「この船、やけに揺れるのう……」
アレクサンドリアに向かう為、わたしたちは急いでヒルダガルデ2号に搭乗した。しかし、ヒルダガルデ2号は機体のあちこちから不穏な音を発していて、通常の飛行ではありえない揺れを起こしながらもなんとか動いている状態だった。
そのあまりの揺れに姉御が目を細める。
「仕方ないブリ。がいなかった間、わしがこの体で作った飛行艇ブリ……あちこちに欠陥があってもおかしくないブリ」
「それって、すごくやばいんじゃないのか!?」
まったくもってシド様の仰る通りで耳が痛い。わたしがヒルダガルデ2号の建設をほっぽってジタンについて行った結果がこれだ。あの時ジタンについていかずにあのままリンドブルムに残っていたら、今頃は完成してしっかり空を飛んでくれていたのかもしれない。いくらシド様が天才であるとはいえ、ブリ虫のお姿のままでは建設作業に限界があるのだから。
「ご、ごめんなさいです……わたしが勝手にジタンたちについていってしまったばかりに」
わたしが謝ると、ジタンとシド様は慌てて首を横に振った。
「のせいじゃないって!」
「すまないブリ……責めるつもりはなかったブリ! がワシの手伝いをしてくれていたからこそここまでできたブリ! しかし、これはアレクサンドリアに辿り着くのが精いっぱいブリ」
二人がフォローしてくださり、わたしは苦笑いを浮かべる。迷惑をかけてしまった上に気を使わせてしまい、自責の念でいっぱいだ。
「ボク、気持ち悪くなってきた……」
「確かに、エーコも少し頭がぐらぐらしてきたわ」
顔色の悪いビビくんが胸元を抑えると、エーコちゃんも体調不良を訴える。そんな二人に何かできないかと考えていると、ある異変に気付く。
「エーコちゃん、服の下で何かが光っていませんか?」
わたしに指摘され、エーコちゃんが服の下から球を取り出した。その球はどんどん強い光を放ち、眩しさを増していく。
「これはダガーと半分こにした宝珠だわ。もしかして、聖なる審判? それに、ダガーの声が聞こえる……」
「ダガーだって?」
ダガーさんの名前を来たジタンのしっぽがピンと伸びた。エーコちゃんは宝珠を持ったまま飛空艇の先端へと歩いて行く。
「この宝珠の光は召喚士の運命の光なのよ! 召喚士が聖なる召喚獣に呼ばれているの」
「おい、そんなところにいたら落ちるぞ」
ジタンがエーコちゃんに手を差し伸べるも、宝珠の光を纏ったエーコちゃんはそのまま飛空艇から飛び降りるように落下した。
その場にいた全員が驚愕し、飛空艇から身を乗り出す。
「うそ……」
しかし、エーコちゃんはまるで鳥のように眼下にあるアレクサンドリア城へゆっくりと降下していった。わたしには召喚士のことはよくわからない。ただ、今のエーコちゃんの話からすると彼女も召喚士で、確かダガーさんも……。
「エーコちゃんが、召喚士? そういえば、ダガーさんも以前ブラネ女王に召喚獣を抽出されていましたが、ダガーさんも召喚士ということでいいのでしょうか?」
エーコちゃんがアレクサンドリア城に落ちていく様子を見ながらジタンに問いかける。
「ダガーは、ブラネの本当の娘じゃない。エーコと同じ村で生まれたんだ」
「そうでしたか」
ダガーさんは自身の境遇を知っていたのなら、本当はアレクサンドリア王家の血筋の者ではないのならば、女王になるという道を選ばずにジタンとともに歩んでいく道もあったのではないだろうか。それでも、女王になろうと決めたのはどうしてなのだろう。何が彼女にそう決意させたのか。
――わたしにはわからない。
「いかん! エンジンから火が上がったブリ! !」
突如シド様に呼ばれ、わたしはハッとした。
わたしが考えたところで、仕方がない。ダガーさんにはダガーさんの生き方や考え方があるのだ。
「はい、シド様! 手を尽くしてみるです!」
今は、無事にアレクサンドリアに着いてくれるように願う事しかできない。
※ ※ ※ ※ ※
ヒルダガルデ2号はなんとかアレクサンドリアに辿り着くことができたものの、不時着したおかげで飛行不能になった。一時は食い止めたエンジンの火が再び上がり、飛空艇のボディを焼いていった。燃えるヒルダガルデ2号に涙しながら、わたしは姉御に首根っこ捕まれて引き離された。
「酷い目にあったぜ」
「しかし、よく無事に辿り着けたものじゃな」
「ボク、もう飛空艇には乗りたくないよ……」
「エリンさんのおかげで人的被害は最小限に止められましたが、ヒルダガルデ2号が……」
「飛空艇はまた作ればいいブリ! 今はガーネット姫たちを助けに行くブリ!」
アレクサンドリアの城下町には魔物が蔓延っていて、アレクサンドリア兵たちが応戦しながら市民を守っている。しかし、守り切ることができずに亡くなった人たちも少なくはなかった。
魔物たちを振り切り、なんとかアレクサンドリア城に辿り着いたものの、エーコちゃんが飛び降りてから結構な時間がかかってしまっている。エーコちゃんもダガーさんも、無事でいてくれてるか不安だ。
「ダガーとエーコは、城の上の方か?」
ジタンが吹抜けから見える高い天井を見上げる。わたしはふと、場外に視線を向けた。混乱する城下町の中に見覚えのあるシルエットが見えた気がする。
「あれは……」
「、どうかしたのか!?」
今最優先にするべきことは、ダガーさんとエーコちゃんの救出だ。わたしが今からすることにジタンたちを巻き込むわけにはいかない。逃げてばかりのわたしだったけれど、立ち向かわなければ。
「すみません、ジタン! わたしは少し用事ができてしまったのです。ここからは一緒に行ってお手伝いをする事ができないのですー……」
「やっぱりヒルダガルデ2号が心配なのか? でもあれはもう二度と飛べないくらいにぐちゃぐちゃで――」
「い、いえ! 飛空艇ではないのですよ! ……城下町で魔物たちを掃討してくるのですよ。アレクサンドリアの人々を放っておくわけにはいきません。わたしの兵器はこういう時のためのものなのです」
わたしの言葉を聞いたジタンが訝しそうな目つきをし、数秒後にため息をついてわたしの肩に手を置く。
「……そっか。なら、そっちは任せたぜ!」
きっと、思う事はあるのだろう。それでも突然の単独行動を許してくれたという事は、ジタンがわたしを信頼してくれているという事。
「必ず、ダガーさんとエーコちゃんを救って下さいね!」
「……今度はちゃんと戻ってくるって、信じてるからな」
少し不安気なジタンに力強く頷く。そして、私は踵を返して来た道を戻り、ジタンたちと別れた。
兵器で魔物たちを掃討しながら、彼の後を追いかける。見間違いでなければ、あれは――
「美しい……あれが伝説の召喚獣アレクサンダー……」
「クジャさん!」
アレクサンドリア城から出現した召喚獣を見上げてうっとりとしているクジャさんに追いつく。
クジャさんはわたしを見てニヤリと妖しく微笑した。
「おや……脱走した子犬じゃないか。真の飼い主が恋しくなって戻ってきたのかい?」
「アレクサンドリアを襲っているのは、やはりクジャさんなのですね……?」
「――だとしたら? 僕を止めるのかい? 非力なキミ一人で何ができる? また尻尾を巻いて逃げ出すのかな?」
わたしは一度クジャさんから逃げ出した。それでも今度はきちんと向き合いたいのだ。だから、今ここにいる。
「確かに、わたし一人ではクジャさんには敵わないです。ですが、足止めくらいにはなるはずなのですよ」
今現在の最強兵器たちをセットし、大地のハンマーを構える。
クジャさんの目的はわからないけれど、せめてジタンがダガーさんとエーコちゃんと合流するまでは何もさせない。
「妻に迎えようとしているキミを傷つける気はない。戦うつもりはないよ」
クジャさんが指をパチンと鳴らした。すると、物陰から出てきたゾーンとソーンに不意打ちを食らい、動きを封じられてしまう。
「捕まえたでおじゃる!」
「捕まえたでごじゃる!」
「……ひ、卑怯なのです!」
彼らは亡きブラネ女王に仕えていたはずだ。いつのまにクジャさんの手下になったのか。
それよりも今はこの状況を打破しなければ、わたしがここに来た意味がない。ジタンの役に立てなくなってしまう。そんなの、嫌。
「。僕とともに特等席で見届けようじゃないか、この喜劇を!」
瞬間、アレクサンドリア上空にバハムートと呼ばれた召喚獣が出現した。それは先程アレクサンドリア城から出現した召喚獣アレクサンダーに攻撃を仕掛ける。
今、城にはジタンやダガーさん、みんながいる。そこに攻撃をされたら、クレイラの時みたいに――
「やめて!」
わたしが叫んだと同時に、アレクサンダーがバハムートの攻撃を光の羽で防御した。光が眩しくてよく見えない。何が起こっているのかもわからない。
「素晴らしい! バハムートすら凌ぐその力!」
クジャさんが興奮気味に笑みを漏らす。
「キミを迎えに魔法の馬車を呼んでおいたよ。気に入ってくれるといいけどね――おいで、インビシブル!」
クジャさんの言葉に答えたように、空に異変が起こる。何か巨大なものが降りてくるように見えた。そしてそれはゆっくりと動き出し、やがて大きな目のようなものが開き――そこで止まった。
クジャさんはそれを見上げながら目を丸くする。
「何故、動かない? バハムートのようにアレクサンダーの魂をも操り、我が物にしろ!」
クジャさんが叫んでも、その “目” は無反応だった。
「……まさか、ガーランドか!?」
「クジャさん……一体、何が」
「!!」
クジャさんに 名前を叫ばれ、咄嗟に抱きかかえられた。驚きのあまり動けないでいると空から光が降り注いだ。轟音と人々の悲鳴で、死の恐怖を感じながら空からの攻撃が終わるまでただただ耐える事しかできない。
ようやく攻撃がおさまると、わたしの上で傷だらけのクジャさんが息も絶え絶えにわたしの顔を覗き込んだ。
「無事、かい……?」
こんなにボロボロなのに、どうしてわたしのことを心配してくれるの。わたしはかすり傷で済んでるのに、クジャさんは傷だらけなのに……。
「わたしは、大丈夫なのです! でも、何で……わたしを庇って……」
「クジャ様! 大丈夫でおじゃるか!」
「クジャ様! 飛空艇に運ぶ出ごじゃる!」
わたしの問いかけに答えてくれようと口を開いたクジャさんの言葉は、わたしの耳に届くことなく二人の道化師の声にかき消された。傷だらけのクジャさんはゾーンとソーンに運ばれていく。
その場に取り残されたわたしはただ茫然とそれを見ている事しかできなかった。
「……また、助けてくれたのです」
自分の身を挺してまでわたしを助けてくれたクジャさん。道具としてしか見ていないはずなのに、それでも守ってくれたのはやっぱりクジャさんは根からの悪い人ではないからでは……。
クジャさんのことを考えながら、辺りを見回す。
魔物も人も関係なく死傷者が出ている。建物も容赦なく破壊されていて、まるで地獄のようだ。
「――――」
「……ジタン?」
そんな地獄の中で、ジタンの声が聞こえたような気がした。
執筆:17年10月7日