窓から朝日が差し込み、は目を覚ました。
いつの間にか雨もすっかり止んでいて、木々についている滴が太陽に照らされてきらきらと光っている。それを綺麗だと感じながら、ゆっくりと身体を起こせば倦怠感はなくなっていて。
軽やかにベッドから降りて、部屋を出ようとしたが、突然目の前に迫る何かに、は目を丸くした。ぶつかる、と覚悟をしてぎゅっと目を瞑るが、なかなか衝撃はやってこない。
恐る恐る目を開けると、クジャが微笑みながらを見ていた。
「おっと……おはよう、。もう治ったんだね」
今まさにの部屋に入ろうとしていたクジャとぶつりそうになったが、クジャはを避けたため、難を逃れた。
クジャの両手には雑炊と水を乗せたおぼん。
は本当にぶつからなくてよかったと、胸を撫で下ろした。
「おっ、おはよう、クジャ!」
自分を看病しに来てくれたクジャに、元気よく挨拶する。クジャが懇親的に看病をしてくれたからこんなに早く治ったんだと、感謝していた。
(ずっと看病してくれたクジャに、まだお礼を言えていない)
はずっとお礼を言うタイミングを窺っていたが、意識すれば意識するほど、照れくさくて言えない。風邪が治ったら絶対にお礼を言おうと決め込んでいたものの、いざとなると言えなくなってしまう。
(よし、今度こそお礼を言おう)
が深呼吸をしていると、クジャはニッコリ笑った。
「今日から診療所を再開するのかい?」
先にクジャに話を振られてしまい、お礼を言うタイミングを逃したは肩を落とした。
「……うん。今日から頑張る」
「僕も手伝うよ」
思いがけないクジャの一言に、はぱちぱちと瞬きをする。
クジャが、手伝ってくれると、確かにそう言った。人手が足りないということは全く無いが、それでも黒魔道士に詳しいクジャに手伝ってもらえるという事は、とても心強い。は喜々としながらクジャに尋ねる。
「どうして手伝ってくれるの?」
すると、クジャはふふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「はまだ本調子じゃないと思ってね。それと、黒魔道士たちのことならより役に立てるから」
「……」
クジャの言葉に反論できないはぷうっと頬を膨らませる。それを見たクジャは笑い出し、「冗談。」と言って踵を返した。
「リビングで朝食にしよう」
おぼんの上に乗った雑炊の湯気が消えかけていた。
※ ※ ※ ※ ※
「、もう平気なのか!?」
リビングではジタンが朝食のパンにマーガリンを塗っていた。その手を止めて、ジタンはに駆け寄る。はニコッと笑い、ピースサインをした。
「もう、全然平気。心配かけてごめんね」
「お、おう」
ジタンはほんのりと頬を赤く染めて、頭を掻く。ずっとが心配だったけれど、こうして元気になってくれて本当に安心していた。一方、はジタンを見つめて疑問に思う。
(ジタンを見ても、何とも思わない)
今までジタンを見るだけで胸がきゅんと締め付けられるようだったのに、今はそれがない。フラれて、風邪引いて寝込んだらふっきれたのか。自分はなんて淡白なのかと、は一人苦笑した。
もっと引き摺るかもしれないと思っていたショックは熱とともに引いてしまったのだろうと、は思った。
「食欲はあるかい?」
クジャがの椅子を引いた。は少し躊躇った後、そこに腰掛け、クジャのその行動に照れながら頷いた。目の前に置かれた、少し冷めてしまった雑炊。クジャが作ってくれたもの。
「うん。今とてもお腹空いてる」
折角作ってくれたのに、食べないわけにはいかない。
「そうか、よかった」
というより、クジャが喜んでくれるならそれでいいと、は思った。ちらっとクジャを見れば、優しそうに微笑んでいてくれる。しばらくして、クジャと目が合ってしまい、は慌てて視線を戻した。
その様子を面白くなさそうに見ていたジタンは、眉間に皺を寄せた。
「なぁ、! 食べ終わったらオレと……」
デートしようぜと続けたかった言葉は、首を横に振ったによって止められてしまった。
「ごめん、今日から診療所を再開するの。クジャも手伝ってくれるって言うから色々と教えてもらいたい事があるんだ」
クジャと二人きりにさせたら、いくらクジャがの両親の仇でも仲良くなってしまう。それでなくてもクジャがを看病したことで二人は妙な雰囲気なのに、これ以上仲良くなったら本当にを取られてしまう。
(……やっぱ、オレはのことを諦めたくない!)
一度は諦めようとした。だけど、元気になったの顔を見たら、どんどんを好きになっていくことにジタンは気づいた。自分がを傷つけてしまったなら、自分がその傷を治したい。他の誰でもない、自分が。そして、いつかは気持ちを伝えるんだと、ジタンは決意した。
「じゃあ、オレも手伝うから……」
「クジャがいるから大丈夫だよ」
今まで診療所は一人でもやってこれた。毎日患者が来るわけでもないので、忙しくなることも滅多にない。
はジタンの申し出をありがたく思いながら、笑顔で断る。しかし、ジタンはそれが気に食わなかった。さっきから聞いていれば、クジャの名前ばかり出てくることにイラっとする。
「何だよ、クジャクジャって!はクジャのことが好きなのかよ!」
ジタンの叫びに、とクジャの動きが止まってしまう。勢い任せに吐いてしまった台詞に、ジタンはとても後悔した。
(もしも、ここで、クジャがいる前でが頷いてしまったら)
ジタンは慌てた。
「悪い。今のナシ」
声のトーンを落としたジタンに、は困惑した。どうしてジタンが怒ったのか、どうしてあんなことを言ったのかを考えた。
(もしかして、ジタンはクジャに嫉妬してるの?)
ジタンが怒る理由で思いつくのはそれだけだ。でも、ジタンには好きな人がいるではないか。そう思ったはスプーンを握り締めた。
(ジタンがわからない。そして、自分の気持ちもよくわからない)
憎んでいたはずのクジャに対する気持ちの変化。助けてくれただけでなく、看病までしてくれたクジャに少なからず好意を持ってしまったのは事実。ジタンの言うとおり、クジャが好きなのだろうかと。
(違う。優しくされて、いい人だとわかっただけ。そこに恋愛感情は無い)
はクジャに対する気持ちを否定した。
「僕はのことが好きだよ」
クジャによる、まさかの告白に、とジタンは硬直する。の顔がみるみるうちに赤くなっていくのを、クジャとジタンは見逃さなかった。
「え……っ、ええ?」
ジタンは顔を真っ青にしてクジャを睨む。しかし、クジャはを愛しげにじっと見つめていて、ジタンがいることなんて忘れてしまっているかのようだ。
「おい!クジャ……!」
ジタンが怒っているのを無視して、クジャは続ける。
「僕の命が尽きるのはそう遠くない未来だけど……それまではだけを愛していきたいんだ」
その言葉を聞いた、はクジャから視線を逸らした。今まさに否定した気持ちが揺らいでしまう。
(クジャは私の両親を殺した。そんな人を好きになるなんてありえないのに!)
ありえないのに、この気持ちは何なのか。
ジタンに恋したときもそうだったが、恋愛に関してあまり免疫が無い為にこういう甘い台詞を言われ慣れていなくてドキドキするだけ。はそう思い込もうと努める。
「でも、僕の勝手な片思いだからね。を束縛するつもりなんてないから安心してよ。に憎まれているのは、わかっているから」
「クジャ……」
悲しげな表情のクジャを見つめ、はため息をつく。いつも自信に満ち溢れたような言動が多いクジャらしくないと、ジタンは感じた。クジャが控えめな今しかチャンスはないと思い、ジタンは立ち上がる。
「! オレも……が好きだから!」
「はい?」
あまりにも突然のことに、は目を丸くする。ジタンの言葉が信じられず、は眉間に皺を寄せた。
「やっと、自分の気持ちに気づいたんだ。オレが本当に好きなのはなんだって。ここに来てまだ日は浅いけど、いつのまにか好きになってたんだ!」
いつになく真剣に話すジタンに、の気持ちは昂ぶっていく。
「やだ。何、その冗談。慰めのつもりなら……」
「慰めじゃない。オレは本当にが好きだから!」
だけを真っ直ぐに見つめ、ジタンは拳を握った。
思いがけない、二人からの告白。は夢でも見ているのではないかと、頬を抓るも、その痛みは本物。
憎んでいるはずのクジャに告白され、嬉しいと感じている自分。大好きだったジタンに告白されたのに、あまり喜べない自分。突然告げられた二人の気持ちと、変化する自分の気持ちに戸惑いながら、は俯いた。
「あの、ごめん……。色々考えたいから、今日も診療所はお休みするね」
そのまま席を立ち、は部屋へと戻っていく。雑炊のお椀には米粒一つ残っていない。クジャはそれを見て、小さく笑った。
そして、ジタンは顔を真っ赤にしながら「くそ……」と余裕なく呟いた。
※ ※ ※ ※ ※
は部屋で悶々としていた。
(これって、人生に3回あるというモテ期というヤツなのかな)
今まで一度も告白されたことの無い自分が、一度に二人から告白されたことに、驚きを隠せないでいる。
これから、どうやって彼らに接していけばいいのか、は考える。例えば、どちらかと付き合ったら。
(一方はきっと、ジタンにフラれたときの私ような気持ちになるんだ…)
好きな人にフラれるということは、ツライ思いをすること。どちらかを選べば、どちらかがツライ思いをするということだ。
(私、どっちも傷つけたくないな)
一緒にいると楽しくて、いつも励ましてくれるジタン。最初は大嫌いだったけれど、本当は優しくて思いやりのあるクジャ。どちらにも傷ついてほしくない、大切な人たち。だから、選べるわけが無い。
先程のやり取りを思い出し、は枕を抱きしめた。ふと、クジャのセリフを思い出し、あることに気づく。
(……というか。ちょっと待って。クジャが言ってた事って)
『僕の命が尽きるのはそう遠くない未来だけど……それまではだけを愛していきたいんだ』
遠くない未来、クジャは死ぬということ。
思いがけない告白のせいで、クジャがそんな重大なことを言っていたのを流してしまったけれど。少し冷静になった今、クジャの言葉の重さがずしりと圧し掛かってくる。
(何、それ。クジャはどうしてそんなこと……)
告白の言葉よりも、そちらの方が気になってしまう。自分から命を絶つもりなのだろうか。
「何で?生きるって決めたんじゃなかったの?」
は呟き、奥歯を噛み締めた。
すぐに部屋を出て、リビングに駆け込む。ものすごい勢いで戻ってきたに、クジャとジタンは驚きながら凝視する。
はクジャを睨み付け、クジャの肩に掴みかかる。クジャとジタンは、何が起こっているのか理解できなかった。
「さっきの言葉、何?」
「ん? 僕の美しい告白をもう一度聞きたいのかい?」
自分に酔いしれたようにふざけた口調のクジャにイラつき、は掴む力を強めた。
「違う! さっき、言ってたじゃない。自分はもうすぐ死ぬみたいなこと!!」
の悲痛な怒鳴り声に、クジャとジタンは黙り込んでしまう。
「、それは……」
沈黙を破り、口を開くジタン。しかし、クジャはそれを制止した。
「ジタン。大丈夫、僕から話すよ」
ジタンは悲しげな目を伏せ、頷く。それを確認したクジャはを自分の隣に座らせて、深呼吸をした。
「僕たちジェノムは、テラという星の人間たちの魂の器として創られたんだ」
テラという、知らない単語。そして、信じられないようなクジャの言葉に、は首を傾げた。
「テラ?魂の器…?」
それが、クジャやジタン、ジェノムたちと寿命に何の関係があると言うのか。
「そう、魂の器さ。僕が黒魔道士たちを創ったように、僕たちも創られたんだ。そこで、ジタンより先に創られたのが僕だよ」
「……」
は思う。魂の器として創られたのに、自我を持ってしまったらどうなるのかと。
しかし、今はそれよりもクジャのことが知りたいと思った。
「ジェノムは通常寿命の設定はされないけれど、僕は不完全でね。ジタンたちと違って、寿命が設定されているんだ」
嫌な予感がした。寿命が設定されているということは、黒魔道士たちと同じということ。クジャが言っていることが本当だとすれば、クジャは成す術なく死んでしまう。
今、の医術力では黒魔道士たちの寿命をどうすることもできない。
「その、寿命って……」
聞くのが怖い。
そう思っていたのに、無意識に吐き出してしまった言葉に、は後悔する。クジャは苦笑して、静かに窓の外の青空を見る。晴れ渡った青空に相応しくない残酷なことを、クジャは言った。
「残りわずかだ。それがいつなのかも、わからない」
は気づいてしまった。ふるふると体を震わせているクジャに。
執筆:09年7月27日
修正:16年05月14日