空から黒魔道士たちが奇襲を仕掛けてきたのは、砂嵐が止んでからしばらくしての事だった。
 自作の可愛い兵器たちを駆使しながら応戦するも、戦えない街の人たちを守りながら戦うのはとてもわたしだけでは無理だ。なのでジタンたちと合流しようと大聖堂に向かうも、街の外の様子を見てくると出て行ってしまったとのことで、どうやら入れ違いになってしまったらしい。
 今この場で戦えるのは、ブルメシアの兵士数人とわたしだけ。大聖堂の入口を守り固めながら戦うも、次々現れる黒魔道士たちの猛攻に体力の消耗をしていく一方。
 ジタンたちと離れなければよかった。全部、わたしが我侭な行動ばかり取ってしまったから――。ううん……自省は後だ。今は目の前の敵に集中しなければ。
 余計な考えを振り払うように首を振った次の瞬間、詠唱を終えた黒魔導士のサンダーがわたしを襲う。同じくサンダーを食らってしまった兵器GIM47Nは煙を上げて動かなくなってしまった。そして、別の黒魔導士の放ったファイラがわたし目がけて襲い掛かる。

「きゃ……!」

「――!!」

 間一髪のところでファイラの直撃を免れた。抱きかかえられて地面に転がったわたしと、わたしを助けてくれたジタンの視線がぶつかる。
 今度はビビくんじゃなくて、ジタンがわたしを助けてくれたことが信じられないけれど、しっかりと痛覚はあるからこれは――夢じゃない。嬉しいのに、感謝の気持ちはあるのに、わたしの口はお礼ではない言葉を吐いてしまった。

「ジタン……? どうして、わたしなんかを――」

が危なかったら助けるに決まってるじゃないか! オレは、お前に嫌われたってまた懐いてもらえるように努力する。というか、喧嘩したってそう簡単にお互いを嫌いになれるような関係じゃないだろ、オレたちは!」

 ジタンの言う通り、嫌いになりたくてもジタンを嫌う事ができずにいる。それが、わたしたちが長年培ってきた絆なのだろうか。

「――でも、わたしはジタンに酷い事を言いましたし、酷い態度も取ったのですよ?」

 それなのに、ジタンはわたしのことを許してくれるというの?

「まぁ、は今までオレにぶつかってきた事がないから驚きはしたけどさ、お前もきちんとオレに自分の気持ちを主張してくれるんだって、そういう意味では嬉しかったぜ。ブランクなんてよくオレにクソ猿だの死ねだの言ってくるし、それに比べたらの小さな反抗なんて可愛いものさ」

 そう言って、ジタンがウインクをする。
 ――思い返してみると、ブランクはよくジタンに暴言を放つし、態度も横暴だったりする。ジタンもブランク程ではないけれど言い返したりすることもある。それなのに二人はすごく仲良しだ。どうやらわたし一人が勝手に思い詰めて、考えすぎていただけなのかもしれない。

「ごめんなさい……わたし、ジタンに捨てられると思って、怖かったのです」

「バカ。オレがを捨てるわけないって。ただ、オレだけに固執するんじゃなくて……もっと視野を広げた方がいいぜって言いたかっただけなんだよ」

 俯きながら唇を噛みしめると、ジタンが優しく肩を抱いてくれた。大好きなジタンとの密着に胸を高鳴らせながら、ジタンの顔を見て微笑む。

「……ジタン、助けて下さってありがとうですー」

「おう。なんなら、お礼にキスしてくれてもいいぜ?」

 冗談っぽく歯を見せて笑うジタン。わたしは苦笑いを浮かべた後、そんなジタンの肩に手を置き、背伸びをして――

「――!?」

 驚くジタンの頬にキスをした。

「今度はわたしがジタンのことを守るのです。何があっても、絶対です!」

 はにかみながら、決意を新たにする。
 ――わたしはジタンのことが好き。ジタンの想い人がわたしじゃなくても、わたしはジタンが大切だから、守りたい。役に立ちたい。そう、これからはジタンの忠犬として、彼の傍にいられればそれで十分だ。

「オレだって、これからものこと守ってやるよ。可愛い子犬に守られてるだけのオレなんて、カッコ悪いだろ?」

 ジタンはわたしにキスされた頬に手を添え、顔を赤く染めながらにかっと笑った。

「まったく、今はそれどころではないじゃろうに」

「ぼ、ボク何も見てない……っ」

 呆れながら黒魔導士たちに槍を振る姉御と、顔を真っ赤にしながらあえてこちらから視線を外しているビビくんに気付き、わたしとジタンは慌てて離れて武器を構えた。

「悪い悪い! オレのが可愛いからつい二人の世界に入っちまった」

「わたしも、ジタンがあまりにもかっこよすぎてじゃれてしまったのですー」

 仲直りをしたわたしたちの様子に安心したのか、姉御が優しく微笑む。

「ジタンとの場合、犬猿の仲というのは仲が良いという意味で使うのじゃな。それにしても、よく一人で持ち堪えたのう。上からは黒魔道士、下からはアレクサンドリアの兵……このままでは本当に埒があかぬ」

 姉御が奥歯を噛みしめた。今もなお、黒魔導士たちとアレクサンドリア兵たちの猛攻は止まらない。いつまでも消耗戦をしていれば圧倒的に数で不利なこちらの負け。ジタンたちもわたしも、今はまだ軽口は叩けるけれど連戦で明らかに体力を消耗しきっている。しかし、周りに群がる黒魔導士たちは容赦なく襲い掛かってくる。
 打開策も浮かばず、誰もが諦めかけた時だった――。
 大聖堂の屋根からネズミ族の男性が飛び降りてきて、その槍一振りで多くの黒魔導士たちを薙ぎ払った。もう一振りすれば、大聖堂とわたしたちを囲んでいた黒魔導士とアレクサンドリア兵が倒れる。

「私の槍を折らねばこの国を潰すことはできぬぞ!」

 戦況が覆り、傷の浅いアレクサンドリア兵たちは撤退をしていった。どうやら助かったらしい。
 わたしたちがほっと胸を撫で下ろしていると、姉御は一人その強者に駆け寄り――、

「フラットレイ様……!」

 わたしの隣で、姉御が目を潤ませながら確かにそう呟いた。



※ ※ ※ ※ ※



 一旦大聖堂で落ち着くことになったが、暗い雰囲気が漂っていた。わたしたちを助けてくれたその人こそが姉御の探し求めていた恋人のフラットレイさんだったのだ。しかし、再会は果たされたようで、果たされなかった。姉御がフラットレイさんに話しかけるも、フラットレイさんは怪訝な表情を浮かべるだけ。フラットレイさんと行動を共にをしていたパックくん曰く、彼は記憶を失ってしまっていたのだ。恋人である姉御の事すら、忘れてしまっていた。フラットレイさんはそのまま大聖堂を出て行ってしまい、残された姉御はガックリと肩を落とす。

「おいらが見つけた時には、もう記憶がなくなっていたんだ。だから、今はまだフライヤと会わせるつもりはなかったんだけど……」

 パックくんが申し訳なさそうに俯いた。

「私は、フラットレイ様の顔を忘れた日など無かった!」

 姉御は俯き、拳を握りしめた。その手からは血が滲んでしまっている。
 姉御とフラットレイさんが折角会えたと思ったのに、フラットレイさんに何があって記憶喪失になってしまったのかはわからない。だけど、こんな酷い事って――。

「姉御……」

 ――もし、ジタンが記憶喪失になってわたしのことを忘れてしまったらと考える。きっと、想像できないくらいに苦しくて、生きている意味もわからくなってしまうのではないだろうか。ジタンがいなかったらきっと生きていなかったかもしれないわたしだから、ジタンに忘れられてしまうことに耐えきれないかもしれない。
 逆に、ジタンはわたしがジタンのことを忘れたらどう思うのだろう。

「おもはゆいのう……あれだけ探し求めていた男にようやく会えたというのに、わたしの事をこれっぽっちも覚えておらんかったのじゃ!」

「追わなくて、いいのか?」

 ジタンが姉御に問いかけるが、姉御はしばらく考えた後に首を横に振った。

「いや、まだ敵の手が休まったわけではなかろう! 今一度態勢を立て直すのじゃ!」

 それはまるで現実から目を反らすかのように、フラットレイさんへの気持ちを振り切るように、わたしにはそう見えた。

「きゃあっ!」

 そんな時、女性の悲鳴が聞こえた。 ハープの演奏者である月の巫女クレアさんの声だ。その場にいた全員の視線がハープとクレアさんに集まる。そこにはいるはずのない人間が剣を振り、ハープに装着されていた宝珠をもぎ取る。侵入者――ベアトリクス将軍が宝珠を手にして不敵な笑みを浮かべた。

「ふっ、情けないネズミたちですね。この宝珠さえ手に入れば、この街に用はありません」

 そう言って髪をかき上げた後、ベアトリクス将軍は宝珠を持ったまま大聖堂から出ていく。

 あの宝珠は一体――? しかし、アレクサンドリアの狙いはあの宝珠。ということは、とても重要なものなのだろう。

「待て!」

 ジタンがベアトリクス将軍を追いかける。わたしたちもその後を追って大聖堂を出るが、なかなか追いつけない。しかし、流石のジタンはあともう少しでベアトリクス将軍に手が届きそうだった。

「逃げる気か!」

 そのジタンの言葉に反応したベアトリクス将軍がピタリと立ち止まると、殺気を放つ。ジタンもそれを察したのかベアトリクス将軍と間合いと取り武器を構えた。

「今、逃げる気かと言ったのですか? ブルメシアで負けたこと、お忘れになったのですか?」

「忘れるわけがないだろ! でも、このままお前たちの好きにさせるわけにはいかないんだよ!」

 勢いよく捲し立てるジタンに対し、ベアトリクス将軍は笑みを浮かべて余裕を見せている。

「宝珠は私が預からせてもらいます」

 ベアトリクス将軍が剣を抜き、わたしたちもそれぞれ武器を手に構えた。しかし、わたし達が仕掛ける前にベアトリクス将軍は行動に移る。

「ここで手を煩わせている時間はないのです――ストックブレイク!」

 ベアトリクス将軍はたった一撃でわたしたちを打ち負かした。わたしたちはその場に倒れ込む。
 ――また、何もできずに終わってしまう。この後、クレイラもブルメシアのようになってしまうのを黙って見ているしかできないの?
 ジタンを見やれば、歯を食いしばりながら立ち上がろうとしていた。かなりのダメージを負っているのに、わたしはジタンに何もできない。癒すことも守ることもできなくて、何のためにジタンについてきたんだろう。何があっても守るって、さっき決めたのに――!!

「ベアトリクス将軍! 撤退準備が整いました!」

 アレクサンドリアの兵士が、ベアトリクス将軍にそう伝えた。
 ――撤退。
 それは、これ以上クレイラに危害を加えない、そういうことなのだろうか。期待してしまってもいいのだろうか。

「ご苦労様です。それと――」

 ベアトリクス将軍がわたしたちひとりひとりの顔を見た後、ため息をついた。

「クジャにはを連れてくるように言われましたが――とは、リンドブルムの天才技師である合成屋の店主ですよね? どうやらここにそれらしい人物はいないようです。このまま引き上げましょう」

 ――え。それってわたしの事ですよね?
 わたしは呆然としながらベアトリクス将軍が黒魔導士の移動魔法についていくのを見つめていた。クジャさんがわたしを狙っていて、それを回避できたのはとても助かったけれど、まさかベアトリクス将軍にわたしが本人だと認識されていなかったなんて、それはそれで少し悲しい。
 なんだか悔しくて追いかけて反論しようとするも、ジタンがわたしの口を塞いだ。その間にベアトリクス将軍は兵を引き連れて撤退していく。

「……は、わたしなのに」

 ポーションで体力を回復し、ため息をついた。

「あの人の中のおねえちゃんは、どんな人物なんだろうね」

「きっと、筋肉ムキムキマッチョのおっさんのイメージなんだろうな」

「うむ、まさかこんな大人しそうな娘がかの天才技師だとは思うまい」

 それでも、だ。わたしの記憶が正しければ、ブルメシアで対峙した時に一応クジャさんに紹介されたはずなのだけど……!

「わたしって、影が薄いのでしょうか……」

「いや、あいつは強そうな奴にしか興味がないんだろ。とにかく、お前が連れていかれなくてよかったぜ」

 ジタンがわたしの頭をくしゃりと撫でる。嬉しいのだけど、軽率にそういうスキンシップを取られるのがとてもつらくて……わたしは唇を尖らせてこくりと頷いた。

「見ろジタン! 黒魔導士たちが移動魔法で次々に引き上げていくが、私たちもアレについて行けぬだろうか?」

 姉御が指さす先には、黒魔導士たちが転移魔法で引き上げている姿。ジタンと姉御はお互いの顔を見合い、頷く。

「こいつらについていけば、アレクサンドリアに行けるのか……? そうだよな、このままってわけにはいかないよな! ビビとはどうする?」

「ボクもついていく!」

「もちろん、わたしも行くのですよー!」

 ここまで来て、尻尾を巻いて逃げるなんてできない。クジャさんがどうしてわたしを連れて行こうとしたのかはわからないけど、わたしは今度こそジタンを守るんだ。

「決まりだな! それじゃ、行くぜ!」

 最初にジタンが黒魔導士に飛びかかり、しがみついた。続いてわたしが別の黒魔導士に飛びかかる。
 黒魔導士は特に抵抗することなくしがみつかせてくれている。転移魔法に便乗するというのは、どうも不思議な感覚だ。これを兵器でも応用できたらと考えるも、魔法の原理はよくわからない。わたしには魔法の才能がないのであきらめざるを得なかった。
 そんなことを考えていると、東の空に飛空艇がクレイラに向かうのが見えた。あの外装は、アレクサンドリア所有のレッドローズだ。派手なドレスを身に纏った見覚えのある人物が見える――あれはブラネ女王だ。
 ブラネ女王は何かを取り出し、それを掲げる……嫌な予感がした。
 そして、次の瞬間ブラネ女王の持つ何かから一筋の光が差し、何もない空間から激しい稲妻と共に巨大な騎馬が現れた。
 ――あれが、召喚獣。本で読んだことがあった。この目で見るまではただの伝説だと思っていたのに。
 そして、嫌な予感は的中し、目の前で悪夢になる。召喚獣はクレイラに向かって攻撃をし、破壊していき、クレイラの街も大樹も無残な姿になっていった。
 こんな残酷な光景など見たくないのに、目が離せない。何もできず、ただ見ているだけしかできない無力な自分を呪う事しかできなかった。



執筆:16年12月2日