煌びやかな天井が目に入った。記憶を辿ってもどうしてここにいるのかがわからない。
 確か、わたしはジタン達を助けるために道を塞ぐために自爆して死んだはずなのに。それなら、ここは天国か地獄のどちらかだろうか。

「目が覚めたかい?」

 起き上がり、妙に色気のある男性の声がした方を見れば、クジャさんが扉の前に立ってこちらを見ながら妖しく微笑んだ。どうやらここは地獄だったみたいだ――と考えながら額に手を当てる。
 いや、待って……もしかして、わたしはクジャさんに助けられた?

「あの、どうしてクジャさんが……? もしかしてあなたがわたしを助けて下さったのです?」

 クジャさんがわたしを狙っていたことは知っていたけれど、目的まではわからないでいた。まさか、まだわたしと商談をしようというのでは。 クジャさんは元々わたしの作った機械を用いて黒魔導士たちを造っていたのだ。まだ、何か作ろうとしていてもおかしくはない。でも、わたしがクジャさんを止めようとしていたことは、わかっているはずだ。素直に商談に応じないわたしにどう仕向けてくる? 何を脅しに使うのだろう。まさか、トーレスおじさんたち!?
 あれこれ考えを巡らせていると、クジャさんがベッドに腰かけた。

、キミは僕の婚約者だ。僕の花嫁になる者が危険な目に遭っている、それを助けるのは未来の夫として当然の責務だろう?」

 わたしが、クジャさんのお嫁さんに? それって何の冗談? わたし自身が人質だなんてあまりにも酷い冗談すぎて、笑えない。

「何を、仰っているのです……?」

「おや、育ての親から何も聞いていないのかい? キミは16歳になったらキング家に嫁ぎ、キングの――そう、この僕の妻になるのさ」

 そんなことは初耳だ。トーレスおじさんからは、何も聞いていない。そもそも、城に飛空艇の勉強をしに行ってからまともに会えていないのだ。

「何ですか、それ。そんなの知りませんっ! おじさんたちは、そんな事一言も――」

「キミを娶る為に、僕は大金を積んだからねぇ。彼もそんな事を娘に言えなかったのだろうね」

「そんな……!」

 嘘、だよね? だって、わたしはジタンのことが好きで、いつかはジタンとって――。
 おじさん達だって、わたしがジタンのことを好きなのを知ってた。応援だってしてくれてたのに……どうして?

「それだけではないよ。キミは興味のあった飛空艇に関わることができただろう?  僕が根回しをしたのさ。 リンドブルムの技術を身に付けて貰いたかったからね。元々飛空艇に興味を持ち、才能があり、飲み込みの早いキミならやれると思ったからね。しかし、結果はどうだい? あのシド大公と共に飛空艇を作っていたらしいじゃないか。 嬉しいよ、予想以上にキミは天才さ!」

 テンションの上がったクジャさんが手を叩きながら喜んだ。
 結局、わたしはおじさんたちにとっても、クジャさんにとっても、道具でしかなかったということなのだろう。そんな事にも気づかないで、わたし、何やってたんだろう。こんなこと知りたくなかった、知らないまま死んだ方がずっと幸せだった。

「わたしを、貴方の目的に利用するだけの為に……婚約したのですよね?」

「最初はそうだったさ。しかし、僕は自分が思っていた以上にキミに興味を持った」

 クジャさんはわたしに近づき、わたしの顎に手を添えた。

「う……」

 クジャさんの顔が近くなり、身を捩る。動くと傷に響き、痛みが走った。
 あまり身動きをとれずにいると、クジャさんの顔とわたしの顔の距離が短くなっていく。

「なかなか、悪くない」

 至近距離で囁かれ、背筋が凍る。

「……目的は、飛空艇だけではありませんよね」

「話が早くて助かるよ。――キミにはとある兵器を作ってもらいたい。霧のいらない飛空艇を開発したシドの元で学んだキミなら簡単に作れるさ。そして、その兵器に僕の魔力を注入し、魔導兵器を作る。すべてはガーランドを倒すためだ」

「魔導兵器……? ガーランド……?」

 ガーランドというのは、人名なのか、国の名前なのだろうか。
 クジャさんの取引相手であるブラネ女王は、どこまで世界を敵に回し、滅ぼそうというのか。

「ともかく、今はまだ完全には傷が癒えていないし、妻になる者とはいえいつまでもレディーの部屋に居座るわけにもいかないからね。そろそろお暇するよ」

 そういえば、自爆した割にはあまり痛みもないし、傷も深くは――
 そこでわたしは今の自分の姿を見て血の気が引いた。シーツ1枚と、包帯が巻かれていてなんとも際どい恰好だったのだ。自分の服は、華美な棚の上に丁寧に畳まれて置かれている。
 慌ててシーツに包まり、頬に熱が篭るのを感じながらクジャさんに抗議をしようと構える。
 命を助けて頂いただけでなく、手当てまでしてくださったことには深く感謝したい。だけど、異性に裸を見られるというのはとても抵抗がある。たとえそれが治療の名目だとしても。

「も、もしかして、クジャさん、わたしの裸を――」

「流石にそんなことはしないさ、僕は紳士だからね。安心するといい、着替えは全て女性の召使いたちにやらせたよ」

「……ありがとう、ございます」

 やはり敵とはいえ、キングという貴族の名を名乗るお方。女性の扱いはしっかりと心得ているのかもしれない。

「傷が癒えるまでは大人しくしていていることだね。それと、この部屋は自由に使うといい」

 クジャさんはそう言い残して部屋を出て行った。
 これからどうしようかと考える。ジタン達と合流するにも、まずは傷を治さないと動けない。そもそも、わたしはジタンと合流してもいいのかな……。死ぬ覚悟でジタンに告白してしまったのに、実は生きていましただなんて、しかもわたしには婚約者がいましただなんて、言えない。
 とにかく、今はクジャさんのご厚意に甘えて傷を治そう。それから、自分にできる事を考えよう。

「クジャさんはいい人、なのでしょうか――」

 リンドブルムの合成屋の敷地と同じくらいの広い部屋で呟いた言葉は誰にも届くことはなかった。



※ ※ ※ ※ ※



 それからクジャさんは何度かわたしに回復魔法をかけに来てくれた。その時は当たり障りのない雑談だけで、わたしとの婚約のことや魔導兵器の製造関することは話題に上がらなかった。
 それに、使用人から聞いた話では、わたしが瀕死の状態でここに運ばれてきた時、とても必死だったと聞いた。それだけわたしの事を心配していたのだと聞かされて、混乱してしまう。
 クジャさんはあのブラネ女王と取引をしていた武器商人。悪い人のはずだった。だけど、今の彼はわたしにとって、命を助けてくれて、今だって献身的に介抱してくれてる恩人。
 だから、わたしはクジャさんは本当は悪い人じゃなくて、ただブラネ女王の言いなりになっているだけ、やり方もは間違っているけれど商売をしているだけ、話せばわかってくれるのではないかと思った。 ただ、勝手に婚約されたことには納得できないけど。

 傷も塞がり、ほぼ完治した頃だった。 わたしに回復魔法をかけ終えたクジャさんが微笑んでこう言った。

「外を歩いてみないかい?」

 今までこの部屋から出ていなかったわたしは、すっかり運動不足で足が鈍ってしまっている。それに、クジャさんにこれ以上ブラネ女王と取引をするのをやめるように説得できる、いい機会なのかもしれない。

「トレノを、ですか?」

「そうさ。に似合いそうな素敵なドレスを用意したんだ」

 ドレスと聞いて、目を丸くする。トレノは確か、多くの貴族が住んでいる傍らゴロツキなどもいて治安が悪いと聞いたことがある。そんな街を身動きのとりづらいドレスで歩くのかと疑問に思ったけれど、お姫様のようなドレスを着る事が実は密かな夢だったので拒否できず、欲に負けてあっさりと流されてしまう。いざとなったら、わたしがドレスを引き裂いてでもクジャさんを守ればいい。いや、クジャさんは大きな魔力の持ち主だから、きっとわたしが守る必要はないのかもしれない。

「と、とても興味があるのです……!」

「それじゃあ、着替えてもらうよ」

 クジャさんは一旦部屋を出て行き、入れ替えで女性の使用人達が綺麗なドレスを持って入ってくる。使用人たちに着替えを手伝ってもらい、わたしには一生縁のないと思っていた華やかなドレスに身を包んだ。まるで別人のようにおめかししたわたしが鏡の中で驚愕している。

「これが、わたしなのです……?」

 ジタンが見たら、何て言ってくれるのかな――。
 ……ううん、きっと賛辞を贈ってくれるけれど、それだけだ。本物のお姫様であるダガーさんならもっと綺麗だろうし、どんなにわたしが頑張ってお姫様に近づこうとしたって、ジタンにはきっと振り向いてもらえない。
 クジャさんとの婚約は勝手ながらお断りさせて頂こうと思っていたけれど、説得が上手くいったら……潔くクジャさんのお嫁さんになった方がいいのかな。でも、クジャさんがわたしと婚約した理由は恐らくわたしの技術が欲しかったから。それだけのこと。説得が上手くいけば、わたしと結婚する必要なくなる。婚約破棄になるかもしれないけれど、それならそれで――。

「拾った子犬の正体はお姫様だったというわけだ」

 いつの間にか使用人たちは退出していて、クジャさんがわたしの横に立っていた。突然クジャさんに肩を抱かれてビクリと身体を震わせる。

「あの、でも……少し露出が多い気がするのですよー……」

「折角綺麗に治ったのだから、その肌を見ていたいのさ」

 露出した肩をさらりと撫でられて、わたしはぎゅっと目を閉じた。

「似合っているよ、

「……あ、ありがとう、ございます」

 耳元で囁かれて、わたしは胸元で小さく拳を握る。
 今ここにいるのがクジャさんではなくジタンだったらどんなに幸せだったのかなんて、失礼な事を思ってしまった。



執筆:17年1月21日