「ジタン、はどこに行ったんだい?」

 雨の中、なかなか家に帰ってこないことを不審に思い、クジャは一人で先に帰ってきたジタンに問いかけた。ジタンも、帰ってきてから元気が無い。いつもの笑顔も騒々しさも今は全く無い。

「……わからない。いきなりどこかへ行っちまった」

 いつもの彼なら慌てふためき、誰よりも先に捜しに行くはずなのに。これは二人に何かあったのだと、クジャは眉間に皺を寄せる。
 明らかにジタンを慕っている態度だったと、それに気づいていなそうだったジタン。…とはいえ、ジタンも相当のことを気にしていたと思う。
 クジャは二人の間で行われたやり取りを、大方理解した。

(恐らく、はジタンにフラれたんだろうね。でも、ジタンは何故……)

 この雨の中、こんな遅くまで帰ってこないとなると心配になる。雨の音が段々と大きくなっていくと共に、クジャの中でも不安が大きくなっていく。
 ――それにしても、とクジャは思う。

(雨の中、傘を持たない女性を一人にしたまま帰ってくるとはね)

 難しい顔をしたままソファで寝転がるジタンを見て、クジャは腕を組んだ。これは、を捜しに行くどころではないのだとクジャは悟る。

(まったく、この僕に心配をかけさせるなんて、大物だよキミは)

 ふぅとため息をつき、クジャは家を出た。外は大雨で、傘を差しても濡れるほどで、クジャは服と髪が濡れてしまうことに少しイラつきながら辺りを見回す。
 どうやらこの辺りにはいないらしい。これは村中を捜す覚悟をしなくてはならないと思い、クジャは舌打ちをした。
 しかし、あることを思いつき、クジャはニヤリと笑った。

(感情が昂ぶっている今なら可能なはず)

 クジャは意識を集中させ、トランスした。トランスをすれば空が飛べる。空から村を見渡せばすぐに見つかるだろうと考えた。
 真っ赤な身体から溢れる力で、宙を舞う。空を飛ぶのは気持ちよかったが、生憎の大雨のおかげで気分は最悪だった。

(この辺りなら村が見渡せるだろう)

 そう広くない村を見下ろし、を捜す。しかし、村の中にの姿は無かった。
 もしかしたらどこかの家の中にいるのかもしれない。でも、もしもそうじゃなかったら――。
 焦りだけが空回りしている。こんなにも不安になる自分に違和感を感じながらクジャはを捜し続けた。

「くそっ!」

 クジャは村の周りに視線を移すと、村の入口が目に入った。人が倒れているのが見える。

(まさか……!)

クジャは慌てて村の入口に降り立ち、すぐさま倒れている人物に駆け寄った。

!」

 倒れていたのは、顔色を蒼白にしただった。クジャの体内からさあっと血の気が引いていく。
 こんなを見るのは初めてだったし、こんな姿は見たくなかった。クジャが急いでの身体を抱けば、彼女の身体はとても冷たかった。



※ ※ ※ ※ ※



 頭が重くて、身体が熱くて、だるい。は重い瞼を開いて、ぼんやりと天井を見つめた。もう見慣れた天井。

(あれ、私はいつの間に帰ってきたんだろう)

 雨の中、ジタンから逃げ出して、村の入口で泣き喚いていたことは覚えていた。だけど、肝心なその後のことを全く覚えていない。それに加えてこの倦怠感と悪寒。

(もしかして、倒れた?)

 言う事を聞かない身体をゆっくりと動かし、起き上がる。もしかして、ジタンが追いかけてきて助けてくれたのだろうかとは思った。もし、そうだったのだとしたら、すごく恥ずかしいことだった。

……目が覚めたんだな」

 咄嗟に声がした方を向けば、そこには無表情なジタンが腰掛けていた。

(やっぱり、ジタンが助けてくれたんだ)

「ジタン……。あの、助けてくれてありがとう」

 はジタンの顔を見ることができず、ジタンから目を逸らして俯いた。しかし、ジタンは一息ついた後、首を横に振る。

「違うんだ。を助けたのはクジャなんだ」

 ジタンから吐かれた意外な言葉に、は目を丸くした。

「え……?」

 それなら、どうしてクジャではなくジタンがここにいるのだろう。そう思ったの心を読んだかのように、ジタンは言う。

「クジャは今、薬を取りに行ってる。オレは……クジャに言われてここにいるだけなんだ」

 は元気のないジタンの言葉に胸を痛めた。やっぱり、さっきのことが気まずい。ジタンもきっと同じ気持ちなんだろうと、は眉間に皺を寄せた。

(ジタンは私を助けてくれなかった。今だって、クジャに言われたから看てくれてただけ)

 これ以上ジタンと同じ空間にいることは、今のにとって苦痛でしかなかった。

「……ジタンに風邪が移したら悪いし、部屋から出た方がいいよ」

 ベッドの上から呟かれたの言葉。

「だけど……」

 ここでと話をしなければ、ずっとこの先もずっと気まずいままな気がした。ジタンは拳を握り、を見つめれば、の表情は強張っていた。

「私ならもう大丈夫だから」

 ついに言い返すことのできなくなったジタンは苦笑いをして、部屋を出て行った。
 部屋で一人になったはそのまま布団に潜り、涙で枕を濡らした。



※ ※ ※ ※ ※



 部屋を出たジタンは目の前の人物を睨みつけた。

「クジャ。薬はあったのか?」

「あったよ」

 ほら、とジタンに薬を見せる。するとジタンは安著の息を漏らして微笑んだが、その笑みもすぐに消えてしまう。クジャはそんなジタンを見て、眉間に皺を寄せた。

「オレ、よくわからないんだ。オレが好きなのはダガーだけだと思っていたのに、のことも気になっちまうんだ。」

 ダガーと言われ、一瞬誰のことだかわからなかったが、クジャはすぐにガーネット姫のことだと理解した。
 なるほど、とクジャは思った。ジタンは自分のへの気持ちに気づいていない。それどころか、自分には他に好きな女の子がいると思っている。

(ということは……僕にもチャンスはまだあるということだね)

 クジャはつかつかとの部屋へ向かって歩き、ジタンに背を向けたままほくそ笑んだ。

「それはただの情だろう。折角話す機会を与えたというのに、中途半端な気持ちのままなら、彼女に会わない方がいい」

 クジャは立ち止まり、ジタンを鋭く睨みつける。

「だけど、やっぱりオレはに謝りたいんだ!オレは、をダガーの代わりとして見てたけど、これからは……」

「彼女はキミのせいで傷ついたんだよ。これ以上、彼女を傷つけないでくれないかい?」

「……クジャ」

 ジタンは息飲んだ。クジャの鋭い眼差しが、ジタンを捉える。クジャは再び歩き始め、ジタンに言い放った。

「やっぱり、は僕が幸せにする。彼女に憎まれていようとね。キミには渡せない」

「クジャ……お前……」

 クジャの意外な発言に、ジタンは目を丸くした。

「僕はが好きだ。両親の仇であるこの僕に生きろと言ってくれた。そんな彼女が傷つくのはもう見たくないからね」

 クジャはそう言い残し、の部屋に入っていった。

「くそ……っ!」

 ジタンはわからなくなっていた。自分が抱いた感情に戸惑う。クジャに嫉妬している自分。どうしてこんな気持ちになってしまうのだろう。
 がクジャに取られてしまう。そう思ったら心がざわめき、落ち着かなくなった。

(オレはダガーのことが好きなんじゃないのか?でも、のことばかり考えちまう……!)

 ジタンは頭を抱えた。ぎゅっと目を閉じて頭の中に浮かぶのは、ダガーではなく、の顔。
 一緒に過ごしていくうちに、いつのまにか自分の中での存在が大きくなっていってた。何がきっかけだったかだなんて、そんなのはわからないけれど、

(オレはいつの間にかが好きになってたんだ)

 確かにダガーのことも好きだけど、それ以上にが好きなんだ。どうして今更気づいたのだろう。
 先程の、彼女を突き放すような自分の言動と、雨の中を追いかけなかった行動に後悔する。もっと早く気づいていたら、の他に好きな女の子がいるなんて言わなかった。
 むしろ、「好きなんだ」ということを伝えた。だけど、今更に「好き」なんて言えない。言えるはずが無い。

(あんなに拒絶されちまったんだからな)

 どうせだったら、ずっと気づかなければよかったのかもしれないと、ジタンは自嘲した。



※ ※ ※ ※ ※



、気分はどうだい?」

「く、クジャ! 部屋に入るならノックぐらいしてよ!」

 突然部屋に入ってきたクジャに驚いたは、すぐに布団の中に隠れた。

「悪いけど、不意打ちが好きでね。のその焦った顔が見れて楽しいよ」

「あ、悪趣味……」

 布団の中で「最低!」と声を上げる。クジャはクスクスと笑い、のベッドに腰掛け、容赦なく布団を捲った。
 頬も目も赤いが顔を出す。

、泣いてたんだね。目も少し赤くなってる」

「う、うるさいなぁ。クジャには関係ないよ」

 はうつ伏せになって枕に顔を埋めた。そんなの頭を優しく撫でるクジャは、優しく微笑む。

(両親を失ったときはこれ以上に酷かったのだろうか)

 過去に戻れるなら、の両親だけは助けたいと思った。がこの村に来たのは自分のせい。この村に来てジタンにフラれたのも、きっとあの時アレクサンドリアをメチャクチャにしてしまった結果。
 全ての元凶は自分だと、クジャは己の過去の行いを悔やむ。だから、今度こそ守りたいと、クジャは思った。

「もう、二度とキミを泣かせたりしないから」

 優しい声色でそっとの身体を包み込むクジャの腕。はピクリと身体を震わせて振り向いた。

「クジャ……!?」

 布団越しに抱きしめられていることに気づいたは呆然とした。熱のせいで思考が鈍くなっているせいか、抵抗しようという事が思いつかなかった。

「キミを幸せにする。それが僕の償いだよ」

 耳元で囁かれた言葉。は自分がどんな状況にあるのかを必死に理解しようと努めた。

「何、それ」

 わけがわからないと、はクジャを凝視する。どうせ、ふざけているのだろうと思いながら。しかし、クジャの表情は真剣そのものだった。

「……もう、出て行って!」

 ようやく抵抗したは、必死にクジャを振り払った。クジャは「おっと」と言いながらの攻撃を軽々と避けた。

は僕が傍にいたら興奮してしまうか。それじゃ、僕はそろそろ行くよ」

 楽しそうに微笑みながら背を向けるクジャ。

(あ、行っちゃう)

 何故か、行かないでほしいと思った。言葉にする代わりに、の手が宙を舞う。しかし、クジャは静かに部屋を出て行ってしまった。
 はぱたりと手を下ろす。

(さっき、クジャの顔がすごく近かった)

 唇が触れ合ってしまうのではないかと思った。

(身体が熱いのは、風邪のせい? それとも……)



執筆:09年7月22日
修正:16年05月11日