ヒルダガルデ2号は少し不穏な音を立てながらもアレクサンドリアまでわたしを運んでくれた。同乗していたシド様はこれからカードゲームの大会に参加するとのことで、そのままトレノに向かわれた。もしかしてシド様はそのためにわたしをダシにしたのでは……と疑念が生じるが、わたしは首を振って違うと自分に言い聞かせる。
それに今はそんな事を考えている余裕はない。
「これから、どうすればいいのですー……?」
アレクサンドリア城下町の土地勘が全くないわたしは、一体どこに向かえばいいのかがわからなかった。ダガーさん――ガーネット様が城に戻っているという事はわかっているが、ジタンはどこにいるのだろう。お城に行けば、みんなに会えるのだろうか。姉御も、スタイナーさんも、無事でいるだろうか。
そう思ってお城に向かって歩き出す。
前回訪れたアレクサンドリア城はあんなに冷たい感じがしたけれど、今このアレクサンドリア城下町は活気づいて温かな感じだ。以前のリンドブルムと少しだけ雰囲気が似ている。恐らく、ブラネ女王は民を大切にして善政をしいていたのだということが窺がえた。だから、クジャさんに利用されて戦争を引き起こしていたということがとても悔やまれる。
何としてでもクジャさんを止めなくては。
「ちょっと、おねーさん!」
「は、はい? わたしですか?」
突然、声をかけられてわたしはビクリを肩を震わせる。声の主を見れば、頭からツノを生やした小さな女の子だった。
「お城に行きたいのだけど、どうやって行けばいいのかしら?」
毅然とした態度からして、迷子ではなさそうだけど……おつかいか何かだろうか?
わたしは女の子の目線と合わせるようにしゃがみこみ、にこりと微笑む。
「それなら丁度いいのです! わたしもお城に行こうかなって思っていたのですよー。よろしかったら一緒に行きませんか?」
女の子はニッと白い歯を見せて笑ってくれた。ずいぶん大人びたように感じるものの、笑顔は年相応でとても可愛らしい。
「あたし、エーコっていうの。おねーさんは?」
「と申しますー。よろしくね、エーコちゃん」
わたしが立ち上がると、エーコちゃんはわたしの手を握る。なんだか妹ができたみたいでとても嬉しくて、思わず顔がにやけてしまった。
「あの、エーコちゃんはどうしてお城に行くのです?」
「エーコの片想いの人に会いに行くの! どこにもいないから、もしかしたらお城にいるのかと思って!」
片想いの人に会いに行く――その言葉にわたしは目を丸くした。お城にいらっしゃるということは、高貴な殿方に恋をしているという事なのだろうか。まさか、身分違いの恋……? そして、自分からその殿方に会いに行くという行動力。
「な、なんと積極的なのでしょう……! わたしも見習いたいのですー!」
「あら、も恋をしてるのね! でも、は気が弱そうだから、 ガンガンに押さなきゃ、きっとその人に気づいてもらえなそう……」
「う……そう、でしょうか」
こんな小さな子にズバリ言い当てられてしまい、恥ずかしくなってしまう。わたしもこの子のようにもっと自分からジタンにアタックしていたらよかったのだろうか。確かに、今まで修行や仕事を理由にジタンから会いに来てもらっていた記憶ばかりだ。わたしからジタンに会いに行くことの方が圧倒的に少ないかもしれない。
それは、ジタンが愛想を尽いて他の女性を好きになってしまうのは当然のこと。そして、その相手が美しくて素敵なお姫様なら、尚更。
「エーコも、ちょっと年が離れてるし今はあんまり相手にされてない感じだし、昔のオンナに囚われてるってカンジだけど、絶対に振り向いてもらうんだから!」
エーコちゃん、それってかなりハードルが高いのでは……。でも、想い人に振り向いてもらえない辛さを味わってほしくはない。なのでここは是非とも頑張って恋を成就して頂きたいと思う。
「エーコちゃん、頑張ってください!」
「頑張るわ! ……って、あのねぇ、も頑張るの!」
エーコちゃんが呆れ顔でわたしを見上げた。
わたしも、頑張る……いや、わたしはもう頑張りようがないのだ。ジタンはダガーさんのことが好きだし、わたしはクジャさんと婚約をしてしまっている。
「わたしは、残念ながらもうフラれてしまったようなものなのですよ」
呟くように吐いたその言葉を聞いたエーコちゃんが眉尻を下げた。繋いだ手に力が入り、わたしは目を瞬かせる。
「……ふーん、その男もこんな可愛い女の子をフるなんて、大したことない奴なのね。絶対後悔するわよ、そいつ!」
「ふふ、エーコちゃんにそう言って頂けただけですごく嬉しいですー! なんだか、元気出ました!」
「そう? それならよかったわ」
なんだか、エーコちゃんに話したら気持ちがスッキリしたように感じた。
その後も談笑しながらしばらく歩くと、お城が見えてきた。どうやら城に入るには小舟を渡って行くらしい。わたしは眼前にそびえる城を見上げて立ち止まった。
「、どうしたの? 行かないの?」
――このまま、こんな気持ちでジタンに会ってもいいのだろうか。
まだ、ジタンに会う勇気がない。会って、何を言えばいいか考えがまとまらない。ジタンに会いたい。すごく、会いたい。わたしは生きてるって、伝えたい。
でも、そしたらわたしはきっとジタンとダガーさんの仲を邪魔してしまう。
「ええ、わたしはここまでなのですよー。エーコちゃんの恋が実りますように祈っていますね!」
「うん、ありがとう!」
エーコちゃんを乗せた渡し船を見送り、踵を返す。
ここへ来て急にジタンに会うのが怖くなってしまった。ダガーさんと上手くいっているジタンを見たら、わたしは何を思うのだろう。ジタンの幸せを願っているはずなのに、ジタンにはダガーさんと幸せになってほしいのに、それを目にするのが怖いのはきっと、まだわたしがジタンのことを好きだからだ。
いやだ、いやだ――本当はわたしがジタンと幸せになりたかった。ずっと傍にいたかった。クジャさんを止められたとして、彼と結婚しても、ジタンのことを忘れられる自信がない。
――ジタンが、好き。
心がぎゅーっと締め付けられるように苦しくなって、涙が出そうになる。
「おい、? だよな!?」
不意に、声がした。
振り返り、そこに立っていた見知った顔にわたしは息を飲んだ。
「ブランク……!」
「生きてたんだな! 良かった……!」
ブランクがわたしを抱きしめながらぐしゃぐしゃと頭を乱暴に撫でる。ブランクの肩越しに、マーカスが苦笑いを浮かべているのが見えた。その後ろにはルビィとシナ、ビビくんがいる。みんなが驚いた顔でわたしを見て駆け寄ってくれた。
「、本当によかったッス。ていうか、兄キ、こんなところをジタンさんに見られたら怒鳴られるッスよ」
「そうだ、もうジタンには会ったのか?」
マーカスの言葉に反応し、ようやくブランクがわたしを放してくれた。やはりジタンのことは避けて通れない問題なのだと改めて感じる。
「……いえ、まだなのです。どこにいるか皆目見当もつかず、とりあえずここまで来ましたが」
「ジタンなら酒場にいるはずだよ。またおねえちゃんに会えたら、ジタンきっとすごく喜ぶよ!」
ビビくんが酒場の方を指さす。確か酒場は先程エーコちゃんと出会ったところにあったはずだ。まさかそんなところにジタンがいただなんて。
「あいつ、が死んだってすげー落ち込んでたんだぜ? オレはは生きてるって信じてたけどな!」
「ブランクはなぁ、ジタンからが死んだと聞かされてジタンに殴りかかるわ泣き喚くわで大変だったんやで」
「おい、ルビィ! 余計な事言うんじゃねぇ!」
ルビィの一言にブランクが顔を真っ赤にしながら怒り出した。マーカスとシナがそれを見て苦笑いを浮かべる。
わたしは、タンタラスのみんなにも心配をかけてしまったんだ。
あの時はああするしか助かる方法はないって思った。死ぬ覚悟だった。だけど、わたしがしたことって、正しかったのかな。あの時、わたしがいなくても、ジタンなら何とかできたのかな。
――わたし、ジタンに迷惑ばかりかけてるんじゃないかな。これからジタンに会って、ダガーさんとの関係を邪魔してしまうのでは……。
ダメだ、さっきからずっとネガティブな事ばかり考えてしまう。わたしって、こんなにネガティブ思考だったかな。
「おねえちゃん……?」
俯くわたしに、ビビくんが首を傾げた。
「わたし……ジタンに会うのが怖いのです。ジタンはダガーさんのことが好きなのです。でも、わたしはまだジタンの事が好きなのです。だから、ジタンに会ってもきっと迷惑かけてしまうのです。わたし、本当に会いに行っても、いいのでしょうか……」
もっと、ちゃんとジタンのことを諦めてからじゃなきゃ――嫌いにならなきゃ、ダメなんじゃないかって。
不安を言葉にして、涙が溢れだした。すると、ビビくんがわたしの手を取って首を横に振る。
「おねえちゃん、ジタンに会いに行ってあげてよ! ジタン、ボク達の前ではずっと元気なふりをしてたけど、一人の時とかずっと苦しそうだったんだ。おねえちゃんの名前をずっと呼んでたんだよ!」
「お前は難しいこと考えすぎなんだよ。今ジタンはお前のせいでお姫様のことなんて考えられないくらいヘコんでるんだぜ。今のあいつは、お前しか元気づけられねーよ」
ビビくんとブランクが、わたしの背中を押してくれた。
そうだ、わたしは今まさにジタンを悲しませているんだ。それなら、わたしは会いに行かなきゃいけない。
「、これからジタンに会いに行くのになんて顔や。ジタンが誰を好きでも、がジタンを好きならそれでええんやないのん? むしろ、ジタンを嫌いななんて気持ち悪いだけやん?」
そっか、嫌いにならなくたって、いいんだ。
「ルビィ……そうですね。ジタンの事を好きじゃないわたしなんて、変なのです」
どれだけ時間がかかっても、恋慕の気持ちを、親愛の気持ちに変えよう。失恋したって、その人を嫌いにならないといけないなんてことはないのだから。それに、決めたはずだった。わたしはジタンの忠犬。今は傍にいて彼を守れればそれでいいと。別れ際の告白はなかったことにはできないけれど……そんなの、知った事か!
涙を強引に拭い、拳を握る。
「わたし、ジタンに会いに行くのですー!」
執筆:17年5月3日