思えば、初めての一人旅だった。道中魔物を警戒するのは大変だし、夜が来る前に人のいる場所を見つけなければならないのだ。仲間がいれば見張りを立てて野宿もできるけれど、一人だとそうもいかない。かつてジタンも一人で旅をしていたのだと思い返すと、本当にすごいと思った。一人は寂しくて心細くて、泣きそうになってしまう。しかし、それをグッとこらえてリンドブルムを目指した。
精神的に参ってしまう前になんとかリンドブルムに辿り着けたわたしは、それからも大変だった。
久しぶりに帰ったリンドブルムはアレクサンドリアに占領されていて、見るも無残な光景が広がっていた。シド様が降伏したことで、クレイラのような惨状は免れたのだそうだ。ただ、襲撃された爪痕は大きく、工場区はまるごと消滅していた。
リンドブルムを訪れたジタンたちからわたしが死んだと聞かされていたらしく色んな人たちに驚かれる。
「! 生きていたブリか! 少し前にジタンたちが来たブリが……お前が死んだと聞かされたブリ!」
「シド様、ただ今戻りました。黙って出て行ってしまったこと、申し訳ございませんでした」
咎められることを覚悟でシド様へ謝罪をしたが、これからジタンについて行きたいときはきちんと申し出る事、そして再びシド様に従事することを条件にわたしを許して下さった。
わたしはシド様の寛大なお心に涙を流しながら頷いた。
そして、 トーレスおじさんに婚約の事実確認をする為に実家である合成屋に赴く。おじさんは勝手に婚約を決めたことを謝って下さった。
クジャさんの戯言ではないかとも疑ったけれど、婚約は紛うことなき事実だった。
「、お前が貴族であるキング家に嫁げば何の苦労もなく幸せになれると思った。お前が昔からジタンの小僧を良く思っていたのは知っていたが、あの盗賊風情ではうちの大事な娘を幸せにできるはずがないと、そう思ったんじゃ」
そう、わたしのことを思って婚約の申し出を受けたのだと語った。
「、おやじを責めないでやってくれ。それにおやじは黒魔導士のファイアで手を焼かれてしまったんだ。もう合成屋の仕事はできないだろうって……」
ウェイン兄さんがおじさんの手に視線を送り、わたしもそれに倣って視線を移すと、おじさんの両手は痛々しく包帯に巻かれている。気落ちしたおじさんは、とても小さく見えた。
おじさんがキングの正体を、裏の顔を知る由もないのだ。そんなおじさんをわたしは責められなかった。
「でも、合成屋はこれからどうするのです? このままわたしが……キングさんに嫁いでしまえば、誰が」
「おれがおやじに教わるさ。ほど上手くはやれないかもしれないけど……だから、はキングのところで幸せになってくれ。小さい頃、おやじもおふくろもおれも、お前のことを疎んでろくな生活をさせてやれなかった。これは、償いなんだ」
「ウェイン兄さん――」
元々わたしはこの家の子ではない。本当の両親がなくなったことでここに引き取られたものの、その待遇は決していいものではなかった。
――でもそれは、ジタンと出会うまでの話。
残念ながらおばさんはもういないけど、 ここまで育てて頂いたご恩をしっかりと返したい。トーレスおじさんとウェイン兄さんがわたしの婚約を喜んで下さるのなら、もしもクジャさんを止めることができたなら、わたしは――。
「そうだ! キングから、結構な額の結納金を貰ってるんだ。花嫁衣裳は立派なものにしよう! なぁ、おやじ!」
「――いえ、それはお店やリンドブルムの復興費用に充ててほしいのですー。わたしは、トーレスおじさんやウェイン兄さんの温かいお気持ちだけでとても嬉しいのですよ」
ジタンは、何て言うだろう。祝福してくれるのだろうか。それとも、止めてくれるだろうか。
※ ※ ※ ※ ※
再びシド様の元で新型飛空艇の建造に取り掛かり始めた頃、ブラネ女王の崩御とガーネット姫の女王即位の報せを聞いた。それと同時にリンドブルムは解放されたが、襲撃の傷跡は大きい。
「、アレクサンドリアに行くブリ!」
ブリ虫姿のシド様が飛び跳ねながらサムズアップする。
勝手に黙って飛び出してしまったのを特に咎めることなく、こうしてまた手伝わせて頂いているのに、また投げ出すなんて、いくらシド様のご厚意であっても申し訳なさ過ぎて簡単に首を縦に振ることができない。
それに、リンドブルムは復興で大変な時だ。
「シド様……わたしは行けません。 復興作業では技師であるわたしも何かお役に立てるはずなのです」
工場区と多くの技師たちを失ってしまった今、復興では一人でも多くの技師たちの力が必要になってくる。
それでも、シド様は特徴的な髭を揺らして笑った。
「のためだけじゃないブリよ。が生きていることをジタンたちに早く報せたいブリ。それには本人が行かなくては意味がないブリよ。おお! このヒルダガルデ2号の試験飛行がてら、アレクサンドリアに向かうのはどうブリ?」
「試験飛行、なのです?」
ヒルダガルデ2号を見上げながら、シド様がニヤリと口角を上げる。ジタンという単語に動揺し、わたしは目を瞬かせながらヒルダガルデ2号に視線を移した。 所々のネジの緩みが気になるものの、締め直せばなんとか飛べそうだ。
「を死なせてしまったと話していたジタンは、隠していたようだったが相当参っていたように見えたブリ。 一刻も早く会いに行ってやってほしいブリ」
そうだ、ジタンはまだわたしが生きているって知らないんだ。それなら、そのまま、知らないまま、ダガーさんと幸せになってくれれば――と考えるも、わたしがリンドブルムに、ここにいる限りわたしが生きていると知るのは時間の問題だという現実にため息をついた。
ジタンに会いたい。確かに会いたいけれど、顔を合わせづらい。別れる前に告白してしまったこと、わたしがクジャさんと婚約してしまっていること……何をどこまで話したらいいのか。
「決めたブリ! 今すぐアレクサンドリアに向かうブリ!」
「い、今からなのですー!?」
こうして、わたしのアレクサンドリア行きが決定した。
執筆:17年4月29日