暑い日が続いていた。黒魔道士の村は比較的熱帯地域にあるためか、年中暑い。それでも、作物はよく育ち、近くの村まで野菜や果物を売りに行ったりすることがある。
 今日はジタンの提案で、カキ氷を作ろうという事にり、267号にブリザドで出してもらった氷でカキ氷を作って、がみんなに配った。
 クジャや黒魔道士たちの寿命が短く設定されているのなら、せめて一緒にいられる時間を大切にしようと決めた。3日に一度はこうして村のみんなで集まっては色んなことをしていた。
 ジタンが幸せそうにカキ氷を一口頬張ると、口の中で解けていく氷が舌を癒していく。

「やっぱりカキ氷がメロン味に限るよな!」

 メロン最高!と満面の笑みを浮かべるジタンを横目に、クジャはやれやれとため息をついた。

「甘いねぇ。ブルーハワイをなめてもらっちゃ困るよ。ね、

 ジタンを鼻で笑った後、クジャはの肩を抱き寄せる。いきなり話を振られたは目を丸くして、自分の手にある赤いシロップのかかったカキ氷を見た。

「いや、私はイチゴが好きかな」

 見事に好みが合わない三人はそのまま黙り込んでしまう。クジャは少しだけ不機嫌そうにのイチゴ味のカキ氷を見つめていた。

「そうだね、メロンよりはいい趣味だと思うよ」

「クジャ……オレのメロンにケチつけんのか?」

 クジャとジタンの視線がバチバチと火花を散らす。は黙々とカキ氷を食べながら二人の様子を呆れながら傍観していた。
 心のどこかで疑ってしまう。クジャは本当にあと少ししか生きられないのだろうか。

(…すっごく元気なのに)

 寿命、ジェノム、黒魔道士……。人間と同じようで違う生命。
 考えれば考えるほどわからなくなっていく。

、ごめん。カキ氷もう一個追加お願い」

 ぼんやりと考えていると、248号が8、9歳くらいの小さな黒魔道士の手を引きながら歩いてきた。その小さな黒魔道士は248号の横に立つと、帽子を深く被って頭を下げた。

「ぼ、ボクにもカキ氷ください」

 こんなに可愛い黒魔道士もいるんだと、は嬉しくなった。

(か、可愛い…)

 この村にいる黒魔道士はみんな15歳以上に見える。子供の黒魔道士を見るのは、にとって初めてのことだった。

「わかった。味は何がいい?」

 手書きのメニュー表を見せると、小さな黒魔道士は少し悩んだあとに「これ!」と指差す。

「メロン味だね。りょーかい、ちょっと待っててね」

 いちいち可愛いなぁと思いながらカキ氷を作る。小さな黒魔道士はその様子を珍しそうに見て、その奥で口論を繰り広げているジタンとクジャを見て目を見開いた。

「ジタン!?」

 小さな黒魔道士は嬉しそうにジタンに駆け寄っていく。それに気づいたジタンはクジャを突き飛ばし、小さな黒魔道士を凝視した。

「ビビじゃないか!」

 とが困惑している中、ジタンはビビをぎゅーっと強く抱きしめた。ビビは苦しそうにしながらも、ジタンとの再会に喜んでいる様子だ。

「ジタンの知り合いなんだ?」

 メロンシロップを少し多めにかけたカキ氷を片手に、はビビを見つめる。ジタンはビビを開放すると、ニカッと笑った。

「ああ! オレと旅してたんだよ!」

 ジタンはこの村に来る前は旅してたんだっけかとは思い出す。

(ジタンはどんな旅をしてきたんだろう)

 どう見ても子供なビビを連れての旅。何か事情があったのだろうと、は思った。
 ビビは乱れた帽子を直し、ペコリと頭を下げる。

「……あ、あの、初めまして。ビビっていいます」

 愛らしい動作に内心きゅんとしながら、はビビにカキ氷を手渡した。

「私は。この村で医者やってる、白魔導士です」

 よろしくとお互い握手を交わすと、ビビは嬉しそうに微笑んだ。ビビのカキ氷が少しずつ解けていくことに気づいたジタンは、それを指差した。

「ビビー、それ早く食わないと解けるぞー」

「あっ、うん。本当だ」

 ビビは慌ててカキ氷をスプーンで掬う。それを口に含めば、冷たさと甘さが広がった。

「ビビ、一人で来たのか?」

 ジタンが問いかけると、ビビは俯いた。少し間を空けて、こくんと頷く。

「う、うん。この村が好きだから……。でもビックリしたよ。ジタンはこの村にいたんだね」

「……そうだな。何だかんだの家に住みついちまってるな」

 ここに来てから、もう何ヶ月経っただろうとジタンは考える。ずっとの家で、とクジャと共に生活している。正直、二人が仲良くしているのを見ると胸が張り裂けそうになるけれど、この生活に慣れてしまっていた。

「おねえちゃんたち、ずっとジタンのこと待ってるよ。どうして会いに行かないの?」

 ビビの言葉に、ジタンの表情が一変したことに気づいたは目を細める。

(以前、ジタンが言っていた女性のことかな?)

一体どんな女性なんだろうと思い、はビビに尋ねた。

「おねえちゃんってどんな人?」

 ビビは記憶を思い起こし、“おねえちゃん”という人物の特徴を考えた。髪が短かったけど、また伸びてきたとか、笑うと笑窪ができるとか、自分が落ち込んでいたときに優しく励ましてくれたこともあった。
 雰囲気は違うけれど、顔の輪郭とかがと似ているなんて思った。

「え、えと……強くて優しくて綺麗だよ。あ、おねえちゃん、ちょっとだけガーネットおねえちゃんに似てるかも。髪型とか顔じゃなくて、雰囲気が、かな?」

 しかし、はガーネットという名前を聞いた途端、眉間に皺を寄せた。
 まさか、と思いながら念のため聞いてみることにする。

「ガーネット……。も、もしかして、ガーネット・ティル・アレクサンドロス17世?」

 アレクサンドリアにいた頃、何回か見かけたことがあった。女王の即位式での彼女の気丈な振る舞いに憧れを懐いたくらい、彼女は素敵な人だと感じた。

(確かに、旅に出ていたとは聞いていたが、まさかそれが今目の前にいる人たちと?)

 自分なんかが近寄れないくらい遠い存在だと思っていた。だから、ジタンたちと女王が行動を共にしていたなんて、信じられるはずがなかった。

「うん。アレクサンドリアの女王様だよ」

 しかし、ビビはの考えにお構いなく肯定してみせる。一瞬、の視界が歪んだ。

「嘘……?ジタンと女王様は一体どういう関係なの!?」

 それならば、ジタンが彼女に会いに行きたくても行けなかった理由がとてもよくわかった。彼女は一国の女王。共に旅をしていたとはいえ、一般男性がそう簡単に女王と謁見できるはずがない。それに、会えたとしても、身分違いの恋に終わる可能性だってある。
 ジタンはそれが怖くて踏み出せなかったのかと、は思う。

「ジタンとビビは女王様と一緒に僕を止める為に旅をしてたんだよ」

 今まで沈黙を守っていたクジャが口を開いた。は振り返り、クジャを凝視する。

「そうだね。クジャは……色んなことしてきたんだよね」

 詳しいことは分からないけれど、戦争を引き起こし、アレクサンドリアを襲ったクジャ。そんな彼は今、悲痛に顔を歪めていた。過去の過ちを後悔しているのがとてもわかる。

「ジタンは危険を冒してまで、敵であった僕を助ける為にガーネット女王と離れてしまったのさ」

 目を閉じれば思い出す、あの時の情景。暴走したイーファの樹の中で一人死を覚悟したのに、助けに来てくれたジタン。
 嬉しさと、感謝の気持ちと、後悔と、申し訳なさが交差する。この複雑な感情にクジャは拳を握る。爪が食い込んで、ジリジリと痛みが走った。

「クジャ……」

 はクジャの手を握る。クジャは目を瞬かせてを見ると、安心したように微笑んだ。
 ビビは黙り込んだジタンを見て、悲しそうに俯いてしまう。

「ガーネットおねえちゃん、ずっとジタンのこと心配してたよ。会いに行ってあげてよ」

 ビビはこの村に来る前のことを思い出した。話しかけても、どことなく元気のないガーネットの姿。一緒に旅をしたみんなが寂しそうだったけれど、その中で一番寂しがっていたのはガーネットだということを、ビビは分かっていた。
 ジタンがいなくなってからというもの、ガーネットはあまり笑顔を見せなくなってしまった。だからビビは、ジタンが戻ってきてくれたらと、何度も願っていた。

「一緒に旅をした仲間なんでしょ。それに、女王様だってジタンのこと待っててくれてるんだから。身分なんて関係ないよ。元気な姿、見せてあげなきゃ」

 そう言ってはニコッと笑った。
 ジタンはの笑顔を見て、一瞬悲しそうにしたが、すぐにニカッと笑う。

「……そうだな。ガーネットがオレに会いたがってるなら、会いに行くか!」

「おーっ!」と右手を高く挙げると、とビビもジタンに習って「おーっ」と右手を挙げた。

「ジタン……」

 クジャはジタンの表情の変化を一瞬も見逃さなかった。ジタンの見せた、一瞬だけの悲しげな表情が脳裏から離れない。

を好きになってしまったのに、ガーネットに会うのは酷なことだろうね)

 クジャはそれを言葉にすることはなく、こっそりと自らの胸の内に秘めておくことにした。

「あのね、1ヵ月後にタンタラスがアレクサンドリアで君の小鳥になりたいのお芝居をやるんだって。ガーネットおねえちゃんも観るはずだから、ジタンも出たらどうかな」

 ビビはごそごそとポケットの中を探ると、一枚のチケットを取り出した。チケットには“君の小鳥になりたい”と書いてある。ジタンはそれをビビから受け取り、まじまじとそれを見つめた。

「……君の小鳥になりたいか」

 丁度去年の今頃だったかと懐かしく思っていると、が眉間に皺を寄せる。

「でも、君の小鳥になりたいはアレクサンドリアの人はもちろん、世界中の人が観に来る有名な演目だよ?そんなお芝居にどうやってジタンが出演するの?」

 いくらなんでも、女王様と一緒に旅したという仲だからというだけでお芝居に出るのは無理だろう。お芝居は日頃から練習を重ねて、セリフを覚えて演じられるもの。

(ジタンにそんなことができるはずがない)

 は苦笑したが、ビビは大丈夫と言って微笑んだ。

「ジタンはタンタラスの一員で、去年も君の小鳥になりたいのお芝居に出てたんだよ」

 そんなビビの言葉に、は目を見開いて、ジタンを凝視した。

「うそ!じ、ジタンが!?」

 確かに顔は整っているし身軽だし、役者向きの彼だが、まさかそんな。

「何でそんなに驚くんだよ」

「ちょ、待って。ビビ、嘘だよね?」

「ビビの言っていることは本当だよ、。ジタンは確かに劇に出ていた。僕も観ていたからね」

 クジャの言葉を聞いた途端、は目をキラキラと輝かせながら、光の速さでジタンの手を取った。

「私、君の小鳥になりたいが大好きで……しかも去年そのお芝居見てたの!特にあのチャンバラには感動したわ!」

 今までに見た事がないくらいに輝いているを見て、ジタンとクジャは目を丸くした。呆然とする二人にお構いすることなく、はジタンの顔をじっと見つめている。
 クジャはそれが少し腹立たしく感じながら余裕の無い笑みを浮かべた。

「あ。お、オレ! ち、チャンバラやってたぜ!」

 ジタンは顔を赤く染めながら照れくさそうに言う。するとは更に目を輝かせた。

「すごい!こんな身近に憧れの人がいたのね……!」

 すっかりジタンに陶酔してしまった。ジタンはちゃっかりとの肩に手を回し、の耳元でそっと囁いた。

「クジャなんかやめて、オレにしないかい?」

 しかし、その言葉を聞くなりはすぐにジタンから離れ、クジャの後ろに身を隠した。

「ごめんね、それとこれとは別問題だから」

 そんなを見て、先程までハラハラしていたクジャは勝ち誇ったように高笑いをあげた。

「はははは! 残念だね、ジタン! キミ程度の魅力じゃ、僕には到底敵わないんだよ!」

 ちぇっ、いい感じだと思ったのにな。
 ジタンは舌打ちをして、気持ちよさそうに高笑いをしているクジャを睨みつけた。

「もったいないよな。みたいな可愛い子がクジャなんかの恋人だもんな」

 半分は祝福の気持ち、もう半分は嫉ましい気持ちに支配されるジタンの心は不安定だった。まだ、を諦めきれないでいる自分に腹が立つ。

はクジャを選んだんだろ、ジタン!)

 そう自分に言い聞かせて、笑顔を作った。

「クジャとはとても仲がいいんだね」

 ビビがにっこりと笑うと、の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

(子供の前で惚気てる私って……)

 恥ずかしさのあまり、クジャの後ろ髪をぎゅっと引っ張れば、クジャはバランスを崩しかけ、危うく転倒しそうになった。

「と、とりあえず。ジタンはアレクサンドリアに行ってお芝居に出るべきだよ」

 慌てた様子のに、ビビは首を傾げる。いつのまにか食べ終わったカキ氷の器には、緑色の水が少しだけ残っていた。

「そうだな。こうなったらにオレの天才的な演技を見せてやるしかないかな。ってなわけで、皆でアレクサンドリアに行こうぜ!」

 ジタンは意気揚々と声を上げ、に向かってウインクした。しかし、の表情は暗くなってしまう。

「……ごめん。私は、遠慮しておく」

「な、何で?」

 ジタンは、拍子抜けした声を出した。帰る家はなくなってしまっただろうが、故郷であるアレクサンドリアに、必ず行くと思い込んでいたのだ。はちらっと診療所を見て、俯いてしまう。

「お芝居……ジタンの勇姿をとても見たいけど、診療所を放っておけないの」

 毎日ではないけれど、怪我や病気をすると自分を頼ってくれる黒魔道士やジェノムたち。いつ、何が起こるかわからないから、人命を助ける者としてはこの村を放っておけるわけがなかった。
 ジタンは残念そうに眉を下げると、次にビビを見た。

「そっか……。ビビは行くよな? お芝居、観るだろ?」

「え、ぼ、ボクは……」

 話を振られ、ビビは慌てだす。その反応に、ジタンとは首を傾げた。
 ビビにもこの村に残らなければいけない理由があるのかと、二人は考えた。しかし、これといった理由が思い浮かばない。アレクサンドリアで何かあったのだろうかと心配になる。

「ビビ?」

 ジタンが声をかけても、ビビは黙ったままだった。

「……残念だけど、彼は行けないよ」

 ビビの代わりに応えたのは、クジャだった。

「どうして?」

 とジタンがクジャを凝視すると、クジャはビビに視線を向ける。

「彼にはもう時間がないんだ。だからこの村に来た……そうだろう?」

 クジャが問い掛けると、ビビはゆっくりと頷く。

「……うん」

 二人のやり取りを見ていたとジタンは、目の奥がカッと熱くなるのを感じた。
 ビビにも寿命が来るという事。それも、クジャ同じくもう長くは無い。

「どういうことだよ、ビビ!!」

 ジタンは声がかすれるほど大きな声を出した。明らかに動揺しているのがわかる。
 ビビは少し怯えた様子で、淡々と答える。

「ボクの体、最近思うように動かなくなってきたんだ。きっと、止まっちゃう日が近いと思ってこの村に来たんだ」

 ジタンは以前この村に来たときのことを思い出した。ビビのいつか帰るところ。それがこの黒魔道士の村だと話したことがあった。

「彼はプロトタイプだね。寿命は他の黒魔道士たちより長めに設定してあるけれど……他の黒魔道士たちより前に創られたから、もう限界なんだろう」

 クジャの言葉に、ジタンはショックを受ける。

「そんな……」

 もっと、遠い未来のことだと思っていた。こんなに早くビビとお別れしなきゃいけないなんて、全然考えていなかった。

「だから……最期にジタンに会えてよかったよ」

 は、ジタンとビビが自分とクジャに重なって見えた。





ダガーの呼び方はみんなガーネットに戻したってことで。。。

執筆:09年8月6日
修正:16年05月14日