ジタンがカード大会に出ている間、わたしは外で火照った体を冷ましていた。
 ジタンと両想いだった。ジタンとキスをしてしまった。未だに柔らかい唇の感触が残っていて、思い出すだけで顔に熱が篭ってしまう。まるで夢でも見ていたのではないだろうか。
 両手で顔を覆い隠しながら息を漏らす。諦めなければならないはずの、ジタンのことを想いながら。

「――まったく、長き道のりじゃったな」

「きゃー!?」

 突然横から声がして、わたしは驚きのあまり思いっきり悲鳴をあげた。姉御がニヤリと笑みを浮かべながらわたしの肩に手を置く。よく見ればサラマンダーさんも腕を組みながら近くの柱に寄りかかっていて、なんとなく口角が上がっているように見えた。
 ええと、これは……

「姉御、サラマンダーさん……もしかして、み、見ていたのでしょうか!?」

「すまぬな。バッチリ見ておった。申し訳ないとは思ったのじゃが……おぬしらの話も聞いてしまった」

「……俺はフライヤと一緒にいただけだ。お前らの色恋沙汰に興味はない」

 キスシーンを見られ、ジタンとの会話も聞かれていたなんて!
 姉御はともかく、あまりお話したことのないサラマンダーさんにまで。これはもう火が出るんじゃないだろうかというくらい顔が熱い。聞かれてまずい内容の話ではない。姉御たちにも話さなければと思っていた。だけど、あれを見られ、聞かれていただなんてとても恥ずかしい。そして、どこから聞かれていたのか。

「まぁ、その……かけおちの選択をしていたら、私が止めに入っていたのじゃ。おぬしらにはまだやることがあるからのう。しかし、に婚約者がいたとは聞いておらぬぞ! いつの間にそんなことになってしまったのじゃ!?」

 ほぼ最初からだった。二人の気配に気づかず、ジタンと二人の世界だったなんて。今後はもっと周りを見なければと思い知らされる。
 火照る頬を冷やすように両手を当て、深呼吸をして落ち着こうと努める。

「ええと、わたしが飛空艇技師の修行をするためにリンドブルム城に入った時には既に。わたし自身もキングさんとの婚約のことを知ったのはつい最近なのです。トーレスおじさんはわたしがジタンのことを好きだと知っていましたし、気を使って下さったのです。ただ、ジタンにはわたしが婚約したと伝えていたようですが」

「なるほど、合点がいった。ジタンもあれほどを好いていたのに突然ダガーに目移りするのは不自然だと思っておったのじゃ。しかし……キングという男は余計なことをしたものじゃな。想い合っている二人の仲を引き裂くとはなんと無粋な」

 わたしの話を聞いてキング家の屋敷がある方を睨み付けた姉御。
 思えば、姉御は初めて会った時からわたしとジタンの仲を応援してくれていた。だからというわけでもないけれど、なんだか申し訳ない気持ちになる。

「……クジャがキング家に頻繁に出入りしているという話聞いた。キングと婚約しているなら、何か知らないのか?」

 それまで黙ったままだったサラマンダーさんが口を開く。クジャさんの名前が出て、わたしは目を丸くした。姉御は眉間に皺を寄せてサラマンダーさんを凝視している。
 サラマンダーさんがどこまで情報を掴んでいるかはわからないけれど、とにかくこれはジタン以外の人には話しておかなければならない……そう考えたわたしは一旦呼吸を整え口を開いた。

「――キングの正体は、クジャさんです」

「……そうか」

 サラマンダーさんは大方予想がついていたのか、あまり驚いた様子はなかった。しかし、姉御は血相を変えてわたしの肩を掴む。

「キングがクジャだというのならば、はクジャと婚約しているということ……ジタンはそれを知っておるのか!?」

「いえ、それは伏せています」

「何故じゃ! 相手がクジャだというのなら尚更話さぬわけにはいくまい!」

 今にもカードゲームの大会に参加しているジタンの所に乗り込んでいきそうな勢いの姉御を制止し、わたしは懇願した。

「お願いします! どうか、姉御もサラマンダーさんも……今はまだジタンには黙っていて下さい!」

 わたしが大声を出したことで、姉御は目を見開いて動きを止める。
 確かに、ジタンに黙っているのはよくない。それでも、今は話せる状態ではないのだ。姉御はずっとわたしとジタンのことを応援してくれていたから納得がいかないのだろう。しかも婚約相手の正体が敵であるクジャさんなのだから、阻止しようとジタンに協力を仰ぐのは当然かもしれない。それは本当にありがたいことなのだけど、今ジタンはダガーさんと向き合おうとしている。このタイミングでわたしとクジャさんとの婚約を告げてしまったら、きっとまた振出しに戻ってしまう。それだけは、いけない。

「……ジタンは鈍くない、バレるのは時間の問題ではないか?」

 サラマンダーさんの指摘に、わたしは静かに首を横に振る。

「ジタンとダガーさんの仲が上手くいくまでの間知られなければ……今はこれ以上ジタンの心労を増やしたくはないのです。ジタンは優しい人だから、きっとわたしを助けようと、止めようとしてくれます。わたしは、お二人の邪魔をしたくないのです」

……おぬしはジタンと両想いなのに本当に身を引くつもりか? ずっと好きだったではないか。それなのに、違う男を……しかもクジャを選ぶというのか?」

「ジタンはわたしのことを好きと言ってくださいましたが、ダガーさんとも両想いなのですよー。それに、わたしは一度クジャさんに命を救われました。どうしても、彼が根からの悪人とは思えないのです。だから、今度はわたしがクジャさんを助けてあげたい」

 わたしを助けてくれたクジャさん。数日しか一緒にいなかったけれど、何度もクジャさんの優しさを感じた。クジャさんは孤独な人だから、道を誤っているのだと思う。そして、ダガーさんはジタンを好いていて、ジタンもダガーさんのことを好き。それならば、わたしがクジャさんの元に行けば、大団円ではないか。

「しかし、ジタンが真実を知った時はどうだ? お前がキングの正体はクジャだとを黙っていたこと、奴は不満に思うんじゃないか?」

「そうかもしれません。ですが、その時はダガーさんがジタンを癒して下さると信じていますから」

「チッ。わけのわからねぇ女だ」

 わたしの答えを聞いたサラマンダーさんは舌打ちをしてソッポ向いてしまった。理解されなくてもいい。ただ、大好きなジタンが幸せであれば、わたしを助けてくれたクジャさんを救えれば、わたしはそれでいいのだから。

「わたしも先のジタンと同じで納得はできぬ。正直反対じゃ。クジャを許すことはできぬ……だが、のことは信じたい。しばらくは様子を見させてもらうぞ」

「姉御、ありがとうございます!」

 やれやれ、と肩目を閉じて姉御がわたしの頭を優しく撫でた。



※ ※ ※ ※ ※



 大会の会場内から人が大勢出てきて、その中でジタンの姿を見つけた。

「ジタン!」

「お、!」

 するとジタンはわたしに気づいて手を上げながらわたしに駆け寄ってくれた。姉御とサラマンダーさんに視線を向けて、二カッと笑う。

「フライヤとサラマンダーも一緒だったのか」

「はい! その、つい今しがた合流しました。ジタン、大会の勝敗はどうでした?」

 わたしはしれっと嘘をついた。罪悪感で胸が痛むものの。キングさんの正体の件に踏み込ませないためだ。そして、さりげなく話をそらす。

「もちろん! 優勝さ!」

「おめでとうございます! 流石ジタンなのですー!」

「大会前、にやる気をもらっちまったからな」

 そう言って、わたしに向かってウインクを決めるジタンのその表情と仕草が眩しすぎて、ドキドキしてしまう。胸元を抑えてグッとこらえていると、人ごみに紛れて見覚えのあるシルエットがこちらへと向かってきた。

も来てたのかブリ。ジタンがここにいるから、もしかしたらと思ったブリ」

 ブリ虫姿のシド様だった。その後ろをリンドブルムの飛空艇パイロットのエリンさんが続く。

「シド様! そういえば、シド様もカードゲーム大会に参加なさると仰っていたのでした! しかし、そのお姿で大会に参加なさったのですか?」

「いえ、ブリ虫のお姿では参加手続きができなかったので私が大公様の指示を受けながら代わりを務めました」

「エリンさんが……お疲れ様でしたなのですー」

 確かに、ブリ虫のお姿であるシド様が参加できるとは思えない。なるほど、代役を立てての参加とは……シド様も相当カードゲームがお好きなのだなぁと敬服する。
「おかげでエリン・ザ・ブリ虫マスターなどという異名をつけられてしまいました」と苦笑いを浮かべるエリンさんを労っていると、エリンさんがこっそり耳打ちをしてきた。

「ところで、さんはジタンさんと上手くいっているのですか?」

 エリンさんとは面識があり、リンドブルム城でシド様に師事していた時に何度かすれ違ったり挨拶をした程度。アレクサンドリア城に送って頂いた際のヒルダガルデ2号に同乗していて一言二言の仲だった。そんなに深い付き合いではない彼女が、何故わたしがジタンのことを好きだと知っているのだろうか。

「な、な、何故エリンさんがそれを!?」

「ふふ。恐らく、リンドブルム中の人が知っていると思いますよ。さんとジタンさんが良い仲だということ。お二人とも、リンドブルムでは有名人ですからね」

「じ、ジタンとはただの幼馴染なのですよ……っ!」

 まさか、先程キスをしてしまった仲だとは言えなかった。ニヤニヤしているエリンさんから、姉御と話をしているジタンを盗み見れば丁度ジタンもこちらを向いて目が合ってしまい、

「――っ」

 ジタンに微笑まれたわたしは慌ててジタンから目を反らした。そして、エリンさんに揶揄われることとなった。
 それからしばらくして、慌てた様子のエーコちゃんとビビくんが走ってくるのに気づく。

「大変! 大変なの!」

「エーコ、一体何があったんだ?」

 足がもつれて転びそうになったエーコちゃんを抱きとめ、ジタンが問いかける。エーコちゃんは呼吸を乱しながら訴える。

「モグがトレノのモーグリから聞いた話なんだけど、アレクサンドリアが魔物に襲われているみたいなの!」

「なんだって!?」

 アレクサンドリアには、ダガーさんが――。
 ジタンの表情が険しくなるのを見て、わたしは唇を噛んだ。

「エリン、! ヒルダガルデ2号を出すブリ!」

 シド様の呼びかけでハッとした。そうだ、わたしはもうジタンのことを好きでいたらダメなのだ。
 今はアレクサンドリアに向かう事だけを考えなくては。一刻を争うのだけど、ヒルダガルデ2号は試運転中。しかも、この人数を乗せるとなると耐えられるかどうか。

「り、了解なのですが、あれは……」

「何、大丈夫ブリ。今はとにかくアレクサンドリアまで辿り着ければいいブリ」

 不安しかなかった。



執筆:17年9月23日