流砂の中で怪しい建物を発見した。今は空っぽだけど飛空艇のドッグがあること、そして見張りをしているのが黒魔道士という条件から、ここにクジャさんやジタンたちがいる事は間違いないだろう。
 見張りの黒魔道士に睡眠弾を撃ち込み眠らせると、割とあっさり侵入する事に成功した。部屋を探索していると、趣味の悪い拷問部屋を見つける。その中で、檻の中に入ったモンスターとだるまさんがころんだをしているシド様を見つけたわたしは首を傾げた。

「えっと、シド様……何をなさっているのですー?」

! 何故ここにいるケロ!? しかしいい所に来てくれた! あの鍵を取ってほしいケロ!」

 シド様が指をさした先には鍵が引っ掛かっていた。察するに、どこかに閉じこめられたジタンたちを助けるためにシド様は奮闘なさっていたものと思われる。なるほど、カエル姿のシド様にとってこのモンスターは難敵だ。
 モンスターを避けつつ鍵を取りシド様に手渡すと、シド様は小さな手で額の汗を拭いながらため息をついた。

「これでみんなを助けられるケロ。いやはや、が来てくれなかったらこいつに食われる恐怖と戦いながら鍵を取らなければならなかったケロ」

「その身体もなかなかご不便そうですね……」

「早く人間に戻りたいケロ。その為にはヒルダを取り戻さねば」

 恐らくは、ヒルダ様もここにいるのだろう。シド様の表情は険しかった。

「ところで、ジタンたちは――」

「ジタンはクジャの使いでグルグストーンとやらを取りに行かされているケロ! 他の者たちはそっちの牢に閉じ込められているケロ!」

 とりあえず、みんなが無事のようで安堵した。ただ、ジタンだけがここにいないということで少し不安になる。ううん、今優先されるのは閉じ込められているダガーさんたちの救出だ。
 拷問部屋を抜けて牢屋へ向かい、鍵のかかった扉を開けていき、みんなを解放していく。

! 来てくれたのね!」

 エーコちゃんがわたしに飛びつき、わたしはそっとエーコちゃんの頭をなでた。

「来てくれたのはありがたいが、今一番危ういのはクジャに狙われておるおぬしなのじゃぞ。私から離れぬようにな」

 ため息混じりにぽんぽんと私の頭をなでる姉御。ジタンはここにはいないけれど、姉御たちがいてくれるからとても心強く感じた。
 みんなを救出できたけれど、安心するのはまだ早い。まずはクジャさんの元までたどり着かなければ。

「この転送装置でここまで来たのですが……入口まで戻れるでしょうか」

 ダガーさんが辺りを見回し、頷いた。

『出口はここしかないみたい。行ってみましょう』

 わたしもダガーさんに倣って見回してみると、このフロアには拷問室への扉以外はこの転送装置しかない。どちらにせよ、この転送装置を使わなければ出られないのだ。

「俺から行こう」

 サラマンダーさんが先陣を切ってくれて、転送装置に乗る。すると、サラマンダーさんは転送装置に吸い込まれていった。そしてスタイナーさん、ビビくん、エーコちゃん、シド様、姉御と続き転送装置に乗り込み、最後にわたしが乗る。光があふれ出し、眩しさのあまり目を閉じた。
 次に目を開いて違和感を感じる。見覚えのない部屋。そしているはずのみんながいない。

「あれ、さっきとは違う場所? 皆さんはどこへ……?」

「やぁ、。待っていたよ」

 あろうことか、わたしの目の前に現れたのは――

「クジャさん!?」

 銀色の髪をパサッと払い、クスクスと笑うクジャさんだった。

「キミだけ特別に招待させてもらったのさ。他の奴らは今頃出口を探して彷徨っているんじゃないかな」

「えっと、もしかして罠だったという事なのでしょうか」

「そういうことになるね」

 クジャさんは妖しく笑うと、わたしにスリプルの魔法をかけた。クジャさんのスリプルは二度目ではあるけれど、咄嗟のことに避けることができずまともに食らってしまう。

「卑怯、です……!」

 抗えない眠気に負けて、わたしは意識を飛ばした。



※ ※ ※ ※ ※



 頬に触れる柔らかくて温かい感触、そして髪をそっと撫でられていることに気付いて目を開ければ、クジャさんがわたしに覆いかぶさっていた。驚いて身を捩れば鎖の音とベッドが軋む音。どうやら両手を拘束されているようだ。
 わたしが目を覚ました事に気づいたクジャさんは妖しく微笑むと、わたしの額に唇を落とした。クジャさんの香りが鼻腔につく。

「おはよう、僕の子犬ちゃん」

「クジャさん……あの、これは」

「キミはすぐ僕の元から逃げてしまうからね。念のために拘束させてもらっているよ」 

 そう言ってクジャさんはわたしの頭上にある鎖に視線を移した。身体を起こそうとすると、クジャさんがわたしの肩を掴んでそれを阻止する。少し浮いた背中が再び柔らかなベッドの上に落ちた。相変わらずクジャさんはわたしの上で妖艶な笑みを浮かべている。

「その、何故クジャさんはわたしの上に――」

「僕たちは夫婦になるのだから、こういった行為をするのは自然なことだろう?」

 そう答えて、わたしの腰を撫でた。クジャさんに撫でられたところがぞわぞわする。

「ま……まだ夫婦じゃないのですよっ!」

「フフッ、嫌なら抵抗してごらんよ?」

「ううーーーーっ!」

 拘束されたままの両手でクジャさんの手を払うも、再度頭上に持っていかれ、押さえつけらる。必死にもがくもクジャさんの片手はビクともしない。仕事柄それなりに力はある方だと思っていたけれど男女の差とはこうも違うものなのだろうか。それとも、魔法を使っているのか。
 クジャさんは空いた方の手でわたしの髪に触れた後、そっと頬を撫でてくる。目が合ってしまい、わたしはぎゅっと目を瞑った。直後、胸に違和感を覚える。

「へぇ、これはなかなか――」

「ひっ……いやー!!」

 反射的に私の脚がクジャさんを蹴り飛ばした。クジャさんはベッドから落ちて目を丸くしながらわたしを凝視している。
 最近ではジタンにも触らせていないのに、クジャさんに触られてしまうなんて。

「信じられないです! 最低なのですー!」

「ぷっ、アハハ!」

 涙目でクジャさんを罵倒すると、クジャさんはお腹を抱えて笑いだす。

「まさかこの僕を蹴るなんてね。こんな女性、初めてだよ。だけど胸を揉んだだけでこんな反応をしていたらこの先が大変だねぇ」

「こ、この先!?」

「まさか、こんな軽いスキンシップで終わるとでも思っているのかい? 子を作るためにキミの体の隅々まで触れるというのに」

「こ、こど……子供!?」

 どうやらわたしの聞き間違いではなかったらしい。クジャさんがクツクツと笑いながら再びわたしの隣に腰かけた。

「そうさ。夫婦になるのだから子供の一人や二人はいてもおかしくないだろう?」

 そうだ、クジャさんと結婚したらいずれはそういうこともするということになる――完全に失念していた。クジャさんを止めて側で支えてあげられる存在になることばかり考えていた。
 夫婦になるということがどういうものなのかきちんと理解していなかったことにショックを受けていると、クジャさんに顎を掴まれ、整った顔が近づく。瞬間、ジタンとのキスがフラッシュバックした。

「や、やめてください!」

 キスされることを悟ったわたしは咄嗟に振り払い、シーツの上に倒れた。クジャさんは無表情で私を見下ろしている。

「この僕を拒否するのかい?」

 ――その声が悲し気だったのは、気のせいだろうか。

「え、えっと……違います。いや、違わないですね。悪いことをしているクジャさんのお嫁さんになる気も、協力する気もないだけなのですよ。世界を混乱に陥れるようなことをやめて下されば、わたしはちゃんと……クジャさんのお嫁さんになります! それまでは拒否させて頂くのです!」

「へぇ。それはとても魅力的な話だね。けど、キミは僕を満たすという目的のただの道具に過ぎないんだよ。ガーランドを下し、世界を制して衆目を集めるのさ。僕という存在を世界に認めさせるためにね。そこにキミの意志は関係ない」

 クジャさんの目的はわたしには理解できない。だけど、これだけはしっかりとわかる。クジャさんのやり方で世界はクジャさんを認めるはずがない。

「……乱暴な方法で世界を制しても、きっと意味はないです」

 わたしの言葉にクジャさんが冷たい笑みを浮かべる。

「知ったような口をきかないでほしいね。道具は道具らしく黙っていればいいのさ。お前はただ僕に従えばいい。兵器を差し出し、飛空艇技師として働き、黙って僕の傍にいる。間違っても僕に口出しなんてしようと思わない事だ」

 それでは、わたしはただの人形と同じではないか。絶対に納得いかない。

「わたしはクジャさんの理解者になりたい。クジャさんが道を間違えそうになったら止められる存在でありたい。だから、わたしはクジャさんのお嫁さんになることを決めたのです。ただの人形や道具ではなく、きちんと向き合って、寄り添っていきたいのです」

「まったく、酷い奏楽だ」

 片手で耳を塞ぐ仕草をしたクジャさんがティアラのようなものをわたしの頭に近づけた。身を捩っても鎖のせいで逃げる事ができない。

「な、何を?」

「これはあやつりの輪と言ってね……雑音しか奏でないキミには黙ってもらうことにしたよ」

 あやつりの輪が装着された途端、わたしの身体は思ったように動かなくなった。
 意識がぼんやりとする。まるで頭に霧がかかったかのようだ。

「――――……」

「こんなことをした僕を、キミは恨むかい?」

 クジャさんはわたしの頬にそっと触れた。答えたくても、口が動かない。

「――」

 恨むというよりは、こんな風にしか人を動かせないクジャさんが哀れだと思った。



※ ※ ※ ※ ※



 どれくらいの時間が経ったのだろうか。鎖を外され、クジャさんの隣で座っているだけのわたし。
 本当ならクジャさんをハンマーで殴ってでも止めたいのに、身体が全く言うことを聞いてくれない。

「どうやら、キミの想い人の到着のようだ」

 妖しく笑いながらクジャさんがわたしの髪を撫でる。
 部屋の扉が開かれ、入ってきたその人物は――ジタンだった。

「クジャ! ……それに、なんでがここに!?」

 本来ここにいないはずのわたしがいる事にジタンが驚愕している。
 わたしは今になって自分の浅はかさを悔いた。ジタンの助けになれると慢心していた結果、これだ。あっさりとクジャさんに捕まってしまい、身体も支配されてしまっているのだから。

「くくっ、健気だよねぇ彼女は。キミたちが心配で追いかけてきたのさ。そんな事よりも、グルグストーンを渡してもらえるかい?」

「くっ……」

 ジタンが奥歯を噛みしめながらグルグストーンと呼ばれた石を投げると、クジャさんが片手で受け止める。グルグストーンを見てニヤリと笑ったクジャさんにジタンが叫ぶ。

をどうするつもりだ!」

「彼女には僕の手伝いをしてもらうよ。さぁ、行こうか

 肩を抱かれ、移動を促される。するとわたしの意思とは関係なく足が動いた。
 この場に留まりたい、ジタンの所に行きたい。それなのに身体は全く言う事を聞いてくれない。

「待て! ! 何でクジャについて行くんだよ!?」

「……っ」

 ――言葉にすることすら、できない。
 ジタンはわたしの様子に違和感を感じたのか、眉間に皺を寄せてクジャさんに問い詰める。

「クジャ! に何をしやがった!」

 抱かれている肩に力が入るのを感じた。
 そして――

「彼女は僕の可愛い花嫁だからね。夫である僕に従順なのは当然だろう?」

 そう言ってクジャさんは不敵に笑ったのだ。
 ついに、ジタンに知られてしまった。こんな形で知られてしまうならば、きちんとわたしの口から言えばよかった。後悔しても今更どうしようもない現実に苦しくなる。
 顔を覆って泣き出したい。この場から逃げてしまいたい。

「……なに、言っているんだ? がお前の花嫁だと!? ふざけるな!」

「おや、から聞いてないのかい? 僕とは婚約しているのさ。そう、トレノの貴族――キングであるこの僕とね!」

「お前が、キング……?」

「そうだよ、ジタン。僕はお前のその表情が見たかった。大切なものを奪われ、絶望するその表情を!」

 見たくなかったジタンの表情が嫌でも目に入る。わたしをじっと見つめる瞳が揺らいでいた。
 そしてわたしは戸惑った。クジャさんがわたしと婚約した本当の理由は……ジタンを陥れる為? そういえばトレノでもジタンのことを憎んでいる節があった。クジャさんとジタンの間には何があるというの?

「まさか……オレがを好きだと知ってて、オレから奪うためだけに婚約したのか!?」

「それは理由の一つに過ぎないさ。それ以上に彼女は容姿も能力も素晴らしいからね、一目見た時から、僕の妻に相応しいと思ったんだよ。ただひとつ難点があるとすれば、僕ではない男に一途だということだね」

「クジャ……てめぇ!」

 ジタンがダガーを抜いた。その瞬間、わたしの身体が動き出す。
 クジャさんに向かって攻撃を仕掛けるジタンの動きを止める為、スパナでジタンのダガーを弾いたのだ。

、どうして止めるんだ!」

「――――」

 ジタンに向かってスパナを振り下ろすと、鋭い角の部分がジタンの肌を掠めた。赤い血が滲む。
 嫌だ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!!

「アハハ! 彼女はこの輪のおかげで僕の意のまま動くのさ!」

 ジタンの言う通りきちんと黒魔道士の村で待っていればこんなことにはならなかった? わたしがジタンを傷つけることはなかった? そもそも、最初からジタンと出会わなければ、ジタンは幸せだったのかな……?

! 目を覚ませよ! おい!」

「……じ、たん」

 ジタンの呼びかけに答えたくて、なんとか絞り出した声。
 もう、いっそのこと――

「ごめ、……な、さい……こ……ろ、して……」

 この手でジタンを傷つけてしまうのなら、死んだ方がマシ。わたしはジタンに殺されるのなら、喜んで受け入れてみせる。だけど本当は……怖いの。婚約者がクジャさんだということを隠していて失望されたこと。待っていることができずにのこのことやって来て捕まってしまい信頼を失ってしまったこと。ジタンに嫌われてしまう事も死ぬことも、どっちも怖い。

「できるわけ、ないだろ……!」

 わたしの目から流れ落ちる涙。ダガーを持つ手を震わせるジタン。そして――

「おっと、大切な花嫁が傷付いたら大変だ」

 わたしを抱きしめるクジャさん。

に触るな!」

「おやおや、何を言っているのかな? 彼女は僕の妻だよ。確かに彼女の気持ちはお前に向いているかもしれないけど……僕のものさ」

 クジャさんがジタンを見て勝ち誇ったように笑いながらわたしの顎に手を添え――

「や、やめろ……!」

 ジタンが見ている前でクジャさんはわたしに口付けをしたのだった。



執筆:20年08月31日