わたしはクジャさんと共にトレノを歩きながら、ジタン以外の殿方と『デート』をしていることに罪悪感に苛まれていた。ジタンとはそういう関係ではないものの、ジタンのことが好きだと公言してしまっているのに、成り行きとはいえ、わたしは何ということを――ううん、違う、これはデートではないの、わたしの体力作りとクジャさんの説得を目的とした外出。自分にそう言い聞かせて、何度も頷く。傍から見たらデートに見えるけれど、わたしは認めない。

「一人で何度も頷いて、どうかしたのかい?」

「い、いえ! 何でもないのです!」

 隣を歩くクジャさんに苦笑され、わたしは唇を噛んだ。
 クジャさんは、さりげなくわたしの歩幅と歩く速さを合わせてくれている。人と擦れ違う時もぶつからないように、わたしを守りながら歩いてくれる。階段も上がる時はわたしの後ろを、降りる時はわたしの前を歩いてくれる――なんて紳士なのだろう。それに、わたしの好奇心をくすぐるお店に立ち寄っては商品を自由に見させてくれて、わたしはとても満喫してしまっている。すみません、もうこれはデートでいいです。でも、こんなところを万が一ジタンに見られていたら、もう目も合わせられない。
 わたしの記憶が正しければ、ジタン達はこのトレノに向かったはず。クジャさんのお屋敷がトレノにあったのは幸いだった。ジタンを見つけたら合流して、クジャさんを説得、あわよくばわたしたちに協力してもらえれば完璧。黒魔導士たちの製造方法を伝えた程のクジャさんがブラネ女王の元から離れれば、かなり戦力は削げるはず――そう考えていたのに、その目論見は外れた。

 クジャさんと一緒に街を歩いたけれど、どうやらジタンはトレノには来ていない様子。あるいはどこかに潜んでいるのかもしれない。
 合流ができないのなら、わたし一人でクジャさんの説得を試みるしかない。商談は得意だけど、説得はあまり自信がない。それでも、やってみよう。
 わたしの一歩先を歩くクジャさんを呼び止めると、クジャさんは長い髪を揺らしながら振り向いた。トレノの街特有の暗さと綺麗な照明がわたしとクジャさんの影を重ねる。

「これからもブラネ女王と取引を続けるおつもりです?」

「突然何の話かと思えば……もちろん、そのつもりさ」

 考える素振りもなく、クジャさんは妖艶な笑みを浮かべながら即答した。

「クジャさんは、ブラネ女王のした事を知っているはずなのです。これ以上ブラネ女王に肩入れするのは――」
「僕を止めようとするなら無駄だよ。何せ、僕が彼女を唆して戦争を起こしているんだからね」

 わたしの言葉を遮ったクジャさんの言葉に耳を疑う。
 クジャさんが、ブラネ女王を唆していた……? 戦争で多くの人が犠牲になった原因はブラネ女王ではなく、クジャさんにあるというの? だって、今目の前にいるクジャさんは、私の命を助けてくれた人だ。介抱だってしてくれたし、今だってこうして体力を戻すための散歩にだって連れ出してくれている。
 クジャさんの思いがけない発言に混乱しながら、わたしは必死に言葉を絞り出す。

「それは、何の、ために……?」

「大勢の死者を出し、魂を撹乱させること――それが僕の使命だからね。ブラネ女王につけ込むのは容易だった。でも、そろそろあの女は僕に牙を剥いてくるだろうね。アレクサンダーを発現させるまでに至らなかったのが残念だよ」

 答えてくれないことも覚悟していたのに、クジャさんは隠そうとすることもなく堂々と答えてくれた。まるで自分は正しいことをしていると信じて疑わないかのように。それは独り言のように。きっとそれはわたしに聞かせても理解ができないと分かっているのだ。実際にわたしは意味が理解できないでいる。

「仰る意味が、わからないのですが……」

にはわからなくていい。キミは僕の側で黙ってお人形のように僕の命令だけを聞いていればいいのさ」

「クジャさん……」

 どこからどこまでが計画なのか。わたしとの婚約も計画のうちの一つ? 今こうして優しくしてくれていることすら、計画のため?

 クジャさんを取り巻く環境がわからない。「魔導兵器を作ってガーランドを倒す」という目的――それは先日クジャさんが言っていたこと。そして先程言っていた「死者を出して魂を撹乱させる」という使命。その繋がりはわからない。ただ、クジャさんがしてきた事もこれからやろうとしている事も間違っているのは理解できる。どうにか、その意味の分からない使命から解放できないだろうか。

「わたしでは、クジャさんがそのような事をしなくてもいいようにできるお手伝いはできませんか? わたしだけじゃなく、きっとジタン達もクジャさんを助けてくれるはずのです」

「――ジタン、ねぇ?」

「え……?」

 瞬間、クジャさんの表情が険しくなった。クジャさんの雰囲気ががらりと一変し、わたしはたじろぐ。

「どいつもこいつもジタンジタンジタン――」

「クジャ、さん……うぐ!?」

 クジャさんに首を掴まれ、壁に押し付けられる。呼吸ができない苦しさと背中の痛みに顔を歪めながらクジャさんの顔を見れば、彼は明らかに怒っていた。今この状態でクジャさんに何を言えば説得できるか、見当もつかない。今はただクジャさんのジタンに対する憎悪の念が恐ろしい。クジャさんがジタンの何を知っているのか。確かに二人は面識があるけど、どうしてクジャさんはここまでジタンを憎むのか。

「折角ジタンの大事なものを奪ったのに、しっかり調教済ってわけかい」

「ど……して、ジタン、の、こと……」

「それは、僕が……そう――死神だからさ」

「ク……ジャ、さ――」
「もうお休みの時間だよ、

 クジャさんにスリプルの魔法をかけられて、わたしの視界は暗転した。
 ただ、最後に見たクジャさんの表情は酷く悲しげだった――。



※ ※ ※ ※ ※



「お目覚めですか」

 目を開くと、見たことのある男性がわたしの顔を覗き込んでいた。確かこの男性はよくクジャさんの傍にいた人だ。オークショニアをしていると小耳に挟んだ記憶がある。
 ぼんやりする頭に手を当てながらのそりと身体を起こして辺りを見回すと、彼以外には誰もいない。いつもなら、目を覚ませばクジャさんか使用人の女性がいるはずなのに。

「あの、あなたは――」
「逃げ出すなら今のうちです、パルカ様。キング様は今出掛けております」

 オークショニアの男性とわたしの声が重なった。
 逃げ出す……その言葉に目を丸くしていると、オークショニアの男性が小さなため息をつく。

「ご決断を。このままキング様の妻となりますか? それとも、自由を求めて羽ばたきますか?」

「どうして、わたしを逃して下さるのです?」

「私はキング様に金で雇われただけです。私の仕事はオークションの進行ですからね。任された仕事はしっかりこなしますが――キング様が裏でやっていることを善しとは思いません」

「……感謝するのです」

「いえ。キング様は……金だけで人心掌握まではできないということを知らないのでしょうね」

 オークショニアの男性からわたしの服と荷物を受け取り、複雑な気持ちのまま一礼して部屋を出た。

 このままクジャさんの元にいれば、わたしは何もできないままクジャさんのお嫁さんにされるだけ。だから、逃がしてくれたオークショニアの男性のご厚意に感謝している。
 だけど、それと同時にクジャさんがいかに孤独な人なのかも知ってしまった気がする。クジャさんの周りには止めてくれる人は誰もいないのだ。

 ――わたしは、本当にこのままクジャさんから逃げていいのだろうか。



執筆:17年4月14日