ジタンと喧嘩別れをした後、行く宛てもなくフラフラと歩いていた。
 ダガーさん――ガーネット姫らしき人は見ていないし、ここクレイラにアレクサンドリアのお姫様が来ているなら今頃もっと騒がれているはず。そんな話も聞こえてこないし、きっとクレイラには来ていないのだろう。ジタンはここでも想い人と再会は果たせないのだ、ざまぁ見ろ。……などと醜いことを考えてしまう自分に自己嫌悪した。
 初めてかもしれない、ジタンに対して悪い感情を抱いたり、否定したりしたのは。
 それまで如何に自分が盲目的にジタンに夢中だったのかがようやく理解できて、更に落ち込んだ。わたしからジタンを取ったら、何も残らないんだなぁ、と。
 そんな時だった。

「た、助けてくれ~っ!」

 村の入口の方から、子供の悲鳴が聞こえた。近くにいたわたしはすぐにその悲鳴の聞こえた方へ駆けつけると、ネズミ族の子供が蟻のような魔物――アントリオンに襲われていて。

「た、大変ですー!今助けます!!」

 わたしはすぐに兵器の一つであるレーザーキャノンを起動させ、アントリオンを標的に設定した。そしてレーザーキャノンの攻撃がアントリオンに当たり、アントリオンは怯んでネズミ族の子供をこちらへと投げ出し、

「きゃあっ!」
「わああ!」

 わたしはネズミ族の子供を全員で受け止め、二人でその場に転がってしまう。
 尚も攻撃を続けていたレーザーキャノンはアントリオンに薙ぎ倒され、こちらの攻撃の手は止められてしまった。そして、まともに防御も取れない体勢のわたしたちは無防備そのもので、今アントリオンに攻撃されたら大打撃なのは必至だ。
 やばいやばいやばいやばいやばいやばい――
 どうにもならない状況に、打開策を考えるよりも焦燥感が先行する。迫りくるアントリオンは容赦なくわたしたちに攻撃を仕掛けた。

「ブリザラっ!」

 突如、空中に現れた氷の塊がアントリオンを突き刺すと、アントリオンはそのまま動かなくなった。
 そして、魔法を放った主を見てわたしは安堵の息を漏らし、微笑む。

「ビビくん!」
「ビビ!」

 ネズミ族の子供とわたしの声が重なり、お互いに顔を見合った。どうやらこの子はビビくんの知り合いらしい。
 ビビくんはわたしとネズミ族の子供を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

「ふたりとも、無事でよかった……」

「ビビくんのおかげで助かりました、ありがとうございます」

「えっ、ボクのおかげ……?」

「はい! とてもかっこよかったのですよー!」

「その子の言う通りだ、かっこよかったぞビビ! 流石おれの子分だなっ!」

 わたしとネズミ族の賛辞にビビくんが顔を赤くしながら帽子を深く被り直した。
 狩猟祭の時のは一転して、すごくかっこよかった。ただ、ここで颯爽と助けに来てくれたのが、ビビくんではなく、彼だったらと考えてしまう自分の思考力を呪いたい。喧嘩をしたというのに、失望したというのに、そんなことを考える愚鈍さに下唇を噛んだ。
 ビビくんとネズミ族の子供の話を聞いていると、どうやら二人は以前アレクサンドリアで知り合ったらしく、ネズミ族の子供の名前はパックというらしい。
 思わぬ場所での再会を喜ぶビビくんとパックくんの会話をぼんやりと聞きいていると、上から姉御の声が聞こえてきた。

「ビビ! ! 子供はまだ無事か……いや、もう事が済んだ後のようじゃな」

「姉御!」

 姉御が上から颯爽と降りてきて、辺りを見回した後に口の端を上げる。息絶えたアントリオンを確認すると、構えていた槍を収め、わたしたちに向き直った。すると姉御はパックくんの顔を見るなり目を見開き、パックくんもそれに気づいて

「おお、フライヤか! 久しぶりじゃのー!」

と、大きく手を振った。

「パック王子ではありませぬか! 長い間、ブルメシアを出て行方知らずと聞いておりましたが……大聖堂にブルメシア王がおられます。会いに行きましょう」

「うーん、オヤジに会うのは照れる! ヨロシク伝えておいてくれ!」

 ブルメシア王の名を聞いた途端、パックくんは難しい顔になる。姉御が口を開いた瞬間、パックくんはすぐに駆け出して行ってしまった。

「なんだか、忙しい方なのですね」

「パック、お父さんに会わなくて寂しくないのかな……?」

 姉御が盛大な溜息をついたのを見て、わたしとビビくんは苦笑いを浮かべながら小さくなっていくパックくんの背中を見送った。そして、パックくんの向かう先からこちらに向かって走ってくる人影があった。
 ――ジタンだ。
 喧嘩してしまったから今ジタンと顔を合わせるのはとても気まずい。なのでわたしはソッポ向いた。
 ジタンはわたしたちと合流すると、周りを見回し目を瞬かせる。

「オレの出番はなかった、か」

「うむ。私が駆け付けた時にはとビビが魔物を倒してパック王子を救出しておった。見事なものじゃ」

 姉御の状況説明にジタンは「そうか」と呟くと、何故かわたしの肩を掴んだ。驚きつつジタンの顔を見ると、いつもより少し眉尻を下がっていた。

……怪我はないか?」

 わたしはジタンから目を背け、頬を膨らませる。 本当は、心配してくれて嬉しい。少しでもわたしの事を気にかけてくれてるんだってわかったから。 喧嘩……と言ってもわたしが一方的に暴言を浴びせて逃げただけなのだけど、それでもジタンがわたしの事を心配してくれているのに、どうしても素直になれない。 ジタンはダガーさんのことが好きなのだから仕方がない、わたしがジタンの傍でちょこまかしていたらダガーさんとの関係が進展しない、つまりジタンはわたしが邪魔なのだ。もうフラれてしまったようなものなのだから、わたしが潔く身を引けばいいだけ。頭ではきちんと理解している、だけど……気持ちが追いついてくれないのだ。
 今までわたしが積み上げてきたものと時間と気持ちを考えたら、とてもやりきれなくて。

「怪我なんてありません。ビビくんが守ってくれました。ジタンなんかに心配されなくても全然平気なのです」

 ――なんて、嫌な態度。

「ああ、そうかよ」

 ジタンの眉間に皺が寄ったのを見て、血の気が引いた。 わたしに向けられた嫌悪の表情……初めてジタンのこんな顔を見たと思う。 差し伸べられた手を払ったのはわたし自身なのに、ジタンに嫌われるのがこんなにも怖いことだとは思いもしなかった。
 わたしは唇を噛みしめて、涙が零れそうになるのを必死で堪える。

「……おぬしら、また喧嘩したのか」

 姉御が目を細め、わたしとジタンをジト目で見つめる。

「犬猿の仲なのです!」

 大声を出した途端、堪え切れなくなった涙が一筋、流れてしまった。



※ ※ ※ ※ ※



 これ以上ジタンと一緒にいたらつらくなる。
 わたしは大聖堂へ向かったジタンたちと一旦別行動をすることにして宿屋で一人悩んでいた。議題は、これからのことについて。
 ジタンに邪険にされて、あんな顔までさせてしまったのだから、もう彼の傍にいるのはお互いの精神衛生上無理なのではないだろうか。だけど、わたし一人でクジャさんを止める事は無謀だと思う。何せクジャさんの背後にはアレクサンドリア国がある。わたし一人の力でどうにかなるようなものではない。やっぱり、わたしの気持ちを押し殺してでもジタンに謝って、一緒にアレクサンドリアとクジャさんを止めるのが最善かもしれない。
 でも、その後は……?
 ヒルダガルデ2号の建造のお手伝いも放り出してリンドブルムのお城を抜け出したわたしは、シド様に許して頂けるのだろうか。合成屋にいるトーレスおじさんたちにだって、どんな顔をして会えばいいの。わたしは、つくづく後先の事を何も考えないで来たんだと、今になってわかった。
 あはは、バカだなぁ、わたし。
 布団に包まって、乾いた笑いを漏らした。
 ――どのくらい時間が経ったのかわからない。突然、外が人々の声で騒がしくなったのに気付いて外に出てみた。
 街の様子が何かが違う。街の人たちは上を指さし、不安そうに天を仰いでいたのでわたしもそれに倣って空を仰ぎ見ると、綺麗な青空が広がっていた。砂嵐が、なくなっているのだ。

「いったい、何が起きたのです!?」

「大聖堂で、竜騎士フライヤ様たちが魔力を強め、砂嵐の防御をより強固にする為の儀式を執り行っているはずなのですが……こんなことになってしまうなんて」

 わたしの問い掛けに答えてくれたのは神官服を纏った女性だった。彼女は落ち着いた様子ではあるものの、表情はどこか怯えているようだった。
 クレイラの街は綺麗な青空に囲まれているのが、今はそれがとても不安になる。そして、わたしの頭の中を過ったのは銀色の髪の男の――クジャさんの顔だ。恐らく、ブルメシアでクジャさんが言っていた『ショー』とはきっとこのことだったのだ。

「クレイラを覆っていた砂嵐がなくなってしまえば、下から軍が攻めてくるのは容易になってしまうのです……」

 そうなれば、ブルメシアの二の舞になることは必至だ。とにかく、ジタンたちと合流しなければ。



執筆:16年8月15日