ジタンが地を蹴り、両手に持ったダガーをベアトリクス将軍に向ける。しかし、あと一歩のところで避けられてしまった。続いてフライヤの姉御が槍を振り下げるも、受身を取られてしまいまるで歯が立たない。ビビくんが黒魔法を駆使し、ベアトリクス将軍の体力を削り、わたしは兵器でひたすら火炎放射を放った。
「ふふ、この程度ですか」
わたしたちの攻撃が全く効いていないようで、こちら側に焦りが見え始めるのに対してベアトリクス将軍は余裕の笑みを浮かべる。身のこなしが軽く一撃が重い。
「きゃ……!」
攻撃を避けきれず、わたしは壁際まで吹き飛んだ。咄嗟に受身を取ったはずなのに、思った以上に強く打ち付けられ、その箇所がじんじんと痛む。
ジタンの心配の声も本当に聞こえているのか、ただの空耳なのかもわからないくらいに意識が飛びそうになる。その後すぐにビビくんと姉御も打ちのめされてしまったのが見えた。
一人残ったジタンが奮闘するも、まるで赤子を相手にしているかのようにベアトリクス将軍の力は圧倒的だった。ついにジタンまでも倒れてしまう。彼を助けたくても、身体が動かずにもどかしさを感じる。
「私の敵ではありませんでしたね」
わたしたちは雨に打たれながら横たわる。大敗を喫したのだ。
これが、大陸一強いと謳われるベアトリクス将軍の実力――到底敵うはずがない。
「気が済んだかベアトリクスよ。これよりクレイラの侵攻に向かう」
ブラネ女王の号令にベアトリクス将軍は「はっ!」と短く返事をし、二人は早々に広間から去っていった。この場に残ったクジャさんが倒れているわたしたちをゆっくりと見下ろし、雨に濡れた髪をかき上げる。
「さて……問題は子犬とその少年だ」
クジャさんがわたしの前に跪く。鈍痛で思うように身体を動かせないわたしはただクジャさんを睨むことしかできない。
「この野郎! に触るな!」
ジタンが這いつくばりながらクジャさんに向かって叫ぶも、まるでジタンには興味が無いと言ったようにクジャさんは鼻を鳴らす。ジタンには見向きもせず、わたしの右手首を掴んで身体をぐっと引き上げる。打ち付けた場所に傷みが走り、わたしは顔を歪めた。
「さあ、僕の可愛い子犬ちゃん。一緒に来るんだ」
「ううっ……誰が……あなたなんかについていきますか。わたしのご主人様はあなたじゃないのですよ!」
わたしの言葉にクジャさんの口角が下がる。その一瞬殺気を感じたけれど、わたしは強がってニッと笑って見せる。
次の瞬間、ジタンのダガーがクジャさんの銀色の髪を霞めた。そのうちの何本かがはらりと宙を舞う。
「残念ながら、うちの可愛い子犬はお前に渡すわけにはいかないんだよな……!」
「どうやら、本当の飼主が誰なのか理解していないようだね。また近いうちに首輪を用意して迎えに行くよ、。それまでは束の間の自由を楽しむがいいさ」
クジャさんは無表情のままわたしを乱暴に手放す。わたしはべしゃりと音を立ててその場に倒れこんだ。
わたしを鋭く睨み付けた後、雨に濡れた長い髪をかき上げて踵を返す。奥に控えていた竜の背に乗り、クジャさんを乗せたことを確認した竜は空へと羽ばたいていった。
わたしは安堵の息を漏らし、そっと目を閉じる。
……雨も地面も、冷たい。
「! しっかりしろ!」
自分も怪我をしているのに、ジタンはすぐにわたしを抱き起こしてくれた。わたしはゆっくりと目を開け、にこりと笑う。
「ジタン、大丈夫なのですー。ちゃんと生きてますよ」
「よかった……みんなも、大丈夫か?」
「うん……なんとか」
ビビくんがのそりと起き上がり、姉御は俯いたままその場に立ちつくした。破壊しつくされた王宮を見渡し、拳を強く握っていた。
「くっ、私はブルメシアを守れなかった……」
それは姉御のせいじゃない。元々わたしがクジャさんに頼まれた設計図を見た時点で、あるいは完成した機械の仕様や用途にもっと疑問を持てばよかったのだ。ただ言われるがまま設計図の通りに作って満足してしまったわたしの罪だ。
「ごめんなさい。わたしがもっと早くクジャさんの陰謀に気づいていれば、こんなことにはなりませんでした……」
「おぬしのせいではない。すべてあの気色の悪い男とブラネが悪いのじゃ。それよりも、はあやつと知り合いなのか?」
「元、お得意さんです。わたしはクジャさんに頼まれてある機械を作りました。それが何に使用されるか知らないまま……。今だからわかります。その機械は黒魔導士を精製するための機械でした。ただし、クジャさんは何かしらの手を加えています。それがどのようなものかはわかりませんが……」
「黒魔道士を精製……」
ビビくんが悲しそうに俯く。
黒魔導士のことを何か知っていたら、わたしはビビくんの力になれたかもしれない。もっと、クジャさんに切り込んでいけばよかったという後悔が残る。
「だから、わたしはクジャさんを止めたいのです。わたしが作った機械が戦争に使われていると知った今、知らん顔なんてできないのです」
わたしを抱えているジタンの眉間に皺が寄る。
「そうなると……奴らは次にクレイラを侵攻すると言ってたな」
次に狙われるのはクレイラ。このまま放っておくわけにはいかない。
「ブルメシアは守れなかったが、クレイラは守り切らねばならぬ!」
「だよな! ビビは、大丈夫か?」
「あの……クレイラに行けば黒魔道士のことがわかるかな?」
「そうだな、ブラネとクジャの野郎の後をつければきっと何かわかるはずだ」
「うん。それと、おねえちゃんは……」
ビビくんがダガーさんのことに触れ、ジタンがピクリと反応した。
「ダガーのことだろ? オレがダガーのことを忘れるワケないって!」
わたしはジタンから目を反らす。
――また、ダガーさんの話。
ダガーさんの安否が心配なのは皆同じ。だけど、ジタンは私たちよりずっと気にしていると思う。明るく振舞ってはいるけれど、内心は心配で堪らないんだ。ジタンは昔からそう、自分の負の感情とか表に出さないで、周りに悟られないように平静を装ってしまう。
それを知っているわたしは、胸が苦しかった。
「ブルメシアには来ていなかったようじゃな」
「もしかしたら、ブルメシア王と一緒にクレイラに逃げ延びているかもしれないな。ダガー達が心配だ、すぐにクレイラに向かおう!」
クレイラに向かうのは賛成だ。だけど――
「あの、ジタン。クレイラは砂嵐に閉ざされていると聞いたことがあります。どうやって行くのですか?」
わたしの問いに、ジタンは少し考えて、こう一言
「行けばなんとかなるさ!」
「おぬしは昔から変わらんな」
姉御がフッと微笑んで、ビビくんはこくりと頷く。
そうだよね、今はここであれこれ考えたって仕方ない。行ってみなければ、何もわからないんだ。
わたしたちはポーションで体力を回復させ、身支度を整える。
「」
「はい?」
ジタンがわたしの頭をポンポンと叩き、白い歯を見せてニカっと笑った。
「一人で背負いこむなよ。みんなでクジャの野郎を止めようぜ! それに、あんな野郎にうちの可愛いワンコは渡さないさ!」
「……はい」
ジタンはわたしのことも気にかけてくれていた。それはすごく嬉しい。けど、それがペットの犬ではなくお姫様扱いだったらどんなによかったかとわたしは大きく溜息をついた。
執筆:16年5月21日