わたし達がこれから向かうのは、黒魔導士の軍団に襲撃されているというブルメシアだ。
 ブルメシアはフライヤの姉御の祖国。だから急いで向かうというのは理解できる。しかし、急いでいるのにはもう一つ理由があった。

「スリプル草を盛られた……ですか?」

 今この場にいないアレクサンドリアのお姫様――ガーネット姫ことダガーさんがジタンたちの食事に睡眠薬を盛り、ジタン達が眠ってしまっていたその隙をついてアレクサンドリアの騎士様と共にブルメシアに向かったのだという。
 姫という身分だから、安全であるリンドブルムの城に残っているのだとばかり思っていたのに、まさかそんなことになっていたなんて。
 姉御は腕を組み、目を細める。

「うむ。あの娘、ただの箱入りの姫などではないようじゃな」

「ダガーさんは何でそんなことを……」

 わたしの疑問に答えたのは、眉間に皺を寄せたジタンだった。

「ブルメシアは戦場だ。危険な場所にダガーは連れていけない。だからオレはリンドブルムに残ってほしいって言ったんだけど、ダガーはそれを良く思わなかったんだ」

 先程わたしもついて行こうとした時に同じようなことを言われたから、ダガーさんが気持ちは少しだけわかる気がする。
 けど、そのやり方にわたしは嫌悪感を覚えるのだ。
 ジタンは、ダガーさんの身を案じて残るように言ったのに。ましてや彼女は一国のお姫様、その身に何かあったら、責任を問われるのはジタンではないの?それに、自分の意見を聞いてくれないからと言って睡眠薬で眠らせて強行するだなんて……そんなのは卑怯だ。

「自分の思うようにいかないからって、用が済んだらポイですか。アレクサンドリアのお姫様は随分と自分勝手なのですね」

「そんな言い方はないだろ! ダガーはそんな奴じゃない!」

 ジタンが声を荒げて否定した。わたしは目を瞬かせ、眉間に皺を寄せる。
 わたしには理解できない。ジタンは裏切られたのにどうしてダガーさんをかばう事が出来るの?
 わたしがジタンの立場だったら、命がけで守ってきた人にそんなことをされたらきっと怒っちゃうと思う。
 でも、それがジタンだったらきっとわたしは今のジタンと同じようなことを考えてしまうかもしれない。好きだから、その人を信じたくて、否定なんかしたくなくて。
 ――やっぱり、ジタンはダガーさんのことを本気で好きになってしまったのかもしれない。わたしは、ずっと、ずっとジタンのことが好きだったのに。こんな簡単に他の女性に取られてしまうなんて……。
 いつかはそうなってしまうかもしれないと危惧はしていた。だけど、心のどこかでそんなこと有り得ないと否定していて、慢心していたのだ。

「わたしはダガーさんとお話したことはありませんから、どんな方なのかなんて知りません。あくまでも第三者から見て述べた感想です。だからあえて言うのです……彼女がしたことは駄々をこねた子供のとる行為です!」

 ジタンのことを裏切るような人に、ジタンを不幸にする可能性がある人になんて、渡したくない。

「そうだ、お前はダガーのことを何も知らない。そんな奴が勝手な事言うなよ!」

 ジタンの鋭い眼光に、わたしは涙が出そうになった。唇を噛みしめてなんとか堪える。

「ふたりともやめようよ!」

「ビビの言う通りじゃ。今は争っている場合か!」

 わたしとジタンの間に、ビビくんと姉御が割って入った。姉御はわたしの両肩を掴み、諭すようにわたしを見つめる。

「……すみません」

「悪い……怒鳴ってごめんな、

 わたしが許せないのは、わたしの大切な人が……ジタンの好意が踏みにじられたこと。これだけはわかってほしかった。
 だけど、わたしのダガーさんに対する嫌悪の気持ちを助長させているのは、ダガーさんがジタンに想われているからという理由だ。つまるところ、これはわたしの勝手な嫉妬。
 ……わたし、最低だ。勝手に嫉妬して、よく知りもしない彼女を貶めようとしていたのだ。

「急いでブルメシアに向かおう」

 ジタンはわたしと目を合わせることなく歩き出した。その後をビビくんが小走りで追うのを見つめながら、わたしは歩き出す。

「大丈夫か、

「……はい。ジタンがあんなに感情的になったので少し驚いてしまいました」

 わたしに歩調を合わせながら、姉御が隣を歩いてくれる。姉御はわたしがジタンのことを好きだって知っているから、とても心配をかけてしまった。

「ジタンの奴、他の娘に目移りなど許せんな。おぬしら、しばらく会わぬうちに何があったのじゃ?」

 1年前までは幸せだった。ジタンやタンタラスのみんなと一緒に笑ってて。わたしが城で飛空艇技師なんか目指さなければ…今もジタンの隣にいられたのかな。
 でも、ジタンがアレクサンドリアに行ってダガーさんをリンドブルムに連れてきたら、きっとわたしとジタンの関係は義兄妹のようなものに変わりはないのかもしれない。
 
「……姉御の勘違いなのですー。もともと、わたしはジタンにそういう風に見られたことがありませんから……。でも、決めたんです。今回、ジタンの側で頑張って、ジタンに振り向いてもらうのですよ!」

 だから、こんなところでジタンと険悪な雰囲気になっている場合ではないんだ。
 相手はお姫様、しかもアレクサンドリア始まって以来の美姫! 対してわたしはただの油くさい技師!こんなの、分が悪すぎる。
 ――でも、手ごわいライバル不在の今がチャンスよ! 今までジタンと会えなかった分、頑張らなくちゃ!

よ。私はおぬしの味方じゃ。それをゆめゆめ忘れるな」

「ふええええ……姉御ーー……」

 姉御が優しく微笑みかけてくれる。
 祖国が大変な時に、気を遣わせてしまったことが悔しい。もう、余計な心配をかけて姉御の心労を増やしたくない……ダガーさんの事は気にしないようにしなきゃ。



執筆:16年5月20日