雨が降っていた。ジメジメと湿った空気に鬱陶しさを感じながら、は医学書を読んでいる。こうも湿度が高いと、集中力も無くなっていく。頭に入るものも入らない。ため息をついて医学書を閉じたは天井を仰いだ。
昨日、また黒魔道士が一人いなくなった。何の予兆もなく、ある日突然動きが鈍くなっていって、そのまま動かなくなってしまう彼らの最期。
(結局また私は何もできなかった)
何が原因なのかが全く予想できない為、根本的な治療をできずにいた。何もできず、ただ黒魔道士たちの最期を看取るしかできないでいるはもどかしさを感じていた。
彼らは人であって人ではない。基本的な構造は一緒ではあるが、人とは何かが違う。それが何なのかがわかれば、対応策が思いつくかもしれない。だけど、わからないものはわからない。
そもそも、彼らはどのようにして生を受けているのか。それすら謎に包まれていた。
(まさか、人造人間とか……? って、そんなわけ、ないよね。外見は人間と全く同じなんだから)
人為的に作られたのではないかと考えたは、自分の思考力に呆れ、苦笑した。今まで何度か考えたことがあった。だけど、その度にありえないと否定してきた。
は150号の言葉を思い返した。「自我を持つ」と、確かにそう言っていた。黒魔道士たちは、元々は自我を持たない者たちなのだろうか。自我を持ち、普通に生活をしている黒魔道士としか接触したことのないにとって、それは難題だった。
「……昨日のこと、まだ悔やんでいるのかい?」
後ろから声がして、は振り返る。もうほとんど完治したクジャが無表情で立っていた。
「当たり前だよ。私は人の命を救う為にここにいるのに、何もできなかったんだから」
悲しげな表情のを見て、クジャはふふっと小さく笑う。
「仕方の無いことなんだよ。彼らには予め寿命が設定されてあるからね」
クジャの言葉に、は目を見開いた。
予め寿命が設定されている。その言葉の意味がわからない。そして、何故クジャがそんなことを知っているのか。絶対何か重大なことをを知っている。
「何で……何それ。クジャは黒魔道士たちの何を知ってるの……?」
「全てだよ。何故なら、彼らを創ったのはこの僕だから」
得意げに笑うクジャ。は目の前が一瞬だけ真っ暗になった。鈍器で殴られた感覚に陥る。こんなにも身近に黒魔道士の生みの親がいたのかと、額を押さえた。
「創った……ということは、黒魔道士たちはやっぱり人造人間みたいなものなのね。でも、一体どうやって? 何の為に、何をしようとしたの?」
が恐る恐る尋ねると、クジャの表情が険しくなる。
「以前、僕は彼らを兵器として生産していた。アレクサンドリアの女王に売りつけて戦争を引き起こしていたんだよ」
その頃のことは鮮明に覚えている。とても必死になっていた。大勢の人を犠牲にしたし、自分自身その行為を楽しんでいた。
「……そ、そんな」
はクジャから目を逸らし、俯いた。戦争を引き起こすような残忍な人が、今、目の前にいて、話をしている。
恐怖を感じないということはないが、それでもは平常心を保とうと努めた。
何故戦争なんてさせたのかとか、何が目的だったのかとか、聞きたいことはあったけれど、とにかく今は黒魔道士のことを優先にしたい。静かにクジャの話を聞こうと、考えた。
「その中の一部が自我を持った。それがこの村にいる黒魔道士だ」
何故黒魔道士たちがブルメシアを滅ぼしたのか、ようやくわかった。
(クジャに利用されていたんだ……)
自我を持つ以前、この村にいる黒魔道士は全員クジャに利用される為に何かしらの破壊活動を強いられていた。でも、きっと彼らは自我を持つ以前の記憶は無いのだろう。だから今こうしてクジャが話さなければ、はずっと真実を知らずにいたのかもしれない。
「…………」
目を潤ませ、呆然とクジャを見上げているに、クジャは冷たく言い放った。
「今度は僕が質問する番だよ。キミは、ここまで知ってまだ僕を治療するつもりかい?とはいえ、もう殆ど完治しているけどね」
そのまま黙り込んでしまったを見下し、クジャは嘲笑する。クジャにとって、の考え方はとても理解できるものではない。
(僕を見捨てればいい。これ以上、の優しさに触れて、僕の汚い部分を曝け出されるのはゴメンだ)
いっそ、憎まれて、殺された方が楽だと思った。しかし、はゆっくりと頷く。
「確かにクジャは酷いことをしてきたけれど、だからって最後まで治療はやめないよ」
の答えに、クジャは驚愕した。こんな答えなんて、期待していない。クジャは声を荒げた。
「何故はそう思える? それで満足できるのかい? 僕を殺したいとは思わないのか!?」
しかし、は凛とした態度で答える。
「憎しみと殺意は別物だと思うから。あなたにはわからないかもしれないけれど、命は簡単に奪っていいものじゃない」
「……」
の強い眼差しに、クジャはたじろいだ。どうして、彼女はこうも生にこだわるのだろう。
(そういえば、両親が最期に教えてくれたことが悲しみと、命の重みだったと言っていたっけか)
身近な者の死を乗り越えた結果が、の考えなのだという結論に辿り着く。クジャはぼんやりとそんなことを考えながら、うっすらと微笑んだ。
(確かに、僕は生きたい)
だけど、自分は大勢の人たちを殺してきた。それなのに、自分だけのうのうと生きていてもいいのだろうかという考えが頭を過ぎる。急に罪悪感に襲われ、クジャは自嘲した。
「ねぇ、。僕は大勢の人を殺めたんだよ。それでも、生きていて……いいのかな」
クジャの声は弱弱しく、消えてしまいそうだった。は真っ直ぐにクジャを見つめて、大きく頷く。
「生きていてはいけない命なんて無いんだよ」
の言葉に、クジャは「そうか」と呟いた。
※ ※ ※ ※ ※
自室のベッドの上で、は悶々と考えていた。寝返りを打ち、両手で顔を覆って、ため息をついた。
クジャのことと黒魔道士のことがぐるぐると頭の中を回って、混乱してしまう。
とりあえず、クジャの言っていたことを一度頭の中で整理しようと思い、心を落ち着かせ冷静に整理していた中で、ふとあることに気づく。
(黒魔道士たちを創ったのがクジャなら、結果的に私はクジャに救われたって事なのかな。でも、元はといえば、アレクサンドリアを襲ったのはクジャだし……。なんだか、私の人生ってクジャに振り回されっぱなし)
先程のクジャとの会話を思い出す。両親を殺したと言えど、少なくとも今のクジャは、悪い人には見えない。罪を意識しているから、「生きていていいのか」なんて言ったのだと、は思った。
「今はまだ許せないけれど、いつかはクジャを許せるときが来るのかな……」
自分以外誰もいない部屋でポツリと呟いた。
――それにしても、とは思う。
クジャは何故戦争を起こしたのだろうと、不思議だった。聞けばよかったかなと思うものの、彼にも彼なりの事情がるのだろう。
(時期が来れば話してくれるかもしれない)
は再び寝返りを打つ。クジャの話を聞いていて、もうひとつ考えていたことがあった。それは、クジャなら黒魔道士たちの死をなんとかできるかもしれないということ。
(聞いてみようかな)
もう頼れるのはクジャだけだった。
は自分を情けなく思いながら、身体を起こした。丁度そのとき、コンコンと扉が2回ノックされた。
「!」
扉の向こうから聞こえた声に、の心臓は飛び跳ねた。
「じ、ジタン!? どうしたの?」
「ちょっと話をしようぜ!」
不思議と気持ちが舞い上がるのを感じながら、は身だしなみを軽く整えた。
※ ※ ※ ※ ※
ジタンに連れ出されて、傘を差しながら雨に濡れないように村を歩く。生憎、傘が1本しかなかった為、相合傘をすることになった。ジタンの隣をピッタリと歩くはかつてないくらいに緊張していた。
「昨日の、174号のことがあってから元気なかったみたいだからさ。気分転換にはやっぱり異性とのデートだろ!」
ジタンがニカッと笑うのを見て、は微笑んだ。彼が、自分のことを思って誘ってくれたことが何よりも嬉しかった。
「うん、なんだかジタンのおかげで元気になれたような気がする」
「だろ?」
満足そうなジタンを横目に見ながら、はこの時間がいつまでも続けばいいと思った。
「って、恋したことあるか?」
しばらく無言のまま歩いていると、突然そんなことを聞いてきたジタン。は動揺した。まさか自分の気持ちがバレてしまったのではないかと焦る。
「も、もちろんあるよ。ジタンは?」
「オレもある。まさに今恋してるんだ」
「そ、そうなんだ……」
ジタンの答えにドキドキしながら、は生唾を飲んだ。「もしかしたら」という期待を胸に、ジタンの次の言葉を待つ。ジタンは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「一緒に旅してきた仲間なんだけどさ」
「……」
なんとなく、自分ではないとわかっていはずなのに、心のどこかで自分のことだったらいいと思っていた。
の顔から笑顔が消える。しかし、ジタンは気づかずに続けた。
「でも、オレとは身分が違いすぎて……正直、会いに行っていいのかわからないんだ。なんか、には何でも話せるな。ごめん、オレはを慰めるつもりでデートに誘ったのに」
はショックを受けているという事をなんとか隠そうと、必死に笑顔を作った。一息ついて、口を開く。
「……会いに行けばいいのに」
「……?」
いつもとは明らかに違う、の声色。ジタンは心配になり、の顔を覗き込もうとするが、はジタンの肩を押して突き放した。
雨が、じわりじわりとを濡らしていく。
「好きなら会いに行くべきだよ。身分が違うからって諦めて、満たされない気持ちを私で埋めようとしてるだけじゃないの? 本当はその人のことが好きなのに!」
力いっぱい叫んで、はジタンを睨みつける。
「そんなこと……!」
そんなことない。言いかけて、ジタンは自問する。
(……本当に、そんなことないのか?の言うとおりじゃないのか?)
ジタンは首を横に振り、雨に濡れるの手を引こうとした。しかし、はジタンの手を払いのける。
「私は、彼女の代わりなんかじゃない。っていう、一人の人間なんだから!」
そう吐き捨てては駆け出した。雨に濡れようが、構わない。とにかくジタンのいないところへと逃げたかった。
そのまま取り残されたジタンは、を追うこともできずに呆然と立ち尽くしていた。
(オレ、何やってるんだろう)
※ ※ ※ ※ ※
(最初から期待させるようなことしないでよ……!)
は誰もいない森の中で雨に打たれながら涙を流す。その涙は雨と一緒に地面へと落ちていき、消えていった。
執筆:09年7月14日