アレクアンドリア城の隠されていた地下を進む。その存在を教えてくれたスタイナーさんは、わたしと入れ替わりに戻り、ベアトリクス将軍と姉御を助けに行った。ダガーさんを、トレノにいるトット先生という頼れる人物に送り届けるよう言い残して。
 スタイナーさんなら、わたしなんかよりもずっと強くて戦力になる。姉御たちの身を案じる心配は軽減されたものの、この先何があるかはわからない。用心して進まなくては。

「こっちだ、ジタン!」

 懐かしい、聞き覚えのある声がした。その声の主を見れば、張りつめていた緊張が一気にほぐれて涙が出そうになる。ブランクとマーカスが手招きをして、二カッと笑う。逃走経路を確保してくれていたらしい。ブランクがここにいるということは、 マーカスはブランクの救出に成功したのだ。

「ブランク! よかったですー!」

 あまりにも嬉しくて、わたしはブランクに抱き付いた。ブランクはしっかりとわたしを受け止めてくれて、優しく頭を撫でてくれる。

「ちっ、暫く見ないうちに更に可愛くなりやがって。ジタン! に何かあったらぶっ殺すからな!」

「お前いい加減離れしろよな! いつまでも兄貴ヅラしやがって!」

 ブランクとジタンのやり取りに、思えず笑みがこぼれてしまう。こんな状況ではあるけれど、久しぶりにタンタラス団の日常が戻ったみたいで嬉しい。

「えっと、ブランクはおねえちゃんのお兄さんなの?」

「いえ、ブランクと血の繋がりはないのですが、実の妹のように可愛がってもらっているのですー」

 首を傾げるビビくんに、わたしは頬を掻きながら答えた。改めてブランクとわたしの関係を考えると、なんだか照れくさくなってきた。

! 帰ったらちゃんと話聞かせろよな!」

「はい!」

 ブランクとマーカスと別れ、二人が確保してくれた道を進んだ。



※ ※ ※ ※ ※



 進んだ先には、ガルガントステーションと呼ばれる場所に辿り着いた。ここから、ガルガントと呼ばれる虫に取り付けたカーゴに乗ってトレノへ行けるらしい。ジタンとビビくんは切り替えレバーを引きに行き、わたしとダガーさんは入口で待つことになった。
 何を言ったらいいのかわからなく、気まずい雰囲気になってしまった。

「わたし、どうしたらいいの?」

 沈黙を破り、ぽつりと呟くダガーさん。
 彼女がこれから先どうしたらいいのかなんて、正直わたしにはわからない。だけど、今この状況で彼女がするべきことはただ一つだ。
 わたしは後ろ手を組み、微笑んだ。

「今はただ、生き延びて下さい。皆さんは理由があって残って戦っています。ダガーさんを助けたかったのですよ。今ここでダガーさんに何かあったら、それこそ皆さんが悲しんでしまうのですー。これから先の事なんて、逃げきれた時に考えれば大丈夫なのですよ!」

「――そう、ね。でも、はどうして初対面のわたしを助けてくれるの?」

 ダガーさんが不思議そうな目でわたしを見つめる。
 確かに、わたしとダガーさんは初対面のはずだから、そういった職に就いていないわたしがダガーさんを助けるのはどうにも不思議だ。とはいえ、わたしは一度だけ、リンドブルムでお見かけしたことはあったけれど。

「わたしは、ジタンが……家族のように大切な人が、大切にしてる人を、わたしも大切にしたいからなのですー」

 わたしの行動の源力はジタンなのだ。ジタンが守るなら、わたしも守る――それだけだ。

「なら、も自分の事を大切にしないとね。ジタン、わたしたちがリンドブルムに来る前にいっぱいあなたの話をしていたんだから」

 そう言って、ダガーさんがふわりと花のように微笑む。わたしは目を瞬かせた。
 ジタンが、リンドブルムに帰ってくる前にわたしの話をしていた……自分の好きな人であるダガーさんに? 何故――。

「ジタンが、なのです?」

「ええ。だから、とは初めて会った気がしないの。ずっと前からお友達だったかのように感じるわ」

 わたしだって、ジタンからダガーさんのお話を聞いていた。それなのに、わたしは嫉妬していたばかりで、ダガーさんのことを敵視して、今だって前からお友達みたいだなんて考えつきもしなかったのに。
 ダガーさんはわたしなんかよりもずっと、ずーっと綺麗な心を持っていて、きっとジタンもそこに惹かれたんだ。ジタンがダガーさんを好きになった理由が、わかった気がする。最初から、敵いっこなかったんだ。

「――ずるいです。わたしは、ダガーさんのこと全然知らないのですー。だから、ちゃんとお友達になって、いっぱいお話して下さい。ダガーさんのこと、もっと知りたいのですよ」

「わたしも、ジタンから聞いただけじゃなくて、実際のをもっと知りたい」

 ダガーさんになら、ジタンを任せても安心だって思えた。だから、わたしはダガーさんが差し伸べてくれた手を取った。
 こんな素敵なお姫様に、ただの子犬が勝てるわけがない。王子様を幸せにできるのは、お姫様だ。子犬じゃ、できない。

「何だよ、ガールズトーク盛り上がってるじゃん」

「はい、ダガーさんはとても素敵な方なのです! わたし、ダガーさんを絶対守りたいです!」

「ええ。はジタンの言ってた通りの子だったわ。ほんわかしてて、子犬みたいに可愛い子ね。それに、ジタンにとても懐いてて――」

 ダガーさんの口から出てくる、ジタンがわたしを評した言葉の数々。それは飼い犬を自慢する親バカな飼い主のようで、わたしはただただ苦笑いをした。恥ずかしいのか、ジタンが慌ててダガーさんの言葉を遮る。

「そ、その話は置いといて……とにかく、元気になったみたいでよかったよ」

「ビビくんも、ジタンからわたしと出会う前にわたしの話を聞いてたのです?」

「うん。ジタンから話を聞いてたんだ……おねえちゃんなら絶対にボクとお友達になってくれるって言ってた」

「も、もういいだろ! ほら、ガルガントも来たし、早くカーゴに乗ってトレノに向かおうぜ!」

 ジタンがあたふたしている最中、タイミングよく現れた大きな虫――ガルガント。虫が苦手なわたしにとって見た目はとても恐ろしく、わたしは思わず小さな悲鳴をあげた。



※ ※ ※ ※ ※



 ガルガントのカーゴに乗って暫くすると、突然揺れとスピードが速くなるのを感じた。

「おい、何かおかしいぜ」

 ジタンたちもガルガントの異変に気づき、辺りを警戒する。
 ダガーさんが何かを見つけ指さす――その先には蛇のような魔物が追いかけてくる姿があった。しかも、一体だけではない。後ろにも何体かいるようだ。

「あれは……ラルヴァイマーゴ! ガルガントを狙ってくる魔物よ!」

「そんな、こんなところで!」

 戦うにしても、この速度でカーゴから降りられるはずもない。
このままではわたしたちの乗るカーゴはガルガント共々ラルヴァイマーゴたちにやられてしまう。こんな強そうな魔物を複数相手にできる程わたしたちの体力が持つとは思えないし、目が覚めたとはいえダガーさんの身体も心配だから無理をさせるわけにはいかない。

「――――」

 ただ一つ、打開できる策はあるけれど、それはわたしはみんなとここでお別れをすることになる。兵器の完成を早めればよかったなと後悔しながら、ポケットに入れていた開発途中の兵器の一部を握りしめた。
 折角、ダガーさんともお友達になれた。これからダガーさんのことを知って、ジタンとダガーさんがくっつくのを見守って、ジタンが幸せになるのを見届けたら、今度はしっかり仕事に打ち込もう……そう思ってたのに。
 わたしにきっかけをくれたビビくんを、初めて会ったのに友達のように思ってくれていたダガーさん、そして世界で一番好きなジタンを守る、その為なら――。
 わたしは意を決し、拳を強く握る。

「ジタンは、わたしのことが好きですか?」

 突然の場違いな言葉にジタンたちが目を丸くした。特にジタンは段々と顔を赤くしていき、大げさなリアクションを取りながら驚愕した様子を見せてくれる。

「な……っ! こんな時に何言ってんだよ!」

「お願い、答えて!」

 自分でもこんなことをこんな時にこんな場所で訊きたくはなかった。本来ならもっとロマンティックな場所で二人きりの時に訊きたかった。それでもだ。
 ――どんな形でもいい。ただ、あなたの口から『好き』という言葉が聴きたくて。

「……す、好きだ。オレはのこと、好きだぜ!」

 ジタンに恋をしてからずっと待ち望んでいた、その言葉が聴きたかった。それが、わたしが望んでいた気持ちの込められた言葉ではなくても、それでもほんのりと頬を赤く染めるジタンの照れた表情と少し震える声が、欲しかった。

「えへへ、よかった。最期にそれが聴けて悔いはないのですー」

 わたしが微笑むと、ジタンの表情が険しくなった。これからやろうとしていることに涙が出そうになるけど、泣かない、絶対に泣かないんだから。

……? 最期って、なんだよ」

 そう訊ねながらわたしに手を伸ばすジタンの手を取り、そっと指を絡める。ジタンの瞳が何もかも察しているかのように揺らいで、目を反らしたくなるけど、もう決めたのだ。
 そして、言うか言わないかずっと迷ってたわたしの、ジタンへの想い。ダガーさんのことが好きなジタンに言ったところで困らせてしまうだけかもしれないけど、それでも最期だから、伝えたい。

「ジタン、わたしはジタンのことが好きです。ずっとずっと、好きでした。それは、きっとジタンとは違う意味の好きですが」

「……

 ジタンの手の力が抜け、わたしはジタンの手を放す。

「わたしが道を塞ぎます。生憎、爆弾は自爆用のものしか持ち合わせていなかったので、こんな形になってしまいました。準備不足だった事が悔やまれるのです」

 自嘲して、歩き出す。

「待てよ……」

 歩きながら振り返って、ビビくんに笑いかける。

「ビビくん、最初にわたしを旅に誘ってくれてありがとうでした。ビビくんのおかげで、一歩を踏み出せました」

おねえちゃん……」

 ビビくんの泣きそうな声にわたしもつられそうになるのを堪えて、ダガーさんに笑いかける。

「ダガーさん、わたしの大切なジタンをお願いします」

「何を、言っているの? ダメ、他に方法があるはずよ! わたしのこと、もっと知りたいって言ってくれたじゃない! わたしだって、もっとの事を知りたいの! だって、ジタンの大切な人なのよ、お願い……!」

「ごめんなさい、ダガーさん。わたし、これくらいしかできないのです」

 今にも追いつきそうなラルヴァイマーゴの群れを見て、時間がないことを悟る。
 そして、立ち止まってジタンに笑いかける。上手く笑えてるか、もうわからないけれど。

「ジタン、今まで……たくさんの素敵な思い出をありがとうですー」

 ジタンの手がわたしの腕を強く掴んだ。しかし、わたしは掴まれていない方の手でそっとジタンの手に重ね、離す。

「オレは、オレは――」

「大好きです、わたしの大切な……ご主人様」

 ジタンの胸を押し、ジタンがよろけた隙にカーゴから飛び出した。

ーーーー!!!」

 背中でジタンの叫び声を受け止めながら地に降り立つ。
 眼前にはわたしたちを執拗に追ってきていた凶々しいラルヴァイマーゴの群れ。足がすくむし、手は震える。目の前の魔物も怖いけれど、自分が今から死ぬ事の方が怖い。だけど、わたしにとってジタンを失う事が一番怖い。

「わたしはジタンのお姫様にはなれなかったけど、せめて彼を守れる忠犬として、お役に立ちたいのです。ダガーさんがきっと彼を幸せにしてくれると信じて、願いを託して……」

 ――忠犬は、最愛のジタンのためなら命だって散らせるのですよ。
 わたしに向かって牙を剥く魔物たちをギリギリまで引きつけて自爆装置のスイッチを押して起爆させると、完璧すぎる自爆装置のあまりの熱さと爆風の凄まじさで、わたしの意識は飛んだ。



執筆:17年1月15日