「おぬしがか」
「は、はい。そうですが」
お店のカウンターで知らないネズミ族の女性に突然名前を当てられて、わたしはきょとんとした。
いつの間にか、わたしの合成の腕は口コミで広まり、リンドブルム中で「合成といえば」ということになっていた。腕だけではなく年端もいかない女の子が、ということもあるのだろう。
だから、たまに知らない人がわたしの名前を知っていたりすることはあったけれど、こんな強そうな竜騎士様の装いのお客様がわたしを訪ねてくるのは初めてで。
ネズミ族の女性はわたしの答えに口の端を上げた。
「ジタンという男を知っておるな?」
「は、はい! あの、あなたは……?」
「フライヤと申す。訳あってジタンと1年程行動を共にしておったのじゃ」
「じ、ジタンと……」
フライヤさんから思わぬ人物の名前が出てきて、わたしの心臓が高鳴った。
1年以上ずっと姿を見ていない彼のことを知っている人。色々、話を聞きたい。
今、どこで何をしているのかわからなくて心配だったけれど、ようやく情報を得ることができる。
「ジタンはいつもおぬしの話をしておった。合成の腕はピカイチだ、何より――可愛いとな」
「じ、ジタンがそんなことを!?」
身内の贔屓目にしても、ジタンがわたしの知らないところでそう評価してくれていたことが素直に嬉しかった。
「うむ。今日ここへ来たのは近くに行われるリンドブルムの狩猟祭に参加しようと思ってのう。折角なので、ジタンご自慢のに会いに来たのと、狩猟祭に向けて合成を頼みたいのじゃが……頼めるか?」
「はい! かしこまりました!」
わたしはフライヤさんから槍と合成に必要な素材を受け取り、早速準備に取り掛かる。
作業している間、フライヤさんはカウンターの前に設置している椅子に腰かけ、わたしの事をじっと見ていた。
「本当におぬしのような可愛らしい娘がそのような武骨な作業をしているとは驚きじゃな」
「ほ、褒めても何も出ませんよ! でも、頑張って強い武器に仕上げて見せますからね!」
「ふふ、楽しみにしておるぞ」
フライヤさんは小さく笑う。
この人はジタンと1年一緒にいたんだなって思っても、不思議と悔しくはなかった。むしろ、一緒に旅をした理由が何となくわかる気がする。
「……あの、ジタンとは、どのように知り合ったのですか?」
ふと、思ったことを口にしてしまった。
だけど、この質問ってわたしがフライヤさんに嫉妬しているように思われるんじゃないだろうかと言った後で気づいて後悔した。
わたしの表情からそんな気持ちを読み取ったのか、フライヤさんはくすくすと笑う。
「なに、おぬしの心配をすることはない。私もおぬしのようなものだ。旅に出てしまって戻ってこない恋人を探す旅をしておる。生まれ育った国を捨ててな」
「恋人を……探す旅」
この人は本当にすごいと思った。
わたしも、ジタンを探しに行きたいと何度も思ったのに、結局こうして待っているだけ。
だけど、フライヤさんは故郷を捨ててまで恋人を探しているんだ。
「だから、私にはおぬしの気持ちがわかるのじゃ。ただ、ジタンと私の恋人と違うところは、ジタンはおぬしへの言伝を私に託したことじゃな」
「言伝ですか?」
フライヤさんはこくりと頷くと、わたしの傍に寄る。
わたしは作業していた手を止め、フライヤさんに身体を向けた。
「"そろそろ戻るからいい子にして待ってろよ"と」
ジタンが、もうすぐ帰ってくる……?
それがいつだかはわからない。だけど、いい子にって一体どういう意味だろう?わたしは特に悪いことをした記憶はない。
「そして、これをおぬしに」
「このお花は――」
フライヤさんが差し出したのは、なんとも可愛らしい花だった。
「スターチスの花じゃな」
「……これは、下痢止めの薬草に使えるお花ですね。わたし、特にお腹を下してはいないのですが」
わたしの言葉を聞いたフライヤさんの表情がひきつったのを、私は見逃さなかった。
「…………か、飾っておいてはどうじゃ」
「…………そうします」
きっと、世の女性たちは男性からお花を贈られたら嬉しいものなのだろう。それが例え、それが本人からではなくとも。
お花に対して疎いわたしは自分自身を殴りたい衝動に駆られた。
※ ※ ※ ※ ※
「なるほど、確かによい腕じゃ」
合成を終え、生まれ変わった槍をフライヤさんに手渡すと、フライヤさんは感嘆の声を上げた。
喜んで頂けてよかった。
「ありがとうございますー! 狩猟祭、頑張ってくださいね!」
「うむ。ところでずっと気になっていたのじゃが、あの機械のようなものは何じゃ?」
フライヤさんが指さしたのは、わたしが趣味で作っている対魔物用の兵器だ。
以前、ジタンを探しにリンドブルムから出ようとした際に魔物に遭遇してこんなのがあればと作り始めたのだが、最近は特に狩猟祭前なので仕事が忙しくてなかなか実践には至らず……。
「それは趣味で作っているものでして! 試作段階なのですが、自作の戦闘兵器です。ビームとか出したりするのですが、まだ生物では試したことがなくて実用段階ではないのです」
「ほう、面白そうじゃな。こいつで狩猟祭には参加せぬのか? 魔物相手に試せばいいのではないか?」
フライヤさんは兵器を見つめた。
わたしが、狩猟祭に参加してこれで戦う……? 確かに、それならすぐに実践できるし、ずっと憧れていた狩猟祭に参加もできる。だけど、今までまともに戦ったことのないわたしがいきなり参加しても大丈夫なものなのだろうか?
「わ、わたし、戦ったことないんですけど! いけるでしょうか?」
「そうじゃな……ふむ、危なくなったら私が援護をしよう。参加してみぬか?」
「はい! よろしくお願いします、フライヤの姉御!」
こうして、わたしは今年の狩猟祭に参加することにした。
執筆:16年5月3日