「ジタンとずら!」
薬を探していると不意にシナの声が聞こえ、いつの間にかタンタラスのアジトまで来ていたことに気付く。復興が進んでいるとはいえ、所々崩れている壁と屋根は先日のアレクサンドリア襲撃の爪痕の大きさを物語っていた。それでもいつもと変わらない笑顔で声をかけてくれたシナを見てなんだか少し安心する。
「さては二人でデートっスね。リンドブルムが大変な時に二人は相変わらずっス」
高所で屋根を直しているマーカスがわたしとジタンを見た後嬉しそうに笑うものだから、恥ずかしくなって無我夢中で首を横に振った。
「ち、違うのですよー!」
「そうそう、オレとはそういう甘い関係じゃないからな。お前らも知ってる通り、ただの幼馴染みだろ」
ジタンの言葉にチクリと胸が痛む。ジタンとそういう関係になろうという申し出を断ったのはわたしだ。だけど、ジタンの口から否定の言葉を聞いてこんなに胸が痛むだなんて――ジタンはもっと痛かったのかと思ったら涙が出そうになった。
「ジタン、何を言ってるっス――」
「シナ、ふしぎな薬持ってただろ? 分けてくれないか?」
「少し待ってるずら!」
ジタンがマーカスの言葉を遮り、シナとアジトの中に入っていく。そんな二人のやり取りを見ていたマーカスがため息をついた。
「……何があったかは知らないっスけど、やっぱり二人が仲良くこの辺を歩いているのを見ると、タンタラスの日常が帰ってきたんだなぁって思えるっス。だから、ちゃんと仲直りしないとダメっスよ」
「……喧嘩したわけではないのですが、善処しますですー」
わたしとジタンの様子からマーカスは怪訝そうな顔をした。わたしはそれを見て見ぬ振りをしてボロボロになった劇場街を見回し、そっと目を伏せる。
本当は大好きなジタンの恋人として隣を歩きたい。昔のようにジタンのことだけを考えて、ジタンとずっとこの場所にいられたならどんなに幸せだろう。そう考えたら目の奥がじんわりと熱くなっていくのを感じた。
「わ、わたし! 急用を思い出しました! 合成屋のトーレスおじさんとウェイン兄さんに挨拶しに行ってくるのですー!」
「?」
泣きそうになったことをマーカスに悟られたくなくて、わたしは慌ててその場を離れた。
しかし、合成屋に向かっても二人の姿はなく生憎留守のようだった。合成屋も襲撃に遭い建物は比較的無事だったけれど、黒魔導士のファイアに焼かれたおじさんの手は重症だったし、もしかしたら治療に行っているのかもしれない。そうでなければ買い出しに出ているのかもしれない。
「全部終わったら、きちんと孝行しないとですねー……」
ぽつりと呟き、合成屋を後にした。
※ ※ ※ ※ ※
ジタンと合流した後に城に戻り、早速トットさんに薬を調合してもらう。しかしシド様にかかった魔法は結局解けることはなかった。人間の姿に戻るどころか、カエルの姿になってしまい……ブリ虫よりはずっとマシだけど、お労しい。
トットさん曰く、呪いは掛けた本人であるヒルダ様にしか解けないとの事。そのヒルダ様は恐らくヒルダガルデ1号とともにクジャさんの手中にある。なんとしても、クジャさんを止めなくてはいけない。
そしてわたしたちはクジャさんの情報を求めてビビくんの提案で黒魔道士の村へ向かうことにした。
黒魔道士の村というのは別の大陸にあり、海を渡って行くらしく、先日アレクサンドリアから逃れる際に拝借したブルーナルシスという船で向かう事になった。
こっそりと自動操縦機能を搭載させたので、到着まではまったり出来てしまう。その為目的地までは快適な船旅になる。
「そういえば、前にクジャの奴がの事を狙ってやがったけど……、あいつとはあれ以来会ってないのか?」
突然ジタンがそんな事を言い出したものだから、わたしは目を丸くした。
まさか、クジャさんの正体がキングさんだという事に気付いたわけじゃないよね……?
「えっと……会ってない、です」
そう答えると、今度はエーコちゃんが首を傾げながらわたしの顔を覗き込む。
「どうしてが狙われてるの? あの男、の事が好きなの?」
「ち、違います! クジャさんは武器商人でしたし私との商売の相性抜群なのです! きっと天才技師であるこのわたしの力を欲していただけなのではないですかねー? ほら、わたしって合成だけの女ではありませんし! ヒルダガルデ1号もメンテナンスは必要ですから! 建造の技術はまたまだ半人前といえども、メンテナンスには自信があります!」
――と、自分で言っていて恥ずかしくなってくる。
「はリンドブルムが誇る技師ケロ! それはワシが保証するケロ!」
「確かに嬢の技師としての腕は確かなのである。合成だけでなく機械のことでもリンドブルムのみならず、アレクサンドリアにもその名が知れているほどですからな!」
わたしの苦しい理由付けにシド様とスタイナーさんがうんうんと頷いてくれる。どうやら納得して頂けたようで少しホッとした。姉御とサラマンダーさんに至っては目を細めているけれど。
「へぇ、ってそんなにすごい子だったの! でも、自作兵器の趣味は悪いけどね」
「……エーコちゃん、酷いのですー」
普段モンスターとの戦闘で使う兵器を見たエーコちゃんはわたしを悪趣味と罵る。わたし的には最高にカッコイイと思っていたのだけど。
「まぁ、うちの愛らしい子犬が有能なのはわかるけどよ。おいそれと渡すわけにはいかないよな」
「ですです! 尻尾を振るのはジタンやダガーさんたちにだけなのですよー!」
「には尻尾はないだろ?」
ジタンの手が、わたしのお尻に触れかけた。しかし、その手は姉御の槍によって弾かれる。
「させぬわ」
「ちぇっ、おっかないガードがついちまったか」
ジタンが弾かれた手をさすり、残念そうに口を尖らせた。
ジタンによるスキンシップは昔からあった。それはセクハラになるものまで。子供の頃と今では体つきが全然違うし、好きな人とはいえ触られるのはやっぱり恥ずかしい。
「小さい頃はあまり気にしていませんでしたが、わたしも成長したので今は触られたくないですー」
「そうだよなぁ。しかし、本当に成長したよな」
そう言ってわたしの胸元に視線を移すジタン。
「どこを見ておるのじゃ!」
「あだっ!」
そして姉御の槍の柄がジタンの頭にクリーンヒットした。
『ジタンって昔からにベッタリだったのね』
ダガーさんの口がそう動いた。
「そうですね……幼い頃から一緒だったので、本当の妹のように可愛がってもらっていたのですよー」
「あれ? おねえちゃんはダガーおねえちゃんの言っていることがわかるの?」
ダガーさんが紙とペンを使わずにわたしが答えたことに、ビビくんが首を傾げた。
「紙に書いて頂くのも大変ですし、船に乗る前に読唇術を習得しました。これでダガーさんの負担も減ってラクチンなのですよ!」
昔、ジタンやタンタラスのみんなで遊んでいた時にバクーさんに教えてもらった経験がある。今更ながらバクーさんには感謝だ。
「いやいや、ってば有能すぎで引くわ……クジャがを欲しがるのがわかるわね」
感心してくれているビビくんの隣でエーコちゃんが呆れたように笑った。
「読唇術を心得ているのはわたしだけじゃないですよー。ジタンも、ですよね?」
「まぁ、なんとなくわかるぜ。ブランクたちと盗みに入る時によく使ってたからな。というわけで、ダガーは何か言いたいことがあったらオレとを頼ってくれよな。あ、オレにこっそり愛を伝えてくれてもいいんだぜ?」
「…………」
ダガーさんはウインクするジタンをジト目で見た後、何故かわたしに抱きついた。
「わ、ダガーさん……!?」
突然のことにドキッとしたものの、嬉しくてダガーさんに抱きつき返すと、ダガーさんはにこりと笑ってわたしの頭をなでてくれた。
お姉さんがいたらこんな感じだったのだろうかなんて考えてしまう。タンタラスでもルビィがいたし姉御もいるけど、二人はこうやって甘えさせてくれるような性格ではないから、新鮮だ。
『を頼ることにするわ。よろしくね、』
「何でだけなんだよ……オレは? なんなら、お前がオレに抱きついてもいいんだぜ?」
「わたし、ダガーさんがいいです」
「稀に見るだらしない顔じゃぞ、」
一瞬ジタンを見て微妙な表情をしたダガーさんは何を思っているのだろうか。
わたしに遠慮してジタンを突き放したのなら……そう考えたらこのままダガーさんの優しさに甘えっぱなしはいけないと反省した。
※ ※ ※ ※ ※
黒魔道士の村に着いたものの、黒魔道士たちの姿はなかった。
一部残った黒魔道士の話によれば、黒魔道士たちの残りの時間は少ないが、自分について来れば命を延ばすという条件を突きつけられ、みんなはクジャさんに縋ってついていってしまったのだそう。ビビくんはそんなクジャに対して怒っていた。
そして、クジャさんは流砂の流れ込む地にいるとの情報を得ることができた。
「いよいよ、クジャさんと直接対決ですね……絶対に止めなくては!」
わたしが鼻息荒くすると、ジタンが首を横に振った。
「……なぁ、。ブルーナルシスでも話したけど、お前はクジャに狙われていたよな。それは今も変わらないかもしれない。だから、ここに残ってくれないか?」
突然の提案に、わたしの頭は一瞬考えることを放棄した。ジタンの言葉をなんとか理解して目を瞬かせる。
ここまで来て、一体何を言っているのか。
「え。そんな、置いてけぼりなんて嫌です! わたしも行くのですよ!」
「バカ! お前に何かあったらオレは……!」
「ジタンの言う通りじゃ、クジャは何を企んでいるのかわからぬのじゃ」
ジタンに続き、事情を知っている姉御も首を横に振った。
確かに、クジャさんはアレクサンドリアでわたしを連れて行こうとした。召喚獣のことがなければ、きっと今頃はクジャさんの所にいて、手伝いをさせられていたかもしれない。
だけど、今はみんなと一緒だ。ジタンがいる。それだけでわたしは強くなれる気がするから、きっと大丈夫。
わたしが反論しようとすると、今度はダガーさんがわたしの手をぎゅっと握りしめる。
『わたしもが心配よ。だから、できれば残ってほしいわ』
周りを見回せば、エーコちゃん達も心配そうにわたしを見ている。
もう、こんなに心配されてしまってはみんなと一緒に行くなんて言えない。
「……わかりました。でも、待つのは今回だけです。わたしだって皆さんが心配なのです」
頬を膨らましながらみんなに背を向ける。
ジタンは、ふぅと息を漏らした。
「それじゃ、オレたちが戻るまでいい子で待ってろよ」
ぐしゃりとわたしの頭を強めに撫でるジタン。
その瞬間、なんとなくだけど、嫌な予感がした。
「――――」
みんなが歩き始める。わたしから離れていく。
わたしは最後尾を歩いていたシド様を追いかけてこっそり声をかけた。
「シド様、これを」
「これは何じゃケロ?」
シド様にとある草を手渡し、にっこりと笑ってみせる。
「お守りのようなものなのです、持って行ってください。でも食べたらおなか壊しちゃうですよー」
「う、うむ。わかったケロ」
まさか食べはしないだろうけれど冗談を言ってみたけれど――薬草だと思われたのだろうか。
少し焦りながらポケットに草を突っ込んでみんなの後を追うシド様を見送りながら、わたしは呟いた。
「どうか、ご無事で」
※ ※ ※ ※ ※
黒魔道士たちの村でただ待ち続けるのは時間を持て余すだけなので、わたしは卵から孵ったばかりのチョコボを愛でていた。大好きなチョコボがこんなに至近距離にいて、しかもモフモフさせてくれている幸せ! チョコボ独特の香りでまた幸せ2倍! ここは天国なのではないかと錯覚した。
「クェー」
「はぁぁ、可愛い。最高ですよーーー。わたし、ずっとここにいたいなぁ」
ジタンたちのことが気になる。だけど、今この幸せをずっと噛みしめていたい。このままずっとここでチョコボと暮らせれば――なんて。
いつかリンドブルムを出てチョコボと暮らせたらなぁとは思ったいたけれど……クジャさんを止めて、お嫁さんになったら、チョコボと暮らせるのだろうか。
「……あれ?」
ジタンたちの声が聞こえていた草から、いつのまにか声が聞こえなくなっていた。シド様に持たせたひそひ草という、離れた場所にいる人を盗聴できる代物だ。どういう原理で盗聴できるかはわからないけれど、いつかジタンに仕掛けようと持っていたものが、まさかこんなところで役に立つとは。
しかし、ひそひ草からジタンたちの声が聞こえなくなったということは、何かあったという事。
先程の会話から流砂の中に向かうという事は知っていたけれど――
「これは、助けに行かなければです!」
わたしがクジャさんに狙われているのは百も承知だ。だけど、ジタンたちに何かあったなら話は別である。
執筆:20年07月21日