黒魔導士についていくと、飛空艇に辿り着いた。恐らくここはアレクサンドリアの飛空艇レッドローズだろう。いつかは間近で見てみたい、あわよくば乗ってみたいと思っていたものの、まさかこんな形で乗ることになるなんて思いもしなかった。
 それよりも今は――

「クレイラを、守れなかった」

 姉御が膝をつき、項垂れる。わたしたちは幸いにもこうして生きているけれど、ブルメシア王をはじめとした大聖堂にいた人たちはどうなったのだろう。あの状況から、わたしたちがクレイラを離れた後から召喚獣が呼び出されるまでで逃げる時間はあったはずだけど、果たしてどれだけの人が危機に気付けたか。

「姉御……」

「――しばらくの間、そっとしておいてはくれぬか?」

 姉御は力無く首を横に振った。

おねえちゃん、ジタンが人影が見えたから隠れろって言ってるよ!」

 少し離れた場所で辺りを警戒していたジタンに視線を向けると、物陰を指さしてわたしたちに隠れるよ促している。自力で立とうとしない姉御をビビくんと二人で引っ張って隠れ、最後にジタンがわたしたちを覆うように隠れる。わたしとジタンの身体が密着したことに驚いて上を向く。ジタンの整った顔がすぐ近くにあって、わたしの心臓が跳ね上がった。幸い、ジタンは人影の方に意識を集中させていたので気付かれずに済み、わたしは無言のまま視線を落とした。
 しかし、上から聞こえてきた衝撃音で浮ついた思考が一気に吹き飛ぶ。

「ブラネ様は一体どうなさったのだ! ガーネット様を処刑だなどと……クレイラのこともそうだ、何もあそこまでやる必要はなかったのではないのか? 私は、こんなことをする為に技を磨いてきたわけではないのに!」

「ベアトリクス様、心中お察しします。しかしブラネ様の命に逆らえばあなた様のお立場が危うくなります」

「わかって、います」

 どうやら上にいるのはベアトリクス将軍と兵士らしい。わたしたちの存在には気が付いていないようだけど、彼女は今なんて言ったの……ガーネット姫が処刑される――?

「あなたたち、先にテレポットでアレクサンドリアへ帰還し、城の防備にあたりなさい。ブラネ様が帰還次第、ガーネット姫を処刑します。 それまでは誰も城に通してはなりません 」

 兵士の指示で、黒魔導士たちが降りてくる。一瞬見つかってしまうのではないかと身を固くするも、それは杞憂に終わった。彼らは転移魔法の装置を使い、消えて行った。恐らくあの転移装置でアレクサンドリア城に向かったのだろう。
 上でベアトリクス将軍たちが立ち去る様子をこっそりと見届け、誰もいなくなったのを確認して物陰から出る。ジタンが開口一番声を荒げた。

「ダガーが、処刑されるだって!?」

「確かに、そのように話しておった。ガーネットは道中捕まったのか、それとも最初からアレクサンドリアに向かっておったのか」

「今はそんなことどうだっていい! ダガーが危ないんだ、助けに行こう!! 黒魔導士たちが使っていたこれを使えば、きっとアレクサンドリアに行けるはずだ!」

 ジタンが転送装置に手をかけるが、姉御がそれを制した。

「冷静になるのじゃ、ジタン! 危険すぎぬか? この戦力で敵の懐に飛び込むのは自殺行為も同然! も何を黙っているのじゃ! ジタンを止めなくては――」

 姉御が言いたいことはわかる。わたしたちはベアトリクス将軍に勝てなかった。そして、アレクサンドリアは――ブラネ女王はどういうわけか召喚獣を操ることができる。そんな中、敵の懐に飛び込もうというのだから、止めないわけがない。
 それでも、わたしだってジタンの恋慕う女性を見殺しにしたくなんてないし、ジタンが助けたいのならそのお手伝いをしたい。

「わたしは、ジタンの意見を尊重するのです。ジタンがダガーさんを助けに行くのでしたら、わたしもお供します!」

「ぼ、ボクも……行く! おねえちゃんを、助けなきゃ!」

 ビビくんとわたしは顔を見合わせて頷いた。ジタンの表情が少し柔らかくなったのを見て、わたしは自分の選択が間違いではないことに改めて自信を持つ。しかし、姉御は未だ迷っているようだ。

「フライヤの力が必要なんだ。どうか、力を貸してほしい」

 ジタンの一押しで、姉御はため息をつきながら首を縦に振った。

「――そうじゃな、ブルメシアもクライラも救えなかった分、せめて奴らに一矢報いるとしよう」

 今はただ、ダガーさんの救出さえできればいい。きっと、クジャさんを止めるのも、ブラネ女王を何とかするのも、後でみんな揃ってリンドブルムに行って考えればいいのだ。



※ ※ ※ ※ ※



 転送装置でアレクサンドリアに移動し、ダガーさんを捜して通路を抜けると、アレクサンドリアの騎士と鉢合わせになった。

「き、貴様! 何故このような場所にいるのだ!?」

 騎士はジタンの顔を見るなり指をさして嫌な顔をする。二人が知り合いなのだということは察した。事情は分からないけれど、彼はアレクサンドリア側の人間だ。ジタンの敵ならばわたしは攻撃をするのみ。武器を構えてジタンに訊ねる。

「ジタン、やりますか?」

「いや、おっさんは大丈夫だ。武器をしまっていい」

 どうやら、心を許して大丈夫なようだ。アレクサンドリアの人間すべてが敵というわけではないらしい。ふと、リンドブルムのタンタラスのアジトでジタンから聞いていた話を思い出す。
 ガーネット姫を連れてくる時にアレクサンドリアの騎士も付いてきて、ガーネット姫を誘拐した事で目の敵にされているって、苦笑いを浮かべながら話してくれたっけ。恐らく、この人だ。
 ジタンの制止で武器を下ろすと、騎士はわたしの顔を見て怪訝な表情をした。

「む、その少女は……」

「失礼致しました、騎士様。わたしはリンドブルムの技師と申します。ジタンのお手伝いがしたく――」
……もしや! 合成屋のではあるまいな!?」

 騎士はわたしの名を聞き、何故かテンションを上げる。わたしは驚きのあまりジタンの後ろに身を隠した。

「何だ、おっさん。を知ってるのか?」

といえば、アレクサンドリアにも名が届く程の名技師である! 自分も一度合成を頼みたくてリンドブルムにて合成屋を訪ねた際、生憎城の飛空艇の技師として出ていると言われ城に戻れば腹痛で休んでいると言われ結局会えずに諦めたのだ……高名な技師がまさかこのような少女だとは!」

 ジタンと二人で顔を見合わせて苦笑いを浮かべると、騎士は興奮気味にわたしの両手を握りしめた。ブンブンと力強く、一方的に握手を交わす。
 恐らく、わたしが城を抜け出してジタンを捜しに行った時の事を言っているのだろう。わたしのこと、捜し回ってくれたのに悪いことをしてしまったなぁと罪悪感で胸が痛んだ。

「自分はアデルバート・スタイナーであります! いずれ自分の武器もお願いしたい! それよりも貴様……姫様だけでなく嬢も懐柔するとは!!」

「おいおっさん、勘違いすんなよ。懐柔も何も、は元々オレの幼馴染なんだぜ! 仲が良いのは元からだよ」

 スタイナーさんはどうやらジタンがわたしをたぶらかして連れてきたと勘違いしているようで、ジタンの言葉に納得いかないのか更に食ってかかる。ジタンもわたしとの関係をより詳しく説明しようとしているのを察知して、わたしは声を上げた。

「もう、ジタン! スタイナーさん! そんなことよりもダガーさんの救出ですよ!」

「その通りじゃ! 今は一刻を争う。早く助けなくてはガーネットが処刑されてしまうぞ!」

 今までのやり取りに痺れを切らせた姉御が急かすも、スタイナーさんは眉間に皺を寄せた。

「姫さまが処刑される? ワケのわからぬことを申すな!」

 リンドブルムを出たスタイナーさんとダガーさんがどうやってここまで来て、今の今まで何をしていたかはわからない。だけど、もしかしてスタイナーさんは何も知らない? ブラネ女王がブルメシアもクレイラも滅ぼして、次はダガーさんを処刑しようとしていることも。

「本当だよ、おじちゃん。ベアトリクス将軍たちが話していたのを聞いたんだ……」

「ブルメシアもクレイラもブラネ女王によって滅びました。ブラネ女王は、城に戻り次第ダガーさんを処刑するみたいなのです!」

「ビビ殿、嬢……」

 ビビくんとわたしの言葉でようやく信じてくれたのか、スタイナーさんが大きく頷く。
 ――その時だった。

「お前達、そこで何をしている!」

 長居をしすぎたのか、アレクサンドリア兵に見つかってしまった。

「やばい、見つかった!」

「待て!」

 城の地図を頭の中に入れているスタイナーさんを先頭に逃げるも、応援を呼ばれてしまい追いかけてくる兵の数はどんどん増えていく。こんな数の敵を相手に出来る程の戦力も時間もない。

「ここは任せるッス、ジタンさん! ……と、ッスか!?」

「マーカス! こんなところで会えるなんて!」

 曲がり角でマーカスが飛び出してきた。
 丁度鉄格子のある場所だったのか、マーカスがレバーを引くと、追ってきていた兵士たちとわたしたちの間に鉄格子が降りて遮断された。兵士たちはどうすることもできず、こちらに罵声を浴びせてくるだけだ。
 全力疾走で逃げていたわたしたちは息を切らせていて、呼吸を整えようと少し移動したところでその場に落ち着く。
 何故マーカスがここにいるのかはわからないけれど、とにかく助かった。

、しばらく見ない間にまた可愛くなったッスね。兄キが見たら卒倒ものッスよ」

 この場にはいないブランクのことを思う。きっと今もまだ魔の森で石化されているのだと思うと目の奥がじわりと熱くなった。

「もしかして、マーカスはブランクを助けに行くのです?」

「兄キの話、聞いてたッスか。兄キは絶対助けるッス。も絶対無事でリンドブルムに帰ってくるッス」

「はいなのです! ブランクにも会えるのを楽しみにしています!」

 ブランクなら大丈夫、マーカスが絶対に助け出してくれる。また、ブランクやタンタラス団のみんなと一緒に騒ぎたい。過去の思い出だけじゃなく、これからだって。

「ジタンさん、を頼むッス!」

「わかってるって。ブランクの事、頼んだぜ! オレたちはダガーを助けに行く!」

 ジタンとマーカスが笑い合って拳を突き合わせたのを合図に、わたしたちは再び走り出した。



執筆:17年1月5日