アレクサンドリアが襲撃され空からの攻撃が止まった後、わたしはジタンとダガーさんとエーコちゃんを見つけた。大怪我をして気を失ったジタンを担ぎ、シド様たちやブランクたちタンタラス団と合流した後、港で船を見つけ、アレクサンドリアからなんとか脱出することができた。
リンドブルムに辿り着いてからダガーさんとエーコちゃんがジタンに白魔法をかけてくれたけれど、ジタンは一向に目を覚まさない。ダガーさんに申し訳ないと思いながらも、ジタンのことが心配なわたしはジタンから出来る限り離れずに看病をしていた。
あれから3日――クジャさんの動きはない。アレクサンドリアを襲ったのは確かにクジャさんだったけれど、わたしはまたクジャさんに助けられてしまった。クジャさんはわたしを道具扱いしているだけのはず……それなのにあんなに大怪我をしてまでわたしのことを守ってくれた。わたしはクジャさんにとって本当にただの道具なのか、それとも別の目的が――?
「う……」
ジタンの声が聞こえ、わたしはハッとした。ベッドの上でもぞっと動いて起き上がろうとするジタンに手を添えて起き上がるのを補助する。
「ジタン、起きたのですか!」
「……ここは? オレはどうなったんだ?」
「ここはリンドブルム城の客室なのです。 アレクサンドリアでジタンたちを見つけた時は本当に吃驚しました。ジタンは酷い怪我をしてるし、ダガーさんとエーコちゃんもボロボロだし……。ブランクたちと合流して港に停泊していた船を拝借してなんとかここまできたのですよー。あれから三日経っています」
「三日も?」
辺りを見回し、現状把握するジタンは「三日」という言葉を聞いて眉間に皺を寄せる。
「はい……昨日なんて高熱を出していましたし、本当に心配しました。でも今は熱も引いていますし、怪我も治ってますし大丈夫そうなのです! あの、体はつらくないですか?」
ゆっくりとベッドから降り、腕を回してみたりその場で跳ねてみたりしたジタンが「大丈夫そうだ」と歯を見せて笑った。そんなジタンの様子に安心し、わたしも思わず口元が緩んでしまう。
「ところで、は……ずっとオレの看病をしてくれていたのか?」
不意にそんなことを聞かれ、わたしは焦る。
ジタンと恋仲にはなれないと言ったはずなのに、ダガーさんを差し置いてわたしが看病していただなんて……そんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。
「そ、そんなことないのですよ! ちょくちょく抜けてヒルダガルデ3号の建設のお手伝いに行ったりもしていましたから。あの、 傷の方はダガーさんとエーコちゃんが白魔法をかけてくださったので、後できちんとお礼して下さいなのです! そう、わたしは傷は治せませんし、あまりお役に立てていなくて――」
「の奴、お前のことずーっと看病してたんだぜ。しかもめそめそ泣きながらな」
部屋の入口の方から、わたしの取り繕う言葉を台無しにしてくれる言葉が被せられた。わたしはその声の主を睨み付ける。
「ブランク! 余計なこと言わないで下さいです! あと泣いてませんから! 一滴も!」
「そんなこと言っても、お前夜だってちゃんと寝てねぇだろ。ほとんどジタンに付きっ切りだったじゃねぇか」
隠そうとしていたことをズバズバ言われてしまい、混乱したわたしはただ首を横に振ることしかできなかった。ブランクのせいで、ジタンの顔を見ることができない。
「ちゃんと寝ました! それはもう、ぐっすりだったのですよ! たまにダガーさんとエーコちゃんとも交代して頂きました!」
ただ、わたしだけでなくダガーさんとエーコちゃんもジタンを看病していたことはしっかりと伝えておかなければと思った。それは、ジタンに上手く伝わってくれただろうか……。
「はいはい。それより、シド大公が呼んでたぜ。会議をするから二人で会議室に行けってさ」
「ダガーも会議室にいるのか?」
ジタンの問い掛けにブランクが目を丸くする。ブランクはわたしとジタンを交互に見て、口を開きかけた。しかし、ブランクが言葉を発する前に先手を打つ。
「ダガーさんでしたら、見張り塔にいらっしゃると思います。よくあそこにいらっしゃるのを見かけますので……ダガーさんも色々とお辛い目に遭いましたから、きっと一人になりたいのかと。会いに行かれるのでしたら、ジタンが遅れる旨をシド様にお伝えしましょうか?」
するとジタンは少し考えた後、目を伏せて首を横に振った。
「……いや、まずはシドのおっさんたちの話を聞こう」
早速会議室に向かおうと歩き出す。ブランクが不満そうな顔をしてわたしを睨み付けていたのに気づき、わたしは唇を噛んだ。
※ ※ ※ ※ ※
ジタンと二人で会議室に行くと、既にダガーさん以外の全員が揃っていた。
「おお、ジタン。目が覚めたかブリ」
「ところで、姫様が見当たりませんが」
スタイナーさんがきょろきょろと室内を見回し、ダガーさんがいないことを指摘する。てっきりダガーさんにも会議のことは伝わっていると思っていたのだけど。
「ダガーさんでしたら、見張り台にいらっしゃると思うのですよ」
「じゃあ、エーコが呼んでくる!」
「おい、エーコ!」
わたしの言葉を聞いたエーコちゃんが身軽に飛び出し、ジタンが止めようとするも既にエーコちゃんの姿は見えなくなっていた。
「ガーネット姫は彼女に任せておくブリ。アレクサンドリアの現状についてだが――」
当時アレクサンドリアでモンスターたちから街を守っていたスタイナーさんがアレクサンドリアの惨状を語る。街は壊滅状態、多くの命も奪われた上に、ベアトリクスさんも行方不明とのことだった。
リンドブルムも復興のために立ち上がるまでにはかなりの時間を要したけれど、アレクサンドリアはどうだろう……。
「あのクジャという男、奴の目的は一体何なのじゃ? アレクサンドリアの上空に現れた目のようなものは一体……」
姉御の視線が一瞬わたしに向けられた。しかし、わたしは首を横に振る。
――ガーランドを倒す。クジャさんは確かにそう言っていた。だけど、ガーランドという存在が一体何なのかわからない以上ここで議論しても意味はないだろうし、それにまだキングさんの正体がクジャさんだという事をジタンに知られるわけにはいかない。
「……」
姉御もそれを察してくれたのか、これ以上わたしを追及することはなかった。
「ワシはアレクサンドリアで信じられない光景を見たブリ。最後の爆発の直前にクジャがヒルダガルデ1号に乗って逃げたブリ。しかも、そこには喋る黒魔道士たちが乗っていたブリよ」
沈黙を破ったのはシド様だった。
ヒルダガルデ1号は霧がなくても飛べる飛空艇。これは、ヒルダ様が家出に使用なさっているはずでは……?
「まさか、黒魔道士の村の……」
「そんな、信じられないよ!」
黒魔道士の村と言われてもピンとこないのは、わたしがジタンたちと離れている間に訪れた場所なのだろう。話の擦り合せでしか聞いていないので、実際どんなところかはわからない。黒魔道士たちがビビくんのように意思を持っているらしいけれど……クジャさんに利用されているのだとしたら、放っておくわけにはいかない。
「真意を確かめるために、クジャを追わねばならないブリ」
――クジャさんが、どうしてわたしが飛空艇技師になれるように取り計らってくれたのか、その理由がようやくわかった気がする。もう、その時にはリンドブルムの最新型の飛空艇に目を付けていたのだ。そして、タイミングよくヒルダ様が家出なさったところでヒルダ様ごと飛空艇を奪取。その飛空艇も定期的にメンテナンスが必要になる。そこで、わたしという都合のいい存在。
彼は、一体どこまで計算しているのだろう。
「しかし、何故ヒルダガルデ1号はクジャに手に渡ったのでありますか?」
スタイナーさんの疑問に、シド様が一瞬固まる。表向きはヒルダ様とヒルダガルデ1号は賊に奪われてしまっていることになっているけれど――。
「それは、ワシのこの姿と大きく関係があるブリよ。そもそもこの姿になったのは、ワシのスケベ心からヒルダを怒らせてしまい、ヒルダの魔法でブリ虫の姿にされてしまったブリ」
「おっさん……」
あまりにも情けない真実にジタンが冷めた目でシド様を見ると、シド様はブリ虫特有の触覚を垂らした。
「それからヒルダはヒルダガルデ1号でリンドブルムを出ていってしまって以来、帰ってこないブリ。きっとクジャが自分の野望の為にヒルダごと飛空艇を奪ったに違いないブリ!」
「クジャの奴にこのまま好き勝手させるわけにいかないけど……相手は飛空艇なんだぜ? 居場所だってわからないし、どうやってクジャを追うんだ?」
「新しい飛空艇の建造を始めているが、この体では2号の二の舞ブリ。せめてわしが人間の姿に戻れればいいが、戻す方法はヒルダしか知らないブリ。に手伝ってもらうにしても飛空艇技師としてはまだまだ半人前、時間がかかりすぎるブリ」
ヒルダガルデ3号の建設はすでに始まっている。でも、完成には資材も時間も足りなすぎるのが現実で、残念ながらクジャさんをすぐ追えるような状況ではない。シド様に師事してきたとはいえ、現在のわたしの知識と技術だけだとある程度の所までは造れるのだけど、それ以上の部分はシド様でないとわからない。自身の無力さが歯がゆい。
「さようなこともあろうかと、ドクトル・トット殿にお越しいただいています」
会議に参加していた文臣のオルベルタ様が一筋の光明を指し示した。兵士が扉を開けると、そこには見覚えのある人物が。
「トット先生ではありませんか!」
スタイナーさんが声を上げると、トットさんは頭を下げた。
「先日のアレクサンドリアの件は噂に聞き及んでおりましたが、皆様よくご無事で……ところで、姫様と元気なお嬢さんのお姿が見えないようですが」
トットさんがダガーさんとエーコちゃんの不在に眉尻を下げる。途端、トットさんの後ろからエーコちゃんが慌てた様子で戻ってきた。
「大変大変!」
「どうしたんだよ、エーコ。そんなに慌てて」
ダガーさんを呼びに行ったはずのエーコちゃんが一人で戻ってきたことに不安を感じながら、エーコちゃんの言葉を待つ。エーコちゃんは急いで走ってきたのか、乱れた息を整える。
「ダガーが……ダガーが喋れなくなっちゃったの!」
その言葉を聞いたジタンの顔は一瞬にして真っ青になった。
執筆:17年11月13日