタン。もう少し離れて歩こうよ」
「えー。オレ、とデートのつもりで散歩したいんだけど」
「で、デート?!」
全くと言っていいほど、異性の免疫がないにとって、それは刺激の強い言葉だった。
どうしてジタンはそんなに軽いノリで「デート」なんて言えるんだろうとは不思議に思う。
(きっと、女の子といっぱい接してきたからなんだろうなぁ)
自分はその中の一人であり、特別だとか、そんな感情は無いのだろうとは考える。ふと、ジタンを見れば、嬉しそうな表情でを見つめていた。の頬が赤く染まっていく。それに気づいたジタンは嬉しくなり、の手をぎゅっと握った。
「ひゃっ!」
しかし、驚いたは反射的に手を離してしまう。ジタンは小さく笑って、もう一度の手を握った。
「可愛い反応」
当然、甘い言葉を言われたこともないの頬は燃えるように熱くなってしまった。
「か、からかわないでよ!」
「いや、からかってなんかないって!、マジで可愛いしさ」
全く止めそうにないジタンを見て、はソッポ向いた。
ここは大人しく諦めよう。反応すればするほどジタンが調子に乗るだけだと悟った。
※ ※ ※ ※ ※
ポカポカと温かな陽気の中、とジタンはチョコボの小屋へと来ていた。ボビー・コーウェンと名づけられたそのチョコボは、黒魔道士たちが世話をしていた。ジタンはボビーを見るなり「久しぶりだな!」と言って頭を撫でた。
「ジタン、この村は初めてじゃないんだね」
「ああ、何度か来た事あるぜ。でも、と会うのは今回が初めてだよな」
がこの村にいないときに、来たことがある。アレクサンドリアから、ここに来る前なのか、村から出て薬草を採りに行った時か。なんだか不思議な感じだった。
(150号とも会ったことあるのかな)
今はいない、自分に優しくしてくれた黒魔道士のことを思う。
「ね、ジタンは150号に会った事はある?」
もしもジタンが150号のことを知っていれば、150号の思い出話ができるなぁと考えた。
「150号? 悪い、会った事はあるのかもしれないけど、覚えてないな」
「そっか」
一瞬だけの表情が曇ったのを、ジタンは見逃さなかった。ジタンはが気を失っている間に、のことを黒魔道士たちに聞いていた。その中で150号は、村の入口で倒れていたを助けたと聞いている。だから、にとって150号は命の恩人で、大切な存在だったんだということを知っていた。
でも、もう150号はいない。
「、150号はもういないけど、今はオレたちがいるじゃないか」
「やだな、気を使ってくれなくてもいいよ。私はもう寂しくないから」
「そっか」
ジタンは苦笑した。
(まだ150号のことを引き摺って、悲しんでいるのかと思ったけど……強いんだな)
ボビーの頭を優しく撫でるを見て、ジタンは口の両端を上げた。
「痛っ!」
突然ボビーがの頭を突いた。あまり攻撃力は無いが、それでも痛い。
は悲鳴を上げながらボビーから離れた。
「ああもう……いつになったら私に懐いてくれるのかなぁ」
そんなやりとりを終始見ていたジタンと黒魔道士たちが笑い出した。は不貞腐れ、頬を膨らましたまま壁に寄りかかる。
「こいつはに懐いてるからじゃれてるんだよ」
ジタンが笑いながらボビーと遊び始めた。ボビーのくちばしが当たらないように工夫しているジタンを見て、は感心する。
(チョコボの扱いが上手いなぁ)
目の前の微笑ましい光景、ボビーと戯れるジタンを見ながら、は微笑んだ。こんなに穏やかな気持ちになったのはいつ以来か。アレクサンドリアの悲劇が起きてからというもの、この村で生活するようになっても心休まる時間は無かった。
ジタンはにとってとても新鮮な存在だった。
「!」
「え、何? ジタン」
いつの間にか自分の目の前に立っていたジタンに驚いたは、目を丸くした。ジタンはニヤリと笑う。
「ボーっとして、オレに見惚れてたのかい?」
「違うよ。ジタンがチョコボの扱いに慣れてるみたいだからすごいって思ってただけ」
大分ジタンの扱いに慣れてきたなぁと思いながら、は不敵に笑って見せた。そんなの反応に、ジタンはつまらなそうに「チェッ」と舌打ちをする。
「旅してたときにさ、チョコボに乗せてもらったりしてたしな」
「へぇー」
ジタンって、旅してたんだ……。
は夢中でチョコボの話を聞かせてくれるジタンを見つめながら、ぼんやりと考えた。
(私、一緒に暮らしてるジタンのこと全然知らないんだなぁ)
クジャも一緒に暮らしているけれど、できるだけ彼とは関わりたくはなかった。怪我が完治して、住むところを見つけて1日でも早く出て行って欲しいのが本音だ。
だけど、ジタンは違った。一緒にいて楽しいと思えるし、頼もしい。
(ジタンなら、いつまでも家にいてくれてもいい、かな)
しばらくして、自分が考えたことがとんでもないことだと気づいたは、顔を真っ赤にした。
※ ※ ※ ※ ※
いつの間にか日も暮れ始め、とジタンはようやく帰宅した。
思っていたよりずっと長くなってしまった散歩。ずっと診療所を空けてしまったという罪悪感と、楽しかったジタンとの散歩。の頭の中は少し混乱していた。
芽生え始めた新しい感情に戸惑っていた。ジタンが傍にいるだけで嬉しくなる。
(これって、恋だよね?)
今までの人生、恋をしたことはあったけれど、ここ数年は恋に無縁な生活を送っていた為、とても久しぶりな気持ち。
「、顔がニヤけているよ」
突如、目の前にクジャの顔が現れた。
「ぎゃあ!」
驚きのあまり、後退して転んでしまったを、クジャは眉間に皺を寄せながら見下ろした。
「もっと可愛い声で鳴けないのかい、キミは」
差し出される、クジャの手。はクジャを凝視し、その手を掴むことなく立ち上がった。
「……顔、いきなり近づけないでほしいんだけど」
「それは悪かったよ。でも、目の保養にはなったんじゃない? 僕って美しいから」
ふさっと髪をかきあげるクジャの仕草に、は露骨に嫌な顔をする。それを見たクジャは大きくため息をついて、を睨みつけた。
「僕のことがそんなに嫌いなのかい?」
「好きではない」
間髪入れずに即答するに、クジャは苦笑した。好かれていないことなんて最初からわかっていたはずなのに、何故か聞いてしまった自分に後悔した。でも、心のどこかで何かを期待していたのだ。
(好きではない奴と一緒に住めるなんて……はとんだお人好しだねぇ)
くつくつと笑うクジャを不振に思い、は一歩引いた。
「確かに、僕のせいでキミが不幸になった。両親を殺し、住む場所も奪ってしまったのだからね。簡単に許されるとは僕だって思ってはいないよ」
「簡単に許すどころか、絶対に許さないつもりなんだけどね」
怒気を含みながらニコッと笑う。
(こんな、下半身をギリギリまでに露出してる変態のことなんて……許せるわけない)
しかし、クジャは屈することなく、に対抗するように微笑んだ。
「別に許して欲しいなんて思っていないさ」
じりじりとに近づきくクジャ。は逃げるように後ろへ、後ろへと下がるが、ついには壁に追い詰められてしまう。
クジャは真っ直ぐを見つめ、彼女の顎をくいっと持ち上げた。
「好きなだけ憎めばいい」
は恐怖で震えながら、それでもクジャを睨みつける。
「……最初からそのつもりよ」
「ははは、僕とジタンの扱いの差。すごいね。ジタンの前では猫でも被っているのかい?」
そんなクジャの言葉に、の顔は真っ赤になる。どうしてジタンのことがクジャにバレてしまったのかと、恥ずかしくなる。
は全力でクジャを突き飛ばした。
「ば、ばっかじゃないの? 猫なんて被ってないわ!」
は唇をかみ締め、顔を歪ませた。クジャに至っては、余裕な笑みを浮かべている。
「そういえば、ジタンとのデートは楽しかったかい?」
「……っ! あんたなんて大嫌いよ!!」
はクジャの頬を力いっぱい叩き、駆け出した。
執筆:09年7月14日
修正:16年05月11日