「クレイラはまだ無事のようじゃな!」

 フライヤの姉御が安堵の息をつく。
 砂嵐の中を抜け、大木の上にある街クレイラに辿り着いた。砂嵐は思っていたよりも酷くはなくなんとか辿り着けた。しかし、素人の見解でも軍が攻めるには難しく感じる道。まだアレクサンドリアの軍がクライラに来ていないことから、やはり簡単には攻められないのだろう。だけど、それも恐らく時間の問題だ。地の利を生かしたとしても、わたしたちであの黒魔導士たちとベアトリクス将軍の兵相手にどこまで応戦できるかはわからない。
 それに、クジャさんも何か策があるみたいだったし油断はできない。

、難しい顔してどうした?」

「あっ、すみません。まだクレイラは無事でしたが、これからアレクサンドリア軍がどのように攻めてくるのかと考えていたのですよ」

「そうだよな。今はまだ来てないみたいだけど、あいつらは必ず来る」

「はい……クジャさんも何か企んでいたようでしたし、油断はできません」

 ブルメシアで圧倒的な戦力差を見せつけられ、敗北したわたしたちに恐らく勝機はない。だけど、なんとかしなくてはならないのだ。これ以上、姉御の故郷を踏みにじらせたくないし、わたしの作った機械で生み出された黒魔道士たちに悪行を重ねてもらいたくない。だから、わたしはわたしを利用したクジャさんを今ここで止めなければならないのだ。
 ふんふんと鼻息を荒くしていると、ジタンがわたしの頭をわしわしと乱暴に撫でつけた。

「あんまり、気負うなよ。あいつ、を狙ってるみたいだったし、危ないのはクレイラだけじゃないんだからな」

「はい。確かに、わたしはクジャさんに狙われました。捕まれば、恐らく機械のメンテナンスなどに加担させられるのかもしれません。ですが……」

「なんて言うか、あんな奴のことばっか考えるのは妬けるからさ。それに、があまり突出したらオレもお前のこと守りづらいだろ?」

「――っ」

 ジタンがわたしのことをそんな風に考えてくれていただなんて!
 あまりの嬉しさに、思わず拳を握りガッツポーズをとりかけ、

「うちの可愛い子犬をあんな野郎に渡せるかってんだ!」

「……子犬」

 期待をさせられ、落とされる。そんないつも通りのオチに、ガックリと肩を落とすのだった。ああ、どうせそんなことだろうとは思ったけれど。

「確かに、は小さくコロコロしておるし、ジタンの後ろを必死に掛けて、成る程まさに子犬じゃな」

「はうう、姉御まで……!」

 わたしが必死にブンブンと首を横に振ると、ジタンと姉御が笑う。ビビくんもジタンの隣で控えめに笑っていた。
 そんなやり取りをしている間に辿り着いたクレイラの入口に差し掛かると、神官服を身に纏ったネズミ族の女性がそこに立っており、わたしたちに深々と頭を下げてきた。彼女が頭を上げたその視線の先には姉御がいる。

「竜騎士フライヤ様ですね? ブルメシア王より、フライヤ様が来られるとのことでお迎えに上がりました」

 ブルメシア王。その単語にいち早く反応したのは姉御だった。

「やはり、王はここに! ジタン、私は王に会いに行くのじゃ!」

 ブルメシア王の無事を知り興奮した姉御はすぐに駆け出し、神官の女性すら置いて行ってしまった。
 残されたわたしたちは苦笑いを浮かべる。そして、役目を一方的に解任されてしまった神官の女性は

「皆様、よろしければわたくしがこのクレイラをご案内致しましょうか?」

 姉御に置いて行かれてしまったことも気にしていない様子で優しく笑み、そう申し出てくれた。

「いや、オレはダガーがここに来ていないか捜してみるよ。ビビとはどうする?」

 やっぱり、ダガーさんのことが気になっている様子のジタンに、ほんの少し頬を膨らませる。
 それでも、一緒にいられるならジタンと一緒に行きたい。

「ジタン、一緒に回ってもいいですか?」

「ああ、構わないぜ」

 手を腰にあてながらジタンが頷いてくれる。ビビくんはわたしとジタンと神官の女性を見比べて、目を瞬かせた。

「じゃあ、ぼくは案内してもらおうかな……」

 そうしてわたし達は後で落ち合うことを約束してビビくんと別れた。



※ ※ ※ ※ ※



 クレイラは砂嵐に囲まれているけれど、上を見上げると青空が広がっていた。そこにクレイラ独特の建物や大樹の幹や枝が重なり、なんとも神秘的な風景を生み出している。不思議と街の中は砂嵐の影響はなく、時折穏やかな風が吹き抜けるくらいだ。そんな場所を今、大好きなジタンと二人で歩けているのだから、幸せを噛み締めずにはいられない。

「綺麗なところですね。まるでおとぎ話の世界みたいですー!」

「そうだな。ここを戦場にするわけにはいかないよな。デートにはもってこいの場所だし、絶対に守り切りたいぜ」

 しかし、ジタンはそうではなかった。確かに、今はダガーさんを捜すという目的で一緒に行動をしている。それでも今はわたしと一緒にいるのに、まるでわたしは眼中にないような物言い。こんなジタン、わたしは知らない。いつだって、他の女性がいるところでもわたしのことも考えてくれてたのに。

「ここでデートしたいですか?」

「そりゃあ、当たり前さ! こんなに幻想的な所だ、ダガーもきっと気に入ってくれるさ」

 わたしと、ではなく、ダガーさんと。
 こうして歩いているのは、ただダガーさんを捜すだけが目的。そして子犬を連れて歩いているだけ。ジタンにとっては、そんな感じなのだろうか。
 少しでも、デートみたいだなんて思ってしまったわたしは一気に悲しみに暮れる。
 ただ、わたしは妹のような存在とか子犬としてではなく、一人の女の子として見て欲しいのに。

「ジタンは、そんなにあのお姫様がいいのです?」

 悔しくて、悲しくて。頭の中がゴチャゴチャになって、そんな事を口にしてしまった。
 一瞬ジタンの顔が険しくなったけれど、それはすぐに微笑みに変わった。

「今オレはダガーに夢中なんだ。初めて会った時、なんて言ったらいいんだろう……よくわからないけど、特別な感情が湧いてきたんだ」

 ずきん、ずきんと、ジタンの言葉のひとつひとつが胸に刺さって、傷を作っていく。

「だから、お前もそろそろオレばっかり追いかけるのはやめようぜ。オレたちは小さい頃からずっと一緒だったし、がオレを慕ってくれるのは嬉しいよ。オレも、今までは可愛い妹だとか、そんな風に思ってきた。けど、このままじゃお互いに素敵な恋人ができないだろ?」

 妹扱いとか、子犬扱いだとか、もう沢山――。
 だからわたしはジタンとの距離を縮める為についてきた。それなのに、もう遅かったみたい。

『大きくなったら結婚しよう』

 小さい頃に交わした約束もやっぱり忘れられちゃったし、わたしは何の為に頑張ってきたのだろう。例え子供の口約束であろうと、わたしが頑張ってきたのは、全部ジタンの為だったのに。

「……」

 ジタンにカッコイイ武器を作ってあげたかった。微力ながら戦力になれるように兵器も作ってきた。いつか何かの役に立つかもしれないからって飛空艇の勉強だってしてきた。盗品も扱えるように商売の勉強もした。ジタンとの未来を夢見ていつだってわたしは色んなものを犠牲にして頑張ってきた――それなのに!

「見知らぬ彼氏なんていらないです。ジタンがダガーさんを好きなのでしたらわたしは邪魔しません。ですが……好きな女性ができたからと、そうやって突き放されるのは心外です!」

 彼女になれないのなら、せめて今までの関係のままでいたい。好きになってもらえなくてもいいから、邪魔もしないから、ずっとジタンの傍にいさせてほしい。

「は? オレはお前のためを思って言ってるんだぜ?」

 わたしのため? ジタンに切り捨てられるということは、わたしという存在を否定されるようなものなのに?

「ジタンの……っ、ばかー!!」

 目尻から溢れる涙を拭い、暴言を吐き捨てて駆け出す。ジタンが追いかけてくる気配は、なかった。

 わたしが今までしてきたことって、何だったんだろう。
 ただ漠然と、「ジタンの役に立つわたし」になりたくて、時にはジタンに会いに行くのを我慢して修行した日だってあった。我慢なんてしないで、修行なんてほっぽって、ジタンに会いに行けばよかった?そしたらその分、ジタンとの距離を縮められていた?ジタンはダガーさんのことじゃなくてわたしを見てくれていた?
 ジタンと対等な彼女になりたかったのに、今のわたしはただの愛玩犬だ。



執筆:16年7月14日