城の奥へ進むと、人の話し声が聞こえてきた。

「これで儀式は終わりでおじゃる」

「あとは抽出した召喚獣をブラネ様に渡すだけでごじゃるな」

 儀式、ブラネ、召喚獣――。その3つの単語でわたしたちは ここにダガーさんがいると確信する。
 ジタンが扉を蹴破り、ほの暗くて厳かな礼拝堂に侵入した。奥には、道化師が二人と……もう一人、儀式用の台座の上に寝かされている。顔は確認できなかったけれど、見覚えのある服だ。

「あれは……!?」

 ジタンが武器を構えながら道化師たちの前に飛び出す。わたしたちもジタンに続いて武器を構えた。

「む。お前たち、何しに来たでおじゃるか!?」

「ガーネット姫は渡さないでごじゃるよ!」

 台座を背に、道化師たちが声を上げた。
 やはりあの台座に寝かされているのはダガーさんだった。この道化師たちの先程の話からすると、ガーネット姫であるダガーさんは召喚獣を抽出された……アレクサンドリアの王族は召喚士ではないはずで、ダガーさんが召喚士だという話は聞いたことがない。でも、現に今ダガーさんがあの場にいるということは、そういうことなのだろう。召喚獣を抽出されたことで、もしそれが命に関わることだったのだとしたら、手遅れなのだとしたら。
 ううん、そんなの、絶対にない。

「邪魔をしないでください!」

 わたしは新作の兵器『GIM52A』を出して道化師たちに狙いを定める。マイクロミサイルが道化師たちに炸裂し、道化師たちは慌てだした。

「これは、兵器でおじゃるか!?」

「兵器でごじゃる! こんなのに勝てるわけないでごじゃる!」

「覚えているでおじゃるよ!」
「どうせガーネット姫は用無しでごじゃるよ!」

 逃げ出す道化師たちを後ろ目に、ジタンはすぐさまダガーさんに駆け寄った。

「ダガー、大丈夫か!? しっかりしろ!! やっと会えたってのに……」

 ジタンがゆっくりとダガーさんを抱き起すも、ダガーさんの意識はなく、返事はない。彼女の胸元から腹部を見れば、微かに上下していることから、生きていることが確認できる。
 わたしはほっと胸を撫で下ろし、ジタンの隣に膝を折った。

「姫さまー!! 自分が不甲斐ないばかりに……こうなれば騎士は廃業するのみ!! いや、姫様がこの世にいないのであればもう生きてはいられない!」

「いや、まだ事切れてはおらぬようじゃが」

 勘違いしたスタイナーさんが大げさに嘆いているところを、姉御がつっこむ。
 そんな騒がしい周りを気にすることもなく、ジタンはただダガーさんを見つめて抱きしめた。

「……もう、大丈夫だからな」

「――」

 ダガーさんの意識は戻りそうにない。かといっていつまでもここでダガーさんの意識が回復するのを待っている時間もない。
 それは理解できる。頭ではきちんとわかっているはずだった。
 しかし、ジタンがダガーさんを横抱きにしたのを目のあたりにして、わたしの胸は締め付けられた。
 小さい頃にジタンがわたしをお姫様抱っこしてくれようとしたのを思い出してしまう。あの時のわたしたちは身長もそんなに変わらなくて、ジタンも今のわたしより少しだけ小さくて、結局お姫様抱っこはできなかったのに、今のジタンは軽々とダガーさんを抱き上げたのだ。それは、わたしたちはあの時よりもずっと成長したから。
 だけど、一度でいいからジタンにお姫様抱っこされたかった。

「……わたしも、ジタンのお姫様になりたかったです」

 皆が出口に向かう最中、誰にも聞こえないように呟いた。
 ジタンはわたしの王子様じゃないんだってわかってたのに、認めたくなかった。それももうお終いにしなきゃいけない。こんな気持ちは殺さなきゃいけない。
 わたしはジタンに忠実な犬。ジタンへの気持ちは恋慕ではなく忠誠に変えなきゃいけないのだ。子犬から、成犬にならなきゃ。いつまでも子犬のままじゃいられないんだ。



※ ※ ※ ※ ※



 とりあえずダガーさんを休ませる為に、女王の間に落ち着くことにした。ダガーさんをソファーに横たわらせ、これからのことを考える。このまま目覚めないダガーさんを連れたまま脱出するには、敵の数が多すぎる。ましてやここは敵の懐、隠し通路でも無い限り、自分たちから捕まりにいくようなものだ。

「ブラネ女王様……何故姫さまをこのような目に……。姫さまを大切に守ってきたではありませぬか!」

 スタイナーさんも眠ったままのダガーさんを見てようやく信じてくれたのか、ブラネ女王への疑心を吐く。

「ねぇ、ジタン……おねえちゃんはずっとこのまま目を覚まさないの?」

「そんなことないよ。ただ、ちょっと疲れて眠っているだけさ」

 悲し気なビビくんの質問に、ジタンは作り笑いを浮かべた。

「オレがついていれば、こんな風にはさせなかったのに……ごめんよ、ダガー」

 ジタンは……悪くない。ジタンが一緒だったら、きっとこんなことにはならなかったはず。ダガーさんを守れたはず。でも、元はといえば、ジタンたちを眠らせてリンドブルムを出て行ったのはダガーさんだ。
 わたしは下唇を噛みながらそんな不満を言葉にしないように飲み込む。ジタン側の事情しか知らないわたしが好き勝手にダガーさんを非難するべきではない。ダガーさんにだって、きっと何か事情があったのだろうし……。

「いたでおじゃる! 奴らでおじゃるよ!」
「いたでごじゃる! 奴らでごじゃるよ!」

「お久しぶりです、スタイナー。どこへ行っていたのですか? まさかこのようなケダモノたちと遊んでいたわけではないでしょうね?」

 ベアトリクス将軍が、剣を抜く。だけど、今はそんなことをしている場合ではない。

 レッドローズでダガーさんの処刑に困惑していた彼女ならきっとわかってくれると信じて、わたしは声を上げた。

「待ってください! ベアトリクス将軍、あなたはガーネット姫の身を案じておられました……あそこにいらっしゃるのが、どなたかわからないのです!?」

 わたしの言葉に耳を傾けてくれたベアトリクス将軍が、わたしの示す方――ソファーで気を失っているダガーさんを見ると顔色を変えた。同時に、戦意もなくしたのか剣を収める。

「あれは、まさか――」

「お前はアレクサンドリアの女将軍だろ? だったら、お前の使命は何だ!? ダガーを、ガーネット姫を守ることじゃないのか!?」

 ダガーさんに駆け寄りその顔を確認すると、ベアトリクス将軍は眉間に皺を寄せた。握った拳が震えていて、後悔と自責の念が伝わってくる。

「ガーネット様……やはり、ブラネ女王はガーネット様の命を取ろうとしていたのですね。私は間違っていました。ブルメシアの民よ、私は許されない過ちを犯してしまったようです」

 ダガーさんの状態を見て、ベアトリクス将軍が弱々しく呟く。姉御は鋭い目つきでベアトリクス将軍を睨み付けた。

「当たり前じゃ! 私はそなたを簡単に許すことはできぬ! しかし……聖騎士であるそなたなら、そこの娘を助けることができるのであろう? 私は、ダガーとやらを助けてやりたいと思う」

 きっと、ブルメシアもクレイラも滅ぼされ、多くの仲間を失ってしまった姉御の中で色々葛藤があったのだと思う。それでもダガーさんを助けてあげたいと申し出たのは、姉御の優しさだ。

「私にどこまでできるかわかりませんが――やってみます。ガーネット様、今お助けいたします」

 ベアトリクス将軍が、ダガーさんの横たわるソファーの前に膝をついて、回復魔法をかけていく。何度かけてもダガーさんは動かなくて、わたしたちは必死に願う。ジタンに視線を向ければ、じっと二人を見つめたままだった。
 しばらくして、ダガーさんの指がぴくりと動き出す。

「う……うん、頭が痛い……わたくしは……」

 ゆっくりと自分で起き上がったダガーさんに、ジタンが喜びの声を上げる。

「ダガー! オレがわかるか!? ジタンだ!」

「ジタン……みんな!」

 ダガーさんが目覚めたなら、あとはこの城から抜け出すだけだ。そしたら、皆でブラネ女王をどう止めるか話し合って――

「何の騒ぎじゃ!」

 その声で女王の間の空気が一気に重くなる。ブラネ女王が帰還したのだ。
 道化師たちはすぐにブラネ女王に駆け寄ってわたしたちを指さす。

「ブラネ様! こいつらがガーネット姫を!」
「攫おうとしているのでごじゃる!」

「もうガーネットから全ての召喚獣を抽出はできたのか?」

「抽出したでおじゃる!」
「抽出したでごじゃる!」

「だったら早くガーネットを処刑しておしまい」

 ダガーさんの母とは思えない発言と態度に、わたしはイラついた。
 わたしには母親はいないからわからないけれど、母親というものは、子を慈しみ愛するものなのでしょう? そういうものだと、ずっと思ってきた。だけど、今目にしているものは、全く違うものだった。

「ブラネ様! どうかその命令はお取り下げ下さい!」

 咄嗟にベアトリクス将軍がわたしたちの前に躍り出ると、ブラネ女王の表情が歪む。

「ほほう、ブラネに逆らうとは……ゾーンとソーンよ、私を本気で怒らせた奴らを徹底的にやっておしまい!」

「お母様!」

 ダガーさんの叫びも虚しく、ブラネ女王は振り向くこともなく女王の間から姿を消した。道化師たちは魔物を呼び出し、わたしたちに襲い掛かる。

「あなたたち、ここは私に任せてガーネット様を連れて早くお逃げなさい!」

「私もこの場は去れぬ! ジタンよ、早く逃げるのじゃ!」

「任せた、フライヤ!」

 ジタンは目尻に涙を溜めたダガーさんの手を引き、走り出す。ダガーさんの涙が零れた。その後にビビくんとスタイナーさんも続く。
 ここに残るのはベアトリクス将軍と姉御の二人だけ……なら、わたしもジタンを逃がすためにここに残るべきだろうか。

「姉御、わたしも……」

、おぬしはおぬしの大切な者を一番近くで守るのじゃ。だから、ジタンと共に行け!」

 一番近くで。
 姉御のその言葉に、わたしは首を縦に振った。

「姉御、絶対死んじゃダメなのです!」

 ジタンたちを追おうと踵を返した時、ベアトリクス将軍が忠告してくれた。

「あなたが、……どうか、クジャには気を付けて下さい」

「は、はい! ベアトリクスさんもどうかお気をつけて!」

 どうやら、ようやくわたしが本人だと気づいてくれたらしい。クレイラでのことは水に流そうと思いながら、わたしはジタンたちの後を追った。



執筆:17年1月15日